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   社会には新しい安心が必要
      化学の日のイベント 10.28.2017

               



 10月23日は、ご存じないとは思いますが、化学の日です。制定したのは、日本化学会、化学工学会、新科学技術推進協会、日本化学工業協会でして、その由来は面白いのですが、アボガドロ定数だそうです。

 アボガドロ定数といっても、何%の方がご存知なのでしょうか。どうやって説明するのが良いのだろう、と色々とチェックして見ました。その中で、もっとも分かりやすいと思えた方法が、アボガドロ定数とは、ダース、グロスのようなものという説明でした。
http://motivateyour.life.coocan.jp/abogadorosuu.htm
ダースは、12進法の数量単位で、12個を意味し、1グロスは12ダースを意味します。でも、ダースという言葉自体が、死語になりかかっているような気がしますが。

 原子アボガドロ数個分だけ集めると、1モルという量になって、その重さは、周期律表に出てくる原子の質量数にグラムをつけた値と等しくなるのです。厳密に言うと、ダースとはかなり違ったコンセプトであることが分かってしまいますね。

 そして、アボガドロ定数は、6.02x1023。とてつもなく大きな量です。
10月23日はこの10の23乗に由来していて、この日が化学の日になったとのことです。そして、10月23日を含む週を化学週間と呼び、なんらかのイベントを行うということのようです。

 となると疑問が湧いてきて、化学の日は日本だけある記念日なのでしょうか???

 米国には、Natioanl Chemistry Weekというものがありますが、当初、11月の始めでした現在は、10月の末付近になっています。しかし、必ずしも10月23日を含む週ではありません。

 やっと本題にたどり着きました。その化学の日のイベントが「記念ケミカルフォーラム2017」でして、その今年のテーマが「安心・安全と化学の関係」でした。神保町の学術総合センターで開催され、個人としては、基調講演を行い、パネルディスカッションの座長を務めました。

 パネルリストは次の4名の社長でした。いつもそう思うのですが、やはり社長という方々は、どこか違う。状況がどのようになっても、全く動じないという意味で大したものだと思います。座長が何を仕掛けても、見事にさばく方々でした。

関西ペイント株式会社 代表取締役社長     石野  博 氏
三菱ガス化学株式会社 代表取締役社長      倉井 敏磨 氏
帝人株式会社 代表取締役社長執行役員CEO   鈴木  純 氏
株式会社 ダイセル 代表取締役社長       札場  操 氏

 本日は、このケミカルフォーラムで語られた安心・安全の中の『安心』は、過去の『安心』から変化しつつあるのではないか、ということのご紹介です。

    
C先生:「安心・安全社会」ということが今回のシンポジウムのテーマだった。今回のシンポジウムにおける『安心』という言葉の意味は、過去の『安心』とは、少し違うコンセプトになりつつあるということを、非常に強く感じたのだ。その理由だけれど、いくつかあって、まずは、多くの人々が現代社会を不安の時代だと思うことが多くなっていることを反映しているようにも思える。しかし、それは最後に述べるとして、最近でも古い『安心』が頻繁に使われたような気がするので、そこから行くか。

A君:小池都知事が仕掛けた豊洲事件の場合には、古いタイプの『安心』だったと思いますね。『ベンゼンとかヒ素とか言った、昔から分かっている有害化学物質が、豊洲の地中には存在している。だから安心できない』。

B君:この古い『安心』が、現時点でも通用するものと思ってしまった元環境大臣の小池都知事の認識不足だったというのが、豊洲事件の本日現在の解釈。

A君:化学物質という言葉も妙な言葉なので、本当は使いたく無いのです。なぜって、ヒ素は厳密には元素なので、化学物質ではないと思うし、化学物質という言葉は、どうも、人工合成物というニュアンスを含んでいて、加えて有害なものを言う、ということかと思うのです。

B君:まあ、言葉の定義は常にズレていく。だから、化学物質という言葉とは何か、それがしっかりした定義なしに使われている言葉なので、そんなものだろう。

A君:豊洲事件について、小池都知事の最大の誤算は、一部のインチキな専門家が、『キケン・キケン』とさけんだけれど、平田委員長などの専門家は、危険とは言えないとの正しい見解を表明したことでしょうか。

B君:豊洲事件については、これも毎回の主張ではあるけれど、HACCPという安全規格対応豊洲、すなわち、閉鎖構造になっている豊洲市場。一方、築地のように完全にオープンな市場で、ねずみ、ゴキブリが這い回っている。どちらが安全かという問題だった。それに、食品のリスクとしては、化学物質の汚染よりも、微生物による感染症の伝染の方が遥かに可能性は高いし、被害も大きい。豊洲の地下にいくらベンゼンやヒ素があったとしても、それが消費者の口に入る可能性は極限までゼロに近い。

A君:日本という社会は、不思議な社会で、リスクという言葉が全く普及しないのです。その大きな原因は、定量的にものを考えない思考方法にあって、その原因は、統計という数学を全く習わないで、一生を終わってしまう人が多いからでしょう。統計的概念の全くない国民性。これがどのような結果を生み出すかというと、低濃度のある化学物質に暴露した人は、10万人に1人が発症する、と言うと、『ゼロではない』、という理由で恐れられてしまう。水道水の基準は、今でも大体これ。経験的に、事故は起きない確率なのです。暴露する確率というものを統計的に考える発想が、知性の中に組み込まれていないということなのでしょう。

B君:もう一つの要素は、東京都という権威に対する反感があって、それを小池都知事がチクチクやることが劇場イベントとしては面白い。さらに言えば、ヒトという生命が他の生命を食べて命を繋いでいる、という現実を直視しない

A君:もともと食物になっているモノは、ヒトのために作られたものではない、ということを理解したくない。水だってそうですよね。ヒトが飲むことを前提として、水が存在している訳ではない

B君:1990年代の水道水の塩素消毒に対する朝日新聞のキャンペーン、1990年代後半の焼却炉とダイオキシンの関係、2000年代に入って環境ホルモンやPCBの処理施設、などなどといったメディアの恫喝に怯えることで、かなり精神的に損をさせられたというのが、本来の市民感覚であるべきなのだけれど、脅かされたときには、かなり怯えるものの、その後「忘却の彼方」になってしまうので、損をしたという感覚にはならないようだ。

A君:不思議ですよね。そのために、多くの場合、風評被害というものが起きてしまって、被害者が出てしまうのですから、無用な恫喝記事は社会的には犯罪行為だと思うのですが。被害者になる人が極めて限定されているから、自分は無関係ということなのかもしれないですが。

B君:一般市民で被害者になる人は極めて限られてるから、ある意味で当然とも言えるが。しかし、よくよく考えてみると、風評被害の被害者に対して、もしも公的な組織から補償金が払われれば、税金の無駄遣いということになるので、一般市民も損はするのだけれど、税金となると直接自分の懐から出るという感覚にはならないかもしれない。

A君:北九州市のPCB処理施設で市民を恫喝したのは、毎日新聞なのですが、それがいつだったのか知りたくてチェックしたら、しばらく前に、PCB処理施設が問題を起こしていることを発見しました。全く知りませんでしたが、2015年の10月のことだったようです。どうも1年間以上排気処理施設の一部を福岡市に無断で止めていたらしい。結果的に環境保全協定値の11.5倍の濃度だったとのこと。排気ガス1立方メートルあたり45mgが協定値で、実際には520mg/立方メートルという濃度だった。

B君:有害大気汚染物質であると指定されているベンゼンなので、規制値が決まっている。とは言うものの、施設や規模ごとに抑制基準というものを決めているのが現状。既設のものだと、100~1500mg/立方メートル。新設のものだと50~600mg/立方メートル。

A君:ということは、PCB処理施設からの排出の協定値が45mgだったということは、通常の基準よりも厳しい値が協定値だったということですね。

B君:PCBは有害性が高い物質であると認識されているからなのだけれど、だからといって、通常の新設施設よりベンゼンの排出協定値を厳しくするというあたりが、いかにも日本の行政的。

A君:日本の政治的行政的判断の特徴なのでは。政治・行政は、やはり、ときに市民に媚びる

B君:まあ、そうだ。福島の除染を1mSvまでやる、と言ってしまった当時の細野大臣の発言は、歴史に残る大失敗だった。5mSvにして、その変わり生活補助などを強化すれば、まだよかった。結果的に、作業を受託した事業者が儲けただけになったし、不正もあったようだし。

A君:よくよく情報を整理すると、細野大臣は、行政と5mSvで行くと合意していて、しかも、住民側とも、それで合意していたらしいのです。しかし、いざとなると、独断で住民側に良い顔をして、1mSvまで除染すると言ってしまった。ポピュリズム政治家。

B君:個人の責任で述べたのだから、個人的に国に対して補償すべきだと思う。今からでも遅くない。

A君:話を戻して、PCBですが、どう考えても、事業者は市民に信頼されていない。ところが、それを事業者側は理解していない。これでは、信頼が得られない。この手の話といえば、神戸製鋼や日産、それにSubaruも加わったけど、これと同じになってしまう。

C先生:相当回り道をしているが、そろそろ、新しい『安心』が出現したという話にしたい。これは、まだ一般社会に適用可能な日本語ではないのかもしれないが、新しい方向性のように思うので。

A君:新しい『安心』は、健康を維持することを可能にする製品群の提供によって、『より健康な状態を作って、安心を獲得してほしい』、という意味に使われ始めているようです。恐らく健康食品や医薬品、あるいは、診断装置などを扱っているメーカーが使っているだけかもしれないですが。

B君:すべての製品が使うことによって、健康増進に有効であるということになれば、それは『安心』製品だと言えることは事実。

A君:ひょっとするとなのですが、この『安心』のコンセプトを化学業界で最初に実現した製品が、住友化学の途上国向けの蚊帳かもしれませんね。

B君:『オリセットネット』というピレスロイド系の殺虫剤を練り込んだ蚊帳で、WHOもその効果を認め、マラリア対策の国際戦略の一部を担っている。

A君:しかし、このように有名になった製品に対しては、それを貶める報道が行われますね。これが悲しい現実。このオリセットネットの場合だと、その代表例が「選択」という雑誌
https://www.sentaku.co.jp/articles/view/12857

B君:まあ、「なんでも反対の人」と全く同じロジックで、「ヒトに対して全く無害な農薬以外は危険だからダメ」、という『人類至上主義』を主張するのですが、これのような言説にでも、不思議なことに同意する人も現れるという効果を狙っているのですが、実は、そもそもロジックが成立していない。「選択」の主張通り、オリセットネットを配布するのを完全に止めたら、マラリア患者は増えてしまうのではないか。すなわち、アフリカの人々はそれで幸福になるのか、ということについて、言及しない。蚊にとって有害なものだからといって、ヒトに悪影響がでるという証拠はほとんど無いのだ。住友化学も、慎重な表現で、「ピレスロイド系殺虫剤は人体に最も害が少ない農薬」としているようにピレスロイドは、基本的に、節足類と両生類、爬虫類、にしか有効でない。すなわち、蚊帳に染み込ませてある状態なら、昆虫に対してしか効果がでない農薬なのだ。蚊だって、命は重要なので、薬剤耐性を付けるのは、生命体の宿命なので、仕方ないこと。

A君:「選択」への反論は、これをご覧下さい。
http://blog.jog-net.jp/201707/article_5.html

B君:住友化学の成功にフォローしたい化学系の企業がでてきていて、自分たちもアフリカに「安心」提供している企業だ、という表現をし始めている。

A君:あるいは、全く別の方向性も出ているようですね。すなわち、健康を守る様々な検査機や検査薬、場合によっては、治療薬を開発して、それで「安心」に貢献するという言い方です。

C先生:要するに、ネガティブな汚染などが無いという意味の「安心」、これは消極的な「安心」だが、それから、積極的な「安心」への貢献を謳うという方向性ということか。確かに、単に有害ではないということだけでは、それこそネガティブな「安心」でしかない。先程の、ヒトの食料は他の生命であって、ヒトのために特別に作られた食物などは、この地球上に存在していないのだ、ということで、これを理解すれば分かること。そのために、食前には「いただきます」と食物に対してお礼を言うのだから。これは、もともとは、「命をいただきます」という意味なのだから。

A君:それにしても、現代は不安の時代ですね。なぜか、と言えば、実は、これから、何を職業にすれば、失業しないで働くことができるのか、全く分からない時代になったので。AIによって、職業が無くなるという話が、テレビを見れば、すぐにでも出てくる。

B君:同時に、長寿になる一方で、恐らく、100歳まで生きることが当たり前になる時代が、30年後にはやって来そうだ。社会保障が無い時代になると、長寿は最大のリスクだ。

C先生:自分の講演では、若干の未来論を述べてみた。がん細胞のDNAを解析して、その細胞の弱点を見つけ出して、そこを攻撃する医薬を開発することができそうになっている。これも生化学の手法なので、化学の一分野だ。これで寿命が伸びることは確実だけど、実は、死ぬのは不安だということが過去の考え方で、これから先は、余りにも長く生きるのが不安だということになるだろう。

A君:そのために、ベーシックインカムなどという考え方が、様々な国で語られるようになって来ている。長過ぎる寿命だけが問題ではなくて、通常の意味での仕事は、ロボットとAIに奪われて、人間がしている仕事は、ほとんど無くなるけど、どうする、といった感じの不安にも対処する方法論の一つですが。

B君:長生きが純粋に良いことだとは思わない。生きがいとは何か、ということを再度、基本に立ち返って議論をすることが必要で、ベーシックインカムといった考え方も、その議論のきっかけになりそうだ。

C先生:米国に特に多い億万長者は、本当は、億万ではなくて、京兆長者に近い。世界レベルでも、世界人口の1%ほどの長者が、富の半分を独占している。このような状況が日本で生まれにくいのは、所得税の累進性が高いからだし、相続税が見事に高いからなのだ。日本という国は、そのために成長ができないという主張もあるけれど、アメリカのように、国民のすべてが大金持ちを狙う国というのも、異常のように思う。
 まあ、今回の主題である「新しい安心」を実現しつつ、どうしても発生してしまう不安に対しては、ベーシックインカムが良いかどうか、まだ分からないが、さらなる議論をするという方向性が、社会全体を新しい安心社会にする道の一つなのだろう。