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 2050年のプラ・リサイクルと植物プラ   11.08.2015
              持続可能な循環型社会その2        




 11月5日には、全国エコタウン会議が秋田市で開催されまして、基調講演のために出掛けておりました。その後、2つの分科会に分かれて、パネルディスカッションをやっておりましたが、私が参加したパネルのテーマが、「循環型社会構築に関する海外の政策と日本のリサイクルラーの進む方向性」で、ファシリテータは、東北大学大学院環境科学研究科教授の白鳥寿一先生でした。

 しばらく、リサイクル関係から遠ざかっていたので、かなり多くの刺激をいただきました。特に、日本生産性本部の喜多川氏によるEUの状況については、このところ日本という国とEUとの違いを考えている個人として、極めて納得のできる話でした。

 EUのリサイクルは、ドイツの例であれば、DSD(デュアルシステム)という公営の企業のようなものができましたが、公営で実施するのは間違いという判断になり、しばらくして民営化され、その後、大企業が参入して状況が大きく変わりました。EU自身のポリシーも、大きく変わって、過去のポリシーを一旦撤回して、新しいポリシーを作り直しました。環境への対応だけでなく、将来の経済活性化のためのポリシーの両立を考えるものになった、といったらよいのかもしれません。

 EUと日本の違いと言えば、まず、やはり将来を見る目が違う。そして、過去から離脱する方法が違う、という感じでしょうか。基本的な、かつ、誰もが納得せざるを得ない哲学を作ると、あとはかなり強引に話を進めることができる社会がEUだということなのかもしれません。日本との違いは大きいです。

 先日来考えていることは、主に、今後の電力貯蔵とデマンドレスポンス、あるいは、スマートグリッドといったことがどう進展するか、ということなどなどですが、未来を考えようとしても、余りにも要素が多すぎるために、現状から未来への延長線の方向をいくら考えても、何も分からないということ。また、この分野での先進国である米国やドイツの状況を考えても、国情や国民性が違う国は余り参考にならず、しがたって、日本の未来がほとんど読めないということです。

 むしろ、いくつかのありそうな複数の未来像を考えた上で、そこからのバックキャストを行って、実現する道筋を考えるべきではないか、ということです。

 そんなつもりで、先週は2050年のエネルギー供給のありそうな未来像を書いてみました。そして、今回は、エネルギーの未来像や2℃目標の達成、といったを所与の条件としたとき、果たしてプラスチックのリサイクルが将来どのような方向性を持つのだろうか、を考えてみたいと思います。勿論、ドイツの状況をいくら考えても、日本の未来が読める訳ではないのですが、最低限、このような境界条件があるから、このような方向性が見えてくるはずだ、という議論はできるように思えます。

 折しも、「プラスチックリサイクルの基礎知識 2015」という36ページのパンフレットが発行されました。6月ことだったようです。
 http://www.pwmi.or.jp/pdf/panf1.pdf

 このような最新の状況を若干整理した後に、未来像を考えてみようということです。今年の6月13日号に、持続可能な循環型社会とはという記事を書いておりますが、その続きというスタンスを含めて、なんらかの記述ができれば、と思います。



C先生:さて、プラスチックが2050年にどのような形でリサイクルされているのだろうか、ということを推定してみたい。その前に、最近のリサイクル情勢について、このパンフレットに沿って記述をしてみてくれ。

A君:このパンフレットの記述は、廃棄物の記述から始まります。(1)産業廃棄物の排出量は微減、(2)一般廃棄物の排出減少は底打ち傾向、(3)世界の廃棄物排出の状況という三項目からなります。
 過去(2)がもっとも大きく改善されてきたのですが、「家庭などからでる一般廃棄物の量は、平成12年度と比べ1000万トン近く減少して、4500万トン程度になっている。そのうち、約80%が焼却されていて、直接資源化されるのが5%、資源化のために中間処理されるのが14%ぐらい。残りの1%強が直接最終処分されている」。という状況で、今後、さらなる改善の道筋が見えにくくなっている状況です。

B君:それには、将来ビジョンを考えるというスタンスからの検討が無いということなのではないか。一般廃棄物の排出量削減も、例えば、東京が悪い事例なのだけれど、多摩地域は自治体(市など)の決定によって、焼却灰のエコセメント化をして、ほんとうに厳しい状況にある最終処分地の延命を計っている。そのため、当然家庭ごみは有料化がされている。ところが、23区内は、焼却炉の運営などを行っている一部事務組合があって、区の廃棄物処理→一部事務組合→東京都という三重構造になっていて、例えば、区が自主的に何かを決定できるという状況ではない。それは、一部事務組合は、「自治体」という取扱ではあるのだけれど、その構成員は、23区。すなわち、23名しか住民がいないような状況になっている。

A君:一部事務組合という中間組織を作ってしまったもので、例えば、23区における一般廃棄物を減量するのは、区の責任だけれど、区内の焼却ごみが削減できたとしても、それによって区内に存在する清掃工場の縮小に繋がるという訳ではない。すなわち、区としては、一般廃棄物を減量する直接的な動機が失われている状況とも言えるのですよね。

B君:消費者として、ゴミ減量のインセンティブが無い状況だから、底打ち状態になったとも言えるのだ。

C先生:現在、東京都の廃棄物審議会が行われていて、審議が進んでいるのだけれど、ゴミを減量するのだけれど、EU並に、資源効率の向上など、企業の社会的責任といった地球レベルの問題意識に基づく提案になっていて、都民がゴミを減量することによって、直接的な利益、例えば、焼却工場が減るからとか、言ったことが起きるというシナリオにはなっていない。

A君:東京都が責任を持っているのは、最終処分地ですが、現時点だと50年ぐらいは使うことができるとされています。しかし、エコセメントを導入して、焼却灰を有効利用すれば、寿命を数10〜100倍に伸ばすことができるので、最大5000年分あることになって、今すぐエコセメントを導入すべきだという理屈にはなりそうもないのですね。

B君:ということは、議論の持って行き方としては、地球温暖化問題から二酸化炭素の放出を今の1/5にしなければならないことが2050年頃には起きるだろう。それに対応することは、エコセメント化する議論よりも先にしておかなければならない

A君:そうなんです。2030年には、そして、2050年には、焼却時のCO排出量を減らすという考え方が極めて重大な意味を持ってきます。

B君:それに対して、これまで日本の廃棄物行政は、最終処分地の不足の深刻化が動機となって、リサイクルの大量導入が行われたけれど、2030年以降状況は、最終処分地問題としての行政ではなく、大きく変わる可能性があるということを意味する。

A君:そもそも、日本には一般廃棄物と産業廃棄物という区分がありますが、循環型社会の先駆けになった容器包装リサイクル法というものの最大の意味は、一般廃棄物を産業廃棄物に変える仕組みであるということかもしれません。一般廃棄物の最終処分場が、極めて厳しい状態になったことが、大問題になって始まった話ですから。

B君:これが、二酸化炭素排出削減を中心に据えた仕組みに変えなければならないことがほぼ確実ということだ。

A君:ということで、一般廃棄物の組成を見ると、そのパンフレットのp3にありますが、こんな結果です。


図1:一般廃棄物の組成

B君:厨芥類(台所ごみ)が40%ぐらい。湿重量なので、実体はもっと少ないが、これらは、まずまず生物起源。ということは、カーボンニュートラル。すなわち、これらの炭素は、植物によって大気中から吸収されたものだと理解しよう、という分類になる。

A君:紙類が32.5%。これも、やはりカーボンニュートラルと考えられます。しかし、紙類は、真面目に考えれば、天然林を伐採してパルプ化したものを含んでいれば、生態系の破壊という問題があるので、地球温暖化とならんで、二大環境影響とも言える生物多様性の保全も考慮すべきだということになります。

B君:入り口を考えれば当然だし、そのためには、紙はリサイクルを強化しなければならない。二酸化炭素排出に最大限配慮したリサイクルプロセスとすることも必要不可欠。しかし、ゴミになってしまったものは、カーボンニュートラルであることは事実。

A君:次に多い廃棄物がプラスチック類で10%ぐらい。これは、現状だと、100%石油を原料とするものだと考えてよいかと思います。

B君:本日の本題にやっと入ってきた。後で検討するように、最近、植物起源の原料を多少使ったペットボトルなどが使われるようになったけど、ペットボトルなので、そのまま焼却ごにに混入するものは少ないだろう。

A君:残りは、ガラス類、金属類、繊維類。繊維は天然繊維もあるけれど、合成繊維だと考える方が、安全サイドの考え方だと言えるかもしれないですね。まあ、今回は、少量だということで、議論の対象から外すのが妥当かもしれないですが。

B君:まあ、取り敢えずそうしよう。

A君:ということになると、ゴミの二酸化炭素対策としては、プラスチックゴミを中心に考える。

B君:焼却という立場から考えると、厨芥に含まれている水分というものを問題にすることは不可能ではない。水分が多ければ、ゴミ発電の効率が落ちる。水分を蒸発させるために必要な熱量が多くなるから。すなわち、発電効率が高くなれば、発電量が増えるので、どこかで、発電量の化石燃料の節約ができていることになる。だから、住民へ協力要請すべきことの一つが、できるだけ水分は減らして欲しいということだ。でも、プラスチックリサイクルとの直接的関係は薄い。

C先生:大体、議論の基礎は揃ったのでは。先に、2050年のごみ焼却からの二酸化炭素排出が、プラスチックのリサイクルにどのような影響を与えるか、を検討してみようか。極端な条件を設定した方が、議論としてはやりやすいので、こんな仮定にしよう。
 仮定:2050年に焼却は継続しているものの、その排気ガス中に存在しているCOは、生物起源のCO、すなわち、カーボンニュートラルなCOだけになっているので、これと太陽光発電で作られた水素とを反応させて、炭化水素などの燃料が作られている。そのためにCOは分離され、かなり高値で取引されている。

A君:となると、すぐに導かれる結論は、焼却される可能性のあるプラスチック類は、カーボンニュートラルなプラスチックでなければならない。

B君:焼却される可能性が全くゼロというプラ容器などはあり得ないが、まあ、かなり重量のある硬質なプラ容器類はすべてマテリアルリサイクルに回るという仮定をすることになるだろう。

A君:逆の見方から言えば、フィルム類はカーボンニュートラルなプラスチックでなければならない、とでもするのでしょうか。技術的にも可能ですし。

B君:植物起源ということが現実的で、食料としても使えるような作物の場合には、別の問題を指摘される可能性があるので、技術的には様々なものが実現可能なのだけれど、まあまあ現実的だと言えるものは、サトウキビからのエタノールを原料とするものに限られるのではないだろうか。

A君:サトウキビは、かなりの養分を必要とするので、その肥料をどうするか、これは別途問題になりますね。

B君:茎が充分に成長し、その成長が一段落すると、茎に糖分が増えてくる。最近の技術では、この糖分からだけでなく、茎のセルロース分を原料にして発酵法でエタノールを作ることも可能になってきている。糖化するプロセスで廃棄に回る部分に、再生可能エネルギーを投入して、窒素肥料や他の栄養分に変換して肥料に使うという完全循環を目指すことが、この問題に対する解のように思える。

A君:完全循環農業ですか。これは、自然との対話が重要ですので、まあ、かなり難しい挑戦かもしれませんが、理論的には不可能ではないですね。なぜなら、プラスチック原料は、基本的にエタノールですから、炭素、水素、酸素しか含まれていないですし、これらは、大気と水があれば、供給可能なので。

C先生:エタノールを原料として、どんな植物プラスチックができるかを説明してくれ。

A君:エタノールを脱水すれば、理論的にはエチレンになります。実際に、これを実現することも可能です。となると、ポリエチレンは作ることが可能。
 さらに、バイオエタノールからのポリプロピレン樹脂を目指して、プロピレン合成のプロセス開発も行われています。
http://www.nedo.go.jp/content/100500185.pdf

B君:エチレンから酸化物であるエチレンオキシドを経由して、エチレングリコールに変えることも可能。これは、PET樹脂の一つの構成物質ですので、31%までは植物化が可能。エチレンからベンゼンを合成することも、理論的には不可能ではなく、実現も恐らく可能。現時点でそのような試みが余り行われない理由は、ベンゼンはなんといっても、石油から得るのが簡単だから。しかし、非食用のバイオマスからPET樹脂のもう一つの原料であるテレフタル酸を合成したという研究も発表されている。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150204/

A君:となれば、完全植物起源のPET樹脂が合成可能。

B君:植物樹脂の歴史を見ると、エタノールを原料としないタイプの方が先駆者だった。それは、PLA(ポリ乳酸)樹脂。乳酸発酵を行って乳酸を得て、それを重合させてプラスチックにしたもので、この樹脂は、生分解性があるので、埋め立て用のゴミ袋に良いとか言われていたけれど、結果的には、実現していない。現時点での有効活用例は、森林関係のプラスチックポットをPLAで作るといったもの。例えば、これ。
http://www.kannousuiken-osaka.or.jp/_files/00010405/greensupport.pdf

A君:このところの実用例としては少ないです。樹脂としてのPLAは、パリパリした感触の樹脂で、余り応用性が無いと言われていたのですが、透明度がかなり高いシートができるもので、将来の包装材として使おうという動きもあるようです。もっとも原料がトウモロコシ、すなわち、可食性のバイオマスであることがどう評価されるか。特に、アメリカ西部は、今後の地球温暖化の影響を受けて、乾燥地帯になります。この地域の水は、オガララ帯水層と呼ばれる化石水、すなわち、数100万年前のロッキー山脈の造山活動にともなって出来たもので、現時点で涵養(補給)される水分は少ないので、今世紀中には枯渇すると考えられています。となると、トウモロコシを使う樹脂は、存在が許容されない可能性もあると思われます。

B君:ということはPLA樹脂は、2050年頃にどういう評価になっているかが不明だということか。

A君:もっとも、サトウキビ栽培だって、自然破壊を伴っていると言われる日が来るかもしれません。もともとセラードと呼ばれるサバンナ地帯で行われていたものが、森林地帯に急速に進出したので。「セラードからアマゾンへ」ですが、その実体は、サトウキビ栽培が大豆栽培地を奪ったため、大豆栽培地がアマゾンに侵入したのだ、と言われていますので。

B君:やはり、車の燃料にエタノールというのは、余りにも大量になるので、使う量を考えると無理なのかもしれない。車となると、車は、2050年には電気か水素という結末になるような気もする。車の食欲は、人間の食欲の何倍になるのだろうか。

A君:年間1万キロ走行として、リットルあたり10km走ったとすると1000リットル、20km/Lなら500リットルのガソリンを消費。発熱量は、約8000kcal/Lとし、ヒトの一日のカロリー摂取量を2400kcalとすれば、車の食欲はヒトの食欲の4.5倍から9倍といったところでしょうか。今後燃費が上がるとして、5倍で良いのでは。

B君:車の保有台数は、2050年には23億台と言われています。そのときの人口は、90億人。車の食欲がヒトの5倍だとすると、車は115億人相当の食欲となって、ヒトより摂取するエネルギーが多いということになる。

A君:やはり、可食部を使ったバイオエネルギーは無理かな。となるとトウモロコシを原料とした樹脂としてのPLAにも、若干の疑問が出てくる。原料転換が必要かもしれない。非可食とはいっても、サトウキビの栽培量にも当然、栽培面積という意味での限界はあることになるでしょうね。

C先生:まだまだ議論はありそうだが、そろそろ分量が増えたので、まとめてから、一応の終わりにしよう。

A君:ここまでの結論としては、廃棄物に混入するプラスチックを植物起源にすれば、廃棄物焼却から出る二酸化炭素はカーボンニュートラルなものと見做すことができて、場合によると、COがCCU(carbon capture and utilization)の対象になって有価で取引される可能性がある。しかし、石油原料のプラスチックの焼却は、CCSの対象になると考えられるので、すべての樹脂製品を容易に見分けが付くような状況にすることが重要。となると、この表示にしたがったマテリアルリサイクルが義務化される

B君:ということは、マテリアルリサイクルが困難なフィルム状のプラ製品、レジ袋や包装材料は、ヨーロッパのように、ほぼ使わない状況になるか、あるいは、再利用が可能な形式の包装材料になる。日本の文化としては、この後者になるかもしれないが、合理性は、ヨーロッパ型か

C先生:ということで、CO2の排出限界が厳しくなると、使われるプラスチックも変わってくる。一方で、CO排出限界が厳しくなると石油に使用制限が掛かり、余って来ることも事実なのだが、余りにも使用量が減少すると、中東地域の経済が崩壊して、下手をすると第三次世界大戦のきっかけになるかもしれない。となると、石油の消費としてのプラスチックの意味は重要かもしれない。しかし、石油起源の廃棄物を焼却することはできない。さて、石油を原料とするプラスチックの運命はいかに、という大問題が発生している可能性も否定できない。さてさて、色々と考えなければならない問題が多いのだが、誰が解決策を提案し、そして、実行を決断するのだろうか
 実を言えば、地球レベルの環境問題というものの、もっとも難しいところは、この最後のポイントなのだ。これから行われるCOP21のような制度で、果たして、この問題が解決できるのか。一つの候補が、グローバル企業が率先して解決に向かうというシナリオ。ただし、日本のグローバル企業のマインドについては、本当の意味でのトップ企業数社を除いて怪しい。
 全世界の一人一人が投票できるようなシステムが、そのころには可能になっているだろうが、現時点の日本の状況のように、インターネットのお陰で、より正確には、匿名で意見を述べるインターネットの悪い効果がでてしまって過剰反応社会になっていることからみても、匿名での意見の表明というものが許されない社会になっているのかもしれない。当然のことながら、メディアというものの存在も変質していて、新聞におけるデスクなどといった存在は消滅して、記者が個人の名前で自分の意見を述べ、それを統合してまとめたものがメディアであるということになっているかもしれない。すなわち、記者個人の集合体がメディアだということだ。
 このように余分なことを考えなければならないほど、ちょっと見では小さな問題であるプラスチックのリサイクルが、やはり地球環境にとって重大な問題になり得るということではないだろうか。