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  「2050年の世界」の書評 07.27.2013
     英「エコノミスト」誌が予測する未来は本物か




 この本が出版されたのは、昨年の8月のことなので、拙著「地球の破綻」の執筆に取り掛かろうと、8人衆(本文後の注1参照)と勉強会をやっていたときのことである。

 本書の第二部に環境、信仰、政府という部分があるが、エコノミストだけのことはあって、環境関係の記述は、全部で100ページにも満たない第二部の1/3程度の量で、極めて貧弱である。しかも、話題は、気候変動に限定されている。

 それ以外の構成は、第一部 人間とその相互関係、 第三部 経済とビジネス、 第四部 知識と科学 となっている。

 面白いのは第四部の第20章に、予言はなぜ当たらないか、が書かれていて、そこには、「成長の限界」も、かなり遠慮気味ではあるが、批判の対象になっていることである。要するに、世の中は、あるいは、メディアは(受け手の一般人も)、「悲観論だけを面白がるから、それだけが記述されること」が当たらない理由だとしている。

 環境に関して、決定的に間違っているのは、気候変動の予測も、その悲観論の一部だと評価しているところである。確かに、2050年までだけを考えれば、それほどのことは起きない。しかし、もしも西暦2300年とか3000年とか言った時代を考えれば、かなり決定的な悪影響が出ているだろう。しかも、その悪影響は、2050年までの人間活動によって、相当に悪いか、それほどでもないか、が決まることを無視していることである。

 すなわち、2050年でも充分に未来なのだから、「エコノミスト」誌としては、それ以上先を考えない、としているとしか思えない。これが、この本の最大の限界である。

 前回、書評を書いたヨルゲン・ランダースの「2052」は、「成長の限界」の自縄自縛を解けなかったところが、「その限界」であった。それに対して、「2050年の世界」は、未来が2050年で切れていて、それから先と連結されていないところが「最大の限界」である。

 反発が来ることを承知の上で、敢えて書いてしまえば、2050年を超した予測ができるのは、「科学」のお陰である。すなわち、「科学」は、より確率の高い変化の方向性を見極める道具でもある。しかし、両著書とも、その「科学」を、経済の牽引車となる新しい何ものかを生み出す存在としてしか見ていないところに、根本的な限界があるのではないだろうか。

 「地球の破綻」を書くとき、先に述べたように、この本の「環境」の記述が余りにも貧弱なのに驚いた。そのためもあって、それ以外のところは、ほぼ読み飛ばしてしまった。

 今回、本書を見なおしてみて、このような全く不十分な記述をしている書籍が売れるのなら、未来の環境について、もう少々しっかりとした記述をしてあれば、「地球の破綻」がビジネス書としてもニーズがあるかもしれないと思ったものである。

 そこで、もう少々真面目に読みなおして、書評もどきを書くことにした。


C先生:先週が「2052」の書評、そして、もう1つ比較的よく読まれた未来予測の本として「2050年の世界」があるので、この本を批判的に眺めて見よう。

A君:書名の正確な記述から。
 2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する 著者は英『エコノミスト』編集部、初版2012年8月5日、文藝春秋。

B君:目次は、すでに記述されているように、第5部までの20章で構成されている。まとめて記述すると余りにも長いので、Amazonででも確認していただきたい。

A君:はじめに から始まるのですが、これは編集長のダニエル・フランクリンが書いています。「2050年までを見通すことで現在を理解できる」。これが本書の書かれた目的だとしています。要するに、2050年から先は、フランクリン氏にとって、誰も読めない未来だから考える必要はない、というスタンスだということです。

B君:もう1つのスタンスが、「成長の限界」に見られたような悲劇的な未来を書くことは、その本がベストセラーになった瞬間に、対策が取られてしまうので、当たる訳がない、ということ。だから、できるだけ前向きに記述をしたということ。

A君:そのスタンスは正しいと思います。2050年には、まだ可能性が満ち溢れている。それは、我々もそう思っています。この本全体では前向きに書いたと言っていますが、日本に対する記述だけは、かなり悲観的なので、この本の予測が当たらないようにするには、何をすべきか、日本人全員が、しっかりと前向きに考えるべきだと思いますね。

B君:その答えは簡単ではないか。個人的かつ短期的な利益をある程度無視できるかどうか。要するに、既得権を何か公的なものに提供することができるかどうか。

A君:要するに、個人の生活環境・経済環境が変わることをある程度容認するということですか。それは、高齢化社会にとってもっとも難しいことだと思いますが。

B君:セーフティーネットを作りそれを維持することばかり考えていると、まあ、この本の予測通りになってしまうような気もする。しかし、せめて、アジアの状況だけは多少前向きに取り組みたい。

A君:といっても、中韓との外交関係を改善することだけではないですよね。

C先生:そのあたりの解決法も含めて、しっかし議論しよう。それでは、今回の方針だ。各章の評価をただの一文で記述したらどうなるか、それを各人が述べるという方針で進めることにする。


第一部:人間とその相互関係
第一章 人口の配当を受ける成長地域はここだ


基礎としているデータと解釈:人口関係のデータ多数。ほぼ、国連の中位予測を採用している。そこが下位予測よりもさらに楽観的なデータを用いている「2052」との最大の差である。こちらの予測の方が、現実には近いものになる可能性が高い。しかし、この予測は大きすぎる可能性がある。なぜならば、国連中位予測では、各国の出生率が低下から再び増加するという仮定をしているからである。

A君:「人口の配当」という言葉で、アフリカや中東の人口が増えることによる経済成長を見ているのですが、実際そのベネフィットをどこの地域が得るのか、これが最大の問題で、ここには記述されていないのですが、自動車で言えば、途上国での売上増加を目指すVWやGMのような戦略が正しいのか、それとも、ダイムラーやBMWのように、プレミアムを目指すべきなのか、このあたりをどう解析するか、答えが書かれていない。

B君:日本についての記述だが、世界史上未踏の高齢社会になるとされていて、これは恐らく現実のものになるが、だからといってこれを負の効果しかないと思わないことが求められている。

C先生:日本の目指すべきことは、いくつかあるが、大量生産を目指すことは海外で、国内では、やはり付加価値の高い製品、しかも、個人のニーズに合わせたオプション満載の製品や食料などを作ること、さらには、哲学的な思想をもった製品などに特化することで、一足先に高齢化した社会から得た経験知をプラスに変換するといった方向が重要になるだろう。


第二章 人間と病気の将来

基礎としているデータと解釈:エイズ、新生児、長寿、肥満や糖尿病、死亡率などのデータ。死亡率などは低下する。出典は違うが、これはWHOのデータに準拠しているように見える。伝染病については、スーパー耐性菌が懸念。高齢化と肥満化も問題。ゲノム解析による治療も進む。
 しかし、AIDSを重要視し続けている記述や、iPS、組織培養などによる治療といった観点が欠けていて、データとしては古い。微生物のゲノム解析による新規抗生剤の開発のような可能性が指摘されていない。

A君:高齢化は世界全体の問題になる。その際、肥満の影響は指摘されているものの、もっと大きい。というのも、ヒトの運動能力だけでなく、脳の劣化を招きやすい糖尿病などとの関連性も高いからで、その点、日本人は現状よりもさらに肥満を解消することで、高齢化しても脳力(&能力)で社会に貢献することが可能であるはず。

B君:スーパー耐性菌は、確かに問題になる可能性が高い。新しい抗生剤は必要とされているが、これまでの研究は、既存の抗生物質を化学的に修飾をすることで新薬剤を目指すものだったが、再度、新規な抗生物質を生産する細菌を探す方向に向かい、そこではゲノム情報が有効に活用されるのではないか。

C先生:三浦雄一郎さんの80歳でのエベレスト登頂は、日本人の高齢者のレベルが普通ではないという証拠を示したものではないかと思うが、体力面だけでなく、知的レベルの維持という面でも、日本人の高齢者はさらに頑張って、新しい哲学に基づく文化や製品を世界に発信しつづける必要がある。


第三章 経済成長がもたらす女性の機会

基礎としているデータと解釈:女性の選挙権、女性の仕事、女性の力、イスラムの人口増加など。

A君:日本でも女性の進出が必須。

B君:スーパーウーマンの出現待望。

C先生:育児支援などの社会システムの充実が必須。


第四章 ソーシャル・ネットワークの可能性

基礎としているデータと解釈:フェイスブックなどの増加傾向。遊びの時間。

A君:SNSの負の面、例えば、スーパーな冷凍ケースに入って写真を撮るといった発想しかできない負の面がこのところ語られるようになったが、この本ではそのスタンスが無い。

B君:政治的な影響力も、「アラブの春」で持ち上げられすぎたようにも思えるのが昨今の状況ではないか。

C先生:SNSの意見も、例えば、ビッグデータとか言われてもてはやされるTwitterも匿名が大部分である以上、隠された欲望の動向を探るには良いが、ノイズが多くて知的なツールにはならない。


第五章 言語と文化の未来

基礎としているデータと解釈:余暇時間、音楽、映画、文学、テレビ、電子書籍などの動向。言語としての英語、中国語など。中国語は文字数が多すぎるために普及しない。

A君:英語の特徴は、文法が硬直的でなく、かなり柔軟性に富んでいること、文字数が少ないことで、そのため普及したし、今後も、普及する。

B君:文化というものには、世界的文化とローカルな文化があって、世界的文化は英語化し、ローカルな文化はローカルな言語で記述されるので、日本も、英語を普通に読み、普通に話す人口がもっと増えなければならない。

C先生:直接関係の無い発言をすれば、英語をそれなりのレベル以上に習得した人に聞くと、その上達の方法論はほぼ同じで、自分で興味のあること、例えば、映画(私の場合)やテレビドラマ、演説や講演などの「音声の教材」を自分で作り、それを常時聞くという方法論(ちょっと効果がでるのが200時間後、確実に効果がでるのは2000時間後)だったので、皆さんもこのマネをされることを推奨。


第二部:環境、信仰、政府
 環境について語られるのは、この部分だけだが、非常に貧弱である。

第六章 宗教はゆっくり後退する

基礎としているデータと解釈:信者数、貧困・出生率との関係、経済開発との関係、世界的には無宗教化へ。

A君:経済的な発展によって無宗教化に進むとしている点だが、米国を例外としているところが気になる。

B君:世俗性、いわゆるsecularismを守ろうとするトルコのような国でも、イスラム的規範を重視する政権ができることをどう解釈しているのか分からない本だ。

C先生:イスラムの将来がどうなるか、特に、トルコとインドネシアのイスラムがどうなるかに注目しているが、そのような記述がないのは、やはり著者が英国だからだろうか。


第七章 地球は本当に温暖化するか

基礎としているデータと解釈:温暖化することは間違いない。しかし、どの程度かについては不確定要素が多く、判断が困難。リスクの管理、いわゆる適応策が重要。

A君:コペンハーゲンでのCOP15+αが最新のデータのようで、その後の科学的予測などについて、データを持っていない様に思えるので、どこまで信用して良いのだろうか。

B君:エアロゾルによるジオエンジニアリングに過大な期待をもっているようで、この方法での対処法が、麻薬や筋肉増強剤的な方法論であることを理解していないように思える。

C先生:最初にも記述したが、2050年までには、それほど重大なことは起きないが、2050年までの人間活動が、その後2300年とか3000年における影響にスイッチを入れてしまうという最近の科学的検討結果について、知識が無いようだ。


第八章 弱者が香車となる戦争の未来

基礎としているデータと解釈:中国軍の増強、技術の拡散、テロなどの動向。アメリカの支配は弱まり、核戦争の危険は増大する。

A君:宗教の影響も負で、特に、イスラム過激派はその危険要因であるということは、そう簡単には変わらない。

B君:中国の覇権主義は、共産党一党独裁による資本主義というシステムによって、他の国よりも圧倒的に集金効率の高い政府を維持しているためで、これが変わらない限り、リスクは下がらない。

C先生:中国との距離が遠い英国においても、こんなリスク感覚だということは重要な情報だ。


第九章 おぼつかない自由の足取り

基礎としているデータと解釈:国の自由の度合を評価している。公共心と経済第一主義の戦いの動向。

A君:民主主義は後退するというのは、恐らく、第八章との関連においても事実になるだろう。

B君:民主主義をどう評価するか、という民度を高める努力が必須。

C先生:公共心が民主主義の欠陥を補うという本書の主張は、これをヒントにして、「地球の破綻」でいくつかの主張を行なった。


第十章 高齢化社会による国家財政の悪化をどうするか

基礎としているデータと解釈:年金、医療と国の財政。北欧による財政再建の成功例。

A君:年金と医療は日本最大の問題。

B君:財政再建は必須で、それには、税金を払っても良いという国になること条件だが、人口が多いアジアの国である日本では、政治との距離が大きい人が多くなってしまい、税は搾取だと思う傾向になるので、北欧なみの心情を有する国民になるのは、難しいかもしれない。

C先生:健康で能力のある自立できる高齢者の割合を増やす以外に、日本での解決法はないように思う。


第三部 経済とビジネス
第十一章 新興市場の時代


基礎としているデータと解釈:開発途上国が資本主義を受け入れたために、予測よりも現実が上回った新興市場。労働人口などの要因によって、インドが中国よりも強くなる。教育と生産性の関係。

A君:中国は2025年(実際にはそれより早い)を堺に急速に高齢化するのは事実だが、労働人口が本当に不足するかどうか、農業人口がまだ多い現状からみて、教育が充分に行き渡ればなんとかなる可能性があるのでは。

B君:インドが生産性の面で中国を抜くとは思いにくい。

C先生:新興市場を日本の産業界はどうみているのだろうといつも疑問に思うのも、企業経営者の方針が明確でないからかもしれない。


第十二章 グローバリゼーションとアジアの世紀

基礎としているデータと解釈:変化の速度、豊かさなど。後追いは、成長が早い。

A君:後追いは成長が早いのは、韓国、中国に日本がある部分で抜かれたことでも当然なのだけれど、本当の勝負はそれからだというところが意識されていない。

B君:それは、欧米が勝つには、社会システムのようなソフト面以外にないと、最初から諦めているからだろう。

C先生:アジア経済が牽引するというシナリオの蓋然性が高いとしているが、どちらが正しいか分からないものの、最近、資源国であるアフリカ重視の見方があることは、まだ強調されていない。


第十三章 貧富の格差は収斂していく

基礎としているデータと解釈:ジニ係数、富裕層の儲け。各国間の格差は縮小し、国内の格差は拡大。

A君:これは、全く同意。

B君:その通り。

C先生:「地球の破綻」の記述は、この本のマネをした訳ではなく、成長しているアジアの現状などを見てきた経験に基づくものだが、最大の問題は、貧富の格差は収斂するものの、外国と自国の問題ではなく、自国内での問題であるために、不満分子が増える可能性が高く、社会の不安定性が高まる可能性が強いことで、中国のような中央集権が強い国以外だと、これが政治的な破綻の原因になりやすいことだ(一文で書くのは難しい)。


第十四章 現実となるシュンペーターの理論

基礎としているデータと解釈:この理論とは、「起業家とは破壊的イノベーションの実践者であり、いち早く未来に目を向けて、その予想図を実現可能な事業へと変換する人々を指す」。「歴史は加速している。古いやり方が捨てられる速度は増していく」。

A君:英国だからかもしれないが、これまでの認識が古いのではないか。

B君:本題と無関係だが、シュンペーターがどんな変人であったかの記述が気に入った。

C先生:現時点での小学校1年生が、大学院を出て就く職は、今は存在しない職である可能性が高いというのはすでに常識ではないか。


第十五章 バブルと景気循環のサイクル

基礎としているデータと解釈:株式の乱高下、コモディティ価格の変化、2050年までに、何回かのサイクルを経験することだろう。

A君:日本の株式市場が悪い例になっている。

B君:アベノミクスがどうなるか。

C先生:過剰流動性資金という概念は無いのだろうか。


第四部:知識と科学
第十六章 次なる科学

基礎としているデータと解釈:科学書の出版数。進化は、生物学が中心になる。

A君:科学系のノーベル賞を受賞した日本人は、15名(現在16名)に過ぎず、これは日本人の若手研究者のマインドが、先達の権威に迎合しがちだから、という解釈に苦笑したが、韓国が科学系ノーベル賞を取れるかどうかは、そのマインドに依存するかも知れない。

B君:現実には、欧米人からなる審査員に日本人研究者の業績が知られるようになったのが、最近のことだからで、やっとノーベル賞も世界的な賞になったと言える。

C先生:ノーベル賞に関する日本の弱点は、明らかに経済学賞が取れないことではないかと思うが、それは、やはり島国根性と語学力の問題かと思う。


第十七章 苦難を越え宇宙に進路を

基礎としているデータと解釈:有人宇宙飛行の件数、地球外生命体を見つける方向性になる。

無理やり20章構成にしたかったのではないか。つまらないので省略


第十八章 情報技術はどこまで進歩するか

基礎としているデータと解釈:データのインフレ、ムーアの法則、

A君:ウェブ技術によって以前なら集めることに価値があったが、最近は、簡単に集めることができるようになって、価値はそれをどう解釈するかにあるが、現時点では、ビッグデータように、商売に直接関係できるかもしれないもの以外の評価が低すぎるように思う。

B君:まあ同感で、文化・文明としてのウェブ技術という観点が重要だと思うが、そのような考え方が無さそうだ。

C先生:ウェブ技術のメリットを最大限享受しているつもりだが、それはどのような情報を集めれば、新しい解釈ができるかを重視しているからで、この本の記述は、やはりエコノミスト誌の限界、すなわち、文明では商売にならないということを自ら証明しているように思った。


第十九章 距離は死に、位置が重要になる

基礎としているデータと解釈:携帯電話の普及台数。距離は死んだ。

A君:距離は死んだかもしれないが、やはり、世界を旅しないと、本当の理解は得られないと思う。

B君:世界旅行は、今後、ある程度安価にはなるが、やはり、そうならないようにも思う。

C先生:人の違いを肌で感じることが、何かを考察するときにもっとも重要だと思っているのだが、やはり、映画でもテレビでもダメで、宗教儀式なども現実に体験してみないと。


第二十章 予言はなぜ当たらないか

基礎としているデータと解釈:気象災害による死者、賃金に対する金属価格。悲観的な予測は外れる。

A君:これは、「地球の破綻」と同じ主張ですが、それは、これまでもいくらでも言われてきたことであって、「成長の限界」の限界などと評されてきたこと。

B君:しかし、新興国でも森林面積が増えるという予測だが、これは悲観的だから当らないよりも、とぼけたすぎた予測であるために当らない。

C先生:資源枯渇についての予測も悲観的予測だから当らないとされているが、それはいささかふざけていて、食糧不足の予言は外れるが、それと同じになるかどうか、まあ、2050年になれば分かる。


まとめの発言

C先生:すべての発言を一文で済ませるとしたもので、ストレスが貯まっていると思う。二文で述べることを許すとするか。

A君:基礎としているデータの量が、どうも少ないように思いますが、これで良いのでしょうかと感じました。経済学関係の予測でしばしば言われることは、経済学で本当に予測できるのなら、すべての経済学者は本など書かないで、自分で投資をして儲けるはずだということですが、これがこの「2050年の予測」にも当てはまるのではないですか。

B君:皮肉な発言を避けたいけれど、やはり気になるのは、科学的な予測も、経済的な予測と同程度の根拠しかないと思っているのではないか、ということだった。それに、資源分野などは、もっとデータを示して議論ができるはずなのに、ほとんど何も出されないで結論が出てくるのはなんとも。

C先生:まず、第一の特徴として、「2052」に比べると、使っているデータや、他人の意見が少ないので、本全体としての記述は分かりやすくなっている。しかし、それだけに解釈が独善的であるとも言えそうで、もっと客観的なデータや、様々な人々の哲学的な思考を含ませることによって、問題の解決をするという方向への記述をすべきだと思った次第だ、ということで、終わりにしよう。


注1:8人衆とは、「地球の破綻」の執筆に当って開催した検討会で、ご自分の専門分野について、プレゼンを御願いした方々のこと。
 江守正多 国立環境研 気候変動リスク評価研究員
 川島博之 東京大学大学院農学生命科学研究科
 薗田綾子 (株)クレアン代表取締役
 原田幸明 物質材料研究機構 元元素戦略統括グループ長
 馬場未希 日経エコロジー副編集長
 藤野純一 国立環境研 温暖化対策評価研究室
 松田裕之 横浜国立大学 環境情報研究院 教授 
 森口祐一 東京大学大学院 工学系研究科都市工学専攻 教授