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   気候感度とは何か    01.31.2015
           シミュレーションの不確実性        




 1月29日、国連大学のウ・タントホールで、文部科学省の「気候変動リスク情報創生プログラム」の発表会がありました。午前中出席して、発表を聞いてきました。
 最初のセッションがテーマA「直面する地球環境変動の予測と診断」というもので、メインの発表者が東京大学海洋研の木本昌秀教授のこのテーマの全体報告。そして、その後、JAMSTECの佐藤正樹研究員の気候感度の不確実性低減に向けた「雲」の予測精度の向上に関するものでした。
 次のセッションがテーマB「安定化目標値設定に資する気候変動予測」というもので、JAMSTECの河宮未知生プロジェクト長によるテーマの全体報告と、電力中研の筒井純一氏による社会経済シナリオを中心とするものでした。

 その中で、本日紹介したいことは、「気候感度」というものの実体と不確実性についてです。気候感度の説明ぐらい誰かやっているだろうと思ったのですが、インターネットを検索しても、親切な解説がないことを発見しました。
 気候感度とは、二酸化炭素濃度が2倍になったら、地表の温度は何度上昇するだろうか、という値だと思っていただくのが簡単です。
 温暖化懐疑論が華やかであったころ、二酸化炭素による赤外線の吸収は、完全に飽和しているから、二酸化炭素量が増加したところで、温度上昇はほんど無いといった論文も書かれたこともあります。これも、気候感度に関する議論の一つでしたのでご紹介します。
 それなら最近はどのようなメカニズムだと考えられていて、どのような計算をしているのか。極めて割りきった説明をしたらどうなるのか。こんな解説記事です。



C先生:気候変動リスク情報創生プログラムについては、その中身にも若干の責任があるのだ。地球温暖化の研究プログラムは、2002年に世界ナンバーワンだったスパコン、いわゆる「地球シミュレータ」が運用されるようになって、コンピュータシミュレーションが格段に進歩した。その後、2007年から、「21世紀気候変動予測革新プログラム」(いわゆる『革新』)が活動を開始し、そして、第3代目と言えるのが、「気候変動リスク情報創生プログラム」なのだ。『革新』までの研究は、とにかく予測がキーワードだった。IPCCの第四次報告書など学術的な貢献をしたが、一般社会に役に立つ研究をしようという意識は、比較的希薄だったと思う。

A君:純粋理学、中でも理学の中の理学と言える物理学の分野の研究者のマインドには、「我々は神と対話をしながら研究を進めている」というものがまだ残っています。

B君:地球環境問題に関係する研究だけれど、「社会的問題の解決に資するような研究をするという意識はない」ということを明言する人が居るのは事実。

A君:しかし、IPCCは今や地球温暖化問題の解決に向けた機関になったと言えるでしょうね。もっとも、温暖化懐疑派の残党は、IPCCを産業破壊陰謀団体だと思っているでしょうが。

C先生:かなり過激な表現が連発状態だが、「リスク創生」を立案したときの基本思想は、当然、社会的問題の解決に役立つ研究成果を出すことを目的としたプロジェクト。気候災害がどのぐらい厳しくなるか、その対策をどう取れば良いのか、などのリスク情報を出すことが主たる目的。しかし、そのためには、あらゆる影響を取り扱うチームが必要不可欠。それがテーマCとテーマDということ。テーマCは、気候変動の予測をリスク情報に変換するために必要な基盤技術を開発するのが目的で、テーマDは自然災害、水資源、生態系などへの影響を評価して見ようというものだった。

A君:という訳で、「リスク創生」の話になりましたが、そこでは、純粋理学の生態はどう表現しますか。

C先生:開始当初はかなりそんな感じだった。しかし、その後、Future Earthというものが国際的にも認知された動きになって、いかに理学的な研究であっても、役に立たなければ予算が出ないということが世界的な状況になったとも言える。ノーベル賞でも、実用性があることが評価される時代になった。赤崎先生達のLEDのノーベル賞がまさにその例なんだ。IPCCが大成功したのも、報告書を作れば、メディアの関心だけでなく、一般市民社会からの関心も非常に強い状況を作ることができたからだ。理学系の教授であっても、IPCCに使ってもらえるような論文を書きたいという割合が増えたのではないだろうか。また、世の中の温暖化懐疑派の存在によって、メディアが対立を煽るような役割を果たすことがあるが、何か新しい結果を出せば、テレビなどで取り上げてくれることを経験すると、やはり良かったという気分になっているのではないか、と思う。

B君:イベントアトリビューションという言葉があるが、これは、確率論的なアプローチで、温暖化が起きた状態と起きていない状態を仮定して、ある特異な現象が起きる確率を比較するというものだけれど、ある意味、力技なんだ。要するにスパコンの能力頼みなんだけれど、現時点でのスパコンは、地球シミュレータ三世で、かなり能力が上がった。このスパコンをフンダンに使える特権を得るためには、やはり「リスク創生」のような文科省プロジェクトに参加することが必須なのだ。

A君:ということで、理学部物理も、気候変動に限らないけれど、メディア対応もうまくなったような気がするということですね。

C先生:という訳で、本題である「気候感度」についての議論に移ろう。ここで引用する文献は、次の2本。
http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2012/2012_01_0005.pdf
http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2012/2012_02_0091.pdf
いずれも、日本気象学会の機関紙「天気」という雑誌に掲載されたもので、15名の共著になっている。発行は、2012年1月号と2月号。

A君:まずは、「気候感度」のまともな定義です。「大気中の二酸化炭素濃度を2倍にしたまま一定に保ち、気候システムが平衡状態になったとき、全球・年平均した地表面温度の変化が何度かという値」

B君:これだけが「気候感度」唯一の定義という訳ではないのだけれど、IPCCの第四次報告書などでもっとも頻繁に用いられたということで、この定義になっている。

A君:しかし、さらに細かく分類もされていて、「比較的速い」気候感度は、大気や雪、海氷の応答に起因するもの、とされていて、「比較的遅い」気候感度は、植生分布の変化や、氷床の状態の変化などによる温度影響を考えるもので、現在議論されているものは、「比較的速い」気候感度、別名、最初に報告されたチャーニー報告にちなんで、チャーニー感度(CS)と呼ばれています。「比較的遅い」気候感度は、地球システム感度(ESS)。前者が、数年から数10年スケール、そして、後者が数10年から数100年スケール。

C先生:大気や雪、海氷などがどう応答するか、ということになると、当然、地球上の緯度や海面などの影響を受けるということなので、結局、GCM(Global Climate Model)という全地球の気候モデルを使わないと気候感度は求まらないということになる。

A君:ちょっと細かく説明しますが、まさに、そう考えるべきもののようです。

B君:ところが、温暖化懐疑論者の根拠となっている論文があって、その論文は、全地球気候モデルを使えば、結論がますます怪しくなる、と結論していて、すべてのメカニズムを考慮したものではないことが明らかなのだ。その代表が、Jack Barrettの"Energy & Environment", Vol.16, No.6,2006 で、ここからダウンロードが可能。
http://www.warwickhughes.com/papers/barrett_ee05.pdf

A君:この論文は、地表0mから100mまでの空気層だけを考えて、そこを通過する赤外線のどのぐらいの割合が吸収されるかだけを議論しているものです。吸収源としては、いわゆる温室効果ガスである二酸化炭素CO、水HOが主ですが、一応、メタンやNOのデータも出てきます。その結論が、この100mだけで、二酸化炭素も水も濃度が高いためにすでに吸収が飽和しているのです。

B君:飽和というのは要説明。

A君:透過率の測定データの図を示しますが、上の2つは、水と二酸化炭素ですが、0.0すなわち、全く透過しない波長があるということで、濃度が多少上がったからといって、吸収量は増えないというロジックです。

図1 温室効果ガスの吸収スペクトル 飽和していていて透過率ゼロの波長もある。

B君:これは間違っている。実は、簡単な論理で打ち破ることができる。Barrettという人は、騙せる人の存在を充分意識してこの論文を書いたとしか思えない。

A君:地表が太陽熱で加熱されて、その熱が赤外線になって、宇宙に戻る。平衡状態であれば、太陽から受ける熱と宇宙に戻る熱が等しくて、地表の温度は一定となる。ところが、二酸化炭素が大気中にあるので、一部の赤外線は、この二酸化炭素で吸収されて、再放出されるときには、地球方向に戻るものがあるので、熱エネルギーが地球に溜まる。これが温暖化のメカニズム。これは正しいのですが、このメカニズム以外は無いと考えて、Barrett論文は書かれています。

B君:しかし、正確に言えば、熱は赤外線の形だけで、成層圏に、そして、地球の外に運ばれる訳ではない。いくつかの要因を考えなかればならない。影響するものとしては、水蒸気、雪や海氷、雲が比較的速い応答をする要素と考えられている。

A君:水蒸気ですが、地表が熱くなると水が蒸発して、上昇して移動し、水に戻るときに熱を放出することで、熱を上空へと運ぶ。雪や海氷があると、雪と氷の白さのために、太陽熱を反射するが、一旦溶けると、太陽熱を海面や地面に吸収するようになる。すなわち、地表の温度が0℃を超して上がると、ますます、温度が上がりやすくなる。雲の影響はなかなか複雑なのだけれど、雲の中の激しい上昇気流で、熱が上空に運ばれる機構があります。台風がその例ですが。

B君:要するに、考慮しなければならない要素のすべてが、それが地球上のどこにあるか、言い換えれば場所に依存している。すなわち、海なのか、陸なのか、雪があるのか、乾燥地帯なのか、などなど。ということは、全球のモデルを使って計算をしないかぎり、気候感度というものを正確に出すことはできない

A君:すなわち、Jack Barrettのような赤外吸収スペクトルだけを根拠として言えることは、ほとんどないことを意味します。気候感度のようなメカニズムが極めて複雑なものが、大気中の赤外線の吸収能だけで決まる訳がないのです。

B君:しかし、IPCCの内部の議論によっても、結論が固まらないぐらい、複雑なメカニズムを含むものが気候感度。そんなとき、これをどのように政策に反映するのか、ということが問題になる。

A君:それがある意味で究極の課題です。しかし、EUにおける不確実性のあるリスクの取扱は、予防原則と呼ばれる方法で対処することになっています。これは、EUのポリシーだと言えるでしょう。

B君:予防原則の定義は、「暫定的な客観的、科学的評価が、環境、人、動物又は植物の健康への潜在的に危険な影響が、共同体の選択された高い保護水準と合致しない可能性があるという懸念に合理的な根拠があることを示す場合に適用される」、と環境省の文書では訳されている。ちょっと妙な訳だけど。
https://www.env.go.jp/policy/report/h16-03/mat03.pdf

A君:要するに、「暫定的ではあるけれど、客観的、かつ科学的な根拠がある場合に、適応すべき原則」かどうかですが、IPCCの報告書は、暫定的ではあるけれど、客観的、かつ科学的な根拠と認められるでしょう。IPCCの第5次報告書では、気候感度は2.0℃〜4.5℃(もっとありうる値が3.0℃)なのですが、これは、実は第四次報告書からの持ち越しで、第5次では、1.5℃〜4.5℃になるかと思われたのですが、合意できていないのです。

B君:温暖化については、環境、人、動物又は植物の健康への潜在的に危険な影響があるという懸念はあることは、確実なわけで、予防原則を適用して、その懸念ができるだけ少なくなるような数値目標を作るのがEU流の予防原則的考え方。その結果として、その数値を政策側は採用するということになる。その数値として、安全を重視したサイドを選択したことになる。

C先生:予防原則というものを政策ツールとして使うことを決めているEU。今回のCOP21では、米国も中国も一応乗ってきた。米国はオバマ政権だからという点は無視できないけれど。これに対して、日本の場合には、予防原則という政策ツールを使うといった原則もないし、いちいち議論をしないと何も決まらないのが現状予防原則が常に正しいという訳ではないのだけれど、国全体としての方針が無いのが混乱を招く原因なんだ。気候感度に関して、日本国内でかなり色々な議論が行われたのだが、政策を決定する際に、暫定的な数値をどう取り扱うかといった、基本方針は作った方が良いと思う。その場限りの議論をいちいちやっているようでは、何が原則なのかよく分からない。
 さて、気候感度の話に戻るけれど、極めて重要な数値なのだけれど、現時点のシミュレーション技術とスパコンでも、正確な数値を得るには、まだ、能力不足なのかもしれない。恐らく、世界的に重要な課題なので、今後、5年から10年で取り組みを強化することになるだろう。
 すでに稼働を始めた地球シミュレータ三世の能力はかなり高いようなので、「リスク創生」の残りの1年で、気候感度に対して重要な貢献がなされることを期待したい。しかし、1年では、完全な答はでないかもしれない。そのため、「リスク創生」の次のプロジェクトの重要な課題になるような気がする。特に、大気中に放出された二酸化炭素は、最終的には、カルシウムと反応して石灰岩になって海底や山地に固定されることになると考えられる。人類が今世紀中に二酸化炭素排出をほとんどしない生活に切り替えることができたと仮定したとき、いつごろになれば、どのような気候になるかを明らかにすることも、重要な検討課題だと思う。