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   総合融合型環境学の知
        06.16.2013
        なぜ必要なのか、その知とは何か、どうやって知を作るのか




 これまでも総合融合型環境学というものが必要だと主張してきた。なぜ、それが必要なのか、それは、本記事の最後の部分で、総合融合型環境学の成果の形態を示すことで表現してみたい。

 そんな問題意識をもって、7月初旬に講演を一つやらなければならなくなった。相手は、日本の広い範囲で活躍している中堅有力環境学者の集団である。

 講演の目的は総合融合型環境学というものにおける「知」とは何か、そして「知」をどうやって作るか、なぜ総合融合型環境学が必要か、を共有してもらうことである。

 難題である。昨日(土曜日)に、ある場所で、和田昭允氏(東京大学名誉教授、出身は物理学、現時点ではゲノム解析の権威、理化学研究所研究顧問)の話を聞いた。講演題目は、「物質・生命 両世界連合」の科学技術 であった。

 和田先生の問題意識が本日の問題意識とかなり共通のものだったので、極めて役に立った。それなりに消化・吸収できたので、その講演の一部を拝借して、かなり考察を進めることができた。

 という訳で、「総合融合型環境学における知の創成」とは何か講演の準備として、考え方をまとめることを目的として、本記事を書いている。


1.環境人材育成の歴史を振り返る
 (このパートは無用に長いのです)

 大学・大学院にに環境系の学部や大学院ができたのは、横浜国立大学の歴史を見ると、平成13年頃のことである。鳥取環境大学も、また、京都大学の地球環境学堂も、やはり平成13年4月にスタートしている。

 環境系の学部・大学院が雨後の筍のごとく芽を出したと、一部では揶揄された。

 1992年にリオで地球サミットが行われたとき、充分に調査をした訳ではないが、環境を専門とする学部・大学院は無かったのだろうと思う。

 環境問題の解決を目指す人材が必要であることには、誰しも同意するだろう。1992年には、地球環境問題が世界全体で共有されることになって、その解決に向けて、人類全体で取り組むことが必要だからである。

 それ以前にも、1968年に水俣病の原因物質の放出は止まったものの、上下水道の水質、大気汚染、化学物質規制、などなど公害対策は必要不可欠であった。この時代には、環境庁が1971年に設立され、国立環境研の前身である公害研が1974年3月に設立されている。

 大学には、衛生工学が土木工学の一部として存在していたが、それ以外の環境の専門学科学部などはほぼゼロであった。

 それなら環境の専門家の育成は、どうしたらできるだろうか。当時の文部省は、そのため、環境科学特別研究が開始した。昭和52年=1977年のことである。この研究は、1987年まで継続したが、環境を生態系、人体影響、改善技術、理念、環境計測の5つの分野に分けて進んだが、それぞれの分野間の協同は極めて難しい課題であった。

 その当時は、まだ、地球環境といった複合的な環境問題の存在が認識されていないので、それでも充分だったようにも思える。

 しかし、リオのサミットの翌年からスタートした重点領域の枠組みに置かれた環境科学特別研究の後継プロジェクトであった「人間地球系」は、筆者が総括代表を務めたが、異なった分野の研究者の横の連携を深めることが一つの課題になった。

 それまで、研究分野別で成果報告会などを開催していた環境科学特別研究であるが、まったくランダムに研究報告を並べてみたり、研究者には意地悪な仕掛けを作って、強制的に「時間・空間を共有」する枠組みを作ったりした。

 そのためもあって、現時点まで、環境科学特別研究の枠組みで鍛えられた研究者が、国の環境政策の推進に寄与することができた。しかし、そのメンバーは、すでに引退の時期を迎えている。

 環境科学には、環境というものを要素に分け、解析・分析をするアプローチを行う立場と、解析された構成要素を組立・合成して新しい場を作ることによって、問題を解決するという立場がある。

 この両方のスタンスを取らない限り、地球規模の環境問題の解決には寄与できない。

 国際社会で、今後の地球環境、例えば、気候変動問題をどうやって解決するのか、あるいは、地球の資源の限界をどう克服するのか、などの問題について国際社会に向けてどのような提言をするのか、あるいは、国際交渉に対する戦略をどのように構築するのか、また、環境問題の交渉と切っても切れない新しい途上国支援のあり方をどのように考えるのか、などなど、大きな課題に取り組み、新しい提案をする優れた人材が必要である。

 これまで、環境科学特別研究の元メンバーが、その役割を果たしたが、次の世代を育てる枠組みが無くなっている現在、どのような人材育成の枠組みを作れば良いのだろうか。


2.地球規模環境問題の要素

 「環境問題」は、何を取り扱うのか。その答えは、「森羅万象」である。「森羅万象」を現代用語で表現すれば、「物質、エネルギー、生物、ヒト、地域、情報」であろう。

 しかし、地球とは無関係に変数があり、外部からの影響因子がある。それは、「時間・空間」、「太陽系・銀河系」である。

 時間は、地球が作られてから46億年という歴史を意味し、太陽系の一つの惑星であるために、地球は、太陽の活動の影響を受けていることである。

 70数億年後になると、太陽は、巨大ば赤色巨星になり、現在の200倍から800倍に膨張し、水星、金星は太陽に飲み込まれる。そこまで行かなくても、63億年後までで、現在よりも2倍明るくなると、生命の存在は失われるだろう。

 現在、太陽風によってオーロラが発生しているが、太陽風の構成要素である危険な荷電粒子は、地球の磁気によってブロックされている。しかし、地球の磁気が反転するときには、太陽風が地上にまで到達し、地球上の生命の存在が危うくなるかもしれない。

 まあ、外部からの影響因子は、無視する以外にないのかもしれない。

 そこで、地球規模環境問題の要素は、「物質、エネルギー、生物、ヒト、地域、情報」だということになる。これらが複雑に作用して、生命の生存環境に影響を与えている。

 これらを4つの学問エリアに分ければ、生物学、人間学、情報学、物質エネルギー学になるかもしれない。人間学の範囲は、非常に広く、社会・地域・国際関係などが関わるすべてということになる。


3.森羅万象を扱う知識構造

 総合融合型環境科学が扱う知識構造はどのようなものなのだろうか。この知識構造に対応した人材が、環境人材と呼ばれる。環境人材は、しばしばT字型とかΠ字型人材とか呼ばれる。これらの文字の横棒が、上記の要素をカバーしていることだ、と理解すれば、Π型とは、次の図ように表現できるのではないか。



図 総合融合型環境学の構成要素とΠ型の対応

 もしもこの図が正しいとしたら、この環境学に関わるすべての人が、総合融合型環境学というものを同じように研究し教育する能力を持たなければならないことになる。それは不可能である。なぜならば、それに関する知識は、上図の下部に記述したように、様々な学問に立脚していて、15以上の学問領域の成り立ちについて、マスターしていることが条件となるからである。常人の15倍の知識を持っている必要があることになる。

 それなら、森羅万象が「物質、エネルギー、生物、ヒト、地域、情報」であるとするなら、15以上の学問を体系化し、生物学、人間学、情報学、物質エネルギー学、にまとめ直し、そのいずれかをマスターすることにするのだろうか。これも非現実的である。なぜならば、それにしても知識量が莫大になりすぎて、どの一つの学問でも、マスターするのは不可能のように思えるからである。


4.すべての知識を持つことを諦め、知恵を持つのはどうだろう 形式知と暗黙知

 知識が余りにも膨大であることが問題だとするのならば、知識ではなく、総合融合型環境学を実用的することができる知恵をすべての研究者・教育者が持つことにしたらどうだろうか。これなら人間の大脳の構造とは矛盾しないで、実現する道がありそうである。しかし、その道を追求するには、大きな問題点がある。そもそもこの領域における知恵とは何か、それがよく分からないからである。

 知識は学んで得るもの、知恵は考えて得るもの、などと言われる。知識はものごとを理解するために使われ、知恵はものごとを実行するために使われる、などとも言われる。

 さて、知恵とは何か。和田先生の講演では、野中郁次郎氏の「知識創造企業」が引用され、知恵に近いことを野中氏は暗黙知という言葉で表現しているとのこと。

 暗黙知というイメージと知恵とはかなりニュアンスが違う。和田先生によれば、洞察力、直感、勘の世界が知恵だという。

 野中氏の対談などの記録を読んでみると、野中氏は、暗黙知として、言語・文章で表現することが難しい主観的・身体的な知であり、言語・文章で表現できる客観的・理性的な知である形式知の対局的概念だとしている。

 加えてもっと難しいことには、暗黙知は、もともとすべての人が共有できるものではなく、あるキーパーソンのみが伝承できるものだとしている。形式知は、頭で理解してい共有すべきものであるが、暗黙知は、身体で覚えるものだから、ITなどで伝達することは難しい、とも語っている。

 要するに、「経験や勘に基づく知識のことで、言葉などで表現が難しいもの」がどうやら野中氏の定義のようである。

 これが本当であれば、総合融合型環境学の暗黙知、すなわち、この領域における経験や勘に基づく知識で、言葉などで表現することが難しいものを共有した人は、Π型の人材だということになる。


5.暗黙知を広める方法論

 言葉などで表現することが難しいものが暗黙知であるのならば、当然、書籍や報告書の形でこれを広めるのは無理である。

 それならどうやって、暗黙知を共有するのか。

 野中氏は、次の図のような方法を提案している。


図 暗黙知を共有し、形式知に変換する

 まずは、暗黙知を持っている人が出発点になる。この暗黙知は、実は形式知(教科書など)を十二分に咀嚼し理解したとき、身体の中にふつふつと湧き出る知でもある。

 これを共有するには、まず、共同化というプロセスが必要である。そして、共有された暗黙知が出来上がる。その暗黙知をボディー言語を含む対面型の伝達方法によって表出化する。そして、ある種の形式知に変換されたものが、連結されて、構造化された形式知になる。これが出発点にあった暗黙知がある意味で実用化されたことになる。


6.最近、融合研究が進化している?

 奥松英幸著「知の境界線を突破せよ!」ダイヤモンド社によれば、「情報・システム分野」で、融合化が進んでいるとのこと。具体的に述べられているのは、大学共同利用機関法人「情報・システム研究機構」である。この機構は、大学共同利用機関が法人化されるときにできた4つの機構の一つである。もと国立極地研究所、国立情報学研究所、統計数理研究所、国立遺伝学研究所の4研究所が、「情報・システム研究機構」になった。

 統合を機に、機構長が融合研究を推進したらしい。それも当然で、まずは、この10年ぐらいで、解決方法の無い問題が多発していることがある。大量情報の処理では、ゲノムをすばやく解読することが困難であるとか、シミュレーションの精度が問題で信頼度が低いとか、サイバーテロなどにどう対応したら良いか分からないなど、様々な問題が出てきた。

 一方、数理統計の分野では、いくら研究をしても、自分達の範囲で閉じていて、いわゆるお客が居なかった。

 ということは、ニーズがあることをシーズ側が知らない、シーズが準備できていることをニーズ側が知らない、という状況であった。

 と考えると、融合型とはいっても、実は、ニーズ・シーズマッチングをサボっていただけではないか、と思われる。それが、無理矢理一つの機関に統合されてしまったので、ニーズシーズマッチングが行われ、その結果融合をしない訳にいかなくなっただけではないだろうか。

 この分野に比べると、地球規模の環境科学は、1987年に「Our Common Future」を発表したブルントラント委員会が組織された1982年には、すでにニーズの存在は明らかになっている。その一方で、解決のためのシーズの存在は、いまだに充分ではない。

 こう考えると、地球規模の環境科学は、融合研究としても最難関であると言えそうである。


7.暗黙知を中心とした知の発展パターン

 すでに述べた野中氏の暗黙知と形式知の変換による知の発展のパターンを、地球規模の環境科学に応用したらどうなるだろうか。

 それは次の図のようなプロセスになる。



図 次のレベルに移行するための作業

 各人が持っている暗黙知がスタートであることは、前と同様であるが、それを共同化するのが、第一ステップである。そのときに必須の行為が、「場作り」であるとされている。次に表出化のステップが必要になるが、それに必須の行為が「会話」である。この段階が過ぎれば、知がすでに形式知になっているので、それをまとめるのは比較的単純作業でしかない。時間は掛かるかもしれないが、その気になればできる。そして、次が実用段階へのステップで、「知の結合」によって連結化を行うことである。

 ここで一応完成であるが、この連結化された形式知は、地球規模の環境問題であれば、次の表に示すような形式のものになっているはずである。


表 地球規模の総合融合型環境問題の形式知の形態。すなわち、成果になりうることのリストである。これがなぜ総合融合型環境問題が必要かを示している。

 これらの形態になれば、形式知の集合の特徴である学習用素材としても使用することができる。


8.総合融合型環境学のΠ型人材の横線

 結論は次の図のようになる。


図 Π字の横線の意味

 すなわち、この分野における知の発展のパターンを推進できる人が、Π型人材の持つべき能力なのではないだろうか。

 まずは、学習・体験によって獲得した多くの暗黙知を持っていることが必要条件であろう。

 次の条件である。知の発展のパターンのサイクルを回すことができる人がΠ型人材になりうる人である。すなわち、場をつくり、多くの人と会話を交わすことによって、暗黙知を形式知に表出し、そして、その結合によって、実用的な知識である連結し構造化された形式知を作ることができる人である。

 次に、新たな形式知を咀嚼・理解することによって、また、新たな体験をすることによって、新しい暗黙知を作ることができる人である。

 このように定義するΠ型人材は、総合融合型環境学だけでなく、例えば、全く異なる部門、例えば、新規な国への店舗の展開などの役割を果たす上でも、極めて有用な人材であるに違いない。