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  化学物質リスクに関する最近の研究 01.29.2005



 1月20日、三田の会議所において、「化学物質リスク総合管理技術研究イニシャティブ、第2回合同プログラム会合」なるものが開催された。

 各省庁が行っている様々な研究について、相互情報交換を行い、協調できる部分やオーバーラップしている部分などを発見し、今後の研究遂行が効率的に行われるようにとの目的の会合である。どのような研究が行われているのか、化学物質リスク管理の最前線をご紹介したい。


C先生:この長い長い名前の会合だが、内閣府の総合科学技術会議の活動の一部。いかに効率的に研究を推進するか、という意味で開催されている。これまで、国の研究とは行っても、情報交換が充分に行われていたとは言い難い部分もある。

A君:化学物質のリスク管理とは言っても、それこそ様々な研究分野からなるものだから、多少離れている分野であれば、研究者同士顔も知らないという状況なのでしょう。

B君:それが残念ながら実体。しかし、このような会合が行われることによって、自分の専門以外の関連分野がどのような状況であるかを知ることができるようになる。これは、研究者にとってもプラス。

C先生:化学物質リスク管理という課題のもとでどのような研究をどのように行うべきなのか、その体系化を目指すのが、このイニシャティブの役割。そして、その完成した体系に基づき、シナリオを描き、それに沿った研究を推進する。ただし、なんでもかんでもこの方向で進めるということではなくて、研究者個人の好奇心と自由な発想で推進するような研究については、勿論、全く自由に行ってもらうのが筋。

A君:化学物質のリスク管理とはどのように行うべきなのでしょうか。

C先生:一応、この分野の特徴を次にように把握している。
(1).「安心・安全な生活」を求める社会的要請に応える知的活動
(2).社会の規範や活動と深く関わり、これを支え、かつ、先導する知的活動
(3).諸学・諸科学の成果を糾合する複合的な知的活動

B君:「安心・安全」が並列しているのは、毎回どうも問題だなあ、と考えてはいるが。

A君:BSE騒ぎ以来の欧州は、科学というものに対する信頼そのものが揺らいでいるような気がしますね。一方、米国は、やはり9・11以後、テロとイラクに神経の大部分が行っていて、食の安全も化学物質の管理も余り大きな問題にならない。日本はどちらかと言えば、欧州的な雰囲気で、BSE関連の牛肉輸入問題もなかなか解決されない。

B君:米国が日本からの牛肉輸入を禁止していたこともあるし、簡単に問題は解決しない方が妥当のようにも思える。

A君:100gあたり2円ぐらいなら、全く無駄な投資でも安心料という消費者の考え方は、別に構わないのですが、だからといってもその同じ考え方を、他の分野にも適用するのか、と言われると、それは不合理。

B君:欧州でも英国は多少考え方が違うようで、BSE対応も合理的に行われたようだ。

C先生:まあ、安心・安全の話はそのぐらいにして、本題に戻す。取組みのあり方については、次のように考えている。

(1)社会的な要請に応えるために、体系的、計画的、戦略的な取り組みを行う。
(2)国際的な枠組みや国内規範の動向と連携し、これを先導して行く取り組みを行う。
(3)地道な「データの集積と評価」も。
(4)知識の集大成・体系化、知識の構造化を試みる。
(5)問題提起に止まらず、合理的な解決策を提案する取り組み。

A君:なんとなく分かりにくいですね。

C先生:色々なことをバランスよく行うということなのだが、キーワードが、研究的な視点と業務的な視点。さらには、国際対応。これらについて、バランスが取れた対応とは何か、といった観点を持ちつつ、イニシャティブ活動というものを行う。

B君:そうか。業務的視点というと、例えば、PRTR対応とか、知識基盤とか言うことになって、毒性学の先端的なところには余り関係がない。しかし、研究者の意識は、どちらかというと、そんな先端的なところにある。この綱引きを適当なところでバランスさせるという意味か。

A君:国際的な対応となると、これも重大な問題で、なぜならば、日本の化学物質政策には、筋の通った理念を欧米に対してぶつけるという姿勢が弱かったのでは。

C先生:まあその通りかもしれない。最終的には、人材を育成し、活路を開くことが重要だという認識になっている。

A君:国際的な対応としては、これまでもこのHPで解説してきたように、2006年には、欧州でRoHS規制が始まる。それで終わるわけではなくて、その次には、REACHという化学物質管理手法がドイツを中心としたEUで検討されている。さらには、GHSと呼ばれる化学物質の危険性の表示などの国際標準化も行われる予定。

C先生:大きな目標としては、ヨハネスブルグサミットで合意された、2020年までに、適切な化学物質の管理手法を確立し、大きな被害がでない体制を構築しなければならない。先進国のみならず、すべての国において。

B君:そして、研究の項目をいくつかに分類すれば、化学物質の有害性評価、暴露評価・環境動態解析、リスク評価、対策技術、リスク管理、知的基盤整備、社会制度、リスクコミュニケーション、といった多くの部分品からなっている。

A君:この手の話は、何かPPTファイルででも紹介して、本来の話に行きませんか。

C先生:その方が良さそうだ。ここからダウンロードして欲しい。
 このPPTファイルには、現在行われている各種の研究がどのような項目に関連しているか、それが一目で分かるように、透過型表示という方法論を開発してそれを使っている。10枚目以降の図がそれなので、ご参照いただきたい。

A君:それでは、どんな研究が行われているのか、といっても非常に多様ですね。

B君:毒性評価の部分から行くか。
(1)高精度・簡易有害性(ハザード)評価システムの開発 川原和三(化学物質評価研究機構)
(2)化学物質リスク評価の基盤整備としてのトキシコゲノミクスに関する研究 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)

A君:以前は、毒性評価というと、動物実験。今でも、基本は変わらないのですが、多数の動物実験を行うと、長期間掛かる上に経費も膨大。しかも、大量の試験物質を投与することが必要で、微量のサンプルでは毒性試験もできない。そこで、もっと別の可能性を探りたい。発がん性などを早期に試験したい。

B君:となると、やはりゲノム技術を応用したDNAチップと言う話になる。

A君:DNAチップの話は、このHPでもやってことは無いですね。

B君:DNAチップとは、ガラスや半導体の板の上に、DNAの破片を貼り付けたもの。毒性物質を与えた試験動物の細胞からmRNAを取り出して、それをcDNAへとコピーし、そして、分析のために、蛍光体を分子に付着させる。そんな試料をDNAチップの表面に流しだして、洗うと、チップ上のDNAの破片にくっ付いたcDNAは、紫外線を照射すれば蛍光を発するために存在が分かる。どことどこに付着したか、ということが基本的に得られる情報。

A君:試験動物を2群用意して、一方には、化学物質を投与し、もう一方には投与しない。これを同様の方法で分析することによって、全く変化がなければ、その化学物質は、試験動物が毒物だと認識しなかったことになるので、まずは安全。発ガン物質を投与した場合には、ガン細胞ができますが、それには、生体はそれなりの反応をしますから。

B君:最初のCERI(化学物質評価研究機構)の「高精度・簡易有害性評価システムの開発」というものは、まさしく、そんな路線。試験物質として、85化合物を選択した。内訳は、発がん物質が55種、非発がん物質が30種。これまで、Aimes試験というもので、変異原性というものを調べるのが簡易手法でしたが、変異原性を示すかどうかも含めて分類すると、85種の内訳は、以下の通り。

    変異原性   発がん性
22種  +      +
33種  −      +
16種  +      −
14種  −      −

 これを今回の試験法でテストすると、発がん物質の判定の正しさは、29/30ぐらい。かなり精度が高いと言える。

A君:これまで発がん性の試験には、2年ぐらい掛ったそうで。それが1ヶ月でできるようですね。

B君:同様の方法論の開発が、国立医薬品食品衛生研究所の毒性部で行われている。かなり膨大な研究のようだ。投与量や投与後の時間経過も含めて、肝臓・腎臓その他を対象として、様々なデータが一気に取れる。

C先生:毒性評価研究が基本中の基本ではあるが、ダオキシン研究、さらには、環境ホルモン研究のように、何が有害な現象なのか、充分に分からないうちに研究が国家レベルの研究として始まってしまったもののある。本来、この種の研究は、科学研究費のような個人レベルでの研究として取り組むべきものだったのではないだろうか。
 今回発表されたこれらの研究は、試験費用などが大変な発がん性を対象としていて、化学物質管理という観点から必要不可欠なものだろう。

A君:リスク評価と動態解析のような話に行きますか。

B君:このプログラムを見ると、
(3)河川等環境中における化学物質リスクの評価 山縣弘樹(国土技術政策総合研究所)
(4)内湾域における有害化学物質汚染の実態解明 中村由行(港湾空港技術研究所)
(5)農業生産現場におけるPOPsのリスク低減 大谷 卓(農業環境技術研究所)
(6)化学物質環境リスクに関する調査・研究 青木康展(国立環境研究所)

といったところがそれに相当

A君:この題目だけ見ると、どんな物質を対象にしているのか良く分からないが、(3)の「河川等...」の研究は、PRTR対象物質に加え、環境ホルモン性のある物質として、女性ホルモンとその関係物質である17βエストラジオール、エストロン、そして、人工物質として魚への環境ホルモン性が確認されたノニルフェノール、とそれを使用した関連物質の、ノニルフェノール、ノニルフェノキシ酢酸など。
 そして、群馬県の実際の中小河川を対象にして、どのぐらいの濃度であるかを検証。どこで検出されるかを調査。その結果、いくつかの分類をしています。例えば、PRTR排出事業所に関係のある物質、排出源が特定できない物質、下水道未整備区域に多い物質など。
 こんな情報を整備して、周辺事業所や住民とのコミュニケーションツールを構築しようとしている。

B君:(4)の内湾域の有害化学物質汚染に関する研究は、ダイオキシン、ノニルフェノール、有機スズ化合物(TBT)が対象。
 東京湾でのダイオキシンの濃度分布は、微細な泥とCODの分布とほぼ一致していること、鉛直方向の濃度分布を調べると、やはり1960年代から1980年ぐらいまでが濃度が高いことが分かる。

A君:一方名古屋港では、ダイオキシンとTBTのデータがあるが、どうも多少分布の形態が違う。両方とも最奥部が濃度が高いのは同じなのだが、TBTの方が湾外部に向かって、急速に濃度が低下している。
 TBTとダイオキシンの吸着特性の違いだとしていますが、もともとの濃度分布が良く分からないので、これも推測でしょうか。

B君:ダイオキシン類の濃度の鉛直分布については、益永先生達の研究がいくつかあって、宍道湖のデータでもやはり表層から多少入ったところが高く、それから、深いところでは、ほとんど存在していない。これは、ダイオキシン類が水田除草剤から供給されたとの仮定をサポートしているとされている。

A君:(5)農業生産現場におけるPOPsの研究対象は、やはりダイオキシン。イネの分析では、土壌中でのダイオキシンの異性体分布と葉や籾殻中のダイオキシンの異性体分布はかなり違って、土壌中のダイオキシンが根を通して吸収されることは無く、空気中のダイオキシンが汚染源であることを意味するとしています。
B君:この研究では、水田土壌中でのダイオキシン類や他のPOPs類の半減期を推測していて、それによれば、ダオキシン類は、どうも15年程度のようだ。DDTは5年ぐらい。

A君:ダイオキシンの蒸気圧はそれほど高くは無いので、分解しているのでしょうかね。

B君:ダイオキシンは光があるところでは、徐々に分解されるのではないか。海底などに入ってしまったら、ほとんど分解しないだろうが。

A君:となると、水田に溜まっていると思われるダイオキシン類を川へ流さないことが重要ということになりますね。

B君:ダイオキシン類は、土壌に強固に付着しているから、泥水を川に流さなければ良いのだ、というのがこの研究のひとつのミソ。代かき時にはどうしても泥水を作ることになるが、そのとき凝集剤を使って、土壌粒子の沈降を促進するという方法論だ。塩化カルシウムや塩化カリウムを凝集剤に使用している。

A君:塩化カルシウムなどを入れたら、水田土壌にも影響がでそうな気がするのですが。

B君:どうも大丈夫ということらしい。水稲の生育・収量・品質に影響なしとの結論。

A君:ダイオキシンの菌類による分解の研究もしているようですね。担子菌というものは、木材のリグニン分も分解するものですが。

B君:(6)の国立環境研の研究では、ダイオキシン、PRTR調査の上位10物質、PFOS・PFOAなどが取り上げられているが、ハザードの特定から管理に至る広範な内容だ。

C先生:どの研究も、かなり広範な視点を持っているものが多いので、どの分野だけとは言いにくいのも事実。そのなかでは、修復技術・改善技術は、比較的分かりやすいかもしれない。

A君:修復技術・改善技術ですと、
(7)農用地におけるカドミウム汚染土壌の修復 小野信一(農業環境技術研究所)
(8)光触媒を利用した分解除去技術 森利之(物質・材料研究機構)

B君:(7)のカドミだが、当然のことながら、銅・亜鉛鉱山からの副生物のカドミ。当時は用途が無かったので、環境に排出されてしまった。一時期、Ni−Cd電池用、あるいは、CdSeといった顔料などに使われたが、また、毒性のために使えなくなった。

A君:水田に入ったCdは、米に移行する。そこで、1970年には、玄米のカドミウム濃度が1.0ppm以上のものについては、政府買い入れの対象にしないこと、0.4ppm以上のものについては、非食用として工業用の糊の原料などに使用されてきのです。そして、1.0ppm以上の玄米を算出するような農地には、客土を入れるという対策が行われた。
 ところが最近になって、世界の食品規格は、0.2ppmという基準値を採用しようとしている。日本はこの設定に反対して、0.4ppmという案が検討されたが、この値ではどうやら基準案として採用されそうも無い。

B君:となると、将来的には、0.2ppmという値をなんとかすべての米産地がクリアーするように、土壌汚染対策をしなければならない。となると、対策技術が必要ということになる。

A君:ここで説明されたのは、土壌洗浄技術と植物に吸わせて処理をする「ファイトレメディエーション」手法。
 土壌洗浄は、塩化カルシウム溶液などを用いて土壌を洗浄するもので、処理液は、現場設置型の処理装置でカドミウム排水基準以下に処理する。まあ、大変な方法。
 「ファイトレメディエーション」とはPhytoremediationであって、植物を使った修復技術を意味します。使用する植物は、セイタカアワダチソウ、ケナフ、などなどが検討されていますが、ここの研究では、日・印交雑品種の水稲を使う方法論を検討していて、なかなかの実績を上げることができているようです。
 カドミを多く含む水稲は、刈り取って焼却。その際、燃焼温度を800℃以上に保つことによって、飛灰中にCdがほぼ移行し、主灰には、存在しないとのこと。

B君:いずれにしても、土壌汚染の修復は大変だ。

C先生:リスク管理関係の総合的な研究がこれ以外にもあって、着実な進展が見られている。例えば、
(9)化学物質総合リスク評価管理システム 重倉光彦(製品評価技術基盤機構)
(10)化学物質のリスク評価およびリスク評価手法の開発 東海明宏(産業技術総合研究所)

 しかし、今回は文字数が増えすぎたので、ここまでにしよう。

A君:化学物質というと、ダイオキシン騒ぎの期間での「サリンの2倍」といった脅迫的な表現。さらに遡れば、水俣病を引き起こしたメチル水銀。その現代版ともいえる、キンメ・カジキ中のメチル水銀騒ぎ、など、非常に怖いものだという印象を受けている人々が多いと思いますが、この発表会でのダイオキシンの取り扱いなども、まあ冷静なものですね。

B君:ダイオキシンの毒性で、何が本当に怖いのか、ということについては、ウクライナのユシチェンコ大統領の暗殺未遂事件によって、急性毒性ではないことが明らか。発生毒性がマウスなどでは認められているが、ヒトという生物はどうもダイオキシンに強いようだから、現在のダイオキシン対策は、東京湾などの内湾の漁業対策といった色彩が強い。

A君:東京湾のアナゴを食べたからといって、すぐにどうなるというものではないのですがね。

B君:水田に溜まった除草剤起源のダイオキシンを川に流さないで、水田で分解させるのが良い方法かもしれない。ダイオキシンは、コメの可食部には移行しないようだから。

A君:その意味では、汚染除去というよりも、水田中のダイオキシンをむしろ流さないで維持するという方法が良い。これは意外な対応ですね。

B君:むしろ、カドミといった重金属の方が厄介かもしれない。0.4ppmでも、それほど重大な被害が出たとは思いにくいのだが。

A君:世界的傾向として、ヨーロッパの予防原則的な過剰対策、米国の特異な反応、日本市民社会の過敏反応、といった特徴があるようですが、まあ、本当に怖いのは、今となっては、事故に伴う大量放出が可能性が多少あることと、むしろ、それより重要なのは作業員の労働環境ではないでしょうか。なんといっても、もっとも曝露する可能性が高いですから。

B君:PRTRも、どうも余り関心を呼ばなくなってしまったようだ。

C先生:これからは、総合的な視点をもって、化学物質をどのように管理するのがベストなのか、という議論を行うことになるだろう。特に、新規に発明された有用な化学物質を、どうやって評価し、安全に利用していくか、という安全性・利便性・産業的な効果の全体としてのバランスが重視されるだろう。絶対な安全というものは無いのだから、リスクがある人々に集中しないような方策を取れば、他の途上国などの状態と比較して、日本の状況はまずまずの状態を保持できるものと思う。