-------

   2050年:日本の人口問題
     
人口に何を求めるのか 01.09.2017
               



 1月1日の記事で2050年の日本がどのような国になって欲しいか、その議論を始めて欲しい、という要望を書きました。
 その中の一つ、人口がどうなるかの予測について書いてみたいと思います。その前に、そもそも、人口というものをどのように考えるのか、例えば、人口が少なることについて、なにが根本的な問題なのか、という議論を若干やってみたいと思います。
 そして、最後には、将来の日本の人口予測のデータについて、ちょっとだけ述べて終わります。

    
C先生:2050年の日本がどうなって欲しいか、これが今回のもっとも基本的な質問になる。
 具体的には、1月1日の記事を再度整理していたとき、人口関係の2項目は、このように書く方が良いかと思う。
1.日本の人口減少になぜ対処したいか。
2.日本の2050年の9000〜9500万人は少なすぎると思うか。
 この2つの質問にどう応えるかということになる。
 しかし、そもそも人口問題とは何なのか。人口が減少することがなぜダメなのか。EUの中でも、移民に対する態度は色々だ。ドイツ(IMFのGDP per Capita2015で$40,997)では単純労働力が不足気味のようで、「移民は労働力だからプラス」と未だに考えられているので、難民の受け入れについても、ある程度の許容力がある。
 一方、イギリス($43,771)がEUから離脱の決断をした大きな理由が、EUに遅く参加した国、例えば、ポーランド($12,495)あたりから入ってくる労働力は、もともと工業国でもあり、かつ、真面目でかつ有能な人が多いので、イギリス人が失業してしまうこと。したがって、EU内部からの移民を排除したいという考え方が強かった。
 EUの中での最貧国であるブルガリア($6,832)は、豊かさはタイよりちょっと上ぐらいだけれど、紛争難民などを受け入れる余裕はないというのがスタンス。その上のルーマニア($8,906、中国のちょっと上)でも、大体は同じ。
 さて、日本($32,486)の場合、建設業などでは、確かに人手不足が言われている。しかし、それ以外にも、レストランや料飲店など、海外からの人手なしには動かない企業も多いようだ。しかし、だから人口が多い方が良いという考え方は、単純すぎるようにも思えるのだ。

A君:日本の国土面積は、第62位で、第63位がドイツ。ドイツの人口は約8000万人。2050年の日本の予想人口よりも少ないのです。

B君:やはり日本は平地が少ない割には、人口が多すぎる国だと思う。食糧自給は厳しいし、エネルギーの自給はかなり難しい。海洋国家なので、ドイツとは全く違った戦略を考えるべき国で、見本となるのは、やはりイギリスだろう。

C先生:昨年の秋に行った、バルト三国(エストニア$17288、ラトビア$13,619、リトアニア$14,210)は、併せても、日本の半分以下の面積だけれど、人口はたったの合計700万人。これでもなんとかやっている。しかも、国土はほとんど真っ平らだった。しかし、寒い国なので、食糧の完全自給は恐らく難しい。

A君:人口問題を考えるとき、難民への対応に対して多様性があるのですが、その他についても、誰が考え、何を考慮の対象にするか、で考え方が決まってくるように思います。例えば、政治家にとって、日本全体のGDPが増大することが重要であるのは、自分の任期内に国力を充実させたかどうか、という自己評価をするためかもしれませんが、一国民としては、自らの幸福のためには、一人あたりののGDPと物価の安定、さらに、教育の機会均等、福祉の充実、医療の高度化、働く機会の支援などによる、安心して生活できるかどうかの方が圧倒的に重要なのですが、政治家は違うのかも知れません。

B君:それは、当然。アベノミクスは、どちらかというと個人の幸福よりも、国力増大が大目的だったように思える。トランプ氏の今後の政策がどうなるか見ものだけれど、古いアメリカの復活を目指すという公約で、現時点で低所得者になってしまった一部の製造業に従事していた人々の支持を得たけれど、それが米国の産業活力を本当に高めると言えるのかどうか、それは大きな疑問。トランプ氏は最終的には、金持ち優遇政策をやる方向に決まっていると思うので。

A君:日本だって同じような状況、すなわち、政治家と一般社会の考え方が違ってしまう可能性が高いですね。米国の鉄鋼業はすでに衰退したけれど、12月10日の記事、「Net Zero Emissionで材料はどうなる」で書いたように、日本は、2050年でもまだ7000万トンぐらいの鉄鋼を製造しているかもしれないけど、この量からはるかに少ない量しか生産していない可能性もありますね。場合によっては、スクラップからの電炉によって、かなりの鉄がリサイクルされていることが、供給の中心になっていて、昔のような鉄の新規な生産が産業の中核であり続けるのかどうか不明。まあ、確率半分でしょうか。

B君:むしろ、鉄がどのぐらい必需品であり続けるか、これが問題かもしれない。金属限定で考えれば、アルミ・マグネシウム系の方が、リサイクルが電力のみで済む可能性があって、鉄が負けるという可能性も無いわけではない。ただ、やはり鉄は安価だ。

A君:12月10日の記事では、車のボディーは、航続距離を考えると、軽量ボディーになっていて、炭素繊維強化プラスチック(GRP)がやはりかなりの割合を占めている、ということにしています。しかし、石油起源のプラスチックは燃やすとCOを排出することになってしまうので、CCSが不可欠。しかし、CO処理費用を考えても、炭素繊維強化、あるいは、セルロースファイバー強化のプラスチックになっている可能性も無いとは言えないですね。

B君:鉄鋼を生産する変わりに、自動車はアルミ・マグネシウムとプラボディーでリサイクルとCCSということになれば、2050年だと、まだ80%削減の時代なので、若干の余裕は出るかもしれ

A君:問題は、むしろ、鉄鋼などの重工業が無くなったとき、雇用がどのぐらいあるか。恐らく、繊維強化プラスチックボディーは、製造工程が面倒ですが、実際には、ロボットが作っているでしょう。しかし、鉄鋼業にもほとんど作業員は居ないのでは。結局、人間が本当に必要な作業とは何か、ということになってしまう。どうなっても、余り雇用は変わらないかもしれない

B君:日本という国の場合、いつになっても、例え今世紀末でも、エネルギーと食糧の輸入は続けているのでは。エネルギーは水素かその変形、食品の輸入は穀物系と肉だろうか。これらの輸入のために経済的な活力を高める必要性があり、強い輸出産業が必要という考え方は、国の安定な運営とGDPのようなマクロ指標を高めるためには有効だろう。しかし、GDPが高いからといって、SDGsに言うディーセントDecent Job(やりがいのある仕事、とでも訳すことにする)があるとは限らないことになることが問題。

A君:製造業が雇用を支えるという考え方は、トランプ氏の選挙戦略ではあったけれど、2050年を考えると、普通の製造業の大部分は、ロボットが担っている。トランプ氏の選挙戦略としては正しい考え方だったかもしれないけれど、2050年に製造業がどの国にあるかを考えないとダメなのかもしれない。

B君:大量生産の製造業は、中国の時代は間もなく終わって、その後は、インドだったりするかもしれない。しかし、東アジア人というのは、世界的にみても変わった人種で、細かい細工などが上手な人が多いと思う。中国の博物館にある紀元前の工芸品の見事なまでに高度な細工などを見ると、本当に驚く。しかし、日本人のように細かい配慮ができる才能は、東アジア圏でもかなり特殊。だから、そのような人材を育成し続けることが、むしろ重要で、単に、労働力があれば良いというものではない。

A君:しかし、今後は、ロボットが超微細加工までやってしまうので、日本人の特徴は、かなり特殊な世界、すなわち、製品品質に関する高い感受性が必要な場合と、超少量生産の世界でしか、生かせないかもしれない。すなわち、通常の製造業はコストのために海外に行って、国内での大量の雇用源ではなくなる可能性が高いですね。実際、それがもはや始まっています。しかも、中小企業でも、ベトナムでなら、日本と同じものが作れると言っている企業が多くなっていますから。

B君:雇用の形態がどうなるかを考えることが必要なのは、製造業だけではない。事務作業では、人工知能で処理ができてしまう仕事がどの範囲なのか、それによって、そもそも労働とは一体何なのかを考えなければならなくなるだろう。人対人のサービス業にしても、例えば、相談業務などにしても、人工知能でかなりカバーができてしまう。IBMのワトソンが先駆的なマシンだけれど、相談窓口にあるカメラで顧客の表情を細かく読めるようになるだろうから、将来は、相談業務にも人は不要かもしれない。人間の仕事は、泣き落とし術ぐらい(=営業)になってしまうとか。

A君:創造的な仕事はどうですかね。もともと、雇用としては大きいはずもないですが。例えば、人工知能が小説まで書く時代になったとして、題材はなんでも良いのだけれど、極めて新鮮な小説を書く人工知能が登場するのでしょうか。

B君:あるいは、音楽家や画家も人工知能になってしまうか。もっとも危ないのは、非実験系の学者かもしれない。知識量やデータ処理能力としては、絶対的に人工知能に敵わない状態になるのが目に見えている。教育能力における人間の優位性は、若干残るかもしれないけれどね。人工知能に叱られても、怖くないだろうから。いや、プログラミング次第か。

C先生:まあ、難しい話になったが、もっと根本的な考え方とは何かを議論することもたしかに重要だ。しかし、話を戻そう。そもそも、人口がある程度以上のレベルでなければいけないということは、何を意味したのだろうか。

A君:極端ですけど、ある地域のほとんどすべての家が食糧は完全自給自足をすることになったと仮定します。となると、何がまずいことが起きるか、などという検討が原点になりそうです。

B君:農協とか地方自治体とか言った公共的サービスがほとんどいらない状態になる。なぜなら、すべての人が完全自給自足なら、そのようなサービスを買うお金を誰も持っていないことになるからだ。「経済」というものは、完全自給自足状態の社会では存在しない。すなわち、「経済」が成立するには、供給状態の過不足があり、その結果起きる分業社会でなければならない。どうやら貨幣の誕生の理由あたりを議論していることになっているようだ。自給自足社会に最低限付け加えられる「経済」とは、自家消費量よりも多い生産量があって、その有効活用のために、初めて生まれる。

A君:結局、人口が多いということは、いくら自給自足の社会であっても、ときに、ある家の畑が不作になって、食糧が確保できなくなったときでも、別の家では、別の作物を作っていたため、それを融通することが可能ということになりますね。融通できない社会には経済は生まれない。

B君:人口が多いことの利点とは、融通がキーワードか。だとすると、融通のポテンシャルが経済の規模を決め、それがさらに発展して、専業という商売が生まれる。しかし、融通を可能にするには、多様な作物を作っていることが重要な要素になりそうだ。

A君:専業が当たり前の社会は、人口が多い方が、多様性も確保できるし、なにかと流通量が増えるので、経済規模が大きくなる。だからといって、それが便利であるということにはならないし、専業同士だとライバルだということになりやすいので、競争社会になる、ということですか。不満が増えそうですね。

B君:逆に、無料で融通をするシェアー社会にでもなれば、経済規模が小さくなるけれど、幸福度・満足度は上がるかもしれない。

A君:女性の労働力をより活用することはどうですか。例えば、女性が専業主婦であれば、家事の補助は不必要ですが、職業を持っていれば、働き手になるだけでなく、簡単に食事ができるような既製品とか半完成品が商売になるように、日常生活を支援することが重要な経済的行為になる。

B君:もしも、経済規模を拡大しようとすれば、当然、働き手の数を確保しなければならない。これが現時点での日本の労働人口を増やす戦略。税制を変えて、主婦の労働時間を増やす、となると、短時間でも子供を保育所に預けることになって、そこに雇用が追加されることになる。

A君:しかし、保育士という仕事は、辛い割には稼ぎが少ないので、なり手が少なかったのが、これまでの状況。

C先生:そのあたりは、恐らく現政府も分かっているのだ。しかし、日本という国の一つの欠陥は、既得権益を守るのが、政府の一つの役割になっていることだ。これまではそれが居心地の良い国を作る一つの方法だったのだけれど、これから2050年を目指し、そして、21世紀末を目指す社会を構築するには、居心地を若干犠牲にして、イノベーションを実行できる人が稼げる社会を作らないと、この世紀末には、日本という国は現在24位であるGDP per Capitaが、大幅に下がる可能性がある。

A君:GDP競争からの離脱を良しとする考え方も無い訳ではないですけど、政府としては、それでは役割を果たしていないと思っているのでしょうね。

C先生:ポルトガルに行ったときのことだけれど、ホテルからどの経路で町の中心まで行こうか、とGooble Mapを使うと、いきなり、「UBERなら何ユーロ」、「何分後に迎えに行ける」、という情報が出て来る。ポルトガルは、非正規雇用の多い国なので、UBERのようなシステムと相性が良い。日本でも、どんどんと非正規雇用が増えているようなので、そのうち、こうなるのだけれど、現状だと、タクシー業界が大反対中なのだろう。
 まあ、余り議論はまとまらなかった。しかし、そろそろ終盤に入ろうか。結論的に、人口問題はそもそも問題なのだろうか

A君:それは明確で、人口問題そのものは、大きな問題ではないのですが、人口の減少速度が速すぎると、社会福祉や年金問題などに大きなひずみが生ずるので、それは大問題になる。要するに、絶対値が問題ではなく、その変化速度が問題。加えて、高齢化の問題とも言える。

B君:人口問題と言わずに、人口減少速度と高齢化の問題と言い換えるべきだ。これが結論でよい。

C先生:要するに、変化速度が大きい時代に対応ができない政府をもった国、それが現在の日本なので、人口減少速度と高齢化問題に対応できていないということだ。ところが、現時点は、地球環境問題が原因で、さらに極めて急激な変化が起きる直前の状態だ。ということは、これになんとか対応しないと、他の国に比べて対応が遅れ、不利になることがほぼ確実な国なのだ。これを、すべての人々が早く認識しなければならないということだ。
 最後に、日本の人口の変化の予測について、特に、人口減少率について、ちょっとだけ情報を提供して終わることにしよう。

A君:人口を決めるのは、出生率と死亡率です。先程の結論のように、人口だけが問題なのではなくて、高齢化率が問題。

B君:高齢化は今後の医療の状況を考えると、ガンでの死亡率がプレシジョン・メディシンがさらに進化するだろうから、ほぼゼロになるのでは。ということは、日本人が死ぬのは、血管系・心臓系の死亡に限られる。となると、脳の健康が最大の問題になる。そのためには、糖尿病の予防が鍵になる。対策は不可能ではない。だから、超高齢化はますます必然となる。

A君:先日、日本老年学会が高齢者の定義を75歳にすべきという提案をしたけれど、塩崎厚労大臣は、「社会保障制度における年齢の定義を見直すことは、企業の雇用慣行などに影響が大きいから慎重に議論すべき」と述べたようですね。

B君:米国の大学教授には定年は無い。年金制度も、日本のような年金制度と全く違うので、働ける人は働けるだけ働く。これは、日本でも実現できるかもしれない。大学教授であれば、外部資金が獲得できる有能な人は働き、獲得ができなくなれば、辞める。それだけ。

A君:企業が雇いたいと思えば、何歳であろうが、2〜3年計画で雇えば良いので、やる気になれば、有能な高齢者の雇用ができますよね。日本だと、高齢者の定義を変えると、すべての人を同じ扱いをすることが前提の議論となってしまうのだけれど、このような画一的な扱いは、もはやあり得ない時代だ。すなわち、このような考え方を根本から変えないと、今後の変化に追いつけない。勿論、追いつくことを考えない、という割り切ることも無いわけではないのです。どちらにしても、合意形成がむずかしそうですので、合意形成なしでいくことができれば。。。。。。むずかしいかな。

B君:社会保障と雇用を厳密に関連付けるのが日本流。高齢労働を例外として、極めて緩やかに関連付けをすれば良いだけなんだけど。

A君:えーーと。高齢化の問題は、ちょっと寄り道でしたので、本題に戻って、以下、情報提供だけを。今後の2040年までの日本の人口の変化の情報は、
http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson13/t-page.asp
からご参照下さい。

B君:このデータでは、2010年比で、2040年までに大幅に減る可能性は、総人口指数という数値でしめされている。ちなみに、減る上位10県は、次の通り。
1、秋田県  35%減
2、青森県  32%減
3、岐阜県  32%減
4、高知県  30%減
5、岩手県  29%減
6、山形県  28%減
7、和歌山県 28%減
8、島根県  27%減
9、徳島県  27%減
10、福島県 27%減
 下位10県は、大都市圏ばかりかと思えば、沖縄県がもっとも減少が少ないと予測されている。
38.大阪府 16%減
39.京都府 16%減
40.千葉県 14%減
41.福岡県 14%減
42.埼玉県 12%減
43.神奈川県 8%減
44.愛知県  7%減
45.滋賀県  7%減
46.東京都  6%減
47.沖縄県  2%減
(いずれも筆者がデータ入力をして計算したので、入力ミスがある可能性も無いとは言えません。)

A君:2050年における1kmメッシュの将来人口の予測は、国交省が行っています。
http://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/kokudoseisaku_tk3_000044.html

B君:全体的な動向としては、人口は、都市に集中する。特に、大都市の中心部に。とにかく、結構衝撃的なデータなので、是非ご覧いただきたい。

A君:さらに、国交省の「国土のグランドデザイン2050」も是非、ご参照いただきたい。
http://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/kokudoseisaku_tk3_000043.html

C先生:という訳で、すでに、2050年の人口情報は、様々な検討によって、徐々に明らかにされつつある。これを使った未来予測が行うことが、企業にとって、自治体にとって、あるいは、個人にとっても必須の状況になっているように思える。
 ちなみに、2035年までであれば、現在の居住地である目黒区の人口予測もあって、総数が現在の26万4千人から2035年には、27万8千人に増加するとの予測で、その後、減少するとのこと。しかし、85歳以上が、現在6千人だけれど、それが4倍近い2万3千人になる。これは、一割近いぞ。とんでもないことかもしれない。しかも、万一生きていれば、当然、この一人になってしまうぞ!!