| アスベスト被害の再考 07.24.2005 ![]() |
| 7月3日に、「クボタのアスベスト被害」という記事を掲載し、その後、ヨーロッパと韓国に出発した。帰国してみて、アスベスト被害を報告する企業が相次いだらしいことが分かった。最近の傾向として、何かを秘匿すると、その後、責任を追及されるので、情報はとりあえず開示しようという企業が増えたことは歓迎すべきことだ。 朝日新聞などは、どうも、行政の責任を追及するような姿勢を示している。いわく、米国では、石綿規制は早かったが、日本はなぜ遅れたのだ、といった論調である。 現時点で、そのような記事を書くことは、極めて容易なことである。問題は、その時点で、例えば、1970〜75年に、朝日がどのような記事を書いたのか、である。残念ながら、時間がなくて、検証は行っていない。その時代に、充分な情報が流れていれば、状況は多少違ったかもしれない。 今回、アスベスト被害に対して、どのような見方があり得るのか、議論してみたい。 追加:07.27 政党あるいはメディアが1970年から1975年にどのような発言をしているかを検証すべきだ、と記述したところ、共産党は、 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-07-22/2005072202_02_1.html に発言の記録があるとの情報をいただいた。 どうも朝日に紹介されたいたらしいが、1972年に山原衆議院議員が質問をしている。共産党と朝日が、この時点で事の重大性をもっと認識していたら、事態は多少変わっていたかもしれない。実際、本当の勝負は、1975年までだったと思う。吹きつけが禁止になったこの時点で、作業員の曝露は、かなり減ったはず。もっとも、マスクをしていると苦しいので、きちんと装着していない作業員も多かったろう。やはり、情報伝達が最大の鍵なのだ。 追加その2:07.27 国会での追及などのやり方を見ると、質問に立っている議員は、今からでもアスベストを完全使用禁止にすれば、リスクが下がるとでも考えているように思えるが、実際のところ、アスベスト対策を現時点から何かやったからといって、リスクはもう下がらない。なぜならば、もう下がりきっているから。多少残っているアスベストの撤去を慎重に行えば、それで充分。現在、製品になっている化学プラント向けのシール材などは、むしろ、代替品が本当に充分な性能を持っているかどうか、それを確認してから、慎重にゆっくりと判断を下すことが賢いやり方。性急にアスベストを全面禁止にすると、化学プラントの漏洩事故などによって、かえってリスクが増大しそうに思える。まずは、ヨーロッパが本当にどこまで禁止しているのか、といった調査から始めるべきだろう。 アメリカは、一旦禁止したが、訴訟で負けて、再度使用が許可されてしまった。これは論外だ。この裁判に関わった弁護士は、一体何を考えていたのだろうか。金儲けだけか? C先生:ヨーロッパ・韓国に行っていて、しばらく日本から離れていた。帰ってきて新聞を見ると、どうやらクボタ以外の企業からのアスベストによる労災の状況が報告されたようだ。アスベスト被害がでてしまっていること、さらに、今後も当分の間このような被害がでることが確実である現時点で、どのようなことが議論できるのか。それが本日の観点。 A君:もう一度事実関係をまとめた方がよいでしょうね。 1971年 日本、特定化学物質等障害予防の制定で、石綿などの物質の取り扱いを規制 B君:日本の石綿の使用量は、1950年ごろから徐々に増え始め、1970年ごろピーク状態になり、1988年ごろまでそのピーク状態(25〜30万トン)が続いた。そして、減少をはじめ、2004年ごろにゼロになた。合計使用量は、1000万トン余。 C先生:朝日新聞などの論調だと、1972年に発がん性が明らかになったにも関わらず、1995年まで毒性の強い青石綿、茶石綿を禁止しなかった。これが遅い、という主張。 A君:厚生労働省は、「禁止ということなら確かにそうだが、規制は段階的に強めてきた」と主張。実際、1971年には、特定化学物質等障害予防規則が決まって、石綿を取り扱う事業所では、排気装置の設置やマスクなど保護具の備え付けが義務付けられた。また、75年には石綿を発がん性物質として管理を強化、建設現場での吹き付け作業を原則禁止。 B君:石綿の場合、前回のHPにも書いてあることだが、舐めたからといって何が起きる訳ではない。ある程度以上の粉塵を肺に吸入したときに、中皮腫になる可能性が出てくる。となると、対策としては比較的簡単で、吸入しないような対策や排出規制が守られれば、大きな問題が発生するとは考えないのが日本流だった。現時点でも基本的に間違っては居ないと思う。 C先生:確かに、そのあたりの感覚が諸外国とは違う。日本という国の非常に大きな特徴が、国民の99%以上が法律は守るべきものだと思っていること。それは、いったん作った法律が簡単には変わらないこと、細かい法律違反に対しても罰則があることによって、この状態を維持している。他の国では、必ずしもそうではない。例えば、ドイツでも、かなり大胆な法律を作って、実際にはうまく機能しないで、法律自身の変更を強いられるといったことが起きる。途上国は、程度の差が大きいが、法律は形だけ、といった国もあるし、余り大きな声では言えないものの、人を騙して利益を得ることができれば、それは偉い証拠だ、と思っているのではないか、と疑いを持ってしまう国もある。勿論、日本なら汚職か詐欺だが。勿論、もっともっと頻繁なことだが、法律は、取り締まり側が袖の下を得るための方法になっている国もある。 A君:日本の場合、規制をするとかなり厳格に守られることになるので、それによって、影響を受けると考える企業は、かなり反対をすることになる。 B君:今回、被害者が発生しているが、その時期がやはり問題。厚生労働省が20日に発表したデータによると、健康被害で04年度に労災認定を受けた人が前年度の1.5倍の186人。中皮腫が127人、石綿による肺がんが59人。厚労省は、潜伏期間を考えると、今後、認定件数はさらに増える、と予測している。 A君:富山医科薬科大学の村井助手が分析したデータがありますが、それは58年から96年に報告された105万例以上の解剖結果から中皮腫を抜き出した。それによると、1846人が該当し、男性が1287人、女性は558人。死亡時の年齢は、7割以上が50〜79歳だった。 B君:もしもそのデータが実態を反映しているものとすると、職業的に石綿に接触していない普通の人でも中皮腫になる可能性が高いということになる。 A君:スティーブ・マックィーンは1980年に50歳で肺がんで死亡していますが、原因としては、石綿が疑われています。自動車レーサーだったので、石綿製の防火スーツを着ていた。 C先生:われわれが学生の時代には、石綿は日常的に大量に使用していた。専門がセラミックス・ガラスだったから、耐火材料を取り扱うことがしばしばあった。石綿は、かなり優れた材料だったので、電気炉などを修理するときには、必須の材料だった。多分、かなり大量に吸入したに違いない。 A君:鉄骨造りの建物の場合、火災が起きたときに鉄骨が軟化して建物の崩壊が起きないように、断熱材で鉄骨をカバーしている。石綿が付着性、耐火性ともにもっとも優れていると考えられていた。そのため、通常の建物にも、いまだにかなり多くの石綿が存在しているでしょう。 B君:ということは、今後とも、かなり中皮腫で死亡する人が増える可能性が高いということだ。暴露のピークは、恐らく建物への吹き付けが禁止された1975年頃。それまでは、かなり環境中への放出量も多かったろう。となると、潜伏期を30〜40年だとすると、2005年から2015年がピークになる。 A君:中皮腫がどのぐらい増えているか、人口動態から解析したデータが赤旗に出ていて、それによれば、1995年の500名が2003年には878名と、ほぼ直線的に増加していますね。 B君:そもそも日本で、肺がんで死亡している人数はどのぐらいなんだ。 A君:それは、インターネットでダウンロードできる範囲の人口動態から見ることが可能。図1にその結果を示します。
B君:肺がんはすごい増加率だな。1995年には45745名、それが2003年には56720名まで増加している。もう一つ増えているのが、大腸がん。それに比べて、胃がんなどは余り増えていない。 C先生:さまざまながんの増加率が多少鈍っているのが現状なのだが、肺がんは例外の最たるもの。それがアスベストのためかどうか、それは疑問だが。なぜならば、中皮腫による死亡者が少ないからだが。 A君:中皮腫の死亡者数について述べている赤旗は、政府の責任があると言っていますが、実際に、共産党は1970年代以降、アスベストに対してどんな発言をしてきたのやら。それを実証してもらわないと、今何を言われても。 C先生:まあ確かにそうなんだ。1970年というと、すでに35年前。たった35年前と言えるかどうなのか。例えば、イギリスのような国だと、恐らく、余り価値観が変わったとは言えないだろう。しかし、日本は、1970年と言えば、それこそ環境最悪の状況であった。水もひどかった。空気もひどかった。化学物質汚染もひどかった。農薬による被害もひどかった。 A君:よく示している図がありますね。図2ですが。これは、環境省の発表によるもので、水質基準を超している測定地点の割合を示すもの。1971年からのデータしかないのですが、その時点で、1.5%ぐらいの規制オーバーがあったのが、大体10年ぐらいで1/10ぐらいに減って現在と余り変わらない状況になっている。
B君:経済の状況だってそうで、図3に、少々怪しげながら、一人当たりのGDPの推移を示す。なぜ怪しげかというと、実際にはこんな古いところまでちゃんとしたデータは無い。そこで、多少強引に作った。この一人当たりのGDPは、購買力換算がしてある。
C先生:1960年での日本のGDP capitaは$5000。米国の1/3、スウェーデンの1/2のGDPだった。となると、命というものに対する考え方が全く違う。企業人間は、企業に対する忠誠、環境問題への対処、などに対する考え方が相当に違っていた。しかも、そのような考え方は、徐々にしか変わらない。 A君:高度成長期には、多少の健康被害は見逃される傾向にありますからね。現在の中国、東南アジアでもどうしてもそのような傾向がある。 B君:ちょっと調べていたら、命の値段に関して、面白いものを発見した。日本弁護士連合会の総会決議だ。 (決議)
右決議する。 理由 さらに、近時の裁判例等の示す人身事故の賠償額算定基準に照らしても、生計担当者の死亡による遺族の補償金額は優に2,000万円を超えるのが通常であり、また公害等における一律的補償の場合でさえ熊本水俣病に代表される如く、死者・重病者につき2,000万円の水準に近づきつつある。このような現下の補償水準と対比するとき、現行保険金額は仮にこれを最低保障と見たとしても、余りにも不十分であり、少なくとも倍額程度の引き上げは緊急に必要とされよう。 なお、傷害に対する保険金額は、昭和44年の前示改訂の際には増額が見送られた経緯が存する。その原因は傷害事故の支払件数が多いため、その保険金額の増額が保険料率に影響するところ大であり、しかも医療費の高額化にともない増額が医療機関のみを益する結果に終り、結局被害者救済の実効をあげ得ないことが懸念されたからと思われる。だが、このため傷害の保険金額は実に7年間も据え置かれるに至った。事態はもはや放置を許されない状況にある。したがって、この際、まずは傷害の保険金額も英断をもって倍増したうえ、不当に高額な医療費の請求に対しては、査定機構の充実、適正な交通事故診療報酬基準の作成とこれに基づく査定権限の確立あるいは医療費を保険金の一部分に限定するなどの対策を早急に講ずべきである。 A君:1973年で2000万。現時点で、人命の価格は一体いくらでしょうか。高いことは事実でしょう。 B君:命の値段というHPがある。 C先生:なんとなく安いような気がするが、まあ、1973年から32年を経て、やはり5倍以上の命の値段になっていると言えるのではないか。一人あたりのGDPは、2倍にもなっていないのだが。 A君:70年代に石綿の使用禁止に反対したのは、使用者であった企業。それに自民党が同調して、規制ができないようにした。そんな時代だった。メディアがもっとがんばれば、多少違っていたでしょうね。 B君:当時の反対理由としては、代替材料の性能が悪いということなのだろう。 C先生:その通り。実際、代替品の性能は悪かった。しかし本音は、性能の良い代替品を開発するにはコストが掛かるから、といったところだったのではないだろうか。いずれにしても、命よりも経済優先。 B君:現在だったら、そんなことは全く考えられないだろう。メディアと一般社会が許しておかない。 C先生:先日、済州島であった国連大学のグローバルセミナーで、若い学生の参加者と議論したが、人口減少は地球環境と人類が共生する最良の方法論である、と説明した。ところが、韓国からの経済を専門とする女子学生が言うには、「人口減少は経済に悪影響がある」。経済学は一体何を教えているのだろうか。 A君:古い経済学の理論だと、当然、労働力が生産にとって必須という式になっている。だから、労働力が減ると経済発展もしないという単純な思い込みに囚われているのでは。 C先生:人口増大が富国強兵・経済発展のためにが必要というのは、実際、歴史的な見解としては正しかった。歩兵を消耗品とみる戦術論だったからだ。とにかく、命が大切な社会にならないと、出生率が下がらない。すなわち、地球上での人類の持続可能性を考えると、命の値段が高い社会を作るしかない。 B君:日本での1970年代は、命の重要さが認識され始めた初期段階だった。そんな状況のときに、静かな時限爆弾と呼ばれる石綿のような物質に十分に配慮をすることは、非常に難しかった。 A君:メディアが1970年代に石綿に対して何を言ったか、調査が必要ですね。政党も同様ですが。 C先生:しかし、犠牲者は犠牲者だ。今からでも、補償は遅すぎることはない。とは言え、一定の年齢以上の日本人には、自分たちは無罪だ、と言える人間は誰一人いないはずなのだ。新聞を読むとき、政党の主張を聞くとき、そんな見方をして貰いたい。 A君:そして、最後に自衛法。残念ながら、すでに吸入してしまったものは、取り返しが付かない。ただ、喫煙は中皮腫や肺がんの発症確率を相当高めるので、禁煙をお奨め。それ以外には方法は無い。「自分は、中皮腫にはならない」、と信じる以外にない。 |
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