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    2050年、業種別の技術リスク 
       シナリオ分析的手法による解析
 03.24.2018
               




 前回の記述はいささか論理的では無かったですが、COの80%削減の2050年あるいは、その先の2080年頃のNet Zero Emissionを考えるような「超長期的な発想」をすると、「本当に可能なのか??」と、どうしても、すべての事象を考え直すことになりますが、そのとき参考になることが、宇宙限界、地球限界。これに加えて、日本限界を考えると、まあ、それなりの答が出てくるということになる、ということを言いたかったのです。

 今回は、原理的な取り組みを入り口として若干記述し、最終的には、業種別での企業活動の限界とリスクを取り上げます。これまでの宇宙限界・地球限界と比べれば、遥かに分かりやすい限界です。しかし、日本人の発想の限界という新たな限界も考える必要もあって、この人間ファクターが関係する事象については、却って予測が難しいことになります。しかし、今回は、人間ファクターには触れません。

 イントロとしては、日経の本日の記事、「水素エネ重視に転換」を取り上げますが、こんなことは、若干、解析をしてみれば、当たり前ということになります。日本全体の自然エネルギー導入について、シナリオ分析をやってみれば良いのです。そのような主張を行うため、今回、このサイトで初めてシナリオ分析を取り上げ、少々解説します。シナリオ分析には異なったターゲットに対して行うことが推奨されていますが、まあ、取り敢えず、2050年80%削減を意識しました。今回は、その全貌を記述できませんが。

 そして、最後に、2050年COの80%削減を考えると、2050年の産業、特に、いくつかの産業における技術リスクのリスト、を提示することにします。


C先生:いよいよ日本の2050年像を考える段階になってきた。最初から逃げを打って置くと、かなり確実なことと、かなり不確実なことが混在しているのだ。技術的なことはかなり確実に予測できるけれど、例えば、水素という新エネルギーが、2050年にどのぐらい重要なポジションを得ているか、といった個別課題になると、技術以外の様々な要因を考えなければならないので、不確実性は要因数の二乗(?)に比例して増えると思わなければならないだろう。

A君:3月24日の日経新聞の5面に、「水素エネ重視に転換」という記事があります。現在検討中のエネルギー基本計画の中に、このような方針が記述されるということです。

B君:2050年に向けて水素重視? そんなことは、もともと分かっているのでは。

A君:再エネの本質的・技術的な限界から当然とも言えますね。一つは、日本のエネルギー自給率。自然エネルギーがかなり難しい国なので、自給率が50%を超すというシナリオがまず書きにくい。地熱があるじゃないか、という人もいるけれど、温泉宿の女将に反対されると、まず勝てない。補償金が出るほど地熱は儲からない。海洋エネルギーも頼りにならない。

B君:日本の国土は、ヨーロッパに比較すれば、南にあるので、太陽光発電はやや有利。しかし、日本には乾燥・砂漠地帯が無いので、どうしても雨が降ることを前提にしなければならない。雨ならまだ良いけれど、雪は、太陽光発電の最大の敵。

A君:風力の最大の敵は台風。風速が70mを超すと、やはり倒れる確率が高くなる。加えて、偏西風がしずしずと吹くヨーロッパに比べれば大陸の東側の日本はかなり不利。

B君:加えて、風力は山がちの日本では、かなり効率が悪い。風が素直でないから。

A君:自然エネルギーというと、色々とあるように思えるのですが、実際には、もっとも頼りになるのは風力と砂漠の太陽光発電で、風力が有利なのは、理由は夜も発電するから。太陽光は「夜はダメ」でかなり不利。しかし、砂漠だと工事の自由度の大きさと雨の少なさで不利を補う。

B君:「夜はダメ」の副作用として、太陽電池に依存していると、将来、夕方の電力価格はかなり高くなるだろう。日本全体としては、個人用の電池を買って貰わなければならないので、当然、そのような方向性になる。電池に貯めた電力を売って、それで商売になるような仕組みにしないと、電力網全体が脆弱になってしまう。しかし、電池はかなり高い。それで、料金制度で誘導することになる。

A君:その意味で、EVやPHVを家の電源と接続するV2H(Vehicle to Home)は、早く実用化して欲しい。翌日の天気予報が確実になって、もし晴れるとなれば、電池中の充電量を夕刻以降に売ってしまうということができるようになる。その仕組みもすでに考えられていて、米国などでは、実証実験も行われています。

B君:日本は天災が多い国で、多分世界でもワースト3ヶ国の一つ、ぐらいだから、電池を自分で持つことは生活の維持のためにも重要な要素だ。これも売り込みに使えると思う。

A君:すでにシステムとしてはできることが確実ですね。しかし、電池を考えた場合でも、自給率がどこまで上がるか、かなり疑問というのが国土の状況だと思います。

B君:自給率は、おそらく、いくら努力しても100%にはならない。となると、エネルギーはなんらかの形で輸入しなければならない。このあたりの考え方はエネルギーの実態を知れば、かなり自動的に答がでる。そして、輸入の形態としては、水素あるいは電力。

A君:それを新聞記事にすると、何か新しいことが行われようとしているかのごとき記述になてしまう。

B君:要するに、本来考えるべき論理の順番を考えると、こんな結論がでることは当たり前なのだけれど、その論理が共有されていないのが問題なのではないか。

A君:市民社会ではまだまだですが、一方、企業の環境関連部局では、論理あるいは手法も大分共有されているように思えるのですね。最近、気候変動でも「シナリオ分析」という手法が注目されていて、それは、世界主要国の財政・金融当局、中央銀行による金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)が設立した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD: the Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が2016年の年末報告書の中で、「気候変動関連の財務情報開示」に関する最終報告書を発表したから。これは、日本語訳があります。
https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2016/12/Recommendations-of-the-Task-Force-on-Climate-related-Financial-Disclosures-Japanese.pdf

B君:「シナリオ分析」の説明は、次のPDFファイル。ただし英語。
https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2016/11/TCFD-Technical-Supplement-A4-14-Dec-2016.pdf

A君:実は、前者の日本語訳にも、p21からシナリオ分析について書かれています。だから、ここを読むことも良いかも。ただし、実行マニュアルのようなレベルのものではないし、産業別の特異性などは、全く記述されていない。

B君:いずれにしても、企業の財務に影響することを明らかにするのが目的ではあるけれど、そのためには、製造業が特にそうなのだけれど、現在、化石燃料を使うのが前提で作られた技術を使っているので、COを削減しようとすると、全く新しい技術体系を再度最初から作り上げる必要がある。こんなことを一般論として書くことは無理だと思われている。

A君:しかも、これはLCA用語の一つですが、スコープ1から3まで全部やることが求められるとしたら、作業が相当に大変。絶対に完璧な方法は無い世界なので、どこでエイヤと切るか、その妥当性をどうやって説明するか、などなど、考えなければならない要素は多い。

B君:スコープ1,2,3の説明は、多数あるけれど、分かりやすいのはどれだろう。

A君:これですかね。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/dms_trends/seminar2016_01.pdf

B君:話を元に戻して、「シナリオ分析」。まず、気候関連リスクを(1)移行リスク:低炭素経済への転換に伴うもの、(2)物理的リスク:気候変動そのもののリスク、すなわち災害など、この2種に分けている。

A君:そして(1)移行リスクについては、
1:政策・法規制のリスク
 カーボン・プライシングがどうなるか:費用の増大。
 訴訟を受けるリスクの増大:特に、緩和対策の失敗や気候変動への適応の失敗などが訴訟の対象になる。
2:技術リスク
 低炭素エネルギーへの転換がコストなどに影響する。
3:市場リスク
 特定の商品、製品及びサービスの需要と供給が増えること。
4:レピュテーションリスク
 気候変動へ貢献するのか、あるいは、信頼を損ねるのか。

B君:この分類だけで良いのだろうか。2:技術リスクは転換ができることが前提になっているけれど、恐らく、技術的にもコスト的にも不可能という分類が必要だろう。

A君:その通りですね。

C先生:それが前回の記事の趣旨であった訳だ。やろうと思っても「できないことはできないのだ」。これが宇宙限界、地球限界。コストだけで考えるのは、余りにも人間万能主義的だ。

A君:多分ですが、宇宙限界、地球限界でできないことは、コストが無限大だと考えろと言うのでしょうね。

B君:それが経済系の人々の特性だから仕方がないが、この世の中を構成している人々の中には、理系という別分類の人種もいることが理解されていないみたいだ。

A君:それでは、業種別の「不可能(?)技術リスク」というものを作ったので、示してみますか。シナリオとしては、2050年80%削減を前提にして考察しています。

電気事業者:自然エネルギー100%が可能か? 全く無理。50%ぐらい。
鉄鋼業:鉄鉱石の還元を水素だけでできるか? 恐らく無理。
電炉業:電炉のみで鉄の供給量を満たせるか? 多分無理。
非鉄金属のリサイクル:CO
ゼロで可能か? まずは無理。
セメント製造:石灰岩を使わない方法はあるか? 全く無理。
石油化学による製品(プラ製品):燃やすとCO
がでるので焼却ができなくなるか? そうなる。
石油化学製品:すべてをバイオ原料で作れるか? 不可能ではないが、資源的に問題。
ガラス製造:再エネの電力のみで製造できるか? 相当困難だが、不可能ではない。
都市ガス:水素のみで供給するのか。今の鉄パイプは使えるのか? 恐らく無理。


表1:業種別、不可能(?)技術リスク

B君:まあ、他にもあるだろうけど、今回は、こんなところでやめよう。

A君:ご紹介した文書には、気候関係の対応による「機会=チャンス」も記述されているけれど、当たり前のことばかりなので省略。

C先生:最後の最後に、原子力によるCOの削減が今後どのようになるか、そのシナリオ分析の準備のための様々なリスクを上げてみるか。

A君:この問題は、「日本全体のCOを削減する」ことを目的とすれば、当然の解として「原子力依存」というシナリオが書かれる。しかし、そのシナリオは果たして、成立するのか、あるいは、様々なリスクによって、余り効果的ではない状況に陥るのか、その分析をしてみる」、ことに相当します。

B君:大前提として、原子力は、ほぼCOゼロに近い発電技術である。だから、COを削減することだけを考えれば、原子力への転換が有効である。しかし、原子力に関するリスクは、COが削減できる代償として、かなり様々なものがある。そして、この手の問題の結論は簡単で、「もしも、その代償リスクの総和が、CO2を削減しない場合のリスクを下回っていれば実施すべきだけれど、もし上回っていれば、実施すべきではない」

A君:本当に様々なのですが、具体的なリスクとして、何を考えるべきなのか、と言えば、合意形成のリスクとでも言いましょうか。今後、日本で原発の再稼働は、投資金額の回収を十分に考えた経済合理性に基いて行われるでしょうが、新設・リプレースはもう経済的にも無理という結論になる可能性が高いと思います。それは、広島高裁の裁判官が訳の分からない判決を下すような国ゆえに、原発を自由に経営ができないリスクが莫大だからで、言いかえれば、投資金額の大きな「原発の新設」には、付随するビジネスリスクが余りにも大きいのです。したがって、新設は無い可能性が高い。

B君:エネルギー安全保障に極めて真剣に取り組んでいる英国でも、原発のコストはどんどんと高くなっているために、ビジネスとして成立しない気配が漂っている。それは、資金調達が難しくなっているため。もし事故が起きると、偏西風に乗ってヨーロッパ大陸に放射性物質が広がる。これを考えると、その際の補償金がいくらになるか分からない。リスクを考える上では、発生確率が例え考えられないぐらい低い100万分の1だったとしても、もしも発生してしまえば、英国の国家予算を上回る補償をしなければならない可能性がある。ちなみに英国の国家予算は100兆円付近。となると、投資家にとっては、リスクが大きい。

C先生:そろそろ終わろう。シナリオ分析ということが言われているけれど、その一部でしかないとされる技術リスクを理解するには、「あらゆる産業あらゆる技術には、宇宙限界、地球限界という不可能がまず覆いかぶさっている」、ということを理解する必要があるだろう。そして、その下にコスト上昇といった経済リスクがあり、危険性の認識などは、さらに下のレピュテーションリスクとして理解しないと、企業の存続が難しい状況になる、といった階層構造になっている。シナリオ分析については、まずは、技術レベルを特出しなければならないと思っている。これは、理系の環境屋の出番が増えたことを意味すると思う。
 いずれにしても、パリ協定の影響が、経営上の実害を想像させる形で表現されるようになってきている、そのために、このところ、産業界の認識は向上していると言える。これも、パリ協定が「正義」に基づいているという成り立ちのために、より強烈なパンチになっているという可能性は否定できない。正義をちゃんと理解しているのは、依然として、日本以外の国なのだけれど。