2010年という年   12.26.2010  




 毎年最後の記事では、その年のまとめを書いている。

 昨年のまとめでは、「なぜ日本は発展しない国になったのか」を「最大の問題」だったと結論している。

 今年は、と言われると、「全く同じことが問題である。しかも、その程度がますます厳しい状況になった。その上、解決の方向に向かって進んでいるとはとても思えない。この閉塞感をいかなる方法論を用いても良いから、なんとかしないと」、としか結論できない。まことに残念である。


日本の国家予算

 具体的な問題点としては、それこそ構造的にいくつもあるのだろうが、その根幹は、「自己利益を優先するマインドに支配されていること」、だと言えるのではないだろうか。

 閉塞感が大きいのも、まずは財政的な限界に対して、政治的な責任を果たせていないからである。「政治家というものは、自らの当選が最大の自己利益であるが、そのために政治を行ってはならない。なぜなら、それが余りにも当然である故に、それを追求すると、選挙民からの尊敬を得られないからである」。

 これがモノの道理である。それを十二分に自認しなければ、政治家としての条件を満たさない。

 同様に、一般国民も自己利益優先型のマインドになり過ぎた。

 来年度の予算は、過去最大となった。
http://www.mof.go.jp/seifuan23/yosan001.pdf
 総額92兆3千億円。しかし、歳出の大枠が71兆円。というのは、国債返済・利払い額が20兆7千億があるから。

 歳入は、税収が37兆4千億。新規国債発行額が44兆3千億円。その他収入が10兆6千億円。この最後の10兆円余は、いわゆる埋蔵金の類なので、使ったら終わり。来年度の予算編成作業は、この10兆円がないので、多分不可能に近いのでは。

 このような財政的な閉塞感が、日本全体に与えている影響が非常に大きい。

 だからといって消費税を一気に上げることが可能なほどの経済的な情勢にはない。現在の5%の消費税の税収は約10兆円であり、来年度予算の「その他収入」の金額に匹敵する。この金額が再来年度の予算では使えないとすると、歳出を抑制しないことには、消費税を10%をにしたところで、やっとのことで現状維持である。


TPP(Trans-Pacific Partnership)

 今後の日本産業のあり方に直接影響すると思われる話題がTPP(Trans-Pacific Partnership)であった。環太平洋諸国の関税を原則的に全品目に対して撤廃することがその中身である。

 この可否を議論する基本は、雇用確保と日本の立国である。立国とは、いくつか要素はあるものの、現実的にもっとも重要なことが、「資源・エネルギーのないこの国が、何を輸出して生きるか」である。

 日本が当面製造業で食べていくことを継続したいと思ったら、TPPに参加する以外に方法はない。

 問題は農業が崩壊するからということのようであるが、戸別補償制度を導入したからといって、現在の農業が大々的に復活するとも思えない。そもそも日本の農業人口は、どのような対策を練ろうとも、向こう10年で、2/3になってしまうのではないか。

 農業人口は現状でも日本の総人口の2%。これが2020年頃には、1%に近くなってしまうのではないか、と予測される。

 ところで、労働力調査(基本集計) 平成22年10月分(速報)結果
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/index.htm
によれば、その要約は、次の通りである。

○10月の就業者数は6286万人と1年前に比べ15万人増加

・就業者数は2か月連続の増加
・主な産業別就業者数は,1年前に比べ「医療,福祉」などが増加

(主な産業別就業者数及び1年間の増減数)
●医療,福祉・・・・・・・・・・ 676万人と,46万人増加
●宿泊業,飲食サービス業・・・・・・・・・・ 390万人と,11万人増加
●卸売業,小売業・・・・・・・・・・ 1055万人と,9万人増加
●製造業・・・・・・・・・・ 1057万人と,7万人増加
●サービス業(他に分類されないもの)・・・・・・・・・・ 469万人と,1年前と同数
●建設業・・・・・・・・・・493万人と,23万人減少
●農林業・・・・・・・・・・246万人と、1万人減少


 平成22年度予算で大幅に減ったコンクリート関係の予算が公共工事を減らし、そのためだろう、建設業の就業人口が大幅に減っている。それでも、農林業の2倍以上の就業者数である。

 建設業を復活されるために、無駄な道路を建設するのが良いとも思えないが、農業に比べると、冷遇されているのは事実なのではないだろうか。

 製造業の就業人口は、1057万人と依然として高水準である。この人口をなんとか維持することが、当面の対策として、やはりもっとも重要なことなのではないだろうか。

 製造業が減退してしまったから、金融業で生きる。これがEUなどの基本的な戦略である。それなら日本に金融業・保険業に従事している人口はどのぐらいいるのか。

 158万人。これが答。これで日本全体を食べさせるのは、絶対的に不可能である。

 日本の失業率がEUなどに比べて半分程度で収まっている理由が、製造業を中心に据えた産業構造を維持できているか、否かである。

 EUでもなんとか食いつないでいるのは、ドイツ、それにフランス・オランダ・北欧ぐらいなものである。日本に近い産業構造を維持しているドイツは、日本よりは多少多いものの、7%程度の失業率を維持しているが、例えば、スペインの失業率はなんと18%だという。

 ギリシャの危機がユーロ危機を招いたが、政府債務残高が2008年から急増したのが直接的な原因である。政府債務残高は、一般にGDP比で表現されるが、2008年に100%が程度であったものが、2011年には140%になると予測されている。

 ちなみに、日本の債務を比べると、現時点でも180%ぐらいになっているのではないだろうか。

 それでもなんとかデフォルトにならないで済んでいるのは、日本の国債を買っているのが、日本人と日本の金融保険業だからである。しかし、それもそろそろ限界か。

 話を戻して、日本の農業をどうするのか。今年のHPを書くにあたって、もっとも勉強したことの一つであった。その結論は、やはり穀物としては、コメに集中する。

 関税が撤廃されれば、安価なコメは入ってくるに決まっているが、それは、日本人の使命として、なんとしても買い支える。個人だけが買い支えるのではなく、韓国のように、TPPによって利益を受ける製造業が、コメを買い支えるということが望ましい。

 単にコメが美味しいからではない。水田の景色が日本の美しい景色である以上、これを守るのが、日本人として当然の行動だと言わなければならないだろう。これができてはじめて、日本人的な連帯感が戻る。

 コメ以外の穀物は厳しい。ムギ、トウモロコシなどを国産にするのはほとんど不可能。畜産も、乳製品は厳しいだろう。高級肉に特化する以外にないのではないか。

 野菜、果物、花卉などは、日本の品質で勝負できる。食料自給率が低いとして問題にされるが、金額ベースであれば、70%程度はある。なぜカロリーベースだけを問題にするのか分からない。

 農産物も太陽のめぐみだと言いながら、実際には、太陽エネルギーを固めたものではない。大量の石油を使って農業が行われており、エネルギーの輸入が途絶えれば、農業すら全くできない。

 安全保障という概念がない国というのも日本の特徴だが、安全保障の順番はどこの国でも同じ。まずは、国土の安全保障。次がエネルギーの安全保障。最後が食料の安全保障である。


中長期ロードマップ

 個人的に何をやった年だったのか、と問われると、嬉しくない最大のイベントが、「事業仕分け」だった。実際に仕分けられたのが4月28日だったが、柄にもなく緊張した。

 仕分け人になんとか理解をして貰えたのは、その後の展開のためにも、結果的に良かった。

 もう一つを上げれば、環境省の中長期ロードマップ小委員会の検討作業。マクロフレーム検討WGの座長をやらされて、2050年ごろまで、日本という国がどのようにして生きるのか、を主たる課題に色々と検討を行った。

 超長期ビジョンのような作業を、これまでも何回となくやってきているのだが、やはり未来を読むなどということはできない。なぜならば、国の将来などは、基本的に国民がどのように選択するかというものであって、自然のなりゆきに任せておけば良いというものではないからである。

 要するに、未来は作るものであって、自然に来るものではない。

 このような作業を環境省の、しかも気候変動対応のためだけにやるのはもったいない。もっと広範なメンバーで議論を常に行うことが必要不可欠なのではないだろうか。

 審議会というものがすでに議論の場ではなく、自己主張の場になっており、何を言われても、この場で自らの見解を変える委員はいない。いや、ある団体を代表して発言しているので、自分の責任では変えられないというのが現実である。

 審議会が利益代表の集まりになってしまった以上、別の枠組みで個人の良心と見識に基づいて、基本から議論をする場を設定する以外に、何を合意するにしても、方法論が無くなっている。

 ところが、現実の世界では、批判を認めない傾向が増大しているということもあって、様々な縛りがますます強力になっていて、個人の良心と見識に基づいて議論を行うことが、できにくくなっている。

 このような状況を意図的に改善しないと、この国は、何もかも力で押し付けるような国になってしまう。特に、未来世代にとって重要な課題については、意図的に自由な発言を推奨するような会議を多数準備する必要がある。


排出量取引

 中長期ロードマップと並行して検討されてきた環境省の排出量取引の検討を行っていた委員会があったが、排出量取引については、慎重に検討(≒しばらく保留)という結論になる(正式には予定)。

 個人の主張は「排出量取引嫌い」である、として知られているかもしれないと思うが、実は、嫌いというよりも、すでに述べてきたように、製造業の就業人口が金融業の10倍に近いこと、EUなどの産業構造では失業者が多くなること、を重視している。要するに、目指す国の姿によって、何が正しいかは変わる、ということである。

 本当に大嫌いなものもあって、京都メカニズムの中で、国と国との間で行われた排出量取引である。

 12月になって流れたニュースによれば、ウクライナのティモシェンコ首相が、余剰排出枠の日本への売却代金を不正に流用したとして刑事訴追を受けているという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101221-00000011-jijp-int.view-000
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/focus/32/news.pdf

 排出量取引は排出量削減を個々の企業が行うとしたら余りにもコストが高くなる場合の緩和措置としての価値があり、逆に言えば、企業が困ると言わない限り、この仕組みを整備する必要はないとも言える。すなわち、前提として、厳しい排出枠の設定がある。

 排出枠の割り当てには、様々な方法がある。Grandfatheringと呼ばれるやり方は、国が無償で各企業に割り当てるのであるが、国がある企業にこれ以上の排出はまかりならんという権限がどこにあるのか。これは、その国の成り立ちの根幹に関わる事項である以上、もっと様々な人々の主張を聴く必要がある。

 オークションによって排出枠を割り当てるのは、その意味では合理的であるが、これが上手く行くかどうか、それこそ実証実験を行わないと難しい。

 東京都が排出量取引を初めているが、その主な対象がオフィスからの排出であって、それは業種に無関係であるため、排出枠の割り当てを合理的に行うことができる。このような仕組なら有効なのではないだろうか。

 先日、様々な有識者が排出量取引についてどのような主張をしているかをチェックしていたところ、妙な傾向に気づいた。

 まず、排出量取引を日本にも導入すべきだという主張には、「EUは進んでいる。ここで日本が導入をしないと、ますます遅れてしまう」というものが多いことに気づいた。

 個人的には、どう考えてもEUが進んでいるとは思えないのだ。製造業を国の根幹として位置付けることを諦めた国だからこそできることに過ぎないと思える。

 一方、排出量取引を導入すべきではないという主張には、日本のような国がやたらと厳しい排出量削減の仕組みを背負ったとしても、その排出総量が世界の4%以下の国である以上、地球レベルで見たときには、効果は極めて限定的である。むしろ、日本の省エネ技術を世界に普及させる方策を練った方が効果的ではないか、という主張を含む場合が多いことに気づいた。

 この主張は、グローバルな視点があるということで、正しいと言える。

 この点に関しては、排出量取引の推進派は、すでに日本の技術は遅れてしまった、と主張をすることが多いようだ。

 しかし、それは多分間違っている。「日本の省エネマインドが進みすぎていて、世界の常識と乖離をしている」、と表現すべきだと思う。まずは、省エネがいかに気持ちが良いことか、気持よく感じることができるかを伝達する必要がある。

 例えば、ハイブリッド車には、大量の排気ガスをばらまきながら大きな車に乗るのは違った楽しみ方がある。新コタツ文明機器を使っていると、その賢さに感激できるという楽しみもある。家の断熱を高めれば、まさに快適さと省エネの両立が実現できる。

 このような考え方をアメリカ、ロシア、産油国などに地球市民の持つべき教養として輸出することから始めなければならない。

 そして、もう一つは、賛成派・反対派には専門性が反映しているのではないか、という発見である。すなわち、排出量取引を導入すべきだと考えている人には、文系人間が多いことに気づいた。

 となると、排出量取引に反対しているのは、理系人間だということになるが、どうもそのような傾向がある。

 理系人間は、日本の技術力にある程度の自信があるから、これを上手く使えば地球レベルでの排出量削減に貢献できると思っている。

 ところが文系人間は、日本の技術など、「どうせ遅れている」。なぜなら、「先進的なEUの仕組みも入れられない国なのだから」、と思っているのではないか。

 あるいは、社会的に新しい仕組みを導入することこそ、文系人間の役割だと思っているのかもしれない。

 しかし、日本という国は依然として、製造業が輸出を支えている国なのである。ある程度の輸出というものが、日本の根幹を支えるために必須である。

 もしも排出量取引を導入したいのであれば、ルクセンブルグのように、金融業で国のかなり割合の雇用を確保して見せると同時に、金融業で外貨を稼ぐことも可能なことを実証してから、そのように主張して欲しいと思う。


尖閣列島とレアアース

 日本の省エネ技術が中国に大きく依存していることが、尖閣列島漁船衝突事件の余波で、図らずも明らかになってしまった。

 エネルギー、鉄鋼、セメントのように、量的に代替不可能といった材料用ではないのだが、それでも、いくつかのレアアースが無いと、しばらくの間確実に困るだろう。

 その対応は、技術開発しかないと思うのだが、具体的には次のような対応だろうか。

1)地殻に豊富に存在する元素のみで対応する。
2)海底や海水から得られる元素の使用を重点的に考慮する。
3)代替材料の開発を進め、可能な限り、有機物と炭素で対応する。
4)製品のリサイクルを徹底的に進める。
5)すべてのプロセスの省エネを強化する
6)自然エネルギーで水素を生産し、主要なプロセスに組み込む。
7)物質や元素の有害性・危険性を過大にも過小にも評価しない。


 機会を見て、もう少々考えてみたい。


2つの国際的な枠組み

 生物多様性条約の名古屋でのCOP10。気候変動枠組み条約のメキシコ・カンクンでのCOP16。その結果などについては、最近のHPをご参照いただきたい。

http://www.yasuienv.net/COP10Closed.htm
http://www.yasuienv.net/NagoyaPtcl.htm

http://www.yasuienv.net/COP16Mex.htm
http://www.yasuienv.net/COP16End.htm


個人的なことはPartUで

 しかし、一つだけ。

 現在、孫が4名になった。しばらくはこれ以上増えないことだろう。 この孫達が生き甲斐のある人生を送れるような国を作るように提言し、努力すること。これが我々同世代にとって、当面、かつ、最大の責任なのかもしれない。