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  発がんリスク 化学物質の場合 
 07.24.2011
    



 大阪で行われたNITEの化学センター発表会で、ご挨拶という名前で、30分の講演を行なってきた。題材は、「リスク 放射線の場合と化学物質」。

 「よく分かっているはず」だと思っていた放射線リスクも、よく分からないところがある。特に、低線量被曝に対して、これほど異なった意見があるとは。これが最近の放射線リスクへの感想である。

 放射性物質と化学物質との決定的な違いはかなり明白である。

放射性物質による発がんは、
(1)明確なバックグラウンドがあること。宇宙線、大地からの放射、ラドン、それに、カリウム40による内部被曝など。
(2)種類もα線、β線、重粒子線などがあるが、普通ならγ線、X線を考えれば良いこと。
(3)線量率(時間の要素。同一線量でも、一気に被曝した場合と何年も掛けて被曝した場合)によって影響が違うことが確実であること。
(4)非常事態期といった考え方が提示されている。
(5)DNAの二本鎖切断があるとされていること。

 これに対して、化学物質の発がん性については、現時点で、かなり分からないところが多い。しかし、そのための安全係数が、相当大きく取られている。



C先生:今回は、発がんリスクというものを、放射線の場合との比較で、もう一度俯瞰的に見てみようということだ。主たる対象は、化学物質による発がんリスク。

A君:化学物質による発がんリスクとなると、放射線と決定的に違うのは、次のような点でしょうか。
(1)明確なバックグラウンドは無い。もちろん、人体レベルではバックグラウンドはある。
(2)発がん物質というものがIARCのグループ1が107種類、グループ2Aが59種類。グループ2Bは267種類。合計すると、400種を超す程度。
(3)摂取の時間変化については、分かっていない。
(4)非常事態は想定されていない。
(5)DNAの損傷についても、決定的な議論はなされていない。


B君:人体レベルのバックグラウンドとは、DNAの損傷が自然に起きているということ。すなわち、酸素を呼吸することによって生成する活性酸素によって、損傷ができる。詳しくは、これを。
http://www.yasuienv.net/LowDoseExp.htm
もう一つは、女性ホルモンだ。これは、グループ1に入っているので、後出。

A君:化学物質といっても、様々な物質が有りますが、発がんの直接的な原因であると特定されている物質はそれほど多くはない。

B君:そもそも、化学物質によって発がんがあるとされたのは、コールタールが最初だろうか。

A君:東京大学医学部の山極勝太郎教授らが、1915年に、ウサギの耳にコールタールを塗って人工的にがんを作ったとされていますが、それが化学物質による最初のがんかどうか、それは知りません。

B君:一方、放射線による発がんは、レントゲンがX線を発見したのが1895年。そして、1911年ごろまでには、X線による皮膚がんが相当数出ていたことが分かっている。

A君:コールタール以後、以後化学物質が発がん性があることが確認されているものが、IARCのグループ1に入っている物質群。
B君:ちなみに、IARCの定義を書く。これまでの何回も出しているが、以下の通り。
グループ1:ヒトに対して発がん性がある(Carcinogenic to humans)
グループ2A:多分ヒトに対して発がん性があるProbably carcinogenic to humans
グループ2B:ヒトに対して発がん性がある可能性がある(Possibly carcinogenic to humans)
グループ3:ヒトに対して発がん性があるかどうか分類不能(Unclassifiable as to carcinogenicity in humans)
グループ4:ヒトに対しておそらく発がん性はない(Probably not carcinogenic to humans)。


A君:最近、携帯電話がグループ2Bに入ったようなのですが、メディアも結構取り上げた割には、余り気にしている人はいないようですね。

B君:グループ2Bに、Radiofrequency electromagnetic fieldsという表現で確かに入っている。
 それはそれとして、一度、List of Classsificationsを是非見ていただきたい。
http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/ClassificationsGroupOrder.pdf
日本語版なら、Wikiか。しかし、最新の情報でないことは明らか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/IARC%E7%99%BA%E3%81%8C%E3%82%93%E6
%80%A7%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF%E4%B8%80%E8%A6%A7


A君:特に見ていただきたいのは、グループ1で、発がん性の「物質」という表現では全く不十分であるということに注目していただきたい。紫外線があると思えば、日焼けマシンも入っている。木材のダストも入っていれば、中国風塩漬けの魚もある。太陽光も勿論入っているし、煤もある。煤は、煙突掃除屋の職業病だったと書かれている。

B君:全部をチェックしたことがないので、力仕事になるが、グループ1全数解析・説明というものをやってみるか。

A君:それも良さそう。一度はやって見るべきだと思っていたので。

B君:それでは、まず、最近話題のセシウムという言葉は直接は表現されていないが、核分裂物質(Fission products)に含まれているものと思われる。放射性物質・放射線は、相当の種類が入っている。あらゆる電離放射線。中性子線。リン32。プルトニウム。ヨウ素131。α線を放出する元素。β線を放出する元素。ラジウム224,226,228,222。トリウム232。X線、γ線。重複しているように思えるが14種類か。

A君:勿論、物質もある。食品関係だけでも多数入っていて、しばらく前までは、カビ毒のアフラトキシンAflatoxinsがABC順の最初の項目だったが、今は、アルコール飲料の代謝に付随するアセトアルデヒドがトップになっている。もちろん、アルコール飲料そのものも発がん物質としてリストにある。食品関係では、中国風の塩漬け魚。食品ではないが、タバコ。タバコの煙、タバコの副流煙。7種類。

B君:職業というか、環境も多数存在している。アルミニウム製造という言葉がある。これは、恐らく、アルミナの電解プロセスで発生する様々なフッ素化合物を意味するのかもしれない。同様に、鉄鉱石の採掘という職業。鉄工所。皮革加工業。塗装業。ゴム工業。製材所の木質のダスト。7種類。

A君:工業用化学品も多い。
 4,4'-Methylene-bis(2-chloroaniline) (MOCA)は、ポリウレタンの重合剤。ベンゼンは、非常に有名な発がん性物質。ベンジジン。ベンジジンは染料に使われているので、分解してベンジジンになるものを含む。Benzo[a]pyreneはコールタールに含まれていた。Bis(chloromethyl) etherは、ベンゼン環にメチル基を付けるための試薬。1,3-Butadieneは合成ゴムの原料。4-Aminobiphenyl、2-Naphthylamineはアゾ染料の合成に使われていた。オーラミンという染料。o-toluidineもやはり染料用が多かった。3,3',4,4',5-PENTACHLOROBIPHENYLは、PCBの一種。2,3,4,7,8-pentachlorodibenzofuranは、ダイオキシンの一種。塩ビのモノマーは、まさに塩ビの原料。強酸のミストなどというものも入っている。酸化エチレン、ホルムアルデヒドも著名。強酸を使って作ったイソプロピルアルコール。16種類。

B君:元素や金属としては、ヒ素と無機ヒ素化合物、ニッケル化合物。ベリリウム。カドミウム。6価のクロム。5種類。

A君:紫外線、UVA、UVB、UVC。日焼けマシン、太陽光そのものも。3種類。

B君:化石燃料。石炭、石炭ガス化、コールタール、ピッチ、コークス製造、未処理の鉱油、シェール油。それに、燃やしたあとの煤。8種類。

A君:植物も数多い。ビンロウの実(Areca nut)、ウマノスズクサに含まれるアリストロキア酸(最近グループ1に昇格)、betel quid with tobaccoというものがあるが、これは、キンマという植物の葉にビンロウの実、それに、消石灰の組み合わせ。台湾などでもある種の興奮剤として使われているようです。N-Nitrosonornicotineは、噛みタバコの含まれる。染料も入っている。magenta唐紅。5種類。

B君:医薬品類。Busulfanは骨髄性白血病の治療薬。Chlorambucilも白血病の抗がん剤。Chlomaphazinは不明。Cyclophosphamideも抗がん剤、免疫抑制剤。Cyclosporineシクロスポリンは、抗生物質だが、発がん性がある。Etoposideも植物から抽出された抗がん剤で、シスプラチンなどとの混合治療も。Melphalanも抗がん剤。MOPPも悪性リンパ腫の治療薬。Tamoxifenも乳がん用の抗がん剤。Thiopetaも乳がんなどの抗がん剤。Treosulfanも抗がん剤。Azathioprineは免疫抑制剤。Phenacetinフェナセチンは解熱剤、鎮痛剤。Diethylstilbestrol=DESは、奪われし未来の中にも出てくる合成ホルモン剤。Melphalanは皮膚病の治療薬。15種類。

A君:寄生虫。Clonorchis Sinensisは肝吸虫、肝ジストマ。Opisthorchis viverriniも同様。Schistosoma haematobium。3種類。

B君:ウイルス・細菌は多い。Esptein-Barr(ヘルペス)ウイルス。胃がんのピロリ菌。B型、C型肝炎。1型HIVウイルス。ヒトパピローマウイルス。カポシ肉腫ウイルス。7種類。

A君:天然無機化合物としては、アスベスト、シリカの粉、Erioniteも鉱物、エリオン沸石と呼ばれる。3種類。

B君:いわゆる化学兵器=毒ガス。Sulfur mustardマスタードガス。

A君:女性ホルモン、それを用いた治療。3項目もある。以上です。

B君:女性ホルモンは、実は発がん物質。乳がんを発症させる原因物質。米国では、乳がん患者が多いが、それも、先天的にDNA修復機能が弱い遺伝的特性を持っている家系があるからだとされている。

C先生:ご苦労。グループ1での発がん物質のリストというが、こんなものが実体だったということを知っている人は少ないだろう。

A君:本当の意味での工業用化学品は16種類。医薬品が15種類。放射線関係が14種類。これらがベスト3。

B君:工業用化学品が大部分を占めていると思っている人が多いと思う。現在、化学物質というと、1万種ぐらいが一定量使われているが、残りの物質はそれでは無害なのか、と言われれば、そんなことはない。ただし、発がん物質だという証拠は相当検討されても出ていない。というよりも、発がん物質との疑念があるものは、新規登録がほぼできないのが現状。

A君:医薬品も、どうも、抗がん剤系や免疫抑制剤が多い。抗がん剤の場合には、毒をもってがんを制すの類なので、その毒性が逆効果になって、発がんをするということでしょうか。

B君:免疫抑制剤は、当然、免疫機能を低下させるので、がん細胞と最後に戦うべき免疫システムが弱るから、発がんの危険性が高くなる。

C先生:さて、他のグループはどうだ。

A君:グループ2Aは、トップにアクリルアミドがくるのですが、2002年頃になって、ポテトチップスやかりんとうにかなり大量のアクリルアミドが含まれていることが分かった。

B君:ある専門家に言わせれば、グループ1の物質を摂取することは、まず無い。いやいや、言い過ぎ。アルコール飲料やタバコは、摂取しすぎる人も多い。だから肺がんは減らない。
 要するに、ベンゼンなども摂取するけど、その量は管理されている。ところが、グループ2Aのトップにあるアクリルアミドがもっとも危険性が高いとか。それは、管理すらされていないから。

A君:職業がいくつか出ていますが、美容師・床屋というのがありますね。これは整髪料やパーマなどの薬品が良くないということでしょうか。

B君:Monographというものが発行されている。PDFで読むことができる。
http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/PDFs/index.php
57巻が美容師・床屋のようだが、その題名だけみれば、ヘアカラー、化粧品の色素、が主な原因のようだ。

A君:グループ2Aには、工業用化学物質が結構な数あるようなので、そのうち、総まくりをやりますか。

C先生:そうしよう。それではグループ2B。先に話題になったが、携帯電話の電波がグループ2Bに入って以来、グループ2Bは、影響は無いのではないか、と思う人が増えたような気がする。

A君:今朝から3杯飲んだコーヒーもグループ2B。膀胱がんの発生原因だと言われている。ガソリンエンジンの排気ガスも、グループ2Bの混合物の中にしっかり入っている。

B君:余り気にしても仕方がない。放射線のようにはっきりしたバックグラウンドがある訳ではないが、Caffeic Acidのように、野菜に含まれているものもあるし。

C先生:ということで、次に行こう。
 化学物質と呼ばれる物質の発がんリスクはどの程度のものなのだろうか。

A君:天然の食品に含まれているカビ毒であるAflatoxinsのリスクは結構高いと言われていますが、避けるのは難しい。

B君:対策が取れることは、やはり、工業用・産業用の化学物質か。

A君:特に、気体でしょうか。ベンゼンのリスクがもっとも高いという話を聞いたことがある。

B君:国立環境研の松本理氏の報告があるから、若干検討してみようか。
http://www.nies.go.jp/kanko/news/23/23-1/23-1-04.html

A君:大気中への排出量の多い物質のベスト10は(ワースト10かも)、トルエン、キシレン、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ホルムアルデヒド、N,N−ジメチルホルムアミド、p−ジクロロベンゼン、エチルベンゼン、スチレン、ベンゼン

B君:これらの物質について、ユニットリスクというものを算出して、発がん性を評価しようというものだ。トルエン、キシレンは発がん性はない。ジクロロメタン、ベンゼン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンの大気中の濃度はモニターされている。

A君:その結果が図2に出ていて、東京は最悪。その理由は、移動体すなわち、自動車からのベンゼンの排出量が多いから。しかも、ベンゼンのユニットリスクは他を圧倒して大きい。ただし、2004年のデータなので、それ以後、かなり改善されていると思います。

B君:ベンゼンの75%、ホルムアルデヒドの90%は自動車からだとされている。

A君:そして、東京における発がん確率を定量的に表現すれば、9〜12人/10万人とのこと。

B君:1万人に1人か。この数値は、放射線の平常時における公衆の曝露基準1mSv/年を定めたときに使われている発がん確率と同じだ。

C先生:通常の発がん物質の規制値の設定はどのように行われているかを示そう。

A君:農水省のHPが良いですか。農薬はやはり発がん性の一つの要因なので、説明がしっかりしている。
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/acryl_amide/guide.html

B君:このページの下の方、BMDLという項目を参照していただきたい。

A君:こんな図が出ています。


図 ベンチマーク用量(ドーズ)BMDと信頼性下限値BMDL

A君:動物実験を行って、用量−反応曲線というものを作る。しかし、実際には、実験動物の頭数が少ないので、なかなか難しい。そして、発がん率が曝露の無い状態に比べて10%増加する用量、これをベンチマーク用量BMDとし、統計的な手法によって、信頼性限界95%になる下限のBMDをBMDLと呼び、この値を基準にする。この値の1/10000よりも曝露による摂取量が少なければ、安全だと考える。

B君:待てよ。10%の過剰発がんの用量よりも、何%か少ない量がBMDL。まあ、8%ぐらいとするか。そして、LNT(閾値なしの線形)モデルを仮定すれば、1/10000の安全係数を考えているということは、0.0008%。
 放射線の場合、100mSvで0.5%の致死性の発がん。これより2.5〜3桁ぐらい低いことになる。ということは、放射線の線量にしてみれば、0.2mSv相当ぐらいか。これは、カリウム40による自然内部曝露の線量とほぼ同等

C先生:先ほどの東京の発がん確率1/10000とは異なるようだ。どうも松本氏の推測はかなり小さ目のBMDL値を使った場合のものなのではないだろうか。放射線の場合の公衆のリスクの設定が1/10000だった。そして、1mSv程度に抑えるべしという結論になっている。

A君:いずれにしても、先ほど説明した、やや過大と思われるベンゼンとホルムアルデヒドの評価でも、放射線の公衆対象のリスク管理とほぼ同程度の結果が実測値で得られている。

B君:それ以外の発がんリスクは無いのか、と言われると、やはり、タバコとアルコール飲料の影響が余りにも大きすぎて、それ以外に何があるのだろう、という状況になっている。

A君:しかも、化学物質の場合には、もっとも暴露量が多いのは、やはり事業者。要するに、労働安全の問題であると言えます。

B君:その他、食料からの摂取量が多いとも言える。例えばアフラトキシンは、子どもの発がんの主な原因ではないかとも言われている。その規制値は、米国よりは低いが、欧州よりは高い。これは、食料を輸入する国としていたしかた無いことなのかもしれない。

C先生:そろそろまとめるか。
 医薬品、特に、抗がん剤や免疫抑制剤は、発がんの危険性を高めるものが多かったことが分かる。医薬品は、目的のがんを小さくするために使われるので、リスクのトレードオフ的な考え方で開発されるので、仕方がないとも言える。
 IARCのグループ1には、多くのウイルスや、多くの天然毒物も含まれている。さらに、職業性の原因も多くあることが分かる。
 これまでの検討のように、現時点で化学物質への曝露が多い可能性があるのが、環境面では大気からではないか、と思われるが、それほど大きなリスクレベルであるとは考えられない状況まで、管理・制御されているように見える。
 それにしても、今回の福島原発の事故は、化学物質で言えば、いきなり大気中のベンゼンの濃度が1000倍になった感じなのではないだろうか。さらに言えば、普通ならベンゼンはかなり速やかに自然に分解していくが、このベンゼンは特殊品で、半減期が30年といった状況だろうか。
 放射線について、化学物質よりも有利だと考えられることは、生命というものが形成されたころ、地球上の放射線は非常に強かったと考えられるので、あらゆる生命にDNA修復能力が備えられていると考えても良いということか。しかし、ときに先天的にDNAの修復能が弱い人もいるので、そこをどう考えるのかは問題になる。
 それに対して、化学物質への曝露が始まったのは、化石燃料を使い始めてからだ。まだ250年程度の歴史しかない。だから、ヒトが化学物質への対応能力を獲得しているはずはない。しっかりと管理をしなければならない。
 化学物質の管理は、東京都などが先行した自動車排気ガスの規制の強化と企業の自主管理などによって、あきらかに改善されてきている。このままの状態を粛々と維持することを目指すべきように思える。
 福島原発の事故がなければ、放射線の管理についても、そう言えたのに。