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   原発とどう向き合うか 書評 
  01.11.2015
  澤田哲生氏の編著作から




  『原発とどう向き合うか』 新潮新書、2014年8月20日発行、編者澤田哲生
 この本は、発行直後に入手していましたが、1月の恒例行事となっている北京清華大学が久々の出張でしたので、やっと読む機会がありつけました。9回に渡る座談会の記録と中高生が浜岡原発を見学した記録から成り立っている新書です。

C先生:まずは、この本の目次の紹介から行こう。

A君:T章から\章が座談会。どうも週刊新潮のための座談会であったようです。この座談会全体の題名が「御用学者と呼ばれて」というものだったようです。
 目次は以下の通りです。
T章 「御用学者」と呼ばれて
  座談会実施日 2011年9月
  出席者 奈良林直、松本義久、三島紀夫、澤田哲生
U章 サイエンスとポリシーを分けて話そう
  座談会実施日 2011年10月
  出席者 長瀧重信、松本義久、澤田哲生
V章 安全対策と放射線リスクの正しい考え方
  座談会実施日 2011年11月
  高木直行、奈良林直、松本義久、澤田哲生
W章 人体の仕組みから規制値を問いなおす
  座談会実施日 2012年3月
  松原純子、松本義久、三橋紀夫、澤田哲生
X章 原子力規制委員会という新たな「ムラ」
  座談会実施日 2013年3月
  伊藤洋、岡本孝司、奥村晃史、澤田哲生
Y章 「年間1ミリシーベルトはなぜ理不尽か
  座談会実施日 2013年8月
  高田純、中川恵一、半谷輝己、澤田哲生
Z章 巨大メディアが原発リスクを高めている
  座談会実施日 2013年9月
  岡本孝司、奈良林直、澤田哲生
[章 小泉「原発ゼロ」は無知なギャンブルか
  座談会実施日 2013年12月
  岡本孝司、高木直行、奈良林直、澤田哲生
\章 日本人は原発にどう向き合えばいいのか
  座談会実施日 2014年3月
  岡本孝司、高木直行、松本義久、澤田哲生
]章 将来世代はどう考えるか
  浜岡原発を見学した中高生の考え


B君:福島第一事故以来、まもなく丸4年を迎える。座談会は事故後半年の2011年9月から始められていて、「御用学者」という言葉を見ると、確かにそんな感じだったなあ、といまだに若干の痛みを感じる。

A君:「御用学者」というものを「金で買われた学者だから、原発という利権防衛のための発言しかしない。要するに、言うことはすべて嘘なのだ」という定義を作り上げることに成功した一群のキャンペーンがあった訳だけど、この本にも書かれているように、極めて組織的に動いた反原発派は、結果として大成功を収めた。

B君:やはり情けないのは、メディアで、「どうせ科学には不確実性があるのだ」という隠れ蓑をまとって、何が正しいかという判断をすることを放棄して、とにかく、自分のポジションを決めた。そして、それ以後、そのポジションに合った報道しかしなくなった。最悪な点は、「不確実性には、ほぼ0からかなり1に近いスペクトルがある」ということを理解しようとしなかったことだ

A君:反原発派と反原発メディアに比べると、組織化されていない科学者・学者は情けなかった。それは、余りにも無力だった。正しいことを言っていれば、「世間もそのうち分かってくれる」という極めてお人好しの、言い換えれば、脆弱な対応しかできなかった。

B君:科学者といっても、大部分は、大学の教授連。一応、学生に勉強しろといえば学生もちょっとは勉強をするので、メディアの記者や一般社会の人々も、少しは勉強をするだろう、と希望的に考えてきた。しかし、誰も勉強をしない、という真実を知ることになった。単に、誰かに言われたことを繰り返すだけだった。

A君:勉強をすること自体に、ある種の能力を要するのでしょうね。まず、読書法とか論理構築法、あるいは、科学的基礎概論でも学んで、様々な準備をしてからでないと、勉強の仕方そのものが分からない。

C先生:本Webサイトとして、この本を読んで、何を記録として残しておくべきだろうかか。まずは、実際にこの本を読んでいただくことが良いと思うので、それ以外ということだが。

A君:ひとつは、組織的な反原発派の特徴が整理されていることでしょうか。

B君:すでに指摘したけれど、科学における不確実性はあるにはあるのだけれど、だからといって、無限に不確実だという訳ではない。それをどう理解すべきか。

A君:この表現は難しいですが、統計的な不確実性、生体としてのヒトゆえの不確実性、それに応じた適切な記述法、などを整理しなおすことも。

B君:不確実性と関連した話だが、組織的な反原発派の特徴として、科学的なウソを平然と言う、というものがある。この本を読んで、真実とウソを対比的に示すということが有効のように思えた。

C先生:「本書の言う真実◎と反原発派の使うウソ●を対比的に示し、我々としての解説(不確実性を含む)※」、といった手法を作って、整理してみるか。

A君:それでは、T章「『御用学者』と呼ばれて」から。
●「プルトニウムは人類が遭遇したこともない極めて危険な物質で、スプーン1杯で100万人くらい殺せるといわれている
◎「プルトニウムの経口致死量は32グラムだが、微粒子状のプルトニウムが肺から入ると内部被曝するので14ミリグラムが致死量
※スプーン1杯は通常5mlを意味する。プルトニウムの比重は19.8g/cm3なので、スプーン1杯は約100g。100万人に100gで殺せるとしたら、一人あたり致死量は0.1mgとなる。140倍ぐらいの過大評価をしている。ただし、これは急性毒性の場合。長期的な影響を考えた場合は、経口摂取で1150mg、吸入摂取で0.26mg(潜伏期間15年と仮定)がデータなので、2.6倍の過大評価であり、スプーン1杯で100万人という推定もまずまずとも言える。
 不確実性(By ATOMICA):ただし、これまでプルトニウムを吸入したことによる発がん例は、24年経過時点で、肺がん致死が1例、発症が肺がん3例と骨肉腫1例。これは、被曝のない通常のグループよりも発生率が低い

B君:今回、このような作業がいくつかできれば、面白いし、有効だと思う。

A君:プルトニウムがスプーン1杯あれば、100万人を殺せる、と述べているメディアや本などがあれば、まだ検証できていないことを強調して恐怖を振りまこうとしているメディアや著者だと言えるでしょう。

B君:そろそろ次へ。やはりT章から。
●「カリウム40と炭素14からの放射線は自然に存在するものだから無害セシウム134,137とヨウ素131からは人工の放射線だから危険
◎「放射線はエネルギーの高い電磁波なので、自然起源だろうが、人工的に作られた元素起源だろうが同じように有害。それは、エネルギーの高い電磁波には、どんなものにも化学結合を切る能力があるため。」
※赤外線、可視光線、紫外線も電磁波の一種。太陽が起源であるこれらの電磁波のうち、波長が短い(=エネルギーの高い)紫外線はヒトにとっても有害で、皮膚がんの原因である。IARCは、日焼けマシンを発がん性Group 1(ヒトに対する発がんの原因)に分類している。

A君:波長の短い(=エネルギーの高い)電磁波は有害、ということが理解できるかどうか。これが鍵になりますね。というのも、日本では当然のことなのですが、世界的にみても、人工物を天然物よりも危険だとする考え方はより一般的のようです。人工物としては、食品添加物や農薬の残留分をことさら危険視するという傾向が明白にあります。

B君:セシウムとヨウ素は人工的な放射性物質だから危険だけど、カリウム40は天然物だから安全という人は、100%ウソつきと言える。

A君:100ミリシーベルの話も色々と議論されました。
●「100ミリシーベルト以下の被曝は無害だというけれど、LNTという理屈があって、決して無害ではない
◎「100ミリシーベルト以下の被曝による悪影響の有無については、結論がでていない。それは、余りにも影響が少ないので、統計的に有意なデータが出せないから。どのぐらい少ないかと言えば、他の行為によって、逆転が可能な程度。例えば、タバコを吸う。野菜嫌い。精神的ストレス。などなど。
※タバコ毎日20本だと被曝量が年間100ミリシーベルト程度のリスク増。野菜嫌いについては、母親が野菜を食べることによる放射性物質の摂取を恐れすぎることによって、逆にリスクが増えることもあり得る。

B君:特に、精神的なストレスを低く評価している人が多いような気がする。これは非常に重要な話なのだ。

A君:次ですが、T章に出てくるので、この順番になるのですが、実は、最終的な結論の一つに分類されるべきものかもしれません。
●「自分は悲観論をことさら述べているのではない、御用学者はすべてを隠しているのだ
◎「電力会社から研究費を貰っているから御用学者だと言われるが、他人を御用学者呼ばわりする人は、ウソを書くことによって、自分の利益を得ている、自分自身の御用学者である。
※(情報)誤用学者だ、御用御用!!

C先生:それではU章へ。「サイエンスとポリシーを分けて話そう

A君:ここは、サイエンスとポイリーを分けて話そうという話題で、大変に重要なところになります。

B君:最初に出てくる問題はこれ。
●「セシウム137は成人の経口摂取での50%致死量は0.1ミリグラムで、200ミリグラムが50%致死量である青酸カリの2000倍危険だ
◎「誤った比較である。その上、非現実的な議論である
※0.1ミリグラムのセシウム137は、半減期30.1年から計算する比放射能が3.2×1012(ベクトル/g)なので、3.2億ベクレルのガンマ線を出す。経口摂取したときの実効線量係数は、1.3×10−5なので、4.2シーベルトの被曝になる。まさに50%致死量ぐらいである。
※2 米の規制値を100ベクレル/kgとすると、3.2億ベクレルになるには、1合150gとして、2130万合。お茶碗にして4000万杯食べる必要がある。1日4杯とすれば、約27300年掛かる。

A君:やはり、このような計算ができないと、米の生産者に被害がでてしまいますが、計算ができる人は極めて少数でしょうね。

B君:実際、計算をしようとすると、桁が非常に多いので、かなり気を使う。それでも、ときどき計算を間違うのが実態。

A君:本来、メディアというものが正義の見方であれば、どのような報道をすべきか、よく分かると思うのですよ。ところが、メディアによる正義という定義は、必ずしも、我々の正義と同じではない

B君:それは良く言われることだ。

C先生:以前に英国大使館で行われたシンポジウムで、正しい報道とは何かということが議論になったとき、ある新聞記者が言った言葉が思い出される。「メディアの最大の使命は、巨悪を追い詰めることである」。その意味は、政府、もしくは、権力を持っている側が巨悪になり得るので、正しい報道とは、どうしても政府や官庁の悪を暴くことが優先的になる。これは、自らの勝手な使命感を優先した自己都合的発言で、読者、すなわち、国民を無視した言葉だと思う。

A君:朝日新聞の慰安婦報道や吉田調書報道にも同じ動機があった訳で、あんなことになりました。すなわち、こんな勝手な使命感をもっている新聞は不用だということで、同様の新聞の寿命はそろそろ尽きかけている訳です。

B君:その通り。国民すなわち読者に正しい情報を与えるという内容の一部として、政府や官庁の悪を暴くということがあるのに過ぎない。

C先生:ちなみに、その発言をした記者の所属は、朝日新聞ではなかった。もっとまともな新聞だと思っていたところだったもので、「この新聞もまだ時代錯誤をしている」、とかなり驚いたのだ。

A君:新聞も、自らの存在が正義になった瞬間に劣化を始めた。テレビも視聴率の獲得が正義になった段階で、劣化を始めた。

B君:U章を続けよう。
●「『緊急時には20〜100ミリシーベルトに被曝限度を上げても良い』とICRPは言うが、これはデタラメだ。1ミリシーベルトが安全基準なのだ
◎「1ミリシーベルトは、科学的に決められた値ではなくて、防護の目標値、すなわち、ポリシーである。緊急時だからといって20〜100ミリシーベルトがどのような場合でもOKということではなく、合理的に達成可能な限り低く維持することが重要
ALARAの法則(As Low As Reasonably Achievable)は、それこそ非常時の知恵になるはずだったのだが、日本という国が未だに持っている特性、すなわち、規制は厳しいほど安全だ、という官民の誤解と根本から矛盾する法則でもあって、結果的に無視されてしまった。ALARAの法則がどこまで採用されるのか、そのとき、リスクを考える範囲をどこまで広げることができるかという知性の高さが問われるが、そのような知性が日本には育っていないということだ。

C先生:V章「安全対策と放射線リスクの正しい考え方」、W章「人体の仕組みから規制値を問いなおす」だが、自然エネルギーの知識が足らない、原発の安全システムの進化を知らない、生物の防衛システムの知識が足らないという内容なのだけど、●に相当するものが無いので、省略。被曝と鼻血の話あたりが出てくると面白かったのだが。

A君:X章は「原子力規制委員会という新たな『ムラ』」で、原子力規制委員会に関する不満。特に、地震学者がすべて首をすげ替えられて、それまで二流だとされていた地震学者が指揮をとっているという主張。もっとも、その学者も今は交代しましたが。ここも●に相当するものが無いですね。

B君:Y章は、「年間1ミリシーベルトはなぜ理不尽か」だが、そこでは、”バカの壁”の例として、民主党の細野豪志氏、学者として小佐古敏荘氏、もう一人、武田邦彦氏が挙げられているが、特に、●の例はない。

A君:[章は、「巨大メディアが原発リスクを高めている」でここは、巨大メディアによる情報の握りつぶしが問題になっています。

B君:その例の一つは、
チェルノブイリの取り扱い、で、朝日新聞などは、これから何十万人もの死者が出るとまで書いている。しかし、現場に行くとかなり様子が違う。事故後1年8ヶ月で、スラブチッチ市というニュータウンが建設されて、そのコンセプトは「子供たちのおとぎの街」。11階建のアパートにただで入れて、子供が3人以上生まれると、一戸建てに入れると少子化対策まで行われている。

A君:ウクライナのもう一つの被害も握りつぶされています。事故後、国内の原発の15基のすべてを停止したけれど、ソ連崩壊で経済状態が悪化、天然ガス代が払えなかったので、火力発電所がまともに動かず、頻繁に停電。そのため、造船や製鉄などの工場が操業不能になり労働者がクビになった。そのため、何万人もが亡くなった(注:多分自殺を意味するのだろう)。その後、塗炭の苦しみのなかで原発を再稼働し、経済も復活したことが報道されない。

B君:奈良林氏は、「朝日新聞は社説で脱原発を目指すと宣言し、その途端に「公正なメディア」でなくなった、と述べている。

A君:メディアは常に両方の立場を公平に論じる必要があるに決まっている。

B君:奈良林氏は、さらに言う。「民主政権は、ウクライナからいろいろな情報を得ながら、何もしなかった。民主党政権は、福島を不幸にし、その痛みを広めて脱原発政策を推進しようとした。それに加担したのが”元大政翼賛会”の朝日新聞だと思う。

C先生:[章は、「小泉『原発ゼロ』は無知なギャンブルか」で、高木氏は、菅さんと小泉さんの共通点として、エネルギー政策についての見識の低さを指摘している。

A君:日本人の共通の弱点が、ロジカルでない主張を評価せず、感覚的にものを判断すること。同じ島国なのに、イギリスとなぜこうも違うのか。それは、歴史的伝統が違うからなんですが。

B君:それでも、さすがに小泉さんをこの点で支持する人はそれほど多くないようだ。やはり、単なる人気取りがバレているのだろう。

C先生:座談会の最後が\章。「日本人は原発にどう向き合えばいいのか」で、本のタイトルと同じ。

A君:ここは、若干●がありますね。まずはこれ。
●「福島第一原発の事故の原因が良く分からない
◎「原因は、直流を含めて全電源が使えなくなり、原子炉を冷やせなくなったことに尽きる
※ 実際、この理解で良いと考えられます。なぜなら、最終的には、全電源が使えなくなって、計測器がダウンし、どこがどういう状況なのか分からなくなって、対策も取れなくなったから。
 そのうち紹介するかもしれない図書に、元メディア記者が地震で原発は壊れたということを主張しようとしているものがありますが、これは、想定外の津波が本当の原因だと、東京電力や政府の責任を追求できなくなってしまうという思い込みがあるからだと推測しています。そんなことはなくて、どうして、全電源喪失といった非常事態が起きるという想像力というかリスク感覚を持てなかった自らの無能さをどう評価しているのか。加えて、刑法上や民法上の責任は問えないかもしれないが、そのような責任感が無く、かつ、安全性向上の意識が無かった東電と政府に、道義上の責任はないのか、といった主張があってしかるべきなのです。

B君:この辺りも、マスメディアが持って欲しいマインドなのに、どうしてもそのようなスタンスが取れないのだろうな。特に、東京新聞(中日新聞)や朝日新聞にとっては。特定の考え方に凝り固まった読者だけを対象とする戦略に切り替えたからで、マスメディアではなく、同士用に都合の良いことだを報道するモノメディアになってしまったからだ。これが最終的にメディアの敗北をもたらすだけではないか。

C先生:これで終わったようだ。この本の紹介としては、かなり偏っている記事になった。しかし、このWebサイトを読む方は、何が正しいかは恐らく分かっておられると思うので、むしろ、ウソがどのように作られているのか、を整理しておきたいと思って、今回のような内容になった。
 勿論、この本には、多くの真実が語られている。ただし、すべての主張に同意できるというものでもなくて、この本の登場者ほど原発を好きになれない人にとっては、特にそうだと思う。すなわち、原発シンパ側にも、いつまで原発を使うべきなのか、といった超長期のビジョンを語って欲しいとも思った。火力発電よりは原発の方が3E+Sのリスクの総合値を下げることが容易だと思うが、それでも、今の方式の原発が未来永劫使えるものでも無さそうに思う。それは、何か異常事態が発生したとき、非常ボタンを押せば原発が自動的に停止するので、運転員はすぐにでも避難することができるような設備になって、やっとアフリカの途上国にも設置ができて、その後の長い付き合いができる設備だと言えると思うからだ。ただし、それでも、使用済み核燃料の処理法を覚悟を持って決めないと、長続きはできないだろう。
 自然エネルギーだけでエネルギー供給のすべてが行われる時代は、そのうち来るだろうが、まずは、2100年頃に90%完成と予想しておけば、それほど過大な期待だとは言われない程度のものだろう。