排出量取引の復習  01.30.2011   




 報告です。Facebookの「環境学ガイド」グループの参加メンバーがお陰さまで99名になりました(1月31日、午前0時30分現在)。100名になってどうなるか、と思いましがた、もう少々増えても支障は無さそうですので、120名程度まで様子を見ることにします。


 今回の話題を選択したきっかけは、1月25日の日経朝刊に、「先行する排出量取引」なる記事がでたことである。

 その記事は、「エコタウンを目指して−地方の挑戦」というシリーズの第一回目であった。この題名が意味しているように、国がぼやぼやしている内に、地方はどんどんと進展しているという内容であった。しかし、本当なのか。

 同記事によれば、すでに、本HPでもご紹介した東京都
http://www.yasuienv.net/ETradeTokyo.htm
以外にも、大阪府など近畿周辺の10府県、鳥取県、四国4県、広島市でなんらかの試みが行われているということである。

 その後、Facebookの「環境学ガイド」グループでも議論が進行した。しかし、この話題、そう簡単に結論がでるようなものではない。かなり包括的な議論を進める必要がある。

 どのような結論を出すか、というよりも、むしろ共通の理解をもう一度形成し、その上での議論が必要なのかもしれない、という感触である。

 見回せば、共有すべき良い「教科書」がある。それは、昨年の暮れに環境省の地球環境部会で公表された「我が国における国内排出量取引制度の在り方について(中間整理)」というものである。
http://www.env.go.jp/council/06earth/y060-91.html

 あわせて、成立するはずだった地球温暖化対策基本法の案文
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=13017
もご参照いただきたい。

 ということで、今回は、「教科書」の解説である。



C先生:やはり、日経の記事を若干紹介してもらって、それから議論に入ることとしよう。

A君:やはり、この記事の最初に出てくる広島市のご紹介から。
 広島市のマンションに住む一家3人の長田さんは、昨年11月〜12月の2ヶ月間の電気とガスの省エネを徹底して。蛍光灯を発光ダイオード(LED)証明に切り替え、テレビなどの消し忘れを防止。妻の美恵子さんはごはんを鍋で炊くなどの工夫を重ねた。
 広島市が昨年試行した一般市民参加型の二酸化炭素排出量取引制度は、省エネ対策で生まれた排出枠を市が1キログラムあたり5円で買取る。長田家は、2ヶ月間で電力使用量を前年同期比で13%も減らした。生まれた排出枠は146キログラム。買取価格は730円に達し、市が試算した平均値400円を大幅に上回った。
 長田さんは「検針票を見て成果を実感し、いくらになったをチェックするのが楽しかった」、と振り返る。市は、買い取った排出枠を2012年度以降に、市内の企業に販売する計画だ。

広島市
http://www4.city.hiroshima.jp/co2torihiki/index.php

B君:広島以外のご紹介。
 東京都以外にも、大阪府、奈良県などは、排出枠の広域取引に関する研究がスタート。都は埼玉県と協定を結び、12年度以降に排出量取引を事実上一体化、相互に排出枠をやりとりできるようにする。

C先生:通常、排出量取引が行われるには、排出量の上限を設定するということ、すなわち、Capの設定が最初に行われ、そのCapを下回った場合には、排出枠ができるというやり方だ。そのあたりの説明を。

A君:広島市のやり方は、Capの上限を昨年実績と等しいものとして、これを各家庭に無償で設定するやり方なので、グランドファザリング方式に分類されます。

B君:グランドファザーは、お祖父さん。孫に毎年お小遣いを配るのと同様に、お祖父さんが排出枠の配分量を適当に決める。

A君:市民の参加募集は、2010年9月15日に開始し、10月25日には締めきっています。参加した世帯数はどのぐらいだったと思います?

B君:40日で締めきった。そうだな。500世帯ぐらいか。

A君:惜しい。1000世帯です。参加資格があって、「電気または都市ガスの供給にかかる契約を供給事業者と締結していること」。

B君:参加条件を満たす家庭の総数はどのぐらいだったのだろう。

A君:広島ガスが都市ガス供給事業者ですが、調べてみると、ガスの販売量が451(百万立米)。供給しているガスは、天然ガスのようですね。

B君:家庭用、商業用、工業用、その他と用途は分かれるだろうが、家庭用を1/4ぐらいだと仮定して、100(百万立米)。京都市などのデータによれば、年間340立米/世帯程度。30万世帯ぐらいか。

A君:正確なデータは見つからなかったのですが、広島ガスの歩みというところに、平成9年にお客様件数40万件という記述がありました。広島市が人口118万、世帯数52万世帯ぐらいですから、広島ガスは、広島市ほぼ全域をカバーしているのでは。

B君:40万世帯から1000世帯のサンプリングね。最近の感触だと、世帯の1%ぐらいが省エネに相当熱心に取り組む割合。4000世帯ぐらいの省エネ超熱心母集団の25%ぐらいが応募したのかもしれない。

A君:この記事の方は、蛍光灯をLEDに切り替えたとのこと。これは相当な疑問手でしたね。730円の買取価格の2倍以上の投資をしたことは確実で、しかし、省エネ効果はほぼゼロ。

B君:省エネには熱心だが、まだまだ批判的な情報に精通しているという訳ではないようだ。しかし、まあ、省エネをしているという「夢」を買ったと考えれば良いのでは。

A君:夢を買うというのは、いくらでもありますね。マイナスイオン家電のように、実質上の効果が無い家電というものも多いですからね。

B君:次週の話題がそのような製品になりそう。

C先生:いずれにしても、広島市の試みはなかなか面白い。広島市のほぼ全世帯が比較的公平に取り組める状況にあったことも、実行できた理由だろう。プロパンガスや石油を使っている世帯が多かったら、不公平だという文句も出るだろうが、まあ、そのような状況でも無かったようだ。
 しかし、本音を言えば、1年間掛けて、ガソリン購入量も加えて実施して欲しかった。

A君:2ヶ月という実施期間ではガソリンも勘定に入れるのは無理ですね。いやいや、ガソリンだと、市外のどこかで買ってくるということも可能ですから、そもそも無理か。

C先生:そろそろ実例を終えて、その良い「教科書」の紹介に移ろう。

A君:順番に紹介するのが良いのかどうか、多少迷うところですが、基本的な考え方からというのは、正統的でしょうから、そこからいきます。6ページと7ページです。

 「各論点を検討する上での視点は以下の通り」、と有りますね。
1)総量削減が担保できること
2)効率的な削減を促すこと
3)公平性が確保できること
4)透明性が確保できること
5)社会的に受容可能なものであること
6)複雑な手続きを要せず、分かりやすい制度であること



1)総量削減が担保できること

C先生:これには、次のような記述が付属している。
*国内の温室効果ガス排出量の着実な削減が担保できるものであること。
*地球規模で見て排出増をもたらすようにならないよう配慮するものであること(炭素リーケージの防止)


B君:1)は、排出量取引の大きなメリット。ただし、京都議定書の枠組みのように、国が削減目標をどうしても達成しなければならないという場合に限ったメリットだ。

A君:2020年までに25%削減を国内真水で実現する、といったはっきりした削減目標値が決まり、しかも、90年比で25%削減した場合の総排出量は858(百万トン)。これを各分野にブレークダウンして、産業分野では361で、これは、2009年比だと−9%、運輸部門では162で、2009年比だと−30%、業務その他部門では123で2009年比−45%、家庭部門では95で2009年比−41%、エネルギー転換部門は51で2009年比−35%などにする、という決め事ができる場合に、初めて、排出量取引なら削減量が担保できるというメリットを活かすことができる。

B君:しかし、家庭部門にCapを掛けるということは余りにも非現実的。運輸部門も、かなり非現実的。せいぜい、産業部門と業務部門にCapを掛けて、エネルギー転換部門(内部利用)には、目標となる排出原単位の設定を義務化するぐらいではないか。

A君:エネルギー転換部門をどうするかは、これも大きな問題ですね。

C先生:もしも前年実績を元に、削減量を家庭に適用するとしたら、2009年から2020年までの12年間、年率4%以上の削減を続けないとということになる。業務部門もほぼ同様の削減をしなければならない。

A君:年率4%の削減というと簡単のように思うでしょうが、それがなかなか辛い。ところで、0.96の10乗とか11乗といった計算を、皆さんは、どうやってやるのでしょうか。

C先生:私の年代は、恐らく、逆ポーランド(RPN)型の関数電卓育ちだから、最近困っていたのだが、Androidには、RealCalcというRPN型のソフトがあるので、これを使っている。

A君:Windows用の逆ポーランド型のフリーソフトですが、米国などではかなりありそうなのですが、日本だとhttp://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/freestdy/RPN_CALC/RpnCalc.htm
ぐらいですか。Windows7でも動きますね。

B君:2008年から2009年では、家庭からの排出量が−5.5%も減っている。その訳は単純だ。もともと家庭では、電力由来の排出量が65%を占めている。そして、2008年から2009年には、電力の排出原単位が、0.444から0.412に7.2%も減少したからなのだ。各家庭が努力して削減したものではない。すなわち、エネルギー転換部門が重要だということにしかならない。
 このあたりの事情を詳しく理解するには、今年の1月9日の記事「昨年暮のニュースから」でご紹介した「2009年度温室効果ガス排出量(速報値)」をご覧いただきたい。
http://www.yasuienv.net/Some2010.htm
 特に、この文書のp13の上の図がよく分かる。


図 排出量の責任分担別の図 http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=16702&hou_id=13313

A君:そこにも有りますが、家庭での自家用車の利用による排出量は、運輸部門でカウントされているのですが、もしも家庭部門に入れれば、平均的には丁度、1.5倍の排出量になります。

B君:2020年までに40%を超す削減をすることは、次の図を見ても、なかなか辛いことが分かる。



図 家庭からの用途別二酸化炭素排出量 JCCCAより引用 http://www.jccca.org/chart/chart04_06.html

A君:照明を全部止め、家電を全部止め、冷房を全部止め、ゴミを全く出さないと40%、の削減が実現できる。

B君:それは生存そのものが危ない。太陽電池を付けて、太陽熱温水器を付け、ゴミを出さない。これなら、実現可能だが、それには300万円の投資が必要。

A君:自家用車を止め、給湯を止めても、やはり目標には到達するが、これは極めて難しいでしょう。

C先生:ということで、家庭からの排出量を下げるのなら、まず、電力の二酸化炭素排出原単位を減らすのが極めて効果的なのだ。

A君:次に、産業界なら削減が可能か、という問題がありますね。日本全体の排出量の15%を占めると言われる鉄鋼業ですが、鉄鉱石を炭素などで還元して粗鋼を作るというプロセスをやっている限り、10%削減でも難しい。炭素を炭素+水素に切り替えるといった根本的な変更を行うことが必要。

B君:あるいは、国内にストックされた鉄が、そろそろスクラップで出てくるから、鉄鉱石からの製鉄を止めるという手もある。電炉メーカーの東京製鐵の資料によれば、
http://www.env.go.jp/council/06earth/y0611-05/mat02_1.pdf
高炉法で生産すると、1トンの生産に2トンの二酸化炭素を発生するが、スクラップを原料に電炉法で生産すれば、0.5トンで済むという。2008年度では、すでに、高炉メーカーと競合する品種の割合が86.7%を占めているとのこと。

A君:2007年度の高炉メーカー:電炉メーカーの粗鋼生産量が8940万トン:3000万トンで、電炉が25%。EUでは、電炉メーカーの生産比率は42.7%。韓国でも45.7%。

B君:アメリカでは、電炉比率は56.9%だそうだ。

A君:ということは、日本は、鉄スクラップを輸出しているということを意味する。

B君:高炉メーカーが多少とも電炉メーカーに切り替われば、2020年までに10%ぐらいの削減は可能だが、それは、業界再編を意味する。10年間程度で、これが動くことはないように思う。

A君:高炉メーカーは、セクター別の排出量取引を主張しているとのことですね。中国の高炉の効率を日本並にしただけで、160(百万トン)のCO2排出量削減になる。これを全量排出枠として獲得できれば、日本の高炉メーカーからの排出量はゼロになる。その上、エネルギー供給が心配な中国にとってもメリットはある。

B君:10%削減で良いとなれば、中国の鉄鋼生産量の10%分の原単位を日本並にすれば良い。

A君:付属の記述にあった「炭素リーケージ」は、この逆で、日本の削減量を無理やり確保した結果、効率の悪い中国へ鉄鋼の生産拠点が移動して、地球全体の排出量が増えることを意味する。

B君:これが起きたら、確かに、全く無意味になる。

C先生:という訳で、二酸化炭素という物質の特性だが、グローバルでの排出量削減と国内での排出量削減の意味が全く同じものについては、国内真水での削減をどうしても頑張らなければ、という主張の説得力が下がる。これが下がれば、Capの設定への説得力が下がることになる。となると、1)総量削減が担保されていること、という条件を満たすことが難しくなる。

A君:このように考えてくると、製造業へのCapの付与は難しいことになる。となると、業務部門ぐらいだけが、総量削減が担保できる対象だということになるのでしょうか。

B君:すなわち、東京都的な発想になる。東京都の排出量取引は、かなりの割合で業務部門であり、産業部門はそれほど多くはない。

A君:オフィス系が1100事業所、製造業が300事業所ぐらい。

B君:東京都の排出枠の与え方は、やはりグランドファザリングで、基準年が2002年から2007年の任意の3年間の実績で、削減率は、6〜8%(というよりほぼ6%)で、削減対象が、2010年〜2014年の5年間の総排出量。

A君:かなり緩いから、なんとかなる事業所が多いのだろう。しかしこれでは排出量取引の価格が安くなるのではないか、と思われるのですが、価格の話は後でも多少でてきます。


2)効率的な削減を促すこと

C先生:これにも付属の記述がある。
*制度対象者における効率的な排出削減を推進しつつ、我が国の優れた技術・製品の開発・国内外での普及を促進し、社会全体の費用を低減するものであること。

A君:この「効率的な排出削減」とは、コスト的に安く済むこと、と読まれがちだが、それだけでは駄目だということを主張しているようですね。

B君:現時点では削減費用が高い技術を積極的に導入することによって、その技術が普及し、結果的に削減費用が下がることが望ましいという主張のようだ。ある種のイノベーションを起こすことと同義。

A君:だとすると、海外の安価な排出枠を買い込むことによって、削減目標を達成することは望ましくないということになる。

B君:これはしかし、矛盾だとも言えるのでは。本当は、緩めのCapを掛けた上で、Tradeを禁止すれば、イノベーションが加速できる状況が実現できる。

A君:厳しいCapを掛けて、余りにも大量の削減を義務化すると、費用が高くなりすぎるので、安価な削減策に走る。もしも安価な排出量取引市場があれば、そこだけに集中する。

B君:しかし、Cap&Tradeではなくて、Cap Onlyにすることが、望ましいとなったら、排出量取引とは言えなくなる。

A君:しかし、日本という国の技術が、世界全体の排出量削減に貢献するということが望ましいことは事実です。それには、そのような技術がある程度以上に普及して、コスト的にもまあまあのレベルに到達することが望ましい。となれば、弱めのCapを掛け、Trade禁止にすることが最善で、そうすると、Capは弱いのだから、1)総量削減が担保できるという条件と矛盾することになる。

B君:どうも議論がループしている。デッドロックに乗り上げたようだ。


3)公平性が確保できること

C先生:この条件にも付属の記述がある。
*過去の削減努力も反映でき、制度対象者間で公平であるとともに、温室効果ガスを排出する責任を踏まえ、制度対象者と非制度対象者間でも公平なルールであること。

A君:最初の「過去の削減努力も反映」できる、ということは、一律に、過去の実績を均一に評価した数値を元にしたグランドファザリング方式は否定される。

B君:広島市の制度に対する文句が出たかどうか、興味があるところだ。すでに、太陽熱温水器を設置した人は、給湯面での節約は不可能に近いので、さらなる節約が難しい。となると、制度対象者間での公平性が保たれていないことになる。

A君:文句は出たのではと思いますね。ただし、余り大きな声にはならなかった。なんといっても、市から支払われる金額が大したことはないので。

B君:過去の削減努力を反映するには、ベンチマーク方式の削減枠を与えなければならないことになる。

A君:ベンチマーク方式とは、ある標準的な状況を決めて、それに基づいて削減目標を算出すること。
 仮想的に家庭部門にも削減枠を付けるとして、大人一人何kg/年、中学生一人何kg/年、小学生一人何kg/年、それ以下の年齢の子供何kg/年、といったことを決めて、その世帯から想定される排出量を元に削減目標を決めること。

B君:人数だけではダメで、現時点で妥当と思われる省エネ技術を考慮して、それが導入されていることを前提としないと。

A君:省エネ型冷蔵庫や、待機電力のある程度少ない機器は当然でしょう。さらに白熱電球を電球型蛍光灯に変えることも必須でしょう。

B君:家庭部門ならまだしも、製造業に対して、このようなベンチマーク方式を適用することは極めて難しい。自動車製造といっても、全く同じ物を作っているという訳ではないから台数だけを基準にする訳にはいかない。それなら生産した車の総重量なのか?

A君:しばしば語られる極論ですが、自動車だと、例えば、ハイブリッド車を作るには、必要な材料が増えるので、余分なエネルギーが必要ですが、燃費が良いので、運輸部門の排出量削減には有効。となると、ハイブリッド車を多く作っている事業所は、総重量でもダメで、なんらかの配慮をしないと不公平。それならどう定量的に行うか。まあ、不可能。

B君:業務部門も事務系だけなら、なんとかなるのでは。まあ、従業員の人数だけからの算出方法でも良いのでは。

A君:大量のコンピュータが必要なデータセンターは、別の基準を作る必要があるかもしれない。

B君:飲食店は製造業ではないと思うが、当然、エネルギー使用量が多い。

A君:大規模の浴場業などもエネルギー大量利用産業ですね。

B君:販売業だって、事務系とは違う。多くの顧客が来るのだから。店舗の面積が考慮されるべきだ。

A君:東京都の制度は、過去の実績が基準だからなんとかなっているでしょうね。ベンチマーク方式の採用も結構難しい。


4)透明性が確保できること

C先生:これに付属された記述だ。
*恣意性を排除し、客観的で明確なルールであること。

A君:恣意性が無いことという条件は、まあ、日本という国だけであれば、達成が不可能だとは思えない。しかし、どうやって計測するか、どうやって報告するか、どうやって検証するか、といったシステムの設計が非常に重要ですが。

B君:買い占めなどの行為の防止が必要であることは、別の条件だろうか。

A君:まあ、そうでしょうね。

B君:となれば、エネルギー起源のCO2だけを扱っていれば、技術的にみて、まずは可能。しかし、非エネルギー起源からの温室効果ガスを扱い始めると、これは難しいものもあるのかもしれない。

A君:エネルギー起源以外の排出は特殊だということで、次に行きましょう。


5)社会的に受容可能なものであること

C先生:この条件に付属する記述は4つもある。
*経済の成長、雇用の安定、エネルギーの安定的供給の確保も図られるものであること。
*制度対象者における経済的なコスト負担が著しく大きくならないこと。
*我が国の企業と海外企業との間で、国際競争力を損なうものとならないこと。
*マネーゲーム(過度の投資等)による市場の混乱を招かないものであること。


A君:経済・雇用などへの影響は、どうやって推測するのでしょう。

B君:やはり不適切なCapを設定することによって、海外移転を実質上強制してしまう可能性が重要。

A君:海外移転を決意するのは、まあ、製造業でしょうね。そこで、経済・雇用に悪影響を及ぼす。好影響としては、取引市場が確保されて、そこでの雇用が増加する。

B君:英国のマインドは、「金融市場の強化につながるから、排出量取引は絶対維持。EU−ETSがもしも潰れたら、雇用ば喪失し大変な損失だ」。

A君:だから、何がなんでも京都議定書の単純延長を主張してくる。

B君:英国は、だいぶ前に製造業依存の国から脱却してしまった。EUも似たような状況。

C先生:2年ほど前になるが、EUの環境局にヒアリングをやったことがあるが、明確に、「新たな規制によって雇用を確保する」、と述べた。化学物質のREACH規制も、雇用の確保には役に立っている。

A君:日本も、容器包装プラスチックの、その他プラのリサイクルは、規制による雇用の創出効果はあった。しかし、それをどこまで守るのか、となると、やはり適切なところがあるように思います。

B君:もしも雇用そのものが無駄ならば、それは単に社会的コストを増加させているだけ。これは、結果的には国際的な競争力を下げる。

C先生:「競争力ってそもそもなんだ。それが下がって何が悪い、それで雇用が確保される方が重要だ」、というのがすでに先進国というものの考え方になっているのではないだろうか。EUでも、ドイツ、北欧、オランダなどが例外で、他の国はもはやそうなっているようにも見える。

A君:マネーゲームの話はどのように理解すべきなのでしょうか。

B君:取引の総量が少なければ、買い占めによって値上がりすることは確実。だから、どこかに取引量をプールしておくことが必要なのだろう。

A君:事業所単位での購入しか認めず、それも、排出実績に関連させた上限を設定するという方法もありえますが、これでは、市場が活性化しないと批判されそうですね。


6)複雑な手続きを要せず、分かりやすい制度であること

C先生:付属している記述は、
*行政コストが低く抑えられ、制度対象者にとっても分かりやすい制度であること

A君:すでに、議論しましたが、行政コストが高いということが、雇用を確保する場合の条件なので、この記述があるということは、日本はまだまだこのような社会システムで雇用を確保しようとは思っていないということを意味するのでしょうね。

B君:「分かりやすい制度」にすることは、最善の方法がCapだけ掛けるという方法。Tradeを入れた瞬間に、外部クレジットを使って良いのか、などの問題が出てくる。

A君:外部クレジットが粗悪でしかも安価ということになると、やはり制限を課す以外になくなる。

B君:すでに出たが、買い占めの防止のためには、排出枠のプールが必要。これは市場での排出枠の価格を維持するためにも有効。すなわち、政府がある程度の排出枠を持っていて、ときに売ったり買ったりしつつ、価格が乱高下しないようにするといった配慮も必要になる。これは複雑で分かりにくいとも言える。

C先生:日本という国の特性として、制度を完璧にしないと気が済まないというものがある。すなわち、この最後の項は、達成が難し国なのだということを意味するように思う。


教科書の残りの部分とまとめ

A君:大分長くなったのですが、残りをどうします。この教科書は全部で93ページまであるのですが、まだ、7ページ目を議論しているところですが。

B君:ざっと全体を眺める。そして、ヤメる。
 p8以降が、「V.制度設計上の個別論点」になっていて、本教科書の本論。
 まず、対象の議論がある。どのガスを対象とするか、期間をどう考えるか、制度の対象者を一定規模以上の事業所ということで良いか、一定規模とは何か。

A君:それから、排出枠の設定法。無償設定方式としてベンチマーク、グランドファザリング、有償方式としてオークション、その他、原単位方式、電力原単位の考え方と電力の取り扱い。

B君:原単位方式というものは、中国がコペンハーゲン合意で提出してきているものが典型だが、GDPあたりとか、事業所であれば、売上あたりとかいった原単位で排出枠を設定するという方式。
 これだと、削減量の絶対値が確実に示すことができるというCapの最大の利点が失われるので、NPOなどには評判が悪いが、それだけ、経済的な悪影響は少ない方法。

A君:その後、5章になって「算定・検証・報告・償却」。6章が、「負担軽減策」で、遵守期間をまたぐバンキングなどの議論や外部クレジットの議論、さらには、排出量削減に寄与できる製品への配慮などの話、炭素リーケージの話などが出てくる。

B君:7章では、「国と地方の関係」。8章で「他の施策との関連でみた国内排出量取引制度における配慮」。そして9章が「その他」。

A君:そして、W.制度オプションの評価、X.まとめ、となっている。

B君:今回のここでの議論はp7までだったが、ざっと全体を見ても、問題点はまずまずカバーされていたのではないだろうか。

C先生:毎回述べていることだが、このHPの基本スタンスは、「排出量取引は、完全に機能させるのは絶望的なぐらい難しい制度だ」、である。その最大の理由は、炭素価格が適切なレベルになるという保証がどこにもない。市場というものに任せると、必ず失敗をするので、相当長い期間を掛けて国による市場への関与のやり方について、試行錯誤を行う必要がある。
 ということで、全面的にチャレンジをするにはリスクが大きすぎる。しかも、日本という国の成り立ちを考えると、ヨーロッパ諸国とは相当異なるので、この制度を採用するとしても、省エネ機器や再生可能エネルギーの導入を促進することを主な目的として、むしろ業務部門を中心とした制度にすべきではないか、と考えている次第。
 それに近い試みが東京都のものなので、これが埼玉県にも広がれば、ある種の実験が行われることになる。むしろ、その成り行きをしばらくの間、眺めているのが良いのではないだろうか。
 省エネ・再生エネ投資は、エネルギー購入の支払いを減らすので、10年程度の長い視点で眺めれば、ペイする場合が多い。しかし、一般には、企業による10年を考えた投資は行われない。
 FITなどを導入しないとペイしない技術もあって、それは、太陽光発電、太陽熱利用、次世代自動車、高断熱住宅、など、まさにコアとなるものの大部分がそれに該当する。
 したがって、イノベーションが成功するには、包括的なFIT制度に加え、省エネ・再生エネ投資をサポートする税制上の措置などを併用が必須ではないか。その優遇措置の支出などを担保するために、やや高額の環境税を掛けることが必要になるかもしれないと思う。


補足です。

第一稿ができたところで、Facebookの「環境学ガイド」のメンバーに限定公開しましたところ、次のようなご意見がありましたので、補足します。

X氏よりの見解:
 最後の「炭素価格が適切なレベルになるという保証がどこにもない」の部分です。これは、どの市場でもいえることで、こう言い始めると市場経済は成り立たなくなるようにも思えます。「炭素」の代わりに「こめ」「自動車」などすべてにあてはまります。「炭素」の特殊性について整理をしていただけると、と思いました。

回答:
 コメ、自動車と炭素排出枠の最大の違いは、コメ、自動車に対する「購買欲」は個人の価値観に支えられているが、排出枠は「Capという仕組によって強制された一種の欲(動機?)」によって支えられるということではないですか。
 もしも「完全なCap制度」というものを定義すると、「すべての主体が平等な公平感を持てるため、誰も排出量取引をする必然性を感じないもの」、となるのでは。これが正しければ、「不完全なCap制度」を補完するために存在するのが、排出量取引。
 「ほぼ完全なCap制度」がある場合の排出量取引はどのようなものになるか。どなたか考察していただけませんか。「ほぼ完全な」にも色々なレベルがあって、「ほぼ」の程度によって、様々なケースがありそうなのですが、できるだけ多くの方々に、自由な発想をもって取り組んでいただくことが効率的のように思います。
 さてさて、市場経済の話。個人の価値観は多様ですから、市場経済はそれなりのレベルで収まるところに収まる。しかし、それだけでは公平性が担保できないため、補完する社会制度、例えば、年金、健康保険、子ども手当などが、国によって基本的な思想や程度の強弱はあっても、なんらかのものが整備される。
 制度が強制する欲が支配する排出量取引の市場は、もともと自然発生的にできたものではないため、導入そのものの妥当性が共有されることが困難で、したがって、内在的な不満が解消されることはない。そのため、単純で分かりやすいシステムを構築してしまったら、収まるところに収まる保証は無いと考えます。そのため、やや複雑になっても、なんらかの補完的な制度が必要なのでは。
 となると、実効性を確保しつつ、不満を解消しつつ、複雑怪奇ではなく実施可能な制度の実像を探るには、相当な実験が必要だと思います。