-------


  アスベスト被害は途上国で再現?
    08.26.2012



 昨晩深夜、羽田着の便でシンガポールから帰りました。

 さて、毎週ご紹介していますが、現時点で本を執筆中です。21世紀版の「成長の限界」という本はどのようなものなのか、がテーマです。

 「成長の限界」1972年版では、21世紀になると、環境汚染がひどくなって、人類の寿命は短くなり、食糧生産も土地の劣化などで減少し、人口は減るという予測になっていました。

 環境汚染がひどくなることが、今後、途上国で起きる可能性があるかどうかを検証するのが目的で書いた節からの流用です。



アスベスト(石綿)の規制が日本で遅れた理由

●アスベスト(石綿)の規制が遅れたのは、当時の事情を反映している。
●それは、経済成長期だったということである。
●従事者の判断には、どうしてもあるバイアスがある。
●今後、当分の間、中皮腫による死亡者は増えるだろう。
●しかし、途上国で同じことが起きるとは言えないように思える。
●それは、世界中で、安全というものに対する考え方が変わった(変わりつつある)から。


 化学物質規制は、失敗の連続だったと言われることが多い。実例を上げれば、水俣でのメチル水銀の規制(1956〜1968年)、カネミ油症事件でのPCB(1968年)、アスベストによる中皮腫(アスベスト、青石綿が原因だとすれば1975年ごろまで、微量の白石綿でも問題なら2006年まで)、そして、最近での印刷用洗浄剤での胆管がん事件(2012年)。

 今後、化学物質による被害は、続出するのだろうか。予想は難しいが、全くゼロになる可能性は無いように思える。

 まず、化学物質には、無害というものはないからである。ヒトにとって必須の微量元素であっても、例えば、亜鉛は、生殖用元素と呼ばれるほど重要な元素であり、体重70kgであれば2.3gを体内に持っているが、無害ではない。過剰に摂取すれば有害である。

 次に、使う側に問題がある。今回の胆管がん事件を見ても、コストだけを重要視する経営者が存在しており、本来、労働環境を改善することが、労働者の利益だけでなく、それが経営者自身の利益になるという理解ができていないからである。

 この傾向は、ある種の貧困状態がもたらすものであるので、どちらかと言えば、今後は、途上国に日本などの状況が移行し、このような事件が継続的に発生していくように思える。

 化学物質に限らず規制というものをどの程度の強制力を持たせて行うべきか。この問題に正しく答えるのは非常に難しい。それをアスベストを例として、考えなおしてみたい。

 ところで、すでに記述に出てきているが、アスベストの日本名は石綿であり、天然鉱物であるが、種類がある。青石綿は繊維がもっとも強く、したがって、毒性も強い。茶石綿がそれに続き、白石綿は柔軟性が高い繊維で、毒性は比較的低いとされている。ここでは、アスベストは総称として使用している。

 アスベストが日本で使われるようになったのは、スレート板と呼ばれるセメントをアスベストで補強して波状の薄板にしたものが、簡易建材として工場など建設に大量に使われたからである。

 なぜならば、セメントという強アルカリ性の環境では、他の繊維は、化学的に不安定ですぐに強度が劣化してしまうからである。炭素繊維は大丈夫かもしれないが、現在でも価格が余りにも高すぎるし、そもそも、1960〜70年代には存在していなかった。

 アスベストという繊維は、耐熱性もあり、吸音材としても優れており、電気的な絶縁性も抜群で、先に述べた化学的耐久性は、まず絶対的な優位性を持つという、理想の材料だったのである。

 自動車のブレーキパッドにも、長い間アスベストが使われてきた。耐熱性、耐摩耗性、静音性などの性能面で、ガラス繊維では代替ができなかった。最近になって、複合技術が向上したこと、新素材が入手できるようになったことによって、アスベストは使われていない。

 もっとも、ブレーキパッドから出る細かいチリは、アスベスト繊維を含んでいたものの、形状が針状ではなくなっていて、肺に吸入したときの毒性はほぼゼロになっていた。それならなぜ禁止したのか。それは、製造事業者の従業員への健康被害を懸念してのことだった。

 2000年代になっても、若干量は使われ続けてきた。それは、代替する材料が無いケースである。パイプとパイプをつなぐ部分には、液体や気体がもれないように、パッキングとかガスケットとか呼ばれる部品が使われている。パイプの中を流れる液体・気体によって、その持つべき性能が決まる。例えば、硝酸が流れているところでは、炭素繊維製のガスケットでは、酸化されてしまって使えない。絶対的といって良いような化学的安定性をもつアスベストを置き換える材料は作れないのである。

 理想の材料が、そのうち欠陥が指摘されて、存在意義がおかしくなるということは、歴史的にしばしば起きている。PCBは、理想の液体と呼ばれ、熱媒体、絶縁油などに多用されたが、製造禁止になった。無害で燃えない気体であったフロンは、冷媒だけでなく、様々な用途に使用されたが、塩素を含んでいるものは、地球の紫外線防御膜とも言えるオゾン層を破壊することが分かり、使用禁止になった。

 アスベストは、非常に細い針状の物質である。ガラス繊維のように細い糸状の物質はあるが、柔らかいので、強度がでないが、そのかわり、肺に吸い込まれても、出てくることが多い。しかし、アスベスト、なかでも青石綿は強度が非常に強く、そのため、肺胞に刺さって、そこに留まる傾向がある。刺さってしまえば、外に出てくることは難しい。

 2011年になって、代替材料の技術が確立したことが認められ、やっとアスベストは全面的に使用禁止になった。

 アスベストがどのように規制されてきたか、世界を見ると、欧州は全面禁止にした国が多い。アイスランドが1983年、ノルウェーが1984年、オーストリアが1990年、オランダが1991年、イタリアが1992年、ドイツが1993年、フランスが1997年、ベルギーが1998年、英国が1998年、チリ・アルゼンチンが2001年、オーストラリアが2003年、EUが2005年である。アメリカでは、1992年にアスベスト含有製品6種類の製造、輸入、使用などが禁止されているが、EPA(環境保護局)の承認を得れば、18種類は使用可能である。

 国際機関であるWHOは、1989年に、毒性の強い青石綿と茶石綿の使用禁止を勧告した。

 中国はどうなっているのだろうか。情報がほとんどないが、自動車の排気管の接続部のガスケットにアスベストが使用されていて、オーストラリアからリコールが掛かるといったニュースが2012年現在でも見つかる。

 アイスランドが、そして、欧州、特に、北欧がアスベスト規制では先行した。その理由は何なのだろうか。それは、アスベストを使うような産業をもっていなかったことが大きな理由である。

 カナダはどうなのか。世界最大の白石綿の輸出国であるカナダは、WTO世界貿易機関にフランスとEUが輸入禁止に踏み切ったことを不満として、1997年に提訴を行なっている。結果は、2001年にWTOがフランスとEU側の決定を支持して、決着した。
 ところで、日本で中皮腫を発症し死亡した患者数はどうなっているのだろうか。厚生労働省が、毎年人口動態の調査の中で、発表を行なっている。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/chuuhisyu09/dl/01.pdf

 それによれば、統計を取り始めた1995年に死亡数は500名であったが、2000年に710名、2005年には911名、最新データの2009年には1156名に増加している。


図1 中皮腫死亡者数

 中皮腫は、自然にも発症する一種のがんであるが、アスベストに由来する割合が60%程度はあるとされている。アスベストを吸入してからおよそ25〜50年(Wikipediaは30〜40年)で発症するとされている。もしもアスベストへの暴露がその輸入量と比例すると仮定すれば、過去の動向を見ることが重要である。次図のように、1960年頃から急速に立ち上がって、1974年でピークになっている。


図2 アスベスト輸入量

 中皮腫を発症する毒性が強いと考えられている青石綿は、1975年ぐらいに、日本でも、業界の自主的な規制によって、使用されなくなった。となると、1965年から1975年をピークと見るのが妥当なように思える。この10年間に暴露した人が中皮腫を発症するのが、Wikipediaの記述の30〜40年後にピークになるとしたら、1995年頃から増え始めて、2015年ぐらいまで患者の発生が続くことになる。

 図1によれば、中皮腫による死亡者数は単調増加をしている。この傾向は、最低でも、2015年ぐらいまでは継続することが予測される。

 もしも白石綿も青石綿と同様に有害性が高い物質であったとしたら、1990年ごろまで白石綿を輸入し続けているので、2030年まで、死者発生数はほぼ横這いで発生することになるかもしれない。

 アスベストに対して、より良い規制を行う余地は有ったのか。これは、歴史的な背景を十分に理解してからでないと、そう簡単に答えを出すことができない問題である。

 アスベスト輸入が急増し始めた1960年頃は、日本経済が高度経済成長を実現させているころである。1958年から1961年までの岩戸景気のまっただ中にあった。中国の状況でいえば、2003年頃に相当するのではないか。いずれにしても、まだまだイケイケドンドンの時代である。

 中国の一人あたりのGDP(購買量換算)は、2009年で6800ドル(世界銀行データ)であり、このところ多少景気も変調気味であるが、1960年の日本の一人あたりGDPは、5000ドルを超したところであって、岩戸景気の次に1965年〜1970年のいざなぎ景気、そして、1972年には一人あたりGDPが13000ドルを超えるが、そこに襲ってきた最初の試練であった第一次石油ショックへと続く時代である。

 15000ドルは、この時代だと、世界の経済一流国の条件を満たしたことになる。しかし、達成感があったと言える時代でも無かったように思う。ドルは360円の固定相場制で、実力はついたものの、まだまだ粗野で洗練度が不足した国であったように思えるからである。。

 環境管理などと言う言葉もまだなく、1970年の公害国会、1971年の環境庁の設置という時代である。

 アスベストを使っていた企業は、一流企業でもあった。企業側だけでなく、組合員も、アスベストが有害であることを知っていた。それは、先ほど示した図1にもあるように、1929年ごろから石綿肺という病気があることがすでに分かっていたからである。

 しかし、すぐに具合が悪くなる訳ではなく、かなり時間が経ってから、病気になる可能性がある。もしもアスベストに暴露をしてから25年後に病気になるとしたら、どうすべきか。ちなみに、当時は、定年が55歳、平均寿命が男性で70歳という時代である。

 30歳でアスベストを使う作業に従事していたとして、当然、マスクなどをつける予防的な措置はやっている。25年から50年後に中皮腫にかかるとして、55歳から80歳だということになる。丁度、定年を迎え、80歳だとまあ死亡して確率も高い。

 もし40歳でアスベストを使う作業に従事したとしたらどうだろう。65歳から90歳で中皮腫にかかることになる。これは許容されてしまうのではないか。

 恐らく、このような考え方があったのだと思うが、企業の労働組合も、アスベスト使用を規制することに賛成ではなかった。

 しかし、一つ完全に間違いだったと評価すべきことがある。それは、工場の近隣の人々にもアスベストの暴露があって、中皮腫の発症例が見られてしまったこと、さらには、作業衣の洗濯をしていた奥さんにも中皮腫の発症例が見られてしまったことである。

 これは、従事者は特別というある種の了解を超えた事態である。

 放射線の被曝限度も、一般人の基準は1mSvという受容性を基本に考えられたものであるが、従事者の基準は、5年間で100mSvという基準で、安全性を基準に考えられた値であるが、これが現在、緊急事態によってさらに拡大されている状況である。

 さて、1970年から40年たった現在、男性の寿命は80歳に近づいている。1970年頃の状況が、現時点で同じ状況であったら、どういう判断をしたのだろうか。

 それは、全く違った判断になったのではないか、と推測される。それは、現時点で、日本経済の状況がある意味で飽和した状況になっていること、さらに、人々の安全感覚が全く変わってしまったことが原因である。

 安全感覚ということをもっとも的確に表現している数値は何か、と考えると、それは、乳児死亡率ではないだろうか。


図 乳児死亡率の推移

 1960年の日本における乳児死亡率は1000件の出生に対して30件程度、1970年には15件程度であった。

 実は、1970年でもかなり低くなったのである。1899年(113年前!)の東京のデータが手元にあるが、それによれば、1000件の出生に対して、約200件である。なんと10人に2人の赤ちゃんが1歳未満で死亡していたのである。そして、この乳児死亡率の値は、現時点では、2.4件である。

 乳児死亡率が1000件に対して3件を切ること、これが健康面での超先進国の仲間入りの条件である。日本の場合には、2002年であるので、2000年にほぼ超先進国の仲間入りを果たしたと考えてもよいだろう。

 西暦2000年といえば、1999年に久米さんのニュースステーションのダイオキシン騒ぎがあった翌年である。ニュースステーションで、所沢産の葉っぱモノのダイオキシン濃度が高いという報道が行われ、ホウレン草が風評被害を受けたという単純なものであるが、もっと悪質なデマが出回っていた。

 それは、所沢あたりで、産業廃棄物の焼却炉が大量に運用されており、そこから排出された大量のダイオキシンのために、所沢付近で赤ちゃんの死亡率が高いという偽情報が流され、日本中が震撼したという事態である。

 現実には、統計でウソをつく名人がいたということに過ぎないのだが、丁度、日本全体の感覚が変化し、ヒトは不死であるという理解になってしまった頃であるために、余りにも過敏な反応をした人々が多かった。

 その後、10年余を経て、ヒトには最後の死に方が重要だという理解が広まりつつある。個人的にも、ほぼ同意しており、死ぬのは仕方がないが、無念な死に方はしたくない、と考えている。これが現時点の共通理解のように思える。

 20年後になり2030年ぐらいになったら、アスベストが原因である中皮腫患者の総数も分かっていることだろう。

 そのころ、過去のアスベスト規制について、どのように言われているのだろうか。

結論

 今後、同じことが途上国で起きるか、流石にここまでの被害が出たということは、事実であるので、いくらなんでも途上国で妙なことは起きないものと予測する。

 もし起きる可能性があるとしたら、それは、アスベストの産出国である確率がもっとも高いと思うことを付け加えておきたい。