生物多様性条約COP10閉幕     10.31.2010   

          名古屋議定書、愛知ターゲット合意



 10月30日の午前1時30分、生物多様性条約=CBD(Convention on Biological Diversity)のCOP10が閉幕した。

 議定書の合意ができるとは、正直な話、考えていなかった。これまで、議定書案に対して、途上国は相当な不満を表明していたので、ブラジルなどが合意に乗って来るとは思わなかった。

 まずは、29日夕刊から31日朝刊まで、主として新聞でどのような情報が出されたかをまとめてみる。



10月29日夕刊での情報

朝日新聞
 派生品利益は個別判断 遺伝資源の議長案

読売新聞
 遺伝資源議長案「過去の利益」に触れず 採択は不透明

日本経済新聞
 議定書議長案を提示 生物の利益配分 先進・途上国双方に配慮

ポイントを本HP流に解釈すると以下の通り
*議定書発効前の生物取得に対する利益配分は削除(先進国寄り)
*発効後の利益の一部で基金を作り、途上国の生態系保全に当てることを今後検討(途上国寄り)
*不正取得の防止は、利用国側で1つ以上のチェック機関を設ける(途上国寄り)
*人工合成物などの「派生物」という言葉は削除するが、実質上は含まれるか(玉虫色)
*ワクチン製造に必要な病原体を簡単な手続きで取得できる特例措置(先進国寄り、というより、人類全体寄り。インドネシアの主張がもともと無理)


10月30日朝刊+昼段階でのWeb情報

 10月30日の朝刊では、朝日、読売、日経のいずれもが1面に大きく取り上げ、複数面での解説などを掲載しているが、合意文書そのものは見つからない。

朝日新聞
 3面のかなりの面積がこの記事に割かれている。もっとも加工度が高く準備が良くされていたものと思われる。

読売新聞
 7面(国際)の下半分に合意文書の基礎となった議長案の概要が掲載されているのがなかなか有用である。

日本経済新聞
 やや控えめながら、3面に主記事の下に、生物保全目標と生物種の数に関するコラムがあり、生物多様性保全が自然保護とどこが違うかを意識していることが伺われる。

 Webで情報を探してみたが、やはり合意された議定書の文書は見つからない。報道も様々である。特に、派生物については、Web情報では却って混乱する。要するに、よく分からないが、いくつかの記述を並べてみる。

毎日のWeb
「遺伝資源を加工した「派生物」は事実上、議定書の利益配分の対象から除外された(注:この表現は疑問)。ウイルスなどの病原体についてはワクチン開発のための先進国の早急な利用を認め、適切な利益配分を求めた」。

産経のWeb
「利益配分の対象については、植物や微生物などをもとに企業が開発した「派生物」も含まれると(注:この表現は疑問)、途上国の主張が取り入れられているが、個別の契約の中で実施するため先進国も受け入れやすい内容になっている。」

CNN.CO.JP
「しかし、ブラジル、キューバ、ベネズエラ、エクアドルなど発展途上国側は、2週間の議論の間に議定書案に多くの変更がなされ、内容が「大きく損なわれた」との懸念を表明、発展途上国の天然資源から得た利益の適切な分配とは言えないと主張した」。


10月30日夕刊

朝日新聞夕刊
 国内法制定 次の焦点
読売新聞
 生態系保全に世界目標
日本経済新聞
 国内法 早期整備へ
 不正取得監視に新機関


10月31日朝刊

朝日新聞
 社説で「生物多様性」を取り上げた
読売新聞
 2面に記事、7面に資料、38面に松本環境大臣の話など
日本経済新聞
 社説「末永く生物の恵みを使うには」、5面に「生物利用、運用で混乱も」と大きな記事



 いささか脱線するが、朝日新聞だけが、「国連地球いきもの会議」というCOP10の実態と全く異なり、かつ、なんとなく気持ちの悪い名前を使っている。以前から、この名前の起源が何かと思っていた。調べてみたところ、2010年1月に小沢鋭仁環境大臣(当時)が、鳩山内閣メールマガジンの中で、「生物多様性」という言葉は、国民の61.5%が聞いたことがないと言っている。これを噛み砕いて、国民の皆様に実感してもらえるために、名称についても、「国連地球いきもの会議」というサブタイトルを使っていきたい、と述べている。
 生物多様性保全は自然保護とはかなり違って、より広い発想で取り組まない限り実現できないのだから、分かりにくい言葉ではあるが、その言葉をそのまま使うべきなのだ。国民に学習して貰えば良いのだ。その知的レベルをバカにしてはいけない。



C先生:生物多様性条約のCOP10が終わった。いわゆるABS(Access and benefit sharing)に関する名古屋議定書が合意された。愛知ターゲット(最後に日本側からの提案で命名された)と呼ばれる多様性保全の目標に関する合意もなされた。個人的には、ブラジルなどの態度が強硬だったと聞いているので、名古屋議定書がまず合意にいたらないだろう。そして、その副作用で、愛知ターゲットも流れてしまうのではないか、と思っていた。

A君:昨年のデンマークでの気候変動枠組条約のCOP15が失敗だと酷評されて、EUも失態が問われた。次のメキシコでのCOP16も、米国・中国の政治状況からみて、全く合意形成の可能性が無い。もしも、この名古屋COP10で合意形成ができないとなると、国連の環境会議は、途上国と先進国の合意形成機能を失っていると信頼を失う可能性がある。となると、なんらかの合意には到達しておくべきだという各国のうっすらとした共通理解があったのかもしれないですね。

B君:それにしても、ABSを巡る対立は相当なものだった。今回の議定書はいささか玉虫色ではあるが、どちらかと言えば、先進国寄りのような気がする。そこで、資金メカニズムを今後強化するという方向で、なんとか妥協が図られた。

A君:日本は、今後3年間で20億ドル=1600億円の援助をするということですが、実態はどうやらODAなのではないか、という記事もありました。

B君:ブラジルなどは、「現在の100倍の資金が必要」という主張をしていた。結局、本文には具体的な数値を盛り込まず、「少なくとも現在のレベルより十分に増やすべき」という表現に抑えられた。

C先生:日本という国の国益を害するような合意をするぐらいなら、決裂をする方が良いのではないか、と思っていたが、意外なことに途上国の一つの代表であるブラジルも最後は妥協してくれた感触。ブラジルと日本の関係は、もともと歴史的に深い関係にあって、日本人が尊敬されている国なのだから、もっと緊密にしなければならないと日頃考えている。

A君:議長案がバランス感覚よく作られていて、優れていたとも言えるでしょう。まあ、1600億円という金額が果たした役割をどう評価するのか、ということもありますが。

B君:以前のように、金持ち国であれば、3年間で1600億円程度はどうということは無いが、今はね。しかし、考え方一つでもありそうだ。京都議定書は2012年に終わりが来るが、カルタヘナ議定書のケースを考えると、この名古屋議定書という名称は相当長持ちしそうに思える。1600億円は高いが、今回の対応がいくつかの途上国で真に評価されるのであれば、まずまずかもしれない。どうせODAで出るお金なので。

C先生:いくかの項目について、確認と議論をする必要がある。
*名古屋議定書の中身で気になること
*愛知ターゲットで気になること

A君:まず、名古屋議定書で気になるのは、国内法の制定の件。
10月30日の朝日新聞の夕刊が、それが次の焦点だと述べているのですが、なぜ焦点なのかは説明がありません。これは、生物多様性条約の成り立ちが相当に変わったものだから、という説明が必要なのですが。

B君:ブラジルやインドなどの資源提供国は、独自にABS法を既に制定している。それぞれの国が、ある意味で自らに有利なように、法制度を決めて良いからだ。となると、受け取る側の国としては、相手国によって様々に異なる法律体系が存在していることを前提として、国内法を整備しなければならないことになる。

A君:名古屋議定書の基になった議長案(読売新聞10月30日朝刊)によれば、こうなっています。
第12条「利益配分に関する国内法制の順守」
1 締約国は、国内で利用される生物遺伝資源の利用を認めるにあたって、他の締約国の国内法にも適合する形で事前同意がなされ、利用の場合にも相互に合意できるよう、適切かつ効果的で釣り合いのと得れた立法や行政上、政策上の手段を講じる。
2 締約国は、規定が守られない状況が起きた場合に対処するための適切かつ効果的で釣り合いの取れた手段を講じる。
3 締約国は、資源利用や利益配分のための法律や規制要件に違反があった場合、協力して対処する。
第12条別「伝統知識の利用に関する国内法制の順守」
 ほぼ12条1と同様。
第13条「生物遺伝資源の利用の監視」
1 順守のため、締約国は生物遺伝資源の利用について監視し、その透明性を高める手段を取る。
a そのため一つ以上の監視部署を以下のように指定する。
@ 指定監視部署は、事前同意や生物遺伝資源の起源に関する情報に加え、相互に合意した条件、遺伝資源の利用に関する情報を収集する。
A 締約国は、遺伝資源の利用者に前段の情報の提供を求める。締約国は不順守のケースに対処するため、適切な措置を講ずる。
B 国際的に認知された証明書などから得られるこうした情報は、秘密情報の保護を損なわない範囲で、国の関係当局および事前同意を与えた側の国に提供される。
b 生物遺伝資源の利用者および提供者が、相互で合意する条件に報告義務など情報提供に関する規定を盛り込むことを促す。

B君:どのような法律になるのか、まあ、法律の専門家が頑張ることになるのだろう。

A君:監視したところ不順守だ、というケースに対しては、どんな対応になるか、これが一つの興味があるところです。

B君:それこそ、法律の専門家に任せよう。

A君:名古屋議定書の中身で、やはり問題になるのが、「派生物」「伝統的知識」が、具体的にどのように決まるか。これが個別交渉に委ねられるのだけど、なかなか交渉が進展しないのではないか。

B君:実際、先進国が利用をしなければ、途上国が利用料金を得ることはできない。例えば、フィリピンのように、売上の2%をよこせといった法律を持っている国の遺伝子資源に対しては、先進国は全く興味を示さない。

A君:となると、交渉過程でそこそこのところに決まるということですか。

B君:市場原理を信頼すればそうなる。「派生物」「伝統的知識」を強硬に主張する国は、身入りも無いということを意味する。

A君:ということだと、比較的、気になる部分は少なくなった。議定書発効以前からの適用が最悪だと思ったのですが、そこは解決したし。

B君:ワクチン、例えば、インドネシアが主張していたように、鳥インフルエンザのウイルスも遺伝子資源だから、もしもそれを利用してワクチンを作ったら、先進国は、それに対して資源国である新型インフルエンザが発生した途上国に対して、利益配分をすべきだという考え方は大きな問題だった。これは、先進国が早急に使用できるようにはなったものの、利益配分は残ったのではないか。

A君:現状だと、どうもそうらしい、ということまでしか分からない。

B君:大体、こんなところか。意外とすんなり決まったとも言えるようだ。

C先生:それでは、愛知ターゲットに移ろう。こちらで気になることは?

A君:まず、どんなことがターゲットになっているか。そのリストを作らないと。それには、朝日の30日の朝刊が良い資料になる。

◆認識:生物多様性の価値と持続可能な利用のための行動を認識する。
◆政府計画:生物多様性の価値を開発戦略と統合、国の会計制度などに組み入れる。
◆有害措置廃止:条約などと整合するよう、多様性に有害な奨励措置を廃止する。
◆関係者:政府や企業などが持続可能な計画を実施する。
◆自然生息地の損失速度:すべての自然生息地の損失速度を少なくとも半減させる。
◆漁業:魚や水性生物を生態系に基づいた方法で管理・捕獲し、乱獲を避ける。
◆農林業:農・林業地域を、生物多様性を保全しながら管理する。
◆過剰栄養:富栄養化を含む汚染を有害にならない水準に抑える。
◆外来種:侵略的外来種とその移入経路を特定し、制御または根絶する。
◆気候変動:気候変動など脆弱な生態系への人為的圧力を最小化する。
◆保護地域カバー率:特に重要な陸・内陸水域の少なくとも17%と沿岸・海域の10%を保全する。
◆絶滅危惧種:既知の絶滅危惧種の絶滅を防ぎ、最も減退している種の保全状況を改善する。
◆栽培種の遺伝多様性:作物や家畜の遺伝子の多様性を維持する。
◆生態系サービスの公平なアクセス:生活に不可欠なサービスを提供する生態系を保護する。
◆生態系回復:悪化した生態系の15%以上を回復する。
◆ABS:国内法令に従って、名古屋議定書が発効し、運用される。
◆国家戦略:効果的で参加型の、最新の生物多様性戦略を策定する。
◆伝統的知識:先住民と地域社会の伝統知識と持続可能な利用を尊重し、保護する。
◆科学技術:科学的基盤、技術を改善し、共有、移転、適用する。
◆資金:戦略計画を効果的に実施するための資金動員を増やす。

B君:ABSや伝統的知識がここにも入っているとは知らなかった。

A君:これらは努力目標なだけに、実効性に疑問という指摘がされています。

C先生:どれも本気で達成しようとすると、なかなか大変だ。どれがもっともハードルが高いか。

A君:保護区を陸域で17%、海域で10%とすることが決まった。これは大きいのでは。

B君:確かに。日本でも非常に困難な目標だろう。特に、海域は1%未満しか保護区が無いのが日本の現状。

C先生:米国には、海域の国立公園というものがある。フロリダ州のビスケーン国立公園のビジターセンターに行ったことがあるが、この国立公園の陸地部分は本当に狭い。ほとんどが海だ。海の中の生態系を守るというのが国立公園だ、という感じだった。

A君:日本にも瀬戸内海国立公園というものがありますが、環境省の紹介Webを見ても、
http://www.env.go.jp/park/setonaikai/intro/basis.html
公園面積は陸域のみの数値になっている。

B君:このWebを見ると、海中公園地区というものが何も無いことがよく分かる。

A君:瀬戸内海国立公園の特別地域内において、捕獲などが規制されている動物は、ミヤジマトンボのみ。
 もしも海中公園にして、漁業を制限しようとすると、この国では、漁業権の騒動が起きる。

B君:今回COP10で発表した途上国支援の総額1600億円では、国内の漁業補償費が済まない可能性もある。

C先生:保護区も大変だが、そもそも最初の認識:「生物多様性の価値と持続可能な利用のための行動を認識する」が、もっとも難しいのではないだろうか。

A君:日本では、自然保護というか、特定の種の保護と生物多様性保全との区別が難しい。これまで、自然保護に取り組んできた人々の認識を変えることが、もっとも難しいかもしれない。

B君:読売の30日の夕刊の2面に、編集委員の河野博子氏の論説がある。そこでも、日本のNGOの一人の感想が取り上げられている。曰く、「先進国がどれだけ資金を払うとか、途上国がこれだけくれとか、そんな話ばかり。山ではリンドウやフクジュソウがどんどん消えているのに」。

A君:これが日本人のもっとも普通の反応だと思うのですが、このような認識では生物多様性の保全は語れない。そもそも、生物種がどのぐらいあるのか。

B君:30日の日経の朝刊の3面のコラムに、世界の生物種と絶滅状況というものがあった。
 種の合計が175万種。しかし、未知のものを含めると3000万種。絶滅種の数が年間4万。絶滅の危機にある種の割合が、哺乳類で21%、鳥類で12%。

A君:このコラムからも分かるように、実は、人類が知っている生物種、すなわち、名前がある生物種の数は、ほんの一握り。これを詳しく調べたものとして、国連が2001年から2005年まで行ったミレニアム生態系アセスメント(=MA)というものがあります。
 それによれば、次の図のような状況です。



図 生物種の数

A君:もっとも多いのは、昆虫・多足類で、800万種。しかし、100万種ぐらいしか、名前がない。すなわち、人類にとっては知らない種が7/8。菌・カビの類で150万種ぐらいと推定されるが、1%ぐらいしか名前が付いていない。
 これに対して、植物と脊椎動物は、ほとんどに名前が付いている。

B君:ということは、人類が絶滅や減少を気にするのは、植物と脊椎動物だけで、それだけで、生物多様性が保全できるという訳ではない。生物多様性を守るということは、生育環境ごと守る、すべての生物種(微生物から哺乳類まで)を丸ごと守る、ということなので、保護区や保護水域などとして守る以外に方法がない。

A君:生育環境ということは結局土地利用なので、土地の利用形態を変えなければならない。
 これも先のMAによれば、次のようになっています。


                    〜1950年  1950〜1990年  2050年まで に開発された、あるいはされると予測


図  土地利用の年代による変化。先進国は、1950年までに開発完了。しかし、途上国では、今後2050年までに手付かずの自然がさらに破壊されるものと予測されている。

A君:地中海性気候の樹林、温帯ステップの樹林、温帯広葉樹林など、先進国が存在しているところは、1950年までに、総量の70%近くが壊された。その後、余り変化がないし、今後も変化しないと考えられている。ところが、熱帯やサバンナなどの樹林などは、今後、2050年までに破壊が拡大すると予測されている。ここを所有しているのは途上国。

B君:途上国は、これらの地域を先進国なみに人工的に活用して、経済的な成長を目指そうとしている。それを駄目だという権利は先進国には無い。

A君:途上国としては、もしも手付かずの自然林を残せというのなら、途上国は経済発展が実現できない。だから、先進国は金銭的に補償すべきだ、ということになる。

B君:このあたりの事情が分からないと、河野博子氏の論説で引用された日本のNGOの発言になってしまう。

C先生:そろそろ終わろう。このような議論があることを、日本のNGOが知ることも、今回の生物多様性条約COP10の効用の一つだろう。まさに、愛知ターゲットの一つ、認識が得られたのだから。
 結論だが、今後、かなり大量の宿題が残った状態になったと言える。一つ一つ対応することで、生物多様性に対して貢献することは悪くない。なぜならば、一旦生物を絶滅させてしまうと、その回復には、数100万年かかる。ヒトの歴史だって、サルから分かれてまだ600万年なのだ。ホモサピエンスという属なら、歴史は20万年しかない。
 人類は、恐らく、まだ数100万年生存するだろうが、その間に一旦絶滅した種が回復することはない。
 人類は、他の種に比べて、その進化が異常に速かったようだ。それは、人類が火を使ったかららしい。異常に早くしかも格段に進化した人類は、他の種を思う心を持つことができるはずなのだ。