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鳥インフルエンザ・コミュニケーションその2 03.26.2004 BSE、キンメダイ、鳥インフルエンザ比較論 |
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今回は、現在話題の他の2種類の食のリスク、BSEとキンメダイ・メカジキとの比較を行って、それぞれについて、最適な対応は何かを考える。 C先生:本HPでもときどき取り上げているように、食のリスクに関する様々な問題が発生している。環境問題だと言えるかどうか、いささか微妙ではあるのだが。このところの、三大噺である、BSE、キンメダイ・メカジキ、そして、鳥インフルエンザで、一般社会の反応がかなり違うのだが、それで本当に良いのか、それとももっと違った反応をすべきなのか、こんな議論をしてみたい。 A君:歴史的には、BSEですが、最盛期が2001年の秋。その後、日本は世界でも類を見ない全頭検査という方法論を採用して、一般社会の不安を解消せざるを得なかった。 B君:牛肉という産業は、一体いくらぐらいなんだい。 A君:これは良い指摘ですね。調べて見ましょう。大体、国産牛で生産量が30万トン弱。輸入牛が43万トン。国産牛は頭数にして100〜120万頭。輸入価格が、「半丸枝肉」で500円/kg。小売価格は、国産牛(和牛)で500〜1000円/100g。もしも、5000円/kgだとして、生産量の30万トンを掛けると、1兆5000億円です。全部が同じ価格ではないですし、国産牛にも和牛でないものがあり、また、特売も行われるとして、8000億円ぐらいでしょうか。まあ、一兆円産業だと思えば。 B君:前回、米国からの日本への牛肉の輸出量を10億ドルとしたが、やはり日本の和牛の産業は、相当なものだと言えそうだ。これだと、かなりの金額を掛けてでも、和牛産業を守る価値がありそうだ。だから、全頭検査が行われたとも言えそうだ。 A君:しかし、リスクの大きさを考えると、本当に全頭検査が必要なのかどうか、極めて疑問ではありますね。 B君:これも繰り返しになるが、危険部位、脳、脊髄、神経節、結腸、眼などを完全に取り除くことができれば、それだけでかなり危険度が下がる。 A君:英国では、BSEに感染した牛75万頭が食べられてしまったという推定まであって、それでも、患者は150名程度。まあ、今後も患者は増えるでしょうが、それでも、あと150名は増えないのではないでしょうか。 B君:75万頭で300名。日本のこれまでのBSEの発生頭数が10頭とちょっと。食用に回ってしまう可能性もゼロではない。まあ、BSE5頭を食べたとして、さらに脳や脊髄を食べたとして、0.002人が発症する可能性あり。そして、脳や脊髄が除かれていると、数桁確率は下がるだろうから、まあ、0.00002人ぐらいか。 A君:この対策に100億円掛かったとしても、命一つの価格が5000兆円。これは異常だ。実際に掛かった金額はそんなものではないですから。 B君:安心料だとしても余りにも高いのではないか。 C先生:ちなみに、吉川泰弘先生(東京大学農学部教授、食品安全委員会プリオン専門委員会座長)は、日本でのBSEの発症をもっとも多めに見積もっても0.017〜0.045人としている。これは、英国に滞在していた日本人はもちろん除外された計算値だが。恐らく、一般市民も最近ではそんなものなのではないか、と感覚的に理解し始めているように思える。そのよりどころは、恐らく、米国だ。あれほど牛肉を食べている米国で、ヒトにvCJDが発生しないのは、もともと確率的に低いからだろうと思っているのではないだろうか。 A君:米国からの牛肉を輸入禁止にすること自体に反対という訳ではないのですが、やはり確率的にものごとを見る姿勢は必要でしょう。 B君:米国の件は、米国がこれまで安全性を確保してある日本産の牛肉をいまだに輸入禁止にしているが、「なんでだ!!!」。 A君:もともと輸入量も少ないし、米国人にはほとんどリスクを与えていないのに。どうせ食べるのは日本人だし。 C先生:それはそれとして、吉野屋の牛丼が消滅したことに対する報道では、政府の輸入禁止を非難するトーンが多かったような気がする。まあ、安全であることが分かってきたのだろう。すなわち、風評被害という点から言えば、2001年のBSEと今回のBSEとでは、全く違う状況であったと言えるだろう。 A君:風評被害としては、やはりキンメダイ・メカジキ。あの原因物質であるメチル水銀は、食べた本人は大丈夫で、妊婦の場合にのみ、胎児に影響があるかもしれない、という話だったのですが、なぜか風評被害が出た。 B君:メディアの報道のやり方が悪かったということは言えるだろう。 C先生:具体的にどんな様子だったのか、それは、キンメダイ・メカジキの記事を参照してもらおう。 A君:メディアの報道のやり方が悪いという原因には、どう考えても、報道資料の書き方が悪いという原因があるものと思われるますね。最初に出たときの情報に不足があったとか、Q&Aが付いていなかったとか。 B君:報道資料は市民社会が直接読むものではないのだが、メディアの記者のレベルを考えると、できるだけ、詳しく誤解されないような記述の報道資料が出ることが望ましい。 A君:食品安全委員会が出来たのが、昨年の7月1日。キンメダイ・メカジキ事件が6月。食品安全委員会の職務の一つに、コミュニケーションなるものがあって、そのために報道資料についても、それ以後、色々と工夫がなされるようになった。 C先生:米国BSEの発生の後の今年の1月19日の話だが、Q&Aが厚生労働省から発表された。日本でBSE対策を強化、といっても全頭検査をしているのだから、危険部位の除去法を多少変えただけだが、こんなものだった。 B君:背根神経節(はいこんしんけいせつ)を除去すべしということか。 A君:いやいや。このQ&Aは良くできていますね。絵も付いて。背骨神経節などといっても分からないですからね。 B君:ここまで行ければ、相当効果的なのではないだろうか。メディアの記者も、変な方向性の記事を書けなくなる。 C先生:コミュニケーションのやり方の各論については、別の機会にまとめてみたい。ここでは、BSE、キンメダイ・メカジキ、鳥インフルエンザの3種類のケースについて、社会の反応が違った原因について議論を進めたい。 A君:BSEは最初の2001年は、焼肉屋が潰れる状況。今回のBSEは、逆に牛丼屋が流行った。キンメダイ・メカジキは一時期売れなくなったが、その後、ワイドショーなどでも詳細な情報が伝達されて、元に戻った。鳥インフルエンザは、感染が疑われる鶏肉が一部市場に流れたが、それほどの反応ではなかった。 B君:いくつかポイントがありそうだな。例えば、こんな論点はどうだ。(1)命に関わるか、(2)不気味さ・なじみの無さ、(3)常識の適用性、(4)経験的な確率の認識。 A君:ちょっと言葉が難しいですが、まあ、議論しつつ理解しましょう。 B君:難しい? (1)命に関わるか、これは易しいだろ。 A君:それにしたって、食べた本人の命なのか、そうでないのか。まあ、両方ということで考えれば良いか。それだと、 C先生:食べた本人の命が危ないかどうか、これが利くはずなのだが、そうとも言えない。情報伝達が不十分だからかもしれないが。ただ、鳥インフルエンザのように、食べようが食べまいが命の危険があるといった場合、余り反応が無いのも理解できない訳ではない。 B君:対策をすべきか、ということのように、国のレベルで見たらこれは重大。行政の判断に一般社会の反応は影響度大だから、一般社会が余り無関心だと、適切な対応が取られない可能性あり。 B君:いずれにしても、一般社会の反応に、不気味さというキーワードはかなり利くな。 C先生:むしろ、反応への最大の要因であるとすら言えるかもしれない。 A君:(3)常識の適用性。これは、不気味さの反対のような意味合いでしょうか。例えば、ウイルスは加熱することによって死滅する、とか。 B君:そんな意味合いだ。 A君:それなら、 C先生:鳥インフルエンザの場合には、この常識がある程度、防波堤の役割を果たしたものと考えて良いのではないだろうか。 A君:(4)の経験的確率の認識ですが、これは、BSEがもう安全だという理解は、それこそ経験的に市民にも分かるようになった、といった意味ですか。 B君:その通り。経験的なリスク認識だ。 A君:それなら、 B君:もしも経験的なリスク認識が重要なら、鳥インフルエンザに対して、もう少々警戒心をもつべきだと思うのだが。 C先生:それは、インフルエンザが大流行して死ぬという間接的な影響か、食べた人間が死ぬかという直接な影響か、この差ではないか。 A君:インフルエンザ薬などもあるので、死ぬことは無いと思っているのでしょうか。 B君:それなら、SARSのときの反応はどうなんだ。SARSのリスクと、インフルエンザのリスクは、SARSが高いとも言えないが。 A君:やはり報道ですかね。SARSの場合には、医療関係者がばたばた死んで、それこそ、医療関係からパニックが広がった。それが報道されたから。 C先生:どう考えても、名前の効果は大きいように思える。インフルエンザのリスクは本当は高いのだが、その名前に慣れている。だから、しかも、自分は抗体があるから大丈夫だと思っている人も多いのだろう。実際に鳥インフルエンザからの変形インフルエンザに対しては、誰も抗体を持っていないのだけど。 A君:ただ、抗体の性能の良い人、あるいは、選択性が悪い人というべきかもしれませんが、一応インフルエンザではあるわけですから、対応できる人もいるかもしれない。 B君:うーーん。分からん。そんなことが起きてみないと。 C先生:そろそろ結論に行くか。結論その1:どうも、現代人のリスクへの判断は感覚的に行われている、ということまでは良いだろう。それ以外に方法が無い人が多いのだから仕方が無いのだが。 A君:不気味さが、したがって、主たる判断要因になっている。 B君:不気味さを強調するメディアが出ると、大変な事態を招く。キンメダイのときの水俣病の映像のように。 C先生:結論その2:あるものへの過大なリスク感覚は、確率が低いことが経験的に認識されるまで、改善されない。 C先生:それは事実。マイナスイオンが未だに生き残っているのも、テレビがその否定をしないからだ、とも言える。 A君:マイナスイオンは、とうとう、主婦の常識になってしまったようですからね。 B君:あるフリーライターからの情報だが、マイナスイオンと聞いてなにを思いますか、という問いに対して、主婦の答えは、「健康によい」「リラックス」「子供に必須」といったイメージだそうだ。 A君::テレビメディアというものの大切さが分かる。 C先生:結論その3:リスクは、本来確率的なものである。数字でその危険度を理解できることが必須である。しかし、現代日本人にとって、もっとも苦手とするジャンルだろう。 A君:これは本当ですね。交通ルールを無視し、非常に大きなリスクを平気で犯す現代人も多いのもそんな理由でしょう。 B君:健康食品のリスクを考えないのも同様かもしれない。 A君:健康食品は、イメージ商品ですからね。数字で考えると、必ずしも健康にだけ良いとは言えないものもあるのですが。 B君:ダイオキシンのイメージなどだって、このところ、多少経験的にそんなにも怖くないことが分かってきたようだが、同じようなもの。 A君:「塩ビはダイオキシン」も同じようなもの。イメージのみ。無鉛はんだは環境に良いも同じでしょう。 C先生:結論その4:最終的な解決には、日本人全体の科学的レベルの向上が不可欠である。 A君:さて、本当に解決可能なのでしょうか。 B君:いやいや難しい。 C先生:やはり本当の解決は、教育からだろう。中等教育における理科離れの防止が最重要項目。それに、理系の人間の専門馬鹿もなんとかしないと。メディアのトップが文系に支配されっぱなしになってしまう。是非、理系からのメディア志望を増やし、しかも、大新聞の社長級になる人の出現を待望したい。 |
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