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   タイでの国際会議とアジア状況
    10.28.2012




タイから日曜日の早朝に帰国しました。タイやベトナムからの夜行便はキツイ! タイのMRCとのMOUのサインをするためと、微生物のコレクションを行っている組織、MRC(Microbial Resouce Center)と呼ばれる組織が集まるアジア諸国の会議に出席することが目的でした。チェンマイで行われたこの会議は、以前は、なんとなく仲間内的な色彩のあった会議でしたが、各国の状況は様々で、やはり、このところの国際的な状況を反映しているからなのか、多少の綱引きというか、勢力争い的な面もないとは言えないのが現実です。なかなか難しい。段々と合意に時間が掛かるようになってきた感触。

意外に思われるかもしれないけれど、現時点の綱引きの一つが、アジア各国での人材育成のサービス競争で、自国の存在感を効果的に示す方法だと理解されているのかもしれない。

中国からはデータベースの専門家が参加していて、どうやら語学力を駆使して、海外で活躍中という人。かなり強引に微生物コレクションのデータベースの方向性を出そうとしている。もともと、理研で勉強をしたらしいので、日本語もある程度はできる。

韓国は女性がリーダーで、どこかの大学の先生だったらしいが、韓国内にあるいくつかの組織を取りまとめて、結果的に、国際的な存在感を出そうと努力をしている。英語はほぼ完璧。韓国もアジア諸国の人材育成もやっていると主張。

タイもまずまずのレベルで、微生物のコレクションを持っている。やや控えめながら、それでもやはり国際的な影響力を強めようとしている感触。英語のレベルも非常に高い。

その他の国の実力はと言うと、微生物コレクションとしてはまだまだで、インドネシアはJICAとJSTの支援で、微生物コレクションを作るプロジェクトが進行中。

他の参加国は、モンゴル、マレーシア、フィリピン、カンボジア、ラオス、インドなど。まだ発展途上。

微生物関係は、実は、圧倒的に女性の世界。参加者の半数が女性。 NITEの女性にもなかなか強い人がいて、互角以上に渡り合っているので心強い。しかし、NITEの強力コンビは実は二人のベテラン(男性)で、この二人がここ何年かで定年になると、果たして、その後、中国や韓国などの国と互角に渡り合えるのか、いささか心配。

さて、ここでは、まず、MRCというものが、どうして競争状態になっているのか、その事情を若干説明してみたい。それは、生物多様性条約=CDB(Convention on Biological Diversity)と、名古屋で行われたCOP10で決まった名古屋議定書=NP(Nagoya Protocol)によってMRCのあり方が世界的に議論になっており、自国の利益確保が重要課題になっているからである。

微生物や植物などの遺伝子は、遺伝子資源と呼ばれ、化石燃料、鉱物資源などに続く「最後の資源」だと言われている。過去、抗生物質をはじめとする様々な医薬品が植物や微生物から作られて、医薬品業界に莫大な利潤をもたらしたものの、植物や微生物は、もともとそれぞれの国の資源であると考えるべきだったにもかかわらず、オリジナルの微生物が存在していた国の権利が認められることはなかった。少なくとも途上国においては、そのように理解されている。

確かにそういう傾向はあったと言える。しかし、植物であれば、その国の固有種というものが明確である。それなら微生物についても状況は同じなのか。これに関しては、必ずしも統一見解はないようだ。世界中どこにでも、似たような微生物は存在していて、どこかの国にだけ極めて特殊な種があると信じられているわけではないらしい。となると、微生物の場合に、何をもってその国の固有種だと定義するのか、それもよく分からなくなってしまう。

このような状況に加えて、NPが難しいのは、まず、それぞれの国内で、NP対応のための個別の法律を作ることがまず大前提であること。となると、国際的な共通のものができるという保証がないので、基本的には各国別の対応になる。しかし、それでは機能しそうもないので、骨格が決まっていて、その骨格に各国の法律は適合したものになることになっている。しかし、細部に渡ってまで規定されているわけではないので、国内機関がもつ機能などは、国によって違う状況になる可能性がある。

どの国でも、国内的にも色々と利害が異なっているようで、NPが本当に機能し始めるには、一応目標年としては2014年になっているものの、その達成は、相当に難しいような気がする。

国際関係が難しいなあ、と思っていたところ、飛行機の中で読んだAREAに、これは中国との関係に限った話ではあるものの、内田樹氏と與那覇潤氏の見解が載っていた。中国以外の国についても、このような歴史観をしっかり構築することが重要だと再認識した次第である。


内田 樹氏による中華思想の概要

 中華思想とは華夷秩序によって整序された宇宙観。中央に中華皇帝がいて、そこから「王化の光」が拡がる。王化された地域は「王土」である。中央から遠ざかるについて、光が薄まり辺境の「蛮地」になる。辺境は、住民の自治に委ねられ、朝貢するするものは地方官に任じられ、下賜品を与えられる。

 しがたって、中華思想は近代的な意味でもナショナリズムではない。もともと、国境線という概念がないのが華夷秩序。

 現時点での日中対立は、その図式では説明不能。中国は、その軍事力・経済力において大国化したせいで、中華思想にしがみついて自尊感情を維持する必要が無くなり、グローバルルールでゲームをしても、「勝てる」と思うようになった。

 周恩来、ケ小平の尖閣諸島問題の「棚上げ」論は、中国の伝統的な領土観み基づいている。国境線なんか曖昧でよい。しかし、今の中国の一般市民の支持を得られない。特に、都市住民層は、領土観もグローバル化されている。それは、日本人が欲しがるものは、中国人も欲しがるということ。

 かつて、中国人は文明的宗主国として東夷の列島住民を見下していた。でも、今は同じ資格で、同じ物を奪い合う対等の競争相手だと思っている。

 かってケ小平が掲げた「先富論」は、生産性の高い領域に資源を集中して、生産性の高い領域に資源を集中して、そこがまず豊かになり、その余沢が貧しい周辺に及ぶという考え方だった。先富論が、中華思想の現代ヴァージョンだった。

 しかし、先に豊かになった中国市民たちは、資産をさらに増やすことには熱中したが、そのフェアな再配分には工夫がない。「半分だけの中華思想」が中国の貧富格差を生み出している。これもまた「中華思想のグローバル化」の症状と見なすべき。

 アヘン戦争以来の近代史を振り返ったとき、中国人には国民的統合の成功体験がほとんどない。その唯一の例外的記憶が抗日戦争。民族も階層も政治イデオロギーも超えて全国民が団結した近過去の経験がそれしかない。そのため、政権が求心力を失いかけると、そのたびに、「抗日戦の記憶」をかき立てようとするのはある意味で当然のこと。

 中国の指導者は、14億人もの国民を統合する必要がある。14億は、19世紀末の世界人口とよぼ同数。中央のハードパワーが落ちれば、少数民族が独立運動を起こし、政権交代どころか、政体そのものの解体リスク。そのため、「シンプルな物語」に必死にすがりつくのには理由がある。

 中国のもう一つの特殊性は、国家目標を未来に設定しないこと。理想国家は、孔子にとって周王の治世がそうであったように、過去にすでに存在ている。それに戻ることはあっても、全く新しい統治形態を構想することはしない。そして、彼らは歴史上、群雄割拠の内戦状態と絶対権力を持つ皇帝による中央集権国家の二つの支配形態しか知らない。連邦制も民主制も経験がない。

 重慶のボー氏(薄 熙来)は、独立王国に近いものを築いていた。このような事件は地方では私兵を養う軍閥的な「王」が出る可能性を意味する。

 一党独裁システムが今後も維持できるのか、それとも「独立王国」が割拠する準内戦状態が訪れるのか、冷静な分析が必要。


與那覇 潤氏の中国民主化の概要

 中国の反日デモを「暴動」にまで転化させた。結果、多くの日本人にとって、中国はますます理解しがたい国になりつつある。しかし、歴史家の目で見れば、ある意味で「日本もいつか来た道」だ。

 日本の近代史では、民間の側が外国に強硬な姿勢を掲げて、自国政府の弱腰を叩く風潮を「対外硬」と呼ぶ。

 現在の中国のように政治的な言論の自由が制限された状況で、一番安全にデモをする方法は、ナショナリズムに訴える、つまり統治者よりももっと愛国的な主張をしたり、より強硬な外交政策を要求すること。

 日本にも同様なことがあった。それは、明治時代の自由民権運動期には、野党活動が制限される状況下で「対外硬」は民権運動家が藩閥政府を攻撃する武器だった。中国の「愛国無罪」と同じ。

 中国共産党の一党制にしても、歴史を遡れば、日本史にもある。戦前の日本の天皇制の特色を指す言葉として、一人の君主の前では全員が対等の存在だという理念を意味する「一君万民」があった。これは、宋朝以降に貴族政治が廃止されて、皇帝専制が確立した中国の儒教的王権の特徴。

 アジアでは、民意が政治に反映されるべきだという発想自体は、東アジアでは昔から強い。「一君万民」とは、いわば東アジア版の民主体制で、善良で英明な皇帝が儒教道徳という形で、一般庶民と価値観を共有しているという考え方。民意は議会ではなく、君主に代表してもらうという体制。「徳治主義」とも呼ばれる。

 君主を党にしたのが、「一党万民」にしたのが今の中国。確かに、中国版民主主義かもしれないが、「自由主義」の伝統は欠けているから、意見の複数性が認められない。党が人民の意見を代表するとされているので、党の見解だけが唯一絶対の「正しい意見」となる。

 このような体制に、近代西洋からの主権国家体制、すなわち、「あらゆる土地はひとつの国家のみに帰属する」という発想が入ると大変に厄介。

 戦前の日本は、議会政治の伝統のないところで、民主化を進めるとどうなるかのモデルケースだった。内政と異なって意見が割れにくい外交を主たる争点にして、野党の側が「対外硬」で民意を煽って、政府の弱腰を叩くという形の「民主化」が繰り返された。最後は、「一君万民」の天皇制を残して、議会政治を捨てたのが「大正デモクラシーから昭和ファシズム」への流れ。民主化が進めば進むほど、国内では多様な言論が花開くのではなく、一種類の主張のみの激烈化がもたらされた。かつて日本が来た道が、中国ではもっと大規模な形でいま、一気に噴出している。

 そんな中国とどう付き合うか。短期的には、「同病相哀れむアジア主義」で行くべき。「あいつらは愚かで、我々は正しい」ではなく、ちょっと振り返ってみると実は同じ問題が我が国にもあった。互いに「相手の振りみて我が振り直す」。先に「直した」方が国際社会で有利な地位に立てる。「日本のデモは暴力を使いませんでしたよ」と中国だけでなく世界にいかにアッピールしていけるか。

 反日デモで壊された日本車の持ち主に、日系メーカーが修理費用の負担を申し出たことが話題になっている。

 日中戦争後の蒋介石の「以徳報怨」ではないが、「徳治」の伝統を良い意味で受け継ぐのはこちらですよ、という形の道徳競争に巻き込むのがよい。