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   森林飽和 国土変貌の歴史       2015.11.22
              太田猛彦先生の著書紹介




 今週の木曜日に、NPO法人かわさき市民アカデミーの講座『持続可能な社会と環境保全・防災』の第7回目として、「地球温暖化と再生可能エネルギー」という話をします。このかわさき市民アカデミーの学長である、太田猛彦先生(東京大学名誉教授)からのご依頼によるものです。

 再生可能エネルギーの一つであるバイオマスについても、特に、国産のバイオマスがどのぐらい頼りになるかの判断が極めて重要なのです、なぜならば、2050年にCO2排出量を80%削減、そして、2080年頃には、ゼロにしなければならないとしたら、ありとあらゆる再生可能エネルギーを、その限界まで導入しなければならないようです。どの再生可能エネルギーにしても、風力、太陽光であっても、その大量導入による環境破壊は深刻なレベルになる可能性があります。中でも、環境破壊の進行をもっとも加速すると考えられる再生可能エネルギーが、実は、バイオマスなのではないか、と推測しているのです。講演に際して、なんらかのコメントをしなければならないこともあり、太田先生の著書「森林飽和 国土の変貌を考える」の内容をご紹介します。

 「森林飽和」は、縄文時代から現在、そして、未来に渡る国土の変貌を森林を中心に据えて記述している本であって、今後の長期的な展望を語るときに、その基礎となる知識の集積だと言えると思います。

 歴史を遡ることは、極めて重要なことだと思います。本書の縄文時代まで遡っての記述をみて、自分が講演をするとき、どこまで遡って話を始めるだろうか、と自己チェックをしてみたところ、BC10000年における地球上の人口でした。単に、McEvedy & Jones、"Atlas of World Population History," Facts on File, New York, (1978)(日本語版Wikipediaより)による400万人というものを使っているだけですが。



C先生:今回の記事は、太田先生の著書のご紹介。それと、今週木曜日に行う講演のバイオマス部分の内容をちょっと加えた記事にしたい。

A君:了解。それでは、早速、著書のご紹介。

森林飽和―国土の変貌を考える (NHKブックス No.1193)
太田 猛彦 (著)

単行本(ソフトカバー): 260ページ
出版社: NHK出版 (2012/7/26)
ISBN-10: 414091193X
ISBN-13: 978-4140911938

目次は、
まえがき
第一章 海辺の林は何を語るか
第二章 はげ山だらけの日本−「里山」の原風景
第三章 森はどう破壊されたか−収奪の日本史
第四章 なぜ緑が回復したか−悲願と忘却
第五章 いま何が起きているのか−森林増加の副作用
第六章 国土管理の新パラダイム−迫られる発想の転換
あとがき


B君:この著書の最大の特徴は何か。まずは、口絵Aから口絵Dの4枚の写真によって、非常によく分かる。単に森林の飽和を述べている本だと思われるかもしれないが、実は、森林を中心に、副題である国土の変貌を主として語っている。極めて永く広い視野をもった著書だということ。

A君:それもまあ当然で、太田先生の本業は、と言えば、森林水文学と砂防工学ですからね。まず、森林水文学の定義ですが、東京大学の鈴木雅一教授が書いています。
http://sabo.fr.a.u-tokyo.ac.jp/persons/suzuki/aera.html
 「森林水文学」は森林と水の量と質の関係について、どのような仕組みで森林の働きがあり、その効果はどれだけかを研究する学問分野である。
 「森林水文学」は、森林での水循環の解明を主要な課題とするが、水需要や森林の管理など社会と接点を持つ課題も含む。そして、水循環には蒸発散現象と土壌中の浸透現象が深く関わっており、蒸発散にはエネルギー循環の理解が、浸透現象では浸透の物理過程と浸透水と共に移動する溶存物質の物質循環の理解必要。

B君:社会との接点を持つ課題も対象だということは、問題解決には工学的なアプローチが重要だということになる。それには、人類がいかに生存しているかをはじめとして、社会全体を知らなければならない。

A君:だから、ということではないのですが、砂防工学もご専門。砂防といっても、海岸の砂を研究することも含まれるとは思うものの、その本体は、河川の土石流のような災害の発生防止を専門とする学問

B君:砂という字を見ると、海岸だと思う人が多いかもしれないけれど、大体、砂は海岸でゼロからできるものではないからね。砂の原料供給地である山地とそれを山地から海に運ぶ水との関係が重要なので、砂防と言えば、森林水文学の一部、いや林学の一部ということなのだろう。

A君:さて、最初の章ですが、
第一章 海辺の林は何を語るか
 これは、l東日本大震災の津波と海岸林の話です。東北の海岸林は、津波の後にも一本だけ残った高田の一本松が有名になりました。伝統的にクロマツとアカマツが多かったのですが、今回の津波で、幹折れ、倒伏、根返りなどが起きて、かなりの被害を受けてしいました。

B君:そのためもあって、マツは根が浅いので、流されやすいのが欠点で、一部の広葉樹ならそんなことはない。広葉樹を植えるべきだという動きになった。

C先生:実際、そんな主張が多かった。そこに自生している木を植林するのがベストだという主張を含めてではあるけれど。植林の際の樹種の選択については、どうも、様々な自己主張が行われたようだ。NPO系に、特に、その傾向が強かったように思うが、実際はどうなったのだろうか。

A君:しかし、本当の専門家は、例えば、この報告のように、やはり、クロマツを薦めているようです。ただし、マツ食い虫対策は必須という条件付きですが。
http://www.forestry.jp/publish/ForSci/BackNo/sk66/66.pdf

B君:仙台市の報告を見ると、クロマツ中心ではあるものの、様々な広葉樹も対象にはなったようだ。色々と事情があったのだろう。
http://www.city.sendai.jp/fukko/__icsFiles/afieldfile/2011/12/14/5kaigankouen2_4070.pdf

A君:そろそろ第二章に行きます。
第二章 はげ山だらけの日本−「里山」の原風景
 ところで、C先生ははげ山の原風景を記憶していますか。例えば、この本の口絵Cのような。この写真が撮影されたのは、残念ながら1910年なので、これは無理なのですが、p40のような1950年頃の写真でも、大体の山ははげ山なんですが。

C先生:記憶に全くない。大体、その時代には、日本を旅行して回るなどということをしていない。ただ、終戦直後のこの頃と言えば、エネルギーがほとんどないに等しい時代だったから、薪が主要なエネルギーとして使われるのが当たり前。現時点の発展途上国の山は、一部を除いてはげ山。また、世界史的に見ても、産業革命以後、工業化された国のほとんどの山は、はげ山だったとされているので、そうだったろうと推測はできるが。

B君:石炭が製鉄に使われる前は、マツが使われていた。やはり発熱量が多いからだろう。

A君:里山生態系は荒地生態系、といった記述は、最近の日本の山しか見たことのない人にとって、信じられないことかもしれない。

B君:今だけ、日本だけ、という経験では、やはり真実は見えない。「経験と実験」、これらが柔軟な発想を持つイノベータの原点である、というクリステンセンの指摘は正しいのだろう。

A君:それでは第三章です。
第三章 森はどう破壊されたか−収奪の日本史
 やはり、歴史的な記述から始まります。前史時代、古代、ときて、マツがいつ定着したか、の考察になります。その答えは、そもそもマツは、現間氷期になって、温暖化が始まる前までは、森林の主役であったものが、その後、気温上昇とともに、マイナーな存在になった。しかし、ヒトが森林を利用するようになって、自然が劣化し、再度マツが主役になった、ということのようです。

B君:飛鳥時代からすでに、山は都の建設に必要な木材の伐採によって荒れていた。西暦800年には、山に大径木は無かったとのこと。

A君:伊勢神宮の遷宮のための木材は、大径木を求めて様々な地域が開発されました。関西を中心とする建築物のために、1550年には、三浦半島まで木材を伐採するために来ていたとのことです。

B君:その後、すでに記述したように、産業用のエネルギーにも木材が使われた。最初は製塩業、そして、鉄鋼業、窯業。まあ、人間活動が森林を壊した。今、日本に森林が多いのは、やはり化石燃料文明のお蔭で、森林をエネルギー源に使わないからだということがよく分かる。

A君:そろそろ森林復活編です
第四章 なぜ緑が復活したか−悲願と忘却

B君:森林劣化のピークは明治時代。人間活動が進めば、それに比例して森林が消費されてしまうのが、その時代だったから。

A君:人間活動が進めば、ということは、ほぼエネルギー消費が増えれば、という意味ですからね。

B君:エネルギー源としては、すでに化石燃料が存在しているのだけれど、日本国内には石油はほぼ無かったと思えば良いし、石炭は、江戸時代から採掘はされているのだけれど、生産量は限られていた。石炭が世界のエネルギー源の80%を占めるようになったのが、第二次世界大戦前ごろのこと。

A君:明治時代は、石炭の供給量に比べれば、木材をエネルギーとする割合が高かったということでしょう。

B君:さらに、終戦の復興期における木材の需要はすごかった。それこそエネルギー源が何もない状態だったのだから当然のこと。合わせて食料生産のために、傾斜地が田畑化したために、国土の荒廃はひどい状態だった。

A君:そして、次に来るのが、エネルギー革命と肥料革命。木材をエネルギーとして使うことがなくなった。化学肥料が普及し、落ち葉を堆肥として使うこともなくなった。そのため、里山に人が入ることが不必要になった。これで、森林に人手が入ることがなくなって、森林を構成する樹木の量が増えた。この傾向は、現在まで継続しています。

B君:そして、新しき荒廃が始まることになる。

A君:それが第五章。
第五章 いま何が起きているのか−森林増加の副作用

C先生:この章の一から三は、一言でいえば、防災の記述。本Webサイトの内容から見るとかなり専門的なので、ちょっと省略して、四の「水資源の減少」に行こう。

A君:了解。この「水資源の減少」での主題は、「緑のダム」の話。すなわち、森は水を貯めるのか、ということ。

B君:要するに河川流量と森林との関係。その結論は、実際の河川流量はダムの影響の方がかなり大きく、下流河川への森林の影響は実感できるほどではない。

A君:「緑のダム」に関してですが、森があれば、雨水の流出速度が遅くなるので、「渇水を緩和させる」というのはどうなんでしょうね。

B君:それは、「森林が渇水を緩和させる」とは言えないと結論されている。話題は多少ズレるけれど、「スギやヒノキの人工林より、ブナなどの天然林の方が水源涵養機能は高い」ということもないとは言えないが、その理由は、広葉樹林の方が針葉樹林よりも水を使わないからだ、とのこと。

A君:「天然林信仰」は実体を伴わない信仰であるとでも言えるという結論でしょうか。

B君:要するに、森林は水を使う。葉や枝にとどまった水は、そのうち、蒸発して失われる。すなわち、一部の雨を地表に届かなくさせてしまう

A君:なんだか、事実は冷徹で、森林の美化はある程度に留めておいた方が知的な理解ということでしょうか。

B君:となると、森と海の連携による水産業の話なども、疑って見たいぐらいだな。

A君:もう一つの話題が、五の「砂利採取とダムの影響」

B君:ダムがあれば、上流からの砂などがダムに堆積するのは絶対的な事実。そのため、本来であれば、下流に供給される砂がなくなるのだから、また、下流だとは言っても、流量が増えれば、砂は海に流されるのだから、河床が下がるのが当然。すなわち、下流の川は深くなる。しかし、砂利の採取が行われれば、これを原因とする河床の低下の影響の方がかなり大きい。

A君:そして、最後の話題が六の「海岸の変貌」

B君:次のように考えられている。上流からの砂の供給がダムによって抑えられることによって、海岸の幅がどんどんと狭くなっている。要するに、供給される砂が減り、一方、波によって奪われる砂の量はほぼ一定だからだ。

A君:海岸は、今後、温暖化の影響で起こるとされている海面上昇の影響を直接受けて、どんどんと減少すると考えられていますが、現在の日本の状況では、森林が飽和状態にあることによって、また、ダムなどの治水のための構造物の影響も海岸の砂浜の減少が起きている。

B君:温暖化との相乗効果が、かなり心配だという状況なのだろう。

A君:さて、これで、最終章になります。
第六章 国土管理の新パラダイム−迫られる発想の転換

B君:この章は、まさに著者の思いが込められている。しかし、このWebサイトとして、特に、取り上げるべきだと思われることが、「森林の原理と新しい森林の原理」が提案されていることだと思う。

A君:この表6−1ですね。

森林の原理
◆環境原理:森林は自然環境を構成する要素の一つであり、4億年にわたって現在の地球と地域の環境を形成してきた。したがって、環境保全機能は森林の本質的機能である。
◆文化原理:日本人の文化や民族性は森林との永いかかわりから生まれた。したがって、森林は日本人のこころに豊かさをもたらす
◆木材などの利用はもっとも効率のよい光合成生産物の利用であり、生活を豊かにする。しかし、特に環境原理とトレードオフの関係にある。


新しい森林の原理
●森林の環境保全機能が最大限活かされる社会が持続可能な社会である。
●持続可能な社会を「こころ」の面から支える役割をもつ。
●持続可能な木材の生産・利用は現太陽エネルギーの合理的な利用法で、持続可能な社会におけるもっとも基礎的な資源である。


B君:もともとの原理と新しい原理によって、すべての状況に対応できるとの主張だ。

C先生:このような国土変貌の歴史を記述している内容の本は、森林関係だけでなく、環境関係でも読んだことがない。森林関係の話については、非常に思いの強い人々がいて、様々な記述があるのだけれど、どの記述が原理的に正しいのか、我々のような傍観者的立場にいると、よく分からないという状況があった。しかし、国土変貌の歴史は、それこそ歴史なので、検証が可能であって、その歴史を説明できる原理原則を敷衍することによって現時点における森林を説明するという方法によって、記述の正しさが補強されている、という感じをもった。

A君:読者としてこの本を高く評価できるようになるには、それなりの読書経験、原理原則を考えた経験、科学における方法論を考えた経験などが必要のようには思いますが。

B君:少なくとも、歴史的な記述を理解できるかどうかは最低限の条件だ。この分野で何かを主張しようとするとき、自己を振り返るためのツールとして、本書を読破することが必要なのかもしれない。

C先生:さて、この木曜日の講演は、全部で105分。恐らく、80〜90分程度講演して最大で20分ぐらいの質疑応答をすることになると思う。むしろ、太田先生にこちらから質問をしたいという感じになってきた。さて、どうなるやら。