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   IPCCの第五次報告書 
 10.05.2013
          もっとも重要の図はどれか




 9月27日にSPM(Summary for Policymakers)が公表された。そして、9月30日に第5次報告書が公開された。この報告書を一見して分かることを検討してみたい。

 結論は大体以下の通りである。
1.95%の確率で、人為起源だと言える。2.海水の温度が上昇しており、酸性化も見え始めている。
3.陸氷(グリーンランドなど)は減少傾向にあり、北極海の氷は激減。
4.海面は1901〜2010年で19cm上昇だった。
5.大気中の二酸化炭素濃度は、現在、過去80万年間での最高値となっている。
6.温度上昇の予測は、RCP4.5のシナリオによれば、2100年で、現時点から2℃弱上昇ぐらいか(これは、日本製の計算結果よりも多少低い。いささかホッとしたというのが感想)。
7.降雨の傾向は、過去の予測と大体一致。
8.1870年以降の積算CO排出量と、1861ー1880年からの温度上昇は、ほぼ直線関係にある。


 図でもっとも重要なものは、と言えば、Figure SPM.10。これがもっとも新規性が高く、かつ、今後の議論に有用な結論と言える。

 この図の重要性は、しっかり理解することによって、未来への洞察が可能になることである。



C先生:まず、これらの結論だが、最初の結論として、『95%の確率で、人為起源だと言える』、というのがあるものだからだろうか、新聞もこれをまず取り上げて報道した。

A君:これは、いまだに温暖化懐疑論を信じている人が数多く残っている『辺境』としての日本向けのメッセージなのかもしれないですね。

B君:最近、我々は、リスクを正しく評価できるかどうか、それには『認知バイアス』というものが非常に重要だと言っている。ビジネスマンの多くは、特に、儲け第一主義の企業のビジネスマンは、環境対応=コスト高と考える『認知バイアス』が非常に強い。

A君:温室効果ガスをどんどんと排出しているということは、たとえ話で言えば、温室に使っている透明な材料、塩ビフィルムやガラスなどの断熱性能がどんどんと良くなっているということを意味する。となれば、温度が高くなるのは当然だということなんですが。

B君:最初の頃には、薄い塩ビのフィルムを使っていた。そのうち、ガラスの単板になった。現時点の地球は、すでに複層ガラスを使った温室になっているのかもしれない。

A君:こんな簡単なことがあるのに、なぜ日本人が武田邦彦氏に代表される懐疑論に騙されたのでしょうか。

B君:やはり、認知バイアスがあることに加え、科学的リテラシーの不足が大きい。最近、高校で物理を学んでいる割合は何%?

A君:日本学術会議の物理学委員会が平成22年に発行した「物理学分野の展望」という報告書
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-h-3-3.pdf)によれば、
「理工系離れの傾向は高校時代にすでに生じている。高校における物理履修者の比率は 1970 年代には 80 〜 90 % 台であったが、1982 年の指導要領改訂以降は 30 % 台に激減し、現在では 20 % 以下と言われている。」

B君:これをなんとかもとに戻さないと、日本という国は、今後の世界の変化に対応できないのではないだろうか。

A君:最近、科学的な推論には不確実性があるということが、必要以上に強調されている。確かに、ハイゼンベルグの不確定性原理や、相対性理論のようにある種の不確定性があるのは事実なのですが、不確定性が問題になるのは、量子や超高速の世界。日常的な世界ではない。

B君:その他、コンピュータシミュレーションを信用しないという風潮もある。数値的な不確実性があることは、地球のような大きな連続体であるシステムを、ある領域に区切って不連続体としてコンピュータに掛ける手法では、あたり前のことではあるが、だからといって、デタラメだということでもない。

A君:将来、平均気温が上昇したとき、地球上のどの地域で降雨が増えるか、減るか、といったシミュレーション結果は、直観的にも合っているのですが、その直観をどうやって持つか、という基本的な教育がなされていない。

B君:科学者というのは、なにやら複雑な計算式をむやみと振り回していると思う人も多いが、訓練を積んだ研究者は、物理的な原則に基づくある種の直観を持っていて、その直観に合うかどうか、で結果が正しいか正しくないかを判定している。

C先生:さて、そんなところで、本論に行こう。
 これまで、日本における計算結果を使って講演などをしてきた。しかし、今回からは、このAR5準拠の講義、講演をしなければならない。ということは、これまでの知識・常識を一旦リセットして、AR5流の知識・常識をセットし直すことになる。それは、どんな知的作業になるだろうか。これが、今回の記事の主目的。

A君:これまで使ってきたデータは、「革新プログラム」の報告書に準拠したものでした。
http://www.jamstec.go.jp/kakushin21/jp/
 これを理解する基礎知識として、RCP(Representative Concentration Pathways)という考え方を理解する必要があります。

B君:もちろん、革新プログラムも、CMIP5(Coupled Model Intercomparison Project Phase 5)と呼ばれる国際共同研究の枠組みに沿ったものだったので、世界各地で行われたシミュレーションの結果を比較可能になっている。

A君:しかし、それには、計算する前提を一致させなければならない。今回、4つの共通の条件を定義したのだけれど、それが、「強制放射力」というものを揃えるという、いささか分かりにくいものになったと言えるように思います。

B君:それには理由がある。過去、大気中の二酸化炭素などの温室効果ガスの濃度を一定するという条件で計算をした。例えば、450ppm、550ppm、650ppmといった具合。しかし、一定の大気中の濃度について計算しても、現在からの道筋を見るときには、有効ではない。
 加えて、温室効果は、CO2の濃度に換算できるいわゆる6ガス(CO、NO、CH、HFC、PFC、SF、最近、NFが加わって7ガス)だけでなく、エアロゾルのような超微粒子の影響もあることが分かってきた。エアロゾルの影響を、温室効果ガス濃度の場合のような単純な形で表現するのも難しい。

A君:中国の大気汚染で放出されているエアロゾルは、地球を冷やす効果がある。あれをもっと大々的に、しかも地上ではなく成層圏でやれば、地球を冷やせる、という話も無い訳ではない。これは、ジオエンジニアリングと呼ばれている。

B君:ただし、人為的にロケットを打ち上げてエアロゾルを作っても、いくら細かい粒子だとしても、やはり固体なので、そのうち落下してくる。一度、始めたら一定間隔でまたロケットを飛ばすことになる。一旦依存したら、以後、止められない。まあ、このような対症療法は、地球を麻薬患者にするようなものなので、どうなのだろう。

A君:高血圧の治療薬も止められないという意味では同じ。

B君:脱線したが、RCPというものを4種類定めて、それについて、大気中の温室効果ガスの濃度変化を決めた。これに基づいて温度変化などを計算することになった。これが、次の図だ。


図1 4種類のRCPモデルケース。IPCCによって提供されたもの。革新プログラム報告書から

A君:RCP2.6は以前の450ppmシナリオに近い。これだと、2℃を超した温度上昇にはならないと考えられるもの。
 RCP4.5が、以前のシナリオの550ppmシナリオに近いかもしれないもので、現実解なのか、これでも楽観的なシナリオすぎるのか、今後議論になると思われます。

B君:RCP8.5は、何も対策をしないシナリオ。いわゆる勝手放題。英語では、Business as usual=BAUと呼ばれることもある。このBAUは、余り適切だとは思えない言葉で、多分、doing everything in the ordinary wayという意味。Ordinary wayとは、儲けることを最大の条件にして、ビジネスを行うことという意味なのだろう。

A君:別の言葉で言えば、最悪でも、RCP8.5を上回るような温度変化などにはならないという目安。そして、RCP6.0は採用してはならないシナリオの例として挙がっているような気がします。

C先生:ここまでがAR5を理解する予備知識。さて、それでは、そうだなあ、図を2枚だけ選択して、その説明をしてもらおう。それで、本日分は十分だろう。

A君:一枚目の図は、まあ、温度上昇でしょう。


図2 温度上昇の予測 2100年まで

A君:シナリオが4つありますが、RCP2.6と8.5が全部書かれていて、4.5と6.0については、2100年での温度上昇だけが示されています。

B君:数字が書いてあるが、それが39であれば、同じ課題について、39の研究機関が結果を出したという意味。線が平均値で、色の部分がその分布する範囲。

A君:温度上昇の原点になっているのは、1990年。平均値でみれば、RCP2.6で、丁度1℃の上昇ぐらい。4.5だと1.8℃、6.0で2.3℃ぐらい、そして、6・5で4.0℃。

B君:もしも1950年を原点とすれば、温度上昇は0.5℃ぐらい加える必要がある。となると、RCP2.6で1.5℃、4.5で2.3℃、6.0で2.8℃、6.5で4.5℃となる。

A君:この値は、日本の革新プログラムでの計算値よりは明らかに低い。0.5℃以上違うかもしれない。

B君:ただし、この計算がどのぐらいの確度があるか、となるとよくわからない。研究組織によって、かなりばらついていて幅がある。

A君:それは、地球の大気という連続体を、いくつかの細かいパーツに分けて、パーツ内部での温度などは一定という条件で、計算をするのですが、パーツの大きさなどは、コンピュータの能力次第なので、色々な場合がありうるということです。

B君:どの計算がどのぐらいの精度があるかは、今後の検討課題。

A君:そして、2枚目の図が、やはりこれ。積算排出量と温度上昇がほぼ直線的な関係にあるという図。


図3 積算排出量と温度上昇との関係

B君:これはそう書くことも可能なのだけど、逆に、温度上昇を決めると、積算排出量が決まってしまうと理解すべき。

A君:このグラフで、縦軸から読むべきという話ですね。基準年は1861−1880年ですが、そこから2℃の上昇に抑えたいと思ったら、それが人為的な積算排出量を800GtC(炭素ギガトン)に抑えなければならないということで、すでに500GtCほどの排出をしてしまっているので、今後、未来永劫ということではないのですが、2200年ぐらいまでに排出できる量は300GtCしか残っていない。

B君:化石燃料が排出源なので、化石燃料が枯渇してくれれば、全く問題はないのだけど、残念ながら、というか、嬉しいことにというか、それは主観の問題だけど、石油にしたところで、極限の埋蔵量は、これまで使った量の5倍はある。石炭の埋蔵量はもっと多い。

A君:目の前に美味しい食事があるのに、自分の成人病を考えるとカロリー制限をしなければならない。このような人は多いと思うけれど、人類にとって今の状況は、と言えば、美味しいエネルギーが目の前にあるけれど、地球の体温を考えると、使用制限をしなければならない。

B君:今後排出できる二酸化炭素量が300GtCまでというが、現時点での排出量が年間9GtCぐらいなので、33年分しかない。2050年ぐらいにはゼロにしなければならない。しかも、本当は、ゼロにしても、当分は徐々にではあるけれど、気温は上がり続ける。

A君:しかし、常識的に考えると、地球は植物が二酸化炭素を吸収したり、海洋がやはり吸収したりしているので、ある数値を超えてもゼロにしなければならないということは嘘だという主張がでそうですね。

B君:そうかもしれない。地球が循環させている二酸化炭素量は、200GtC/年ぐらいはある。これが海洋や生物圏などをグルグル回っている総量だ。ところが、地球上の物質循環というものは、排出されたものは、全量吸収されるようにできている。もしも人類が関与しなければ、余ることもないし、足りないこともない。そこに、人間活動で循環量の1/20でも追加してしまうと余ってしまう。そして、大気中に溜まってしまう。勿論、海洋にも吸収され、生物圏にも行くのだけど、その速度は非常に遅い。

A君:しかも、生物圏について言えば、最近、吸収源である森林量が減少しているので、良い状況ではない。

B君:海洋だって二酸化炭素を吸収すれば、酸性になる。すでに酸性化は進んでいる。当然、酸性化が進めば、吸収速度は低下する。

C先生:RCP2.6というシナリオにしたがって二酸化炭素排出を制限できるようになれば、温度上昇は2℃以下にできるだろう。しかし、そのための排出シナリオも、今回報告されているが、それは出さないの。

A君:SPMには無いのですが、AR5の本体には有りますので、出しますか。こんな結果です。


図4 化石燃料からの二酸化炭素排出量の許容量

A君:もしもRCP2.6にしたがって規制を掛けるとしたら、青い線のような経路になることが算出されています。ここ5年程度、地球全体からの排出量が格段に増大したので、2050年に半減すれば良いということではもはや不十分で、2050年には60%削減、そして、2070〜2080年には、排出量を負にしなければならない。これは、実現不可能です。

B君:負の排出、いわゆるネガティブ・エミッションですが、実現しようとすると、森林をどんどんと伐採して、炭素分だけをどこかに貯めるという方法以外になさそう。すると、森林が再生するときに、大気中から二酸化炭素を吸収してくれる。

A君:まあ、RCP2.6は不可能になったと言えるでしょう。すなわち、2℃以下はもはやほとんど不可能に近い。となると、RCP4.5あたりでやるかという話になるのですが、図4でピークになる2050年の排出量を下げたい。きれば、2020年以降の排出をなんとか水平に持って行きたい。

B君:もしそれができれば、温度上昇がRCP4.5の場合よりも50年ぐらい遅れる。なぜなら、地球上の人口は、2080年頃にピークの90億人弱ぐらいになると我々は考えている。人口がピークになると、どうしても排出量が増えてしまうことが予想される。となると、できるだけ早く対策を打つ以外に方法はなさそうなのだ。

A君:たしかに図4で、2080年頃には相当に排出量を下げなければならないのですが、それは人口を考えると無理かもしれない。

B君:もし排出量が増加して、RCP6.0だと気温の暴走は避けられないように思えるので、RCP4.5のシナリオは、死守すべき上限のように思える。

C先生:2001年頃から、650ppmシナリオ(ほぼRCP6.0)は有り得ないと言われてきた。550ppmシナリオ(ほぼRCP4.5)あたりを最悪でも守らないと2100年の地球は、どうなるか分からないと警告されてきたが、これがデータやシミュレーション技術が進化した今でも、ほとんど変わらない結論になった。

A君:さあ、温室効果をRCP4.5よりも多少下目にキープする。これをどうやって実現するか。これが次の課題。

C先生:10月18日にGEAという会議があって、持続可能な地球を実現するために、科学技術の役割とは何かを議論する分科会がある。そこで何を結論として出すのか。これを熟考する必要がある。ということで、次回送りということにしよう。