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    コロナ危機で考える疫病との闘い   04.19.2020
       人類はどうやって生存したか 後編
  



 第2章からですので、ページ数としては、75%残っていますが、疫病との闘いの話というよりも、『中国社会を十分理解してから、疫病のことを考えた方が良いよ』、という著者の主張が、この本の残りの部分の主題であるように思えますので、それがこの記事にも反映されています。。
 確かに、伝染病というものは、その社会の構造を極めて明確に反映するものだと思われます。今回のコロナ対応についても、日本政府と東京都の対応の違いを見ると、やはり、日本政府の感覚、特に、厚生労働省の感覚は、まだまだ、相当古いと言うか、これまでの経験に囚われすぎという以外に評価のしようが無さそうです。一方、総理は、もっぱら経済・経済・経済ですが。
 最初は動物からヒトでしょうが、最終的には、ヒトからヒトの伝染がパンデミックの原因になるのですから、その国の人々が、『ヒトとしての行動規範をどのように守る社会か』が、最終的な結果の良し悪しを決めるのが当然のことです。
 その意味で批判的に見ると、コロナの影響をほぼ経済的な影響だけで見ているのが日本政府の本音というか実力のような気がするというのが、直感的な感想でして、むしろ、『もはや一時的な経済への悪影響はある程度仕方がない』、と考え、『早く収束することを第一義的に目指す方が、経済の回復にとっても近道なのではないか』、と覚悟を決めることが必要のようにも思われます。
 安倍首相の次は誰なのか?がどうなるか、これまでは、全く見えませんでしたが、この危機への対応において、現首相の限界が見えているので、次の首相の姿が徐々に見えてくるような気もします。せめて、今回のコロナ危機が、ポジティブな方向性の実現に繋がることを期待しています。

 今回参照する図書は、次の1冊です。
 「新型肺炎 感染爆発と中国の真実」
  〜中国5千年の疫病史が語るパンデミック〜
  黄 文雄著  徳間書店 キンドル版

  2020年2月 刊行


C先生:それでは、第2回目。対象となる書籍は前回と同じもの。

A君:そして、第二章から。そのタイトルがこれまた刺激的で、『第二章 世界史を変えてきた中国発パンデミック』。どうやら、歴史的な解析を行うようです。

B君:最初の記述がすごいね。「中国における疫病の流行は、中華帝国の歴史よりも長い。有史以前から、中国には疫病が存在していたのである。その証拠は、亀の甲羅や獣骨に刻む甲骨文字や青銅器に刻む金文、土器・陶器に刻む陶文(紋)などに見られる。その内の甲骨文には、すでに疫病に関して占っていた形跡があった」。

A君:甲骨文は、自然災害などを神に吉凶を問うもの、まあ、占いですから、そこに、疫病が出てくるのは当然でしょうね。次に、「巫に病を占ってもらい」という表現がでてきますが、その方法の一つに、亀甲、獣骨を用いる伝統は日本にも伝わってきていますからね。

B君:歴史的にも、病気の部署がどこかが記録されていたようなのだ。例えば、「眼に疾病あり」とか。その種類は出産から疫病まで広く、16〜20種類あったようだ。

A君:最近では、東洋医学の基礎的知識を西洋医学の分野でも導入する試みがあるようですが、鍼、按摩、接骨、抜歯などは、有史以前から存在していたと推定されているようです。

B君:太医と呼ばれた医師によって治療されるようになったのは、紀元後で、後漢時代になって、「大夫を遣して太医として疫病治療をした」といった記述がでるようだ。

A君:これほどの歴史がある中国でありながら、医療衛生が制度化されたのは、なんと20世紀になってから。天津に衛生総局なるものができた。この当時も疫病が大流行していたから。その疾病はペストであった。

B君:1918年の秋、全世界でインフルエンザが猛威をふるった。スペイン風邪だ。しかし、それは、1917年に中国の南方で発生したものであり、最初は中国に駐在していたアメリカ人が感染し、ヨーロッパに従軍後発病。そして、フランス軍が感染し、その後、ドイツ軍も感染、そして世界的に拡散された。感染者は5億人以上で当時の地球の人口の20〜40%で、わずか4カ月で2000万人が死亡したが、最終的な死亡数は5000万人〜1億人、死亡率は約2.5%ぐらいか。

A君:その後の記述ですが、要するに、多くの疫病は中国が起源になっている例が多い。例えば、1950年代のアジアインフルエンザ、1960年代には香港インフルエンザ。この後者は世界的に大流行となり、死者は、400万にもなった。

B君:その後、SARS、MERS、鳥インフルエンザもあった。この黄氏の記述によれば、「中国がいったいどれだけ世界に伝染病被害を拡大してきたか」。そして、中国の疫病による死亡者数は「無算(数えられない)」なのだそうだ。

A君:西暦22年から1877年までに、20回以上の疫病の大流行があって、死亡率は6〜9割だったらしい。年代別のリストになっています。

22年   湖北・満州の大疫「死者過半」
49年   湖南、紀州の武陵五渓大疫「人多死」
208年  湖北大疫「士卒多死」(兵士が大勢死亡)253年  湖北大疫「死者大半」
275年  河南大疫「死者10万」
467年  河南・豫洲疫「民死14,5万」
756年  浙江水旱「民多疫死」
762年  江東大疫「死者過半」
806年  浙江・浙東大疫「死者大半」
1331年 河北疫死者「十乃九」
1472年 湖南大疫「死戸遍野」(野にあまねく)
1475年 福建大疫延及江西「死者無算」
1513年 江西大疫「民死亡者過半」
1589年 江西・夏大疫「死者十の五」
1604年 山東・冤おん(病だれに温の作り)「人死過半」
1640年 山東・おん疫盛行「人損大半」
1644年 げん江大疫「民氏十之八、九」
1649年 湖南大疫「死者無算」
1726年 広東疫「民多殆流亡者不計其数」
1815年 山東大疫「人多疫死」
1821年 河北・霍乱時疫大作「死者不可勝数」
1832年 湖南大疫「死者無算」
1851年 山東・おん疫盛行「民死無算」
1862年 上海・霍乱「死者日以千」
1864年 貴州疫癘又作「十死五、六」
1877年 遼寧・夏大疫「死者相望」


A君:リストが中国文字なので、書けない文字が多かったですが、いずれにしても、中国の歴代王朝における大疫発生時の死者の概数が書かれている。大疫と言われる場合は、常に、死者が10名中6〜9人。あるいは、数えきれないほどの数。あるいは、1日の死者が千人を超している。

B君:そして、中世ヨーロッパを襲ったペストの伝染源も実は中国だったとしている。ちょっと調べてみると、どうもそうらしい。

A君:ヨーロッパの人口は、1300年には7300万人にまで増加。しかし、1348年のペストの大流行によって、1351年までの3年間で、人口の3分の1が死亡した。このペストがヨーロッパに伝わった経路については、諸説がある。北インドからという説もあるが、現実的で有力な説は、やはり中国大陸からだというもの。

B君:まず、中国の南宋王朝で流行し、それがモンゴル軍に伝染。南征にでていたモンケ・カーンはペストで病死。モンケは、チンギスの孫で、クビライの兄。モンゴル帝国第四代の大カーンだった。

A君:ペストは、モンゴル軍によって、西アジアに伝染し、その後、クリミア、ベネチア、そして、アルプスを越えて、全ヨーロッパに伝わったらしい。

C先生:このあたりの話は、今回は、上記のような記述のままにしておくけれど、恐らく、多様な説が存在しているものと思われる。この黄さんの記述は、かなり反中国バイアスがあるように思えるので。

B君:色々とWebをチェックすると、そもそもペストと黒死病は違うのではないか、という記述も見つかる。例えば、これが、その一例で、日本獣医学会のWebサイトにある。
https://www.jsvetsci.jp/05_byouki/prion/pf159.html

A君:なるほど。「中世の黒死病の一部はペストではなくウイルス出血熱」というもので、山内一也東京大学名誉教授が色々な機会に講演したものをまとめたもので、「人獣共通感染症」の連続講座の一部。なんと第159回目のもの。

B君:現時点で「腺ペスト」と呼ばれる疾病はあるけれど、それが中世のペストと同じだったのか、という疑問を表明している。もし、黒死病がペスト菌ではなく、出血熱ウイルスによるものであれば、今でも、そのウイルスはアフリカの野生動物の中に眠っていて、もし、甦れば、大変なことになる可能性がある。

A君:その根拠ですが、1665年から66年にかけて、英国のロンドンで黒死病の大流行が起こった。1日の死者が最大で6000人に達した。この際の症状は、嘔吐、鼻からの出血、皮膚の突然の内出血、昏睡など。解剖の結果では、胃、脾臓、肝臓、腎臓の出血がある。1656年から57年にかけてローマとナポリでの黒死病の解剖例では、全身が黒ずんだ内出血に覆われ、腹腔をはじめ内蔵が黒くなっていた。これは、「腺ペスト」の症状とは全く違う。黒死病による死亡は急速で、その前に内蔵全体に壊死が起きているのが特徴。むしろ、エボラ出血熱、マールブルグ病などのウイルス性出血熱に極めて似ているとの見解があります。

B君:もし、それが真実であれば、2000年以上の間に時々黒死病を起こした原因となるウイルスは、今でも動物集団の中で眠っているという判断もありうる。

A君:そもそも、ペストだって、北里柴三郎とアレクサンドル・イェルサンの二人によって、ペスト菌の存在が発見された。それが1894年なので、それ以前の疾病が何かは分からない

B君:アメリカでは、1900年にペストが流行した。香港で発生したもので、船で運ばれてアメリカ・サンフランシスコのチャイナタウンで発見された。その後、ネズミなどの小動物の媒介によって、カナダ、メキシコ、そして、南北米大陸に広がった。

A君:1940年には、アメリカで34種もの齧歯類小動物と、35種のノミが異なる種類のペスト菌を持っていることが分かった。

B君:満州でも20世紀初頭にペストが大流行した。19世紀末、満州において「漢人立ち入り禁止」の禁令が解除されたために、中国人が大量に満州に押し寄せたのが原因だった。

A君:なぜ中国人が押し掛けたのか。彼らは、満州にて、盗掘、盗伐、盗採を繰り広げただけでなく、毛皮を求めてマーモットを乱獲した。このマーモットの乱獲によるネズミの大増殖が引き金となって、ペストが大流行し、やがて、ハルピンから南満州鉄道を通じて各地へと拡散した。

C先生:やはり、中国という国は様々な条件、例えば、大陸の一部であるために、一旦、疫病が始まると、際限なく広がるため、とか、あるいは、様々な動物を食料にしているとかによって、常に、他の生物起源の疫病に悩まされてきたということだろう。

A君:日本は、中国からの疫病の拡散をどのように防いだのか。何か、特別な防御策でもあったのでしょうか。

B君:そんな訳はない。当時、疫病は、疫病神、疫鬼、怨霊のしわざだと考えられてた。疫病神の怒りを鎮めるために、お祭りを行っていた。すなわち、疫病神を迎え、食物などを供えて、その村の安全を祈るようなことしかしていない。

A君:まあ、自然の状況が違ったと言えるのでしょうね。それに、何を食べていたかも含めて、生活習慣が違った。

B君:伝染病をばら撒くタイプの小動物としては、ネズミが代表だが、日本では、オオカミとかキツネ、さらには、フクロウやワシなどの生物が、ネズミをエサにしていた。それに、日本人は、「自然を神と崇める」のが普通だったので、動物ならなんでも食べるという民族ではなかった。狩猟をできるのは、神が許すものだけだったので。ということは、誰かが、狩猟で何か新しい動物を捕らえて、そして、食べる他の人は、それをじっと見ていて、食べた人が数日以内に妙な病気にならないか、すなわち、「神の祟りがあるかないか」をじっと観察していたに違いない。

A君:勿論、その通りでしょうね。しかし、やはり、大陸との間に海があったというのが大きいでしょうね。それによって独自の文化が維持できたから。日本人は、山や森を大切にしていましたから、木を簡単には切らない。山の神様に許可を貰ってから、必要最低限の木を切る。そのために、森林が維持された。そのために、ネズミを食べる大きな動物や鳥類が森で生存できていた。

B君:鎖国された江戸時代の日本にコレラがはじめて入ったのは、1822年10〜11月中旬であったらしい。丁度、中国で流行した直後のこと。しかし、日本に入ってきたルートとしては、二つの説があって、中国から長崎、もう一つは、朝鮮から対馬へ、そして日本全土というもの。その後は、福井県・敦賀が、そして、近代になってからは日清貿易の拠点であった長崎が疫病の発源地になった。

A君:台湾も中国の疫病の影響を受けている。台湾人は、日本統治時代を通じて、衛生観念をもっていたが、中国人には依然として、衛生観念は無かった。そのため、中国人が台湾に入ってきたことから、疫病は一気に全島に拡散した。

B君:台湾ではすでに絶滅していたコレラ、天然痘、ペスト、チフス、マラリアなどといったあらゆる伝染病が、中国人と一緒に再び台湾に入り、爆発的に広まった。国連の指導と救援で、なんとか疫亡撲滅に成功したものの、被害は実に大きかったとのことだ。

A君:疫病以外にも中国や朝鮮半島では、飢饉が周期的に起きていた。一方、日本では「天明の大飢饉」ぐらいであって、その原因は1783年4月13日に岩木山が、7月には浅間山が噴火して、日射量低下による冷害によって、飢饉状態となった。ということは、いつか阿蘇山がカルデラ噴火を起こせば、それ以上にひどい状況になるけど。

B君:中国の飢饉は、旱魃だけでも、3703年間で1074回も起きている。水害などの災害、台風、地震などの天災は、3703年間で5258回も起きている。

A君:そして、伝染病の大発生は、自然災害と関係が大きい。そして、自然災害は飢饉をもたらす。となると、食糧難となり、中国人は草の根や樹皮を食べ、最終段階には人間同士の文字通りの共食いが始まる。

B君:この本では、この後、中国の王朝の滅亡などの話が続くが、疫病がかなり大きく影響しているのも事実のようだ。

A君:そして現在の話になって、「現時点の中国は、人口過剰と過剰開発によって、自然が崩壊しつつある」、と指摘しています。山河の崩壊ぶりは前世紀以上に加速度的であり、黄河では断流が起き、長江では大洪水が頻繁に起きているとのこと。

B君:異常気象による被害の規模は半端ではなく、「未曾有」「世紀最大」などの言葉で表現されるほど。経済的・社会的な損失は計り知れない。

A君:日本では、余り、そのような中国での災害のニュースが新聞などに掲載されないように思えるけど、本当なのだろうか。

B君:異常気象は中国だけの問題ではなく、世界中で起きている。昨年の台風15号、19号の強力は破壊力は、今後、どのような台風が来るのか、極めて心配。この災害の話は気候変動のためだと考えるのが妥当だろう。

A君:本書の著者は、王朝の交代劇の前には、自然崩壊と社会崩壊が起きる。すでに中国ではそれが始まっていると述べている。そして、新型コロナがダメ押しをするのではないかとのこと。

B君:そのためか、現中国政権のコロナへの対応はかなり素早かったのも事実。そして、なんとか対応ができたようだが、これで中国での感染は本当に終わったのか。

A君:どうも、今回のコロナについては、アジアよりも、ヨーロッパとアメリカの現体制の崩壊がスタートするような気もしますね。日本も同様の雰囲気が漂っていますが。

B君:その次の話題が、中国人にとって最高の価値は何かというものになる。実は、中華文明の核である儒教の目指すところは「善」である、という話になる。

A君:この話は、韓国の件で、かなり議論したので、非常に簡単に行きましょう。今回の結論は簡単で、中国の「五倫」や「八徳」などで『徳目』はあるけれど、『清浄』という徳目は無いとのこと。その理由は、中華文明は黄河の濁流から始まったからだ、という極めて分かりやすい説明がある。

B君:『清浄』の思想が無いために、医療・衛生が軽視され、環境汚染にも無頓着。壊滅的な自然破壊を平然とやってきた。

C先生:まだ、半分以下の紹介が終わったに過ぎないが、そろそろ、まとめても良いような感じになってきている。どうだろう。

A君:その努力をしましょう。まとめとして重要な情報を列挙します。
★1:人間が家畜から感染する病気の種類は、イヌからのものが65種類、ウシのものが55種類、ヒツジのものが46種類、ブタのものが42種とのこと。
★2:中国では、歯磨きや入浴の習慣も不十分。しかも、どこでも痰を吐く。家の中は掃除もしない。
★3:レストランでも食べ散らかしたものが床に散乱するが、家庭ではもっとひどい。


B君:1930年代に、「新生活運動」というものが中国であった。日本に学ぼうとしたのだが、数千年の生活習慣は、どんな運動をしても変えることはできなかった。

A君:この著者は、台湾人ですが、日本統治時代に、すでに日本人から衛生観念を教え込まれていて、中国人とは比較にならないほど衛生的な生活を送っていた。それに対して、このところの中国では、環境破壊のために、衛生環境は悪化する一方である。恐らく、今後、中国の農村社会は、九大苦に蝕まれ、断末魔を迎えるだろう、と結論している。

B君:九大苦へ、以下がそのリスト。読んだ感想としては、『なぜか、非常にリアリティーが高い』。
一苦=党の支配による搾取と略奪。
二苦=教育の不平等、特に農村を無視。
三苦=移動や移住ば難しい。
四苦=社会保障(医療保険は高いのに)がないこと。
五苦=時代や世界に関する観念の落後。
六苦=資源の欠乏。地上・地下資源だけでなく、農村における財源不足が大きい。
七苦=地域間、同業間での意思疎通が困難(農業組合のようなものがない)。
八苦=創業や貯金が難しい。特に農村。
九苦=常に農民は凌辱されていること。


A君:中国政府は、農業、農村、農民の問題が、最大の問題であることを認識しているが、解決する手段を見つけることができない。さすがの中国共産党も手を出せない状態になっている。

B君:日本の状況から見ると、中国からの旅行者も多かったので、多くの中国人がお金持ちになったものだ、と感心していた。しかし、実態はかなり違うのだ。国家財産の1/3以上は、国民のわずか1%が握っている。海外旅行ができる人がまあ5%だとしても、人口が14億とすれば、7千万人はいることになるので、日本への旅行者が増えた。

A君:「一窮二白」と書いて「スカンピン」と読むようですが、それが中国農村の実態とか。中国の統計上のGDPは一人当たり1万ドルになったとのことですが、農民に限れば、どうやら1千ドルぐらいという意見もあるそうです。ちなみに、日本の一人当たりGDPは、2019年で4万ドル程度。

B君:どうやら、中国が疫病の元となる国を脱するには、農村の衛生感覚を改善し、また、疫病と関連する動物を食べないような生活改善をする以外に無さそうだ。

A君:しかも、河川水だけでなく、地下水も汚染されているようなので、衛生面の対策はそう簡単ではない。水道を100%普及させるには、相当の努力が不可欠。

B君:ということで、中国では公表されていないが、農村などでの暴動が20万件/年ほどは起きていると推定されているとのころ。

C先生:やっと本の半分になったところだが、このあたりで終了としたい。ここまでの結論として、中国の農村のこのような実態を見ると、感染症の発信地としての中国が無くなるということは、当面、無さそうだ。やはりかなり注意をしつつ中国と付き合うことが不可欠だということだろう。中国人の衛生に関する習慣とモラルは、まだ世界標準からは程遠いというのが、その理由。
 感染症の新規発生国が中国だけなのか、と言われれば、アジアには、中国よりもさらに貧困な国も多い。そのような国も、感染症の発生源にならないとも限らない。もっとも、中国人ほど食べ散らかす人々を見たことは無いので、他の国のモラルは、多少、マシなのかも知れない。
 いずれにしても、パンデミックの無い世界ができるということは、当分は無いのだろう。それには、世界における「貧富の差」という大問題が解決されることが必須だからだ。この問題は、どう考えてみても、人類全体の問題であるのだが、その解決が行われる未来がいつ来るのか、全く予測もできないし、期待するのも難しい。
 今回のコロナも、人類における不平等が引き起こした病気であるという認識を持つことが、どうやら必須だということのようだ。本書は、それを教えてくれる書籍であった。
 しかし、この著者は、台湾国籍。どうも、世界の民族のうちで、中国をもっとも見下しているのが、実は、台湾人であるということをこの本以上に明確に示している例は、見たことがないほど強烈な記述であった。台湾人のモラルは実際、台湾を旅行してみると、非常に高いと思える。電車・バスなどに優愛座席があるが、かなり遠くに立っていても、何回席を譲らたか分からないぐらいだった。一方、日本の、特に、日本の若者の現時点での状況に関する大局的な理解力のレベルは、スマホ中毒の拡大とともに、かなり急速な低下傾向だと思う。せめて、1ヶ月に1冊ぐらい、「教養が高まる」と言えそうな本を読むべし