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スティグリッツ教授の炭素税 極めて分かりやすい論理 03.19.2017 ![]() |
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3月16日、永田町の都市センターホテルの3階。環境省の長期低炭素ビジョンが取りまとめられたことを受けて、これでこの小委員会も一区切りとなりました。実は、この日は議題は何も無くて、米国コロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツ氏による”The Environment and the Economy: Working Together"という講演だけでして、その基本的な主張は、「正しい環境税が最良の対策手法である」ということでした。 まとまった長期低炭素ビジョンの中でも、「カーボンプライシング:市場の活力を最大限に活用」という記述があって、炭素価格の設定の重要性は語られているものの、多様な論点をすべてカバーするという方針なのか、どうも腰が座った強い主張とは言えない記述です。そう思われるの理由は何か、と問われれば、炭素税を真正面から取り上げていないからです。これを主張してしまうと、様々なところからの抵抗がすごいので、それを今回は回避したと思われる記述になっているのでしょうか。 しかし、今回のジョセフ・スティグリッツ氏の講演は、日本のような国にとって、国の借金を考えて消費税を高くするることばかり考えるのは賢いとは言えず、現在の法制度を変えて、思い切った炭素税の導入をすれば、問題は一気に解決するとは言えないかもしれないが、この方が総合的解決に近い状態になる、という主張でした。 筆者にとっては、全く当然の主張なので、「その通り」と叫びたくなったぐらいの講演でした。 ![]() C先生:これほどクリアーな主張がなされるとは思っていなかったので、大変に意外だったのだ。印象を一言で言えば、日本の行政と政治における問題点をバッサリと切ってくれたので、実に爽快な時間だった。 A君:講演資料がありますので、それを簡単にまとめてみましょう。 まず、前提です。現時点で、日本やその他の国の大部分で同じ状況なのですが、現時点における経済が直面する最大の問題は、「需要がない」こと。 そして、環境税と他の税(特に消費税)との違いが説明されます。消費税は、すでに少ない需要をさらに減らすので、問題の根本的な要因をさらに悪くする。しかし、炭素税は、これまで需要な無いところに新たな需要を作り出すだけでなく、新たな投資を増やすことになって、その結果、国の税収も上がる。経済システムを現代流に改変することでもあって、悪いことはほとんどない。しかも、日本という国には特に適した方法だと思われる。 B君:確かにその通りかもしれない。しかし、なぜ日本にとって特に適しているというのだろう。 A君:それは、日本の場合、GDPの成長がこのところ他の国に比べて明らかにゆっくりしていて、なんらかの刺激が不可欠。しかも、政府の国債の発行が継続的に増加していて、借金が増えるような状態。 B君:消費税10%への増税が回避されたのも、GDPの成長には、消費税はマイナスの効果ばかりだから、という論理だった。しかも、日本には、低炭素化の技術が一通り揃っていることも、日本に特に適している理由の一つかもしれない。 A君:スティグリッツ教授は、一般論として消費税増税に反対ですからね。さらに言えば、日本は、デフレの解消が最大の問題になっている。他の国はインフレの克服が問題で、状況は違う。環境税は、デフレ解消に対して、ポジティブな効果があると主張しています。 B君:炭素価格へのポリシーをどう決めるべきなのか。 A君:パリ協定へのしっかりした対応が最高のきっかけだという主張ですね。当然なのですが。炭素への価格付けも、長期的にみたときにも有効であることが条件だと述べています。具体的には、技術的な進化と進展によって、排出削減のコストが下がることが条件だと、付け加えています。 B君:日本の場合、技術進化に伴ってコストが下がるはずなのに、下がらないという現象が、しばしば、起きるのだ。FITが大きな影響を与えた太陽光発電だって、それまで、シャープとかサンヨーあたりが太陽電池で頑張っていたのだけれど、やはりコストを下げる努力ができなかったために、中国のメーカーに一気にやられてしまった。実は、これはドイツのQセルズといった企業も同様のことになってので、先進国病の一つだと思った方がよい。要するに、人件費を下げることができない国、という弱点が出ただけかもしれない。あるいは、既得権益と談合の国なのかもしれない。 A君:炭素価格を導入すると、企業の発想がCO2排出削減に傾く。それもあらゆる分野で。投資、生産、消費のパターンが変わる。これは、さらなる対策コストの削減につながるはずだ。 B君:よく考えられた支援政策が伴わなければ、やはり有効ではないということだ。 A君:さらに、都市計画、土地利用、森林管理などの分野でも、低炭素化という発想で、より効率的な対応ができるようになる、と主張していますが、具体的には説明が余り無かったので、良く分からないですね。 B君:そうね。例えば、コンパクトシティーを形成すれば、自動車の所有ではなくて、カーシェアリングが普及するといった方向性になることは事実だと思うよ。 A君:投資の変革も重要だということです。通常の資本市場は、社会的なベネフィットには関心を持たないのが普通だけれど、これを変えないとならない。さらに、政府の役割も重要だと指摘しています。その理由は、何につけても、全体的な安定性を保つのは政府の役割だから。また、グリーンファンドを作ることもやはり政府の役割だから。特に、新しい省エネハウスの建設や、中小企業の支援は政府の役割だと述べています。 B君:しかし、もっとも重要なことは、短期的な利得だけなく、長期的な視点からの投資を推進するという態度を持ち続けることが、政府の役割なのだ。特に、R&Dに関しては、政府が推進することが不可欠。 A君:さて、経済が変革したか、それをどうやって測るのか。スティグリッツ教授は、GDPはダメな物差しだ。単なるGDPではなく、グリーンGDPが物差しになるだろう。健全な大気は、すべての人々がベネフィットを受けるけれど、それに対して、誰も金を払おうとしない。このような対象が提供するベネフィットを測ることができるような「グリーンGDP」を物差しにしないかぎり、正しい投資も行われないだろう。 B君:それは難問だ。 A君:最後のまとめの言葉ですが、グリーンエコノミーを創造することは、現時点のような状況下で経済成長を実現する方法である。すなわち、需要の無いという現時点の状況下では、経済成長を実現するためには、グリーンエコノミーの実現が唯一の方法論である。 B君:そして、強靭なグリーンエコノミーを作るためには、炭素税が非常に有効なツールだろう。これが新しい需要を創り、環境の状況を改善し、かつ、富の配分の効率も向上させる。これが結論か。未だに、旧来の富の配分を維持しようとしている勢力の既得権益を守ることが最大の使命になっているような日本経済はどう変えたら良いのだろうか。 A君:昔からの既得権益が、かなり長期にわたって維持されている国ですし、新しい環境政策を行うと、またまた新しい既得権益が生まれる国ですよね。 B君:一つ、最低でもすぐに取り組むべきことがある。日本には、石油石炭税というものがあって、なんと1978年から現時点まで継続して運用されている。対象は、(1)原油と石油製品、(2)天然ガス、(3)それ以外のガス、(4)石炭であって、最近では、平成24年10月から「地球温暖化対策のための課税の特例」が設けられていて、最終の3段階目の増税されて、現時点の税額は以下の表1の通り。 原油・石油製品 1kL 2800円 天然ガス 1トン 1860円 その他ガス 1トン 1860円 石炭 1トン 1370円 表1:石油石炭税の税額 (平成28年度) そして、減免措置というものがあった石炭への課税が始まったのが、平成15年10月だったのだけれど、鉄鋼、コークス、セメント原料として使う石炭については、依然として代替が不可能ということもあって、課税が免除されている。 そして、税収額だけれど5670億円ぐらい。 A君:日本の税収の総額が57.7兆円(2017年予算)なので、石炭・石油税は、全体の1%ぐらい。世帯当たりの負担額は、年間1228円という計算があります。 B君:「地球温暖化対策のための課税の特例」分は、3年間連続して増加したので、各省庁がその配分を受けるべく競争している。 A君:スティグリッツ教授の主張をこの石油石炭税に反映するとしたら、重量基準ではなく、それぞれの燃料の熱量あたりのCO2量に比例した税額にすべきということになりますね。まず、これをやるのが第一段階では。 石油1kl、ガス1トン、石炭1トンが燃えたときに出るCO2の量は、環境省の資料によれば、次の表のようになっています。基準は、単位発熱量です。なぜなら、化石燃料は、基本的に燃やされる訳で、発熱量が多ければ、少ない量で足りるということが基本原理です。まあ、発電用を考えたときの基準だと思っていただければ良いかと。 表2:発熱量あたりのCO2排出係数 https://www.env.go.jp/council/16pol-ear/y164-04/mat04.pdf B君:このデータの覚え方は、石炭:原油:天然ガス=100:75:55。 A君:すなわち、この割合で、石炭、原油、天然ガスの税額を決めるのが、すぐにでも行うべきステップの第一段階でしょう。 B君:ということで、この記事で主張する炭素税の価格は、原油・石油の税額を維持するなら、次のようになる。 原油・石油製品 1kl 2800円 天然ガス 1トン 2050円 その他ガス 1トン 2200円 石炭 1トン 3730円 表3:炭素税の考え方を導入したときの石油石炭税の税額予想 A君:製鉄、コークス、セメントの例外規定はどうするか、それは次の検討課題でしょう。 B君:まだ未確認情報だけれど、セメント業界は、炭素税の導入を支持しているようだ。なぜならば、電力のように、天然ガスでもOKだし、自然エネルギーでもOKといった業界は、是非ともCO2排出ゼロを目指してほしい。そして、余ったCO2排出枠は、セメント会社に回して欲しい。環境税は払うから、ということのようだ。 A君:極めて合理的な発想だ。 C先生:ということで、スティグリッツ教授の講演は、極めてインパクトがあった。スティグリッツ教授は言わなかったけれど、CCSをどうするか。これは米国の経済学者には余り関心がないことなのかもしれないのだが、炭素価格の原価を決めるのは、CCSのコストであると個人的に主張している。 いずれにしても、カーボンプライシングといっても、排出量取引ではなくて、炭素税。しかも、合理性を十分に持った炭素税の設計をしっかりとやらないと、今後の国際交渉を乗り切れない。 その妨害勢力はどこにあるのか。どうも、(1)政治、(2)既得権益、(3)霞ヶ関、(4)メディア、といった順番のような気がする。 ![]() ![]() |
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