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  2008年から2009年へ   12.29.2008
     



 2008年は、正しく歴史に残る年だろう。その変化のすごさは、石油価格が象徴的である。147ドルから30ドル台へという4倍の変化を見ることは、今後とも無いだろう。

 何事も、そんな変化だった。その調整に要する時間だが、「先進国は3年間お休み」という感じがする。さらに、生涯賃金と同じ金額の借金を抱える米国の購買力は「10年間以上お休み」かもしれないが。

 このような事態は、偶然に起きたというものではない。20世紀後半の人々の意識、「経済力は、指数関数的に増加しうる」という考え方が、21世紀型に切り替わるプロセスとして必要不可欠のものなのだろう。

 「指数関数的増加」を人々のマインドセットに埋め込んだのが、英国ではサッチャー首相、米国ではレーガン大統領といった「強い政治家」の時代になるが、それまでの実体経済から小さな政府を目指して経済政策を行ったのが特徴だろうか。いずれも、英国病に代表される破綻寸前の経済状態にあったが、共通した政策としては規制緩和による小さな政府を目指し、経済回復は実現した。しかし、同時に、何かを失ったのだろう。

 サッチャー首相は、「社会というものはありません」と言ったようだが、「その代わり、市場はある」と言いたかったのだろうと思う。これがそもそもの間違いだったのではないか。

 この時代、日本では中曽根首相の時代になるが、ちょうど経済成長を完了した直後の日本は、その後「土地バブル」という形の金融バブルに突入している。このバブルは、エネルギー使用量との相関などを見ると、最後の途上国型バブルとでも言えるものであった。

 この日本のバブルは、米国の金融バブル(借金バブル)とはいささか質が異なるものだと思っていたが、サブプライムローンの破たんには、どうやら日本の土地バブルと似た要素があったようだ。

 日本はという国は、英米に遅れること20年という歴史を歩んでいるのだろうか。2000年代になって、小泉首相が小さな政府を目指した経済政策を行っている。

 小さな政府を目指すと「社会というものはありません」というマインドセットになるのだろうか。小泉首相時代の所得税政策以後の格差社会への移行を見ると、そのような傾向があるようにも思える。

 このように見れば、20世紀後半を「社会を無視して、経済の指数関数的成長を目指した時代」と定義できるだろう。2008年とは、「20世紀が8年間遅れでやっと終わった年だった」と言えれば、2009年を若干でも明るい気分で迎えることができるように思う。

 2009年は、実際のところ、極めて重大な年である。気候変動に関わる会議ではあるのだが、実は日本経済の方向性を決める重大な交渉であるCOP15がデンマーク・コペンハーゲンにおいて12月7日から開催されるからである。

 COPで議論されていることは、(1)抑制策、(2)適応策、(3)技術移転、(4)資金メカニズム、とこれらを包含したビジョンなのだが、日本における報道を見ていると、(1)抑制策のうち、中期目標として2020年の排出量を何%削減するか、といった議論しかやっていないような印象を与える記事しか出てこない。

 これらのうちで世界にとって、かつ、日本という国にとってもっとも重要なことは、実は、(3)技術移転である。これが順調に行われて初めて、地球レベルでの問題の解決を見るからである。この技術移転の枠組みがどのようなものになるか、これは、日本が環境・エネルギー技術立国をできるかどうか、その決定的な要因なのである。しかし、どうも、そのような意識を誰も持っていないのが大いに気になる。

 日本は、金融立国を目指すのか、それとも、しばらくは科学技術立国で行くのか。もし、後者だとすれば、環境・エネルギー技術立国が有力候補である。2007年6月に出された「環境立国戦略」という文書があるのだが、政府の作る文書らしく、「八方美人」である。戦略とは、本来、方向を選択することなのに、八方とは何事か、という文書である。

 本当の戦略を作りなおすことが必要なのだが、残念ながら、現在の政治的な状況のために、そんな余裕が無いのだろう。

 もしも環境・エネルギー技術を科学技術立国の中心に据えるのであれば、COP15に至る交渉過程で、日本にとって、かつ、世界にとって有利な技術移転の枠組みを作り上げる必要がある。

 この検討がすぐにでも必要なのだが、残念ながら、日本国内の状況は、受け身でしかない。

 今のままでは、COP3での結末と同じこと、すなわち、欧米諸国主導の中で、不利な結果を背負い、今頃になって、「京都議定書は不平等だった」、などというような結末を迎えることが必至であろう。

 これが2009年の最大の心配事である。

 今後、どのような社会にするのか。日本にとっては、1970年代がどのような時代であったか、それを振り返るという欧米にはない手段が残っている。欧米だと、やはり1970年代に書かれたハーマンデイリーの"Steady State Economics"が、かろうじてそのような指針に使えるのかもしれないが。

 いずれにしても、振れすぎた振り子は戻る。その戻りはじめの年、それが2009年になることは確実である。問題は、どこまで戻すのか、である。その議論を始める年にしなければならない。