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   バックキャストをしっかり使うには 08.05.2017
     
パリ協定に対応する知恵が企業の成長の鍵
               




 昨日、六本木の国際文化会館で開催いたしましたエコプレミアムシンポジウムへのご参加いただきました方々、大変にありがとうございました。今回は、個人的な主張をしたいということから、普段の2倍以上の講演時間をいただき、バックキャストという枠組みで、パリ協定への対応などを考察してみました。

 そこで、いつでも問題になるのは、パリ協定の基本的な骨格である「気候正義」という言葉です。これについては、すでに何回も、記事をアップしております。

 パリ協定に対して、恐らく正しいと思われる解釈に到達できたのは、ヨーロッパ、特に、パリ協定の成立を考えると、非常に良いタイミングでルーマニアとブルガリアをドライブして、最後の審判の壁画を見たことで得た経験が、重要な役割を果たしたと思っています。

 以下、「気候正義」に関連すると思われる記事のリストです。

◆ルーマニアとブルガリアの9日間 05.31.2015 最後の審判の絵が、ヴォロネツ、ホレズと2回出現
http://lebenbaum.art.coocan.jp/Travel/Romania.htm
◆ブルガリア編 ルーマニアとブルガリアのドライブの続編 06.07.2015
http://lebenbaum.art.coocan.jp/Travel/Bulgaria.htm
◆環境経営の思い違い 10.25.2015
http://www.yasuienv.net/GoalTarget.htm
◆再度 ゴールと目標の違い 11.28.2015
http://www.yasuienv.net/2ndGoalTarget.htm
◆COP21合意とその道筋 12.13.2015
http://www.yasuienv.net/COP21Agreement.htm
◆COP21後の主役企業 02.07.2016
http://www.yasuienv.net/TopAfterParis.htm
◆SDGsに対して企業がどう取り組むべきか
http://lebenbaum.art.coocan.jp/PPT/SDGsParisPPT.htm
◆「石炭火力は座礁資産」を巡って
http://www.yasuienv.net/StrandedA.htm

 そして、本日の話題は、バックキャストという方法論についてエコプレミアムシンポジウムで何を話したか、です。こんな話をいたしました。

  
C先生:実は、バックキャストについて、このWebサイトに記事を書くのははじめてのようだ。昨日の講演よりも、基礎的に、そして、できれば論理的にバックキャストを議論してみたい。

A君:了解。となると、昨日の講演のパワポのスライドの順番とは全く関係なく、記述をすべきだということになりますが、そもそも、バックキャストの語源あたりから。これは、釣りの用語らしいですね。投釣りをするとき、目標地点に背を向けて、後ろ向きに投げること。

B君:しかし、釣りにおける後ろ投げという行動と、未来のゴールを先に定めて、そこから現時点を振り返るという行動と、この二つは余り整合していないような気がする。

A君:そこは、解釈次第では。釣り用語だと、投げる先に目標となる魚が居るということが前提になるけれど、バックキャストをなんらかの思考のツールとして使う場合には、まずは、未来の仮想的なゴールに立ってみて、そこから、逆に、現時点を解析の目標地点として見るという考え方だから、まあ、許容範囲内なのでは。

C先生:まあ、そんな程度の話だろう。パリ協定などを考えるとき、思想的には、時間軸がもっとも重要なのだけれど、釣りの場合には、その概念は入っていないのだから。

A君:ということで、未来のゴールに立って、そこから現時点を眺めることをバックキャストであると定義をしましょう。

B君:バックキャストという言葉を辞書で調べると、こんな風になっている。
 "A planning method that starts with defining a desirable future and then works backwards to identify policies and programs that will connect that specified future to the present."

A君:思考のツールとしてやる最初のことは、「望ましい未来」を設定すること。そして、その「望ましい未来」から、現時点に遡りながら、どのような政策やプログラムがこの目的のために必要なのかを考える。

B君:まあ、そういうことになる。「望ましい未来」という言葉が鍵ではあるが、「誰にとって望ましい未来」なのか、ということによって、当然、未来の決め方が違ってくる。

A君:パリ協定の場合には、その「望ましい未来」が、「気候正義」という言葉で定義されていた。

B君:ここがパリ協定の最大のポイントなのだけれど、よく行われるパリ協定の説明は、2030年には、各国が自主的に決めた何%削減、そして、2050年には、世界全体で40〜70%削減を見越して、各国が自主的に決めた削減目標、日本の場合だと80%削減、そして、今世紀の後半のどこかで、Net Zero Emissionという三段跳びがパリ協定だけれど、最後のNet Zero Emissionを除けば、「各国が自主的に決めた目標」であることが大前提。ところが、この自主的な目標だけれど、「気候正義」という言葉に見合う努力をすることを前提として決められているか、ということが、もっとも重要なこととされている。パリ協定では、グローバルストックテイクという仕組みで、これが査察され評価されることになっている。それが、2023年に行われる。

A君:そのグローバルストックテイクの枠組みが余り報道されていないことが、パリ協定の基本である「気候正義」の理解が進まない一つの障害になっている、という訳ですね。

C先生:まあ、そういうことだ。各国が「気候正義」に基いて目標を決めた、というがパリ協定の本質なのだけれど、この枠組の理解も充分ではない。実は、このあたりの確認はできていないのだけれど、「気候正義」という言葉が公式に出てきたのは、パリ協定が成立してからだと思う。しかし、各国がINDC(約束草案と訳す。Intended Nationally Determined Contribution:直訳すれば、「各国が削減の意図に基いて決めた貢献量(削減量)」)と呼ばれていた各国の2030年削減目標を議論しているときには、「気候正義」に基いてその議論を進めた訳ではなかった。どのぐらい最大限削減が可能か、という観点だけで議論をしていたと思う。決して、気候正義に基いて、決めた訳ではないと思う。

A君:そろそろ本日の議論の本質に近づいて来ました。確かに「各国が決めた貢献量」ではあるけれど、その国の「企業が決めた貢献量」ではない。しかも、その国全体として決まった数値であって、それぞれの業種別に決まった数値という訳でもない。

B君:そうなったとき、企業にとってみれば、パリ協定の数値は、バックキャストの方法である「望ましい未来」を先に決める、という行為の対象にはならない場合が多いだろうね。

A君:要するに、「望ましくない未来」の一つの表現である可能性が高い。だから決めたくない。

B君:しかし、そういう方針で企業が進むことは、グローバル企業の場合には、かなり難しい。なぜなら、まずは、「気候正義」という考え方をすんなりと受け入れることが可能な地球上の人口は、半分以上いると見ている。具体的には、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒で、いずれもアブラハムの神を信仰している。その総数の推定値が39億人だから。

A君:そして、企業にとって厄介なことには、これらの宗教の信者は、比較的経済力が高い人々であること。他の宗教であるヒンドゥー教、仏教などなどより平均所得が多い。

B君:そういう意味では、日本という国は、例外的な国だ。GDP世界第二位になった国なのに、宗教的には、完全にマイナーな存在。というか、そもそも日本の宗教は世界的にみても、特異な存在。

C先生:A,B,Cの三名は、いずれも、その特異な多神教徒のような行動パターンだな。個人的には、旅に出ると、神社・仏閣・教会があると、できるだけ寄ってみることにしている。典型的な多神教徒だと思う。しかし、決して、無神論者ではない。自分で言うのも変だが、多神教徒と言われるよりも、汎神論者だと言われたい。

A君:米国のトランプ大統領が何を言っても、パリ協定遵守の方向性を変えようとしませんね。トランプ大統領も一応はキリスト教徒なのです。しかも、福音派と呼ばれ、ダーウィンの進化論すら否定する一派のはずなのですが、個人でなんでもできると誤解している人なのでしょうね。無神論者に近い、いや、自分万能論者だと思います。

B君:それに比べると、娘のイヴァンカさんは、結婚してユダヤ教徒になった。多分、真面目なユダヤ教徒で、パリ協定からの離脱に反対していた。

A君:大原則を述べれば、パリ協定というものが「気候正義」という概念を根幹にしているということを前提として、各企業の担当者は、自社のポリシーを議論しなければならないのですが、これが日本というところでは難しい。

B君:確かに、完全な対応は不可能かもしれない。それは、担当者がいくらそれを意識したとしても、経営層がそれを理解する確率はかなり低いからだ。本当は、企業トップが率先してパリ協定の理念を理解するような企業でなければ、その企業の今後の発展は期待薄なのだ。このような状況を見ることができるのが、一つは、CDPの報告書だ。
https://b8f65cb373b1b7b15feb-c70d8ead6ced550b4d987d7c03fcdd1d.ssl.cf3.rackcdn.com/
cms/reports/documents/000/001/260/original/
Japan_edition__climate_change_report_2016.pdf?1477498361


A君:この報告書に、日本各社のCDPによる温暖化対応の企業の成績評価が掲載されていますので、参考になります。

C先生:ある企業から、何か相談をしたいという希望があったときには、まず、このCDPの報告書のAからFまでの評価のいずれかであるかを見ることが必須なのだ。

A君:まあ、Aマイナスぐらいまではまずまず。Bになるともうちょっと。もしグローバル企業であれば、Bはかなり考え直した方が良い。Fは報告を拒否したということなので論外。C、Dは全面的に考え直した方が良い、といった感じですか。

B君:金属関係だと新日鐵住金がB、神戸製鋼所がC、住友金属鉱山がA−、DOWAホールディングスがF、日新製鋼がF、日本軽金属ホールディングスがC、日立金属がB、三井金属鉱業がF。三菱マテリアルがA−。

A君:化学系だと、旭化成がA−、カネカがA−、昭和電工がB、クラレがB−、JSRがB−、昭和電工がB、信越化学がB、住友化学がA−、帝人がB、東レがA−、日産化学がD、日本触媒がD、日立化成がC、三井化学がB、三菱ガス化学がA−、三菱ケミカルホールディングスがBといったところ。

B君:意外なのが、通信サービスで、NTTドコモがB、KDDIがB、そして、ソフトバンクがF、と成績不良。その割には、もっともドメスチックな日本電信電話NTTがA−。

A君:そして、電力会社・ガス会社は、ほとんどFだけれど、例外が大阪ガスのA−、東京ガスがA−、東邦ガスがA−。そして、東京電力ホールディングスがBとそれなりに大健闘。

B君:当然ながら、自動車関連は成績優良、といったところだろうか。

C先生:さて、そろそろ結論に行きたい。その論点としては、本来、手法としてバックキャストを取り入れることによって、環境対応に限らず、その企業の未来像がしっかり描ける。それによって現時点での課題が明らかになるということなのだ。しかし、パリ協定に規程されてしまった未来は、実は、企業にとって「望ましい未来」とは限らない。そのような条件下で、一体、どのような考え方を持てば、若干でも未来に対する良いイメージを持つことができるようになるか。そして、バックキャストを活用して、成長を果たすことができるようになるのか。このような問題に対する何らかの結論をもって、締めたい。

A君:まあ、過大な課題ですね。果たして、可能なのか。

B君:不可能と言ってしまったら、完全敗北。それをいかにして多少なりともポジティブなイメージを作るか。大前提として、気候正義のパリ協定が規程する未来は、ある企業にとっては、特に、大量の温室効果ガスを排出する企業にとっては、望ましい未来ではない。しかし、これをそのまま認めてしまったら、敗北のシナリオしか書けない。

A君:それはそうですね。「気候正義」を若干変形して、やはり「正義」のようなものを作る出すこと。できれば、その「正義」の中にも「気候正義」が存在し得ること、といった工夫をする。

B君:実は、前回の記事がオープンイノベーションだった。オープンイノベーションの定義も難しいが、一つ言えることは、”自分以外”、例えば、”社会全体”にとって必須なニーズを満たすことは、「正義」なのかもしれない。例えば、SDGsの一つを取り上げれば、それは確実に「正義」になるだろう。

A君:何か、ちょっと光が見えてきましたね。SDGsは、確実に社会的なニーズですから、これを実現することを、望ましい将来ビジョンに書き込む。しかし、単に実現するだけなく、できれば、CO2排出量の削減と同時実現できるような道筋を考える。

C先生:昨年のICEFにShellの社長が来た話は、本Webサイトでも紹介したが、Shellという石油企業が、どのような形で明るい未来を表現するのか、と思っていたら、実に、見事な表現だった。「これまで石油を供給することが主な業務であったShellは、今後、できるだけCO2排出量の少ないエネルギーを供給する企業になる」、と述べた。これは、石油からは離脱するという表現でもあって、そこまで自社の未来のイメージを変えるのか、と感心した。

A君:原料は石油であっても、石油から水素を取り出して、アンモニアにでも変換して輸出をし、COはCCSとして油田に戻すと同時に、EOR(増進回収法)に活用することで、経済的な負担は減りつつ、増産ができる。

B君:エネルギー会社の最大の問題点であっても、解決の方法が無い訳ではない。もっとも難しいのは、鉄鋼業とセメント業ではあるけれど、将来の社会に鉄が不要、セメントが不要ということは無いので、そこでの言い方を工夫すれば、「正義」の表現が可能になると思うのだ。

C先生:その工夫のやり方は、その企業のトップの発想次第。まさに、経営トップの責任なのだ。これまでのその企業の業態から見て、完全に望ましい未来そのものではないとしても、それに近い未来シナリオをどのように書くことができるか、これが今後企業トップに求められる最大の能力なのだと思う。トップにこのような能力がない限り、2050年まで、その企業は生き延びるとは思えないのだ。逆に、充分な能力のあるトップとは、リスクをチャンスに変えることができるトップであって、そのようなトップがいる企業は、他の企業よりも成長率が高いことだろう。すなわち、多くの企業が、パリ協定の「気候正義」の理解ができないで、業務の執行における数々の問題点の解決ができないで、成長モードから外れるのに対して、望ましくない未来を、望ましい未来に書き換えることができるトップの居る企業は、今後とも成長路線を歩むことができる。そういう時代になったということだと思う。