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  化学物質による人権侵害  11.02.2003
     日弁連の松山でのシンポジウム



 最近、月曜日が休みになりすぎている。休日をこのように動かして良いということを、政府は学校などの現場と相談して決めたのだろうか。極めて疑問である。経済効果という観点だけで、休日を決めて良いのだろうか。教育の現場を乱すことが日本の将来のためになるのだろうか。総合的な議論が必要なのではないか。

今年の休日は以下のようだ。
月曜日7回 1月13日、5月5日、7月21日、9月15日、10月13日、11月3日、11月24日
火曜日4回 2月11日、4月29日、9月23日、12月23日
水曜日1回 1月1日
木曜日0回
金曜日1回 3月21日
土曜日1回 5月3日
日曜日1回 5月4日

 今月の環境にも記述したように、日本の競争力の評価が世界11位。技術力は5位にランクされるが、公的機関の効率や質の評価は低い。行政と色々と付き合って分かることは、やはり縦割り行政の弊害だ。何か新しいことをやろうとしても、担当部署の動ける範囲が極めて狭いと嘆く行政官が多い。すなわち広い立場からの総合的議論が不可能。これでは、日本全体として良い行政を行うのは難しい。

 と関係の無い話から始まってしまったが、今回の主題は、10月17日(松山)日本弁護士連合会の人権擁護大会で行なわれたシンポジウム「蓄積する化学汚染と見えない人権侵害−次世代へのリスク」の報告である。それなのに、なぜこんな話をしているのか。弁護士が化学物質を取り扱うとしたら、そのクライアントである被害者の立場からしか見ることができないということが良く分かったからである。すなわち、見方が一面的なのである。

 環境という問題を考えるとき、もっとも重要なのは、様々な立場に立ってみて、ものを考えることである。何が正しいか、なかなか判断が付かないので、色々な立場からの評価を試みて、それこそ総合的に判断する必要がある。

 化学物質の環境上の問題点に対する科学的理解は、まだまだ不十分・不完全ということも事実ながら、これまでの経験と知識に基づいて着実に進歩してきた。この経験の知識を如何に次に生かすか、それが総合的議論を行なう際に、もっとも留意すべき点であろう。

 今回はロングバージョンになってしまった。


C先生:今回の人権擁護大会は、どうも3000名近い参加者があったようだ。シンポジウムの会場も化学物質などというやや遠い話題ではないか、と思ったのだが、そこそこの参加者があった。

A君:プログラムを見ますと、まず、田辺信介先生の環境ホルモンの話があって、それからカネミ油症関係者の話、シックハウス患者ご本人、神栖町のヒ素中毒の弁護士が講演をしていますね。

B君:その後、ヨーロッパにおける「予防原則」の話がスウェーデンのロザンダ氏からあり、そして、地域の報告があって、そしてパネルディスカッションか。まあ、テンコ盛り状態。しかし、かなり意図的に被害者の立場を強調しているように思える。

C先生:弁護士という立場から化学物質を見ると、こんな見方をするのだ、ということが始めて分かった。やはり、弁護士はクライアントのために、という立場で化学物質を見ている。すなわちその主な立場は被害者救済だけで、かなり一面的だということを初めて知った。想像すらしていなかっただけに、新たな収穫だった。勿論、弁護士全員がそうだという訳ではないだろうが。

A君:弁護士は、社会的正義を守るために存在していると考えるのが普通ですよね。

B君:それはやはり幻想だろう。自分の哲学だけで弁護していたら、勝てない。やはり、そのときどきのクライアントの立場になって「勝つために戦う」のが弁護士。

C先生:それでは、田辺信介氏の発表の概要、ロザンダ氏の「予防原則」を多少紹介して見よう。

A君:それからパネルディスカッションですか。

C先生:今回のパネルでは、時間が非常に不足。話のすれ違いが多くて、余り成果が出たとは言えない。まあ、ほんのちょっとだけのご紹介になる。

A君:まず、田辺先生の報告。題名は「地球を巡る環境ホルモン −広がるヒトと生態系の汚染」というタイトルですね。

B君:対象にしている物質は、いわゆるPOPsだが、DDT,HCH、CHL、HCB、PCBなどのような歴史的なものが大部分。
注:PCB以外は、農薬、殺虫剤類。

A君:歴史的に見ると、これらの物質は1950年代に先進国で大量に使用された。DDTなども奇跡の薬と言われ、ノーベル賞の対象になっている。しかし、環境中での残留性、生体中での蓄積性が問題になって、1972年に使用禁止になっている。しかし、途上国、旧社会主義国では使用が継続。

B君:これらの殺虫剤などが、撒いた場所に留まるのであれば、それは撒くのも勝手と言えるのだろうが、実際には、昼間に気温が高くなると揮発して、気温が下がると再び土壌に戻る。そのとき、若干ずつ低温の地域に移動する。これを繰り返して、赤道付近から、北極地域に濃縮されることになる。

A君:すなわち、これらの揮発性の物質が引き起こす問題は、もともとは地域問題のはずなのだが、実は、地球的視野を持たなければならない地球環境問題だということ。

B君:生態系でハイリスクの生物が、海棲哺乳動物(イルカ、アザラシなど)、魚食性の鳥類(カモメ、アホウドリなど)、猛禽類(ワシ、タカなど)。

A君:ヒトに対する影響は限定的。しかも、途上国で大きい。例えば、母乳中の濃度にしても、DDTだと、日本はベトナムの1/5ぐらい。HCHについては、日本はインドの1/3ぐらい。

C先生:ところが、田辺先生は、最後にとんでもないロジックを持ち出した。母乳中の油性の物質は、ダイオキシンでも同様だが、第一子のために母乳をだしてしまうと、かなり減る。そのため、第二子以下は、その物質に対する暴露量は減る。現在、日本は、出生率は1.33。すなわち、ほとんどが第一子である。すなわち、日本における母乳の影響は大きい、と結論した。

B君:環境ホルモン問題は、もしあるとしたら胎児の問題だというのがほぼ合意。母乳は関係ないと言うべきだ。

A君:このあたり、研究者としての本性がどうしても出るのでしょうね。自分のやっていることが、野生生物だけの問題だと言うと、いきなり関心を失ってしまうのが典型的日本人なので。

B君:できるだけ多くの市民に注目されていないと、研究予算も付かない。これは事実でもある。

C先生:それまでのトーンが最後のこじつけで若干歪曲してしまったが、環境ホルモンは、生態系あるいは野生生物に対する問題であると結論して良いだろう。

A君:次が、カネミ、シックハウス、ヒ素中毒などの報告ですね。

C先生:被害者救済という考え方は極めて重要で、神栖のヒ素中毒の場合など、本当の責任者は今や存在していない。日本軍の責任が政府に継承されているかどうか、それ自身が大問題で、なんとも結論が出にくい。その中でどうやって救済するのか。

A君:ヒ素の件。何かかなり調査をやったようですが、そんな費用があるのなら、救済に使った方が良かったようにも思いますね。

B君:まあ、調べたところで、何が分かるというものではないだろうから、そのA君の意見にも妥当性がある。

C先生:シックハウスに関しては、メーカーの無知と無責任があったのは事実のようだ。このシックハウスの患者はどうみても、完全な中毒だったようだ。

A君:家などというものも、ここ10年ぐらいでかなり考え方が変わっているのです。兎に角、密閉断熱が重要ということで来ていて、それが96年ぐらいからでしょうか。突然、換気が重要になりました。それはシックハウスなる症状が出たのが原因。それ以前は、家は隙間風だらけ、しかも、材料も天然素材だったものが、接着剤を大量に使った合板になって、密閉が良くなって、ホルムアルデヒドが問題になったのでしょう。

B君:そんなものだ。ライフスタイルが大きく変わると、何か症状がでるのだが、そのライフスタイルの変更に対しては、忘れてしまうのが平均的市民。

A君:アレルギーにしても、油性の食品を大量に摂るようになって、ほかほか絨毯の上で生活していると、体質が変わり、ダニも増えて、かなりの確率でアレルギーになる。

B君:昔ながらの一汁一菜の食事と板の間で生活していると、アレルギーは無かったかも。

C先生:シックハウスは人災である。被害者の救済は必須。しかし、なかなか因果関係が分からないケースもある。そのために、化学物質はすべて被害を出すという常識を世間に植えつけることが、被害者救済には有効なのかもしれない。

A君:カネミのときにも、被害者の認定がスムースにいったという訳ではない。かなり難しいケースが多いのは想像に難くない。

B君:因果関係を完全に説明できるだけの証拠は残らないのが普通なのでは。カネミオイルをどのぐらい食べたか、空き瓶でも残っていれば別だが。

C先生:そんな訴訟上の問題点と、化学物質そのものの責任が本来ならば明確に区別されなければならない。しかし、今回のシンポジウムでは、残念ながら、これらの責任の議論がごちゃごちゃにされている。

A君:それから予防原則の話。

B君:予防原則という言葉は実際のところ、色々な考え方があって、定義をすることすら難しい。

C先生:今回は、ロザンダ氏の説明が中心になっているから、スウェーデンの発想とでも言えるだろう。

A君:スウェーデンなる国は、2020年までに無毒化を行なうと宣言している国ですね。

B君:はっきり言えば、極めて幼稚な目標を掲げている国なのだ。しかし、スウェーデン国民もその目標が幼稚であるという理解が無いのだろう。

C先生:スウェーデン国民の無毒化指向は一部の日本国民と結構近いように思える。なんでも無害になれば良いという感じ。日本の組み立て産業も同様だ。

A君:シャープの液晶テレビはとうとう電源ケーブルも非塩ビにした。

B君:そんな電源ケーブルは発火する可能性が高いということを知ってのことか。

C先生:大型テレビだと、プラズマは消費電力が多くてだめ。液晶ならまあまあ。だから、そのうち、シャープのAQUOSを買おうかと思っていたが、最近、電源コードのことを知ってシャープはやめた。危険なテレビは買えない。塩ビが存在していたからといって何が起きる訳でもないが、火事は怖い。100万倍以上怖い。

B君:日本の電源プラグは、Aタイプと呼ばれるが、このプラグはヨーロッパのCタイプなどに比べると性能が悪く、ホコリが溜まると自然発火することが多い。特に、テレビのように差しっぱなしのプラグは危険。ケーブルが塩ビだと、そこだけで止まるので、まあ大事には至らないが、非塩ビ電源ケーブルだと恐らく、自己消火性が低いので、延焼するだろう

A君:パネルディスカッションの議論がすでに始まっているような感じですね。塩ビの議論が行なわれたようなので。

B君:本題からずれたようだ。

A君:ロザンダ氏の発表の概要をまとめましょう。英語の原文を読みながら、付属している多少怪しい日本語訳も参照にしつつ作成。


ヨーロッパにおける「予防原則」の法制化
 −化学物質コントロールの新しいアプローチ−

パー・ロザンダ(国際化学物質事務局所長)

この事務局は、
(1)化学物質をよりよくコントロールするための情報センターの役割を果たす
(2)効果的な立法を求めて、産業界などとの協力を期待
(3)政治的な進展を監視し、産業界によるイニシャティブに留意する

詳しくは、http://www.chemsec.org/


EUの状況 
 今日、「有毒化学物質による汚染は、私たちおよび次世代に対する重大な脅威である」、という認識は、多くの人々によって共有されている。

 1998年EUの閣僚会議は、既存の化学物質規制立法が、その目的を果たしていないことを合意。大臣達は、既存の政策は化学物質問題を解決するのに不十分なものであることを認めている。

 そこで、認識された問題は以下のようなものだった。
(1)使用中の物質に関する全体的知識の欠如
 EUにおいて10万を超す化学物質が登録されているが、約140種の物質だけが、人間と環境に危険をもたらすかどうか十分に調査されているにすぎない。
(2)製品に含まれる化学物質はカバーされていない。
(3)現在の毒性評価システムでは時間がかかりすぎる。
(4)化学物質を使用する市民は、情報を入手できない。

 2001年にEU委員会は、「白書」を出した。革命的な手法による化学物質規制を提案。
(1)産業界に化学物質の安全性およびその確認の責任を負わせる。
(2)サプライチェーンに沿って、製造者責任を拡げる。
(3)重大な関心をもたれている物質は、使用許可を必須にし、その元で使用する。
(4)有害物質はより有害性の低い物質で代替する。
(5)より透明なシステムによる完全な情報の提供をする。


予防原則
 そして、予防原則が新しい立法の柱となっている。
「ヒトの健康と環境への悪影響があるという信頼できる科学的根拠がある場合には、たとえ、その本質の理解と起こりうる被害の評価に関する科学的な不確実性がある場合であっても、被害防止のために予防的な意思決定が行なわれなければならない」。
 EU White Paper:"Strategy for a Future Chemicals Policy" (2001)

 「予防」という概念がヨーロッパの環境関係で議論されている理由は、これまで健康と環境に対する被害が予測され予防されたという例が非常に少ないためである。人工的化学物質が環境という複雑な経路によってヒトにどのような影響を与えるか、これを解析する十分な知識とツールが無いからである。科学者は、現在でも、過去の負の遺産であるDDT、PCB、CFCやアスベストによる被害について報告をしている。

 核となる問題点の一つは、時間的要因である。問題が起きる時点と本当のメカニズムが解明される時点がずれている。「早い警告、遅い学習」("Late Lessons from early warnings",EEA)を参照されたい。

 化学物質汚染については、私たちの知識は不十分であるし、今後も、不十分なままだろう、という認識こそ、「予防原則」を適用しなければならない理由である。予防原則は、EUの一つの新しい原理になろうとしている。

 一方、予防原則には実効性が無いし、健全な科学的な原理ではないと主張する人がいる。それは恐らく予防原則が何であるか、に関する誤解による。立法措置への予防原則の取り込みは、実際には科学的なアプローチであると主張したい。

 ヨーロッパの化学物質の規制を考えると、潜在的に問題な物質をもっと広く見出すことが必要。伝統的なリスクアセスメント手法に頼ることはできない。なぜならば、生態系は非常に複雑なシステムで、予測が不可能だが、ラボによる試験は、生態系を再現することからは程遠いからである。

 何かがおかしいという信号を見つけたら、我々はもっと早く行動をしなければならない。化学物質は環境中に残留し、人体への蓄積性も高い場合があるからだ。

REACHシステム
 EUは、新しくREACHという新しい法体系を提案している。産業界は、1トン/年を超える物質をすべてテストすることが求められる。難分解性で、蓄積性も高い物質が「ブラックリスト」に載る。このブラックリストにある物質を使用したい場合には、それらの物質が害を引き起こさないだということを十分に証明しなければならない。その後、はじめて特定の使用目的のための認可が得られる。

 このREACHシステムは、産業界にかなりのコストを生ずるという批判があるが、これはある意味で当然のことでもある。化学物質をコントロールするコストを生産者が負担するのは当然だからである。そのコストは産業界の売上げの0.1%程度だと想像される。

 化学工業会とは逆に、化学物質のユーザである産業界は、このREACHを支持するところが多い。例えば、建設業界は、過去のPCBのような例が起きないことを希望しているからである。

 他に議論されている点は、どれだけの物質をどのようにテストすべきか、という点。さらに、どのような情報が機密にされるべきか。ブラックリストに載せる条件などである。


スウェーデンについて
 スウェーデンという国は、2020年までに「毒物のない環境」を達成することを目標としている。すなわち、
*環境中での物質濃度は、バックグラウンド濃度に近いこと
*環境中での人工的な物質の濃度は、ゼロであること

 この目標は、自然界における汚染や影響をすべて予測することが不可能であるという認識に基づく、論理的な帰結である。

 この目標は現実的だろうか。既存のシステムからみれば、革命的である。スウェーデンは、一連の法体制によって、これを実現しようとしている。それが新しいトレンドになる。

 REACHシステムに対しては、強力な反対もある。日本の産業界も、技術的な面で、REACHシステムに貢献ができると信じている。

C先生:さて、このロザンダ氏の説明をどう解釈する?

A君:一つの大きな違いは、化学物質管理に関する未来の明るさ(=科学的進歩)があるとするか、無くて暗いと考えるかの差のように思います。ロザンダ氏は、未来における人類の進歩を信じていない。

B君:日本で1970年代に化学物質による産業公害事件が多発したのも、化学物質を管理しようという考え方が基本的に欠落していたから、と言わざるを得ない。

A君:現時点では、誰もが化学物質を賢く管理しようと思っている。何がなんでも禁止ではなく、全部を無制限に使うのも無し。その中間のどこがもっとも賢いかといのが現時点での命題。

B君:そのときに、ロザンダ氏は、「化学物質汚染については、私たちの知識は不十分であるし、今後も、不十分なままだろう、という認識こそ、「予防原則」を適用しなければならない理由である。予防原則は、EUの一つの新しい原理になろうとしている」、と述べている。この「今後も不十分のままだろう」、という判断とその理由が何かということが、我々との決定的な違いではないか。

A君:同感。それなりの「知恵」はかなり蓄積されてきている。これまで、化学物質が環境に問題を起こすとしたら、環境中での難分解性と生体への蓄積性の高い物質だということは、ほぼ確実に言えるようになってきました。

B君:環境ホルモンなどのような新しい問題が出て、多少見方を変える必要があったのだが、結局のところ、難分解性と高蓄積性をきちんと把握すれば、なんとか被害が防げる、という結論になったと言えるのではないか。

C先生:一時期は、ダイオキシンのように、非意図的な生成物があるから、化学物質の影響は免れ得ないというという理解に傾き掛けた。しかし、色々と考えてみると、非意図的に生成するような化合物は、実は、ダイオキシンのように、自然界でも生成している天然物でもあることが分かってきた。考えてみればあたり前で、非意図的に生成するということは、生成条件が普通の条件だからだ。

A君:すなわち、焚き火程度でも生成するようなものには、ある意味で、ヒトはかなり慣れている。一方、モルモットのような生物は火を使うことに慣れていないから、非意図的生成物に慣れていない。

B君:これももう一つの解釈だが、結局、ヒトに対する問題は、それなりに解決が可能で、本当の問題は生態系に対する化学物質の影響ではないか、ということも分かってきた。

C先生:田辺先生の講演の真の解釈は、そんなところにあるだろう。

A君:日本で言えば、化審法=化学物質審査規制法が制定されたのが、1973年。PCBへの対応がきっかけ。まだ30年しか経っていない。

B君:そして、2003年に改正が行なわれた。生態系に対する影響の目配りが必要がであることなどが盛り込まれた。

A君:同時に、問題の存在が、難分解性、高蓄積性にあることが再確認されています。

C先生:要するに、これまでの経験で、抑える勘所が見えてきたということで、改正が行なわれた。こういった知恵が進歩していることが、ロザンダ氏の報告の中では伺い知ることができない。

A君:相変わらず、「化学物質への人類の対応は、無知以外ありえない」、という理解のようですね。

C先生:REACHに対する解説があったが、個人的に、このシステムの全部が悪いと思っている訳ではない。むしろ適切に運用できれば、良い効果を生み出すだろうという理解だ。しかし、どうやって運用するか、それが問題。

A君:問題の一つは、費用負担でしょう。これまで社会全体として背負ってきた責任を製造者側に移転する、という表現ですが。

B君:しかし、本当のところ、そんなに大きな問題にはならないのではないか。検査費用を化学工業が負担したとして、そのコストは、使用者が本来負担すべきものだ。そして、最終的には、何がおきても、最後の最後は、市民が自分の懐からそのコストを負担しているのだ。

A君:しかし、急激にシステムが変更されると、歪みが生じて、どこかが費用負担を強いられるという可能性が多いですね。

B君:それはそうだ。だから、環境科学は軟着陸の科学だと日頃述べている。キンメダイ・メカジキのように、風評被害が出ては行けないのだ。

C先生:日本の化学企業は、どうも世界全体とはかなり違っていて、未だに、護送船団的な体質がある。どの国も、化学企業はほぼ一社に限定される状況になっているのに、日本だけは、未だに相当多数の化学系企業が存在している。だから、システムの変更が行なわれると、潰れる企業が出るのは事実だろう。しかし、日本の化学工業全体から見れば、多少手荒いシステム変更が行なわれる方が、体質改善の速度が速まって、長期的には好影響を与えるのではないか。

A君:そんな意見は、業界団体の中では通用しません。

B君:当然だ。しかし、それをやる時期に来ているのではないか。

C先生:環境税などの議論にも同様のところがある。環境税も、例え、企業が一時的に負担したとしても、最終的には、市民が負担することになるのだが、その過程で、弱い企業が潰れる。それを良しとするか、駄目だというか、それが環境税に対する評価を決める。

A君:こんなところで、そろそろパネルディスカッションの話に行かないと、余りにも今回長いですよ。

B君:最後のパネルだが、出席者は以下の通り(敬称略)。
立川 涼(ご存知ダイオキシンの先駆者。愛媛大学名誉教授、高知大学学長を経て、現在愛媛県環境創造センター所長、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議代表)
神山美智子(東京弁護士会、公害・環境特別委員会委員、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議副代表、厚労省薬事・食品衛生審議会薬事分科会臨時委員)
藤原寿和(東京都環境局多摩環境事務所勤務、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議常任幹事、化学物質問題市民研究会代表)
小倉正敏(日本化学工業協会常務理事化学品管理部長、元住友化学、日本経団連OECD諮問委員会化学委員会副委員長)
安栖宏隆(経済産業省製造産業局化学物質管理課長補佐)
安井 至(東京大学生産技術研究所教授、環境省中央環境審議会臨時委員など)

A君:ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議の3名vs.業界・行政・学界の対決

C先生:いやいや、立川先生も本来は学界。先生は今回は、NGO的スタンスの発言に終始したが、その本音は必ずしも一面的なものではない。また、神山弁護士も、状況を把握していて、制御された発言が多かった。一方、藤原さんは、どこまで分かっているか不明。

A君:しかし、野次が飛んだようですよね。

C先生:その後、情報を得たところ、愛媛県の有機野菜関係の協同組合のメンバーが野次を飛ばしていたようだ。近くに座ってしまった人からのメールで、「その人たちは私語が多くて、余りにも不愉快なので席を変えたが、その後も野次を飛ばしていた」、との情報をいただいた。

A君:分かるような気がしますね。有機野菜の効果は、環境と栽培者への効果が主で、消費者の健康に効くことはほぼ無いのですが、この「無い」ことを「有るのだ」と強調するには、環境は悪い方が良い。ダイオキシンも猛毒でないと困る。

B君:塩ビの話が出たとか。

C先生:藤原さんが「塩ビは駄目だ」と言うので、小倉さんが塩ビのどこが駄目なのかと逆に質問した。その回答が、「総合的に駄目」だそうだ。特に、塩ビモノマーが、環境省の初期リスク評価に引っかかったとか、労災関係の話になるが、作業員に特殊ながんが発生したがデータを隠しているとか、そんな話だった。

B君:環境省の初期リスクの話は、すでに本HPでも取り上げ解説しているように、塩ビモノマーの起源は恐らくトリクレンなどの有機塩素溶剤の細菌による分解物ではないかと思われる。VCRisk.htm

A君:塩ビについては、やはり、これも「No!塩ビ運動」以来の旗印ですね。市民運動には「筵(ムシロ)旗」が必要ですから。

C先生:「そこで、塩ビのような特徴的な素材は、旨く使うと総合的な環境負荷が下がる。だから22世紀まで持ち込むべき素材だ」、と発言した。

A君:すでにでてきてしまいましたが、例えば、シャープAQUOSの非塩ビの電源ケーブルよりは、通常の塩ビケーブルの方が、総合的にみてリスクが低いですよね。

B君:結局、今回のシャープの非塩ビケーブルの採用によって、市民はリスクを負わされて、損している。

C先生:そのような総合的な見方ができる市民ばかりになれば、問題はすべて解決だ。しかし、詳しいことが分からないものだから、藤原さんの扇動に乗せられて、「No!塩ビ」を叫んでしまうのだ。これは、本人のためにも、また、市民社会全体にとっても不利益であり、不幸な事態だ。

A君:藤原さんに対する反撃があったとか。

C先生:例のゼロリスクを追求する危険性の話をしたときに、当然、人工的リスクの大きさと天然リスクの大きさの話をした。藤原さんの反応は、人工的なリスクが絶対に高いという思いでこれまでやってきた、ということだったので、その根拠を示して欲しいと迫ったところ、「根拠はない」と明言した。要するに、反論そのものに、根拠は無いことを告白してくれた。

B君:それは、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議にとっても、大きな成果ではないだろうか。藤原さんの扇動に根拠が無いことが分かったことは。

C先生:立川先生などは、前から分かっている話だ。しかし、立場上言えない。今回の立川先生の話は、極めて抽象的で、円錐なる立体も、ある方向から見れば三角形、ある方向から見れば円形、科学的な観察だといっても、その実像は分からないような話があった。

A君:それはそうですが、科学的に三次元を認識すれば、円錐は円錐。昔の化学物質に対する対応は、確かに群盲象を撫ぜるの状況だったでしょうが、最近、円錐は円錐として認識できるようになってきている。

B君:確かに。毒性にしても、哺乳類共通の毒性メカニズムなのか、それとも種差があるような毒性メカニズムなのか、そんなことが分かるようになってきた。だから、リスクアセスメントにおける種差の安全係数も単に10倍とか100倍とかいう刻みではなく、もっと妥当な係数を使えるようになるだろう。

C先生:化学物質の話に不確実性が伴うのは、事実だ。なんといっても、人体実験のできないヒトと、訳の分からない環境が対象だからだ。しかし、だからといって未来永劫科学的に全く不確実な知見しかないと断定するのは、大きな間違いを犯すだろう。また、途中で説明があったように、化学物質の管理コストは、如何に企業に負担をさせても、最終的には市民社会が負担する。また、管理責任を如何に国に背負わせても、最終的にリスクを受けるのは、市民自身である。何が、もっとも賢い対応なのか、そんな議論ができる市民が増えることがまず重要だ。

A君:キーワードは、やはり総合的な立場からの分析。

B君:市民の課題を敢えて言えば、「筵旗からの開放」だろう。

C先生:文系出身の弁護士だと、化学物質への理解はなかなか難物だろう。被害者救済が必要なのは十分理解しているつもりである。一方、化学工業側ももっと変質を要する存在であることは事実だ。さらに、化学物質のユーザである電機、自動車などの企業の理解がさらに進むことが必要条件だろう。この最後の点が実現されないと、日本なる国の存立に関わる致命傷になる可能性があって、いささか心配だ。