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  人工光合成の進化と将来像 04.24.2016
          バックキャスト型イノベーションの提案       



 本日の夕刻、ニューヨークから帰りました。久々の、多分、10年ぶりのニューヨークでした。しかし、やはり遠いです。

 前回にご紹介した『エネルギー環境イノベーション』に記載されている37分野の一つに、”人工光合成”があります。「光合成とは、どのような現象だと思いますか」と聞かれたら、なんと答えますか。『植物が太陽光を用いて、二酸化炭素と水を原料にして酸素と有機物(糖類)を合成すること』あたりがまともな答えかと思います。

 しかし、植物がどうやって太陽の光と水と二酸化炭素からでんぷんを作ることができるのですか? と聞かれたらどうでしょう。正確な答えができる人は、ひょっとすると一万人に一人ぐらいかもしれません。私自身も、それほど自身がある訳ではありません。

 37分野の一つに入っているということと、この分野の将来にかなり可能性があるということとは、必ずしも同義ではありません。エネルギー環境イノベーションのように、2050年がターゲットであるような話は、まだまだ未知の要素があまりにも多く、現状はここまでだけれど、将来、例えば、20年後にどこまで行けるのか、それがわからないからです。

 このような長期の見通しを必要とする課題については、現状がこうだから、将来はこのあたりにありそうだ、という考え方、これをフォワードキャストと呼びますが、このアプローチよりも、人工光合成を2050年に人類が使っているとしたら、その枠組みは、ここからそこまでの範囲内であり、その範囲内では、こんなことが考えられるが、技術が実用化されるには、どうしても破らなければならない壁があって、その壁としてどのようなものがあるのか、そして、どのような発想をすればその壁が破られるのか、という2050年を原点として、現在の状況まで戻ってくるというバックキャスト的な発想で、判断を下すべきかと思います。

 ということで、本日は、人工光合成を取り上げ、将来、「エネルギー技術として実用になる人工光合成」というものの実像を掘り下げてみようと思います。

 加えて、ここで提案する方法をバックキャスト型イノベーションと命名し、その有用性を主張したいと思います。



C先生:なぜ、人工光合成が、37分野の一つになっているのか、その経緯については、こんな新聞記事を参照していただきたい。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG1801J_Y1A110C1NN8000/

A君:要約すれば、ノーベル賞を受賞した根岸氏が2011年に記者会見をして、国内の化学研究者120人以上を束ねて「人工光合成」の研究を始めると発表した。文科省も後押しする方針。

B君:文科省は、11年予算からの配分を検討し、実際に予算化された。

A君:その計画では、「人工光合成を再現するために必要な触媒を探す。特に、金属系触媒を研究する。太陽光パネルの新材料や医薬品の合成反応も研究する」。

B君:要するに、触媒の新分野で人材育成をやっていきたい、ということのネタとして人工光合成が使われた。確かに、触媒がキーの分野であることは、誰でも知っているけれど。

A君:なぜ金属系触媒なのか。なぜ、太陽光パネルの新材料も研究しなければならないのか。これらは疑問でしたね。

B君:しかし、触媒研究というものの学理がもっと進化しないといけないのでは。なんとなく、直感が支配している世界のような気がするので。直感が支配する分野でも、ディープラーニングを活用すれば、高度な人工知能的なシステム化ができるのではないか。少なくとも、囲碁よりはやさしいと思うけど。

A君:いずれにしても、引用した新聞記事の事態がきっかけになって、日本発のイノベーションの分野として、人工光合成が定着した、というのが現状ですね。

B君:しかし、すでに5年ほど経過しているので、本当に実用化するのか、もしするのなら、何を実用化するのか、という目で、すべてを見直すべき時期に到達したと言えるだろう。

A君:確かに。人工光合成と呼ばれている研究分野では、「有機物を合成すること」という条件を満たさないものも、この研究分野の一つとして行われています。それは、水の光分解です。しかも、多くの場合、水素と酸素が混じって出てくるという難点があります。それを膜で分離するなどとなったら、何を考えているのだ、ということになります。そのあたりの話が、本日の話題の一つです。しかし、光が水を分解すれば、それは面白いことなので、ある程度無理からぬことでもあります。植物による光合成は多段階で行われ、その第一段階は、太陽光のエネルギーを利用して、水を酸素と水素に分解するからです。
 そして、次段階以降で、二酸化炭素と電子と水素イオンを用いて、複雑な経路によってATPと呼ばれる生体のエネルギー源が作られて、さらに複雑な反応によって糖類が作られるのです。そして、最終的に一つの反応式で書くと、二酸化炭素と水からブドウ糖と酸素ができることになります。

B君:しかし、第一段階を、「水を酸素と水素に分解すること」、と定義すれば、太陽光から太陽電池で発電し、その電力によって、水を電気分解することと変わらない
 すなわち、光合成の本質は、第一段階以降にあって、第一段階は、太陽電池を使うことで代替できるだけでなく、その方が遥かに効率が高い上に、水を取り扱わない太陽電池を野外に設置し、水を取り扱う第二段階のプロセスを室内に設置することが可能になって、全体プロセスが合理化され極めて簡単になる。

A君:人工光合成を実用的に運用しようとすれば、当然のことですが、農業規模で実用化することになります。2050年での実用化となれば、最大1km×1kmレベルぐらいまでの規模で考える必要がありますね。

B君:反応には、当然水が必要で、それを閉鎖系で管理しなければならない。光をある程度集光して、反応器に照射しなければならないかもしれない。そんな反応プラントを1km四方で作って管理することは、非常に厄介だ。触媒が劣化したとき、どうやってそれを交換するのか、なども考えると、1km四方は、太陽電池に任せて、その電力を使う全く別のプロセスによって、有機物合成を行うという二段階型が現実的だと思う。

A君:現状の人工光合成は、なんらかの触媒を使って光反応を起こすタイプ。すなわち、一段階方式。これだとなにかと限界があって、その最大の問題点が、1km四方のプラントを作るといったことが非現実的だということになります。なぜならば、原料をどうやって1km四方のプラントに供給するか、これが大変だから。
 それに、現状では、有機物の合成が目的だとはいっても、さほど有用ではない有機物を作って、「光合成に成功した」と言う例も見られます。その例が、人工光合成でギ酸HCOOHが合成できたといった、という例でしょうか。

B君:まあ、誰が作った知らないけれど、研究者の範囲内で、「これが人工光合成」という定義ができていて、その中で競争しているとしたら、こういう状況になるのも当然なんだ。「競歩」という競技では、常にどちらかの足が着地していなければならない、というルールで競争している感じだろうか。より少ない時間でゴールに到達することが共通の目標だということになって、もしマラソンと勝負すれば、決して勝てないのが競歩。車いすマラソンには、普通のマラソンもかなわないが。

A君:競歩に限らず許容範囲を狭く定義すれば、いくらでも意味を持たせることができる。例えば、片足マラソンとか。
 こんな記事が見つかりますからね。ついに成功した人工光合成という記事なのですが。
http://www.chem-station.com/blog/2011/11/%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%AB
%E6%88%90%E5%8A%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E5%85%89
%E5%90%88%E6%88%90.html


B君:ギ酸ができたということね。二酸化チタンと金属錯体触媒を使って。本来、イノベーションを起こすことが目標なので、競歩の範囲内で競争しなければならないというルールはどこにも無いのだけど。

C先生:我々の主張はそれだ。人口光合成も、そろそろいくらなんでも「競歩の範囲内で競争をする」という枠を外さなければならないのではないか。その一つのきっかけになりそうなことが、昨年の9月らしいが発表された。それが、東芝によるエチレングリコールへの変換だ。
https://www.toshiba.co.jp/rdc/detail/1509_01.htm

A君:エチレングリコールとは、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%81%E3%83%AC
%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB

このような物質で、水冷エンジンの不凍液、PET樹脂やポリエステル繊維の原料などに使われています。そのため、2008年度の日本国内の生産量が63万トンほどのようです。

B君:ギ酸に比べれば、圧倒的に有用な物質。ギ酸はCHという分子なので、炭素が一つしかない。すなわち、炭素−炭素の結合、C−C結合といった方が良いかもしれないが、これがあり得ない化合物で、有機物と無機物の境界線上のような物質なのだ。

A君:エチレングリコールは、立派にC−C結合を持っていますし、非常に有用な原料物質ですからね。しかし、2050年以降になると、石油から作ったのでは、廃棄物になったときに燃やせない。燃やすとCOがでるから。また、原料まで戻して、再度重合するというやり方を取ることになるので、やや面倒。そこで、大気中のCOを原料として作ることができれば、あるいは、バイオマス燃焼で出るCOを使えば、あとはプロセスに使うエネルギーを再エネにしておけば、OKになる。

B君:ということで、東芝を褒めるのは良いのだけれど、その報道がまたまた奇妙なのだ。例えば、日経BP社のこの記事だ。
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/mag/15/398081/120700018/
?SS=imgview_ndh&FD=-404051812


A君:本当だ。「植物超えは当たり前、実用化見据える人工光合成=東芝は、人工光合成によって、二酸化炭素からエチレングリコールを生成した」とあるけれど、この反応のどこにも光を使っていないので、この反応を人工光合成というのは、明らかに間違い。

B君:東芝の発表は、そこをきちんと区別していて、そのタイトルも、「二酸化炭素をエチレングリコールに変換する人工光合成向け分子触媒を開発」となっている。要するに、ここでさきほど提案したように、太陽電池から得たエネルギーによって、この反応を行えば、元々は光のエネルギーを電気に変換し、その後、この反応で二酸化炭素と水を炭素化合物に変換することができるので、東芝の表現は正しいことになる。

A君:日経BPの記事を書いた人は、光合成が多段階反応であるということを理解していなかった可能性が高い。そのため、東芝が書いた「注意深い記述の真意」を理解できなかったのではないですか。

B君:この東芝の件について、日本の人工光合成研究者はどのように評価しているのだろうか。

A君:根岸先生が金属触媒を使うということに限定したので、東芝が使ったイミダゾリウム塩誘導体は、多分、お気に召さないはずなのです。金属触媒という条件も、競歩のような話なのですけど。

C先生:さて、この東芝の成果は、将来、人工光合成が実用になるとしたら、かなり画期的な一つの段階を超えたという理解で良いのだろう。このような光合成の第二段階を実現するには、この発表のような高性能な触媒が必要であることには、全く誤りはないので。

A君:今後、人工光合成がどのような方向性で、実用プロセスに移行できるか、ということになりますね。

B君:もともと多段階からなっている光合成で、第一段階はかつて明反応と呼ばれていたように、光が必要。そして第二段階はかつて暗反応とも呼ばれていたように光は直接的には不要。しかし、光がないところではその第二段階を実現することは、できないともされているのだが、いずれにしても、第一段階の実現よりも遥かに難しい。

A君:現実に植物がやっていることは、大変複雑です。本当の有機物合成の段階の内容、すなわち、カルビン回路というものをざっと説明してみろ、と言われてもなかなかできる人はいないぐらい複雑。

B君:そこで、光合成をどのぐらい簡単に説明した本があるかをアマゾンで探してみた。そして、題名がやさしい雰囲気を出しているものが見つかった。
トコトンやさしい光合成の本」園池公毅著、
日刊工業新聞社、B&Tブックス、1400円+税
2012年12月25日初版1刷

A君:園池先生のブルーバックスの光合成の本は、持っていますね。著者名まで意識していなかったのですが。経歴を見ると、園池先生は、東大の教養学部出身で、理学部で博士課程を修了していますが、生物系の先生のようですね。

B君:いずれにしても、「トコトンやさしい光合成」を買うしかない、アマゾンでプチ!。全部で160ページある本だけれど、「光合成の仕組み」の記述は、第五章76〜94ページのみで、その部分は、当たり前とも言えるのだけれど、やはりトコトンやさしいとは言えない。やはり、光と水から水素イオンを作って、ATP合成酵素がADPをATPに変えるという記述の説明ぶりは、高校で生物を学習していることが前提のような記述になっている。

A君:そもそもATPというも物質が葉緑体で合成されるモデルが提唱されたのが1966年、そして、BoyerがATP合成酵素の「回転触媒仮説」という生体モーターといえるグルグル回る機構だという仮説を提唱し、ノーベル化学章を受けたのが1997年。

B君:ノーベル賞のアイディアがどうやって出たのかなどという伝記的な記述があれば、まだ、多少なら馴染めるかもしれないが、いずれにしても「トコトンやさしい」は、高校の生物で優等生だったという読者向けの言葉のように思える。

A君:ということで、光合成をきっちり理解することは、かなり難しいと思っていただければ、それなりに良いのではないですか。

B君:そうなのだけれど、人工光合成という言葉を、あるいは、この技術の意義をどう一般の人々に理解して貰えるか、という問題があって、そのあたりになると、まだまだほとんど努力がなされていないような。

A君:それは、研究者にとって、自分の研究の意義を薄めるような広報はやって欲しくはないのが当然。競歩のルールで、ゴールインの時間を競っているので。

B君:「トコトンやさしい」の第8章は、実は、人工光合成が主題になっている章なのだ。そのイントロとしてなんと書かれているかをご紹介しよう。

A君:了解。こんな結論になってます。
では、人工光合成はと考えると、単にエネルギーを得るためだけだったら、太陽電池の方が上ですし、現時点では天然の光合成にも効率で負けるでしょう。太陽電池と違って、物質を合成できる点が、人工光合成のセールスポイントだということになります」。

B君:全く正しい記述だ。

A君:もっとも、園池先生も、この定義を提示した後は、若干、現時点の人工光合成派の競歩理論にすり寄っていますね。人工光合成派に総スカンを食うのを避けた感があります。

C先生:そろそろ危ない領域に踏み込んだ。我々の主張を繰り返すとするか。人工光合成のような新規な技術を開発するときには、社会的情勢がその技術を必要と判断する時点を想定して、その時点においてどのような使われ方をしているか、その実用例を頭に浮かべた上で、その技術の進化の方向性を確立すべきなのだ。

B君:2050年を超すと、Net Zero Emission が要求される時代になる。となると、CO2の大気への放出を徹底的に抑えなければならない。

A君:ただし、そのCO2は化石燃料起源のものだけで、バイオマスからのCO2は、貴重な炭素原料になります。となると、そのころの人口光合成の予想図は、バイオマス発電所と合体して動いていて、排気中のCO2が分離・精製されて、進化した東芝流のプロセスによってエチレングリコールが作られている。また、バイオマスの一部、特に、リグニン分からテレフタール酸が合成されていて、全バイオ・PET樹脂が作られている。

B君:まあ、そこまで予測して、これを現状にバックキャストして、何が、どのようなイノベーションが不可欠なのかを割り出して、それに向かって検討を行い、実現可能な方法論を探る。

A君:競歩のようなルールではなく、人類と地球という共通のバウンダリーコンディションでの競争を行うことになりますか。

C先生:こんなところで良いだろう。
 水の分解を行う光化学的な研究の先駆者は、ご存じの通り、私の大先輩と先輩である、本多先生と藤島先生の大業績である光触媒なのだ。具体的には、酸化チタンを使うことで、水が水素と酸素に分かれること。その後、これは、光触媒と呼ばれて、防汚用素材や抗菌表面処理として実用化された。しかし、その後世代が交代して、水素の発生を目的とした方向での研究はかなり進んだものの、どう考えても実用になるようなものではない。やはり、園池先生が言うように、人工光合成は、有機物の合成ができることに最大の意味があって、それ以上でもそれ以下でもない。有機物としては、最低限、炭素ー炭素の結合があることが条件だろう。これは、東大農学系研究科の教授だった五十嵐先生の説をそのまま使わせて貰っている。
 その意味から言えば、東芝が昨年秋に発表したエチレングリコール合成は、人工光合成の実用化のイメージにもっとも近い成果だと思う。
 結論に行こう。エネルギー環境イノベーションが様々な分野を特定して、その進展を後押しすることは、まあ当然のことだ。しかし、そのためには、2050年において、あるいは、2080年において、その技術がどのような形で実用化されているかを十分に検討し、その形態を考察した上で、その予想図と整合性のある提案であるのかを判定するといったスタンスが不可欠だと思う。すなわち、バックキャスト型のイノベーションが、逆産業革命の時代には不可欠な手法になるだろう。このような考え方を今後の主張の中心に据えたいと思っている。