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4月9日の日本経済新聞の夕刊1面に、「(放射線)少量なら健康被害なく −食物に蓄積、厳しい基準」という記事が掲載された。 記事そのものは、信頼性が高いように思えた。しかし、そこに、一つ理解できない表現があった。 以下、文章をそのままを掲載。 茨城県沖でとれたコウナゴに放射性ヨウ素やセシウムが暫定規制値よりも多く見つかった。だが「少し食べたからといってすぐに健康影響が出る量ではない」と専門家は口をそろえる。 対策をとるのは、魚介類を通して沿岸付近に放射性物質がとどまりやすいからだ。「海水に漂う放射性物質は時間がたてば濃度は薄まるが、生物の体に蓄積して逆に濃くなる」と海洋生物環境研究所の御園生淳研究参与は説明する。 小魚が放射性物質を取り込み、大型の魚が食べて生き続け「海が一度汚染されると、生物の体と寿命を通してたまっていく」(御園生研究参与)。 以下省略。 この記事が対象にしているのは、セシウムだと思うが、この赤字の記述は本当だろうか。 3.11以来、A君、B君、C先生は登場しなかったが、今回は、いくつかの文献を読みながらのHP作成なので、久々に登場することにした。 しかし、計算が合っているかなあ!?! C先生:日経の4月9日夕刊に掲載された文章を読むと、いくつかの疑問点が出てくる。 (1)ここで考えている元素は? (2)「海水中の濃度は低下するが生物の体に蓄積して逆に濃くなる」、は本当か? (3)「海が一度汚染されると、生物の体と寿命を通してたまっていく」、は本当か? A君:いわゆる生物濃縮ですね。化学物質の場合でも生物濃縮は大きな問題。このような問題を考えるときに重要なことは、いくつかあるのですが、基本的には、平衡濃度という考え方と、その速度論。 B君:平衡論と速度論が重要ということは、化学的な現象であれば、あたり前。とはいっても、今回の記事は、もっと分かりやすく、高校の化学レベルでやらないと。 A君:ところが残念なことに、高校の化学の教科書がどうなっているのか、我々はよく知らない。 B君:なんとか努力するということで。まず、同じような魚による生物濃縮の例を用いて説明するのが良さそうだ。 メチル水銀を例にとることにする。これも、相当な風評被害があった実例だ。 http://www.yasuienv.net/TunaMethylHg2005.htm http://www.yasuienv.net/KinmeCom.htm メチル水銀は、水俣病の原因物質ではあるが、最近では、小児の聴覚神経の情報伝達速度を遅くするという影響があると言われて、やはり厳しく規制されている。 なぜ魚にメチル水銀がある程度の濃度で存在するか、と言えば、それは、海水には一定程度の水銀が常時排出されているから。 蛍光灯に使っている水銀起源も、あるいは、石炭を燃やしていることによる水銀の放出も、もちろんゼロではないのだが、大部分は自然起源だと考えられていて、海底火山からの放出量が多いと思われる。 すなわち、海水にはある程度の濃度の水銀が自然に含まれている。◆ポイント1 さて、問題はここから、海底火山から放出される水銀は、無機水銀。それが、生物によって有機化される。プランクトンなどの微細生物の寄与が大きいものと考えられる。◆ポイント2 そこから食物連鎖が始まる。小魚が食べ、それを大きな魚が食べる。そして、海の哺乳類が食べる。メチル水銀の場合には、このような連鎖によって、徐々に蓄積量が上がる。◆ポイント3 魚類は、餌から常時メチル水銀を摂取し続けている。当然、魚でも対外への排出はしているはず。しかし、その速度が遅く、特に、アブラの乗った高級魚(キンメダイやマグロ)、バンドウイルカのような哺乳類での排出速度が遅いものと思われる。◆ポイント4 さて、このような魚類などをどのぐらい食べても大丈夫なのか。それは、その人の状況。例えば、妊婦かどうか、などの条件で変わってくる。◆ポイント5 体内に入ったとき、どの部位に入り込むと望ましくない影響をするのか。メチル水銀であれば、脳神経への影響。◆ポイント6 しかし、メチル水銀も、ヒトも蓄積はするものの、もともと不要な化合物であるので、そのうち排出する。平均的には、70日で濃度が半減すると言われている。◆ポイント7 A君:ポイントだけを取り出すと。 ◆ポイント1:海水中にどのぐらいの濃度で含まれているのか。 ◆ポイント2と3と4:どういう経路で、ヒトの体内に取り込まれるか。その濃度は? ◆ポイント5と6:誰が影響を受けやすいか。 ◆ポイント7:ヒトの体内での半減期。 今回のセシウムの場合は、ヒトへの話ではなく、スズキのような魚の体内への問題です。 しかし、今回のセシウム、あるいは、ヨウ素に関しては、追加して考えるべきポイントがありますね。 それは、沿岸域での海水中の濃度は拡散によって徐々に低下すること。メチル水銀の場合には、水銀濃度は、地球というものの特性が決めているために、それほど変わるとは思えない。 B君:日経の記事で、研究参与が語っているのは、海水中の濃度が減っても、生物中の濃度は逆に高くなる。◆ポイント8 A君:これは、熱力学的にはあり得ない主張です。生命も、特別に見えることを行っているようではあるのですが、実は、基本的には、熱力学に従っている。しかし、その意味を考えてみますか。 それに、「海が一度汚染されると、生物の体と寿命を通してたまっていく」という表現があって、一度海は汚染したら、終わりだと主張したいようですね。◆ポイント9 C先生:まず、どの元素、といっても、今回はヨウ素131とセシウム137だけだが、そのいずれか、という議論は、セシウムという答えで良いのか。 A君:ヨウ素131の半減期が8日程度ですから、2ヶ月もたつとほぼ消滅するので、やはりセシウム137だけを考えれば良いのではないでしょうか。 B君:現在の状況で、あの近海で漁業をやることはあり得ない。原子炉の冷却にまだ3ヶ月ぐらいかかることを考えれば、セシウム137だけを対象とすれば良いように思う。 C先生:まず、考え方だが、海水中の濃度と平衡になる魚の体内濃度を出してみよう。要するに平衡論で、なにが言えるのか。 A君:ということで、平衡論で、それぞれのポイントについて、検討を。平衡論となると、濃度が鍵です。環境中の濃度と、魚の体内濃度ですが。 まずは、◆ポイント1:セシウムが海水中にどのぐらいの濃度で含まれているのか。 B君:いくつかの鍵になりそうな元素の海水中での存在量を調べてみる。 ナトリウム Na 10790 mg/kg カリウム K 399 mg/kg セシウム Cs 0.000306 mg/kg 表 海水中の1価イオンの存在量 A君:セシウムのある重量あたりの放射線強度Bqを調べないと。セシウム137の半減期を30年として、それをBqに換算する。 B君:微分方程式を解くことになる。 dN/dt=-λN λ=0.693/T ここに、T=30年を秒数に換算して入れる。Nは、Csの海水中の存在量が0.000306mg/kgといった程度の量なので、本当は、ngとかfgとかいった単位でやりたいが。 A君:一般向けということになると、μgまででしょう。1000μg=1mg。海水中のセシウムの存在量が0.306μg/kg。 B君:それでもとんでもない数値になりそうだ。まあ、いいや。 30年の秒数は、946080000秒 λ=0,73^(-10) 1μgのCs137の中の原子の数N N=6^(23)/137*1^(-6) λN=0,73^(-10)*6^(23)*1^(-6)/137 答:1μgのCs137は、4610846ベクレル相当 A君:Cs137は、460万ベクレル/μgということでいきます。 B君:さて、海水中にCsはどのぐらいあるのか。先ほどのデータから0.306μg/kg。このセシウムは、ほとんどが放射線を出さない。もしも、このセシウムがすべてCs137だとしたら、141万ベクレルといった放射線を出しているはず。 A君:今回の福島原発以前のCs137は、海水中からの放射線は、0.003Bq/Lぐらいだった。ということは、セシウム全量に対するCs137の割合は、2^(-9)、ということは2ppbぐらいだった。 B君:ところが、 http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php? cdjournal=radioisotopes1952&cdvol=48&noissue=4&startpage=266 海産生物と放射能―特に海産魚中の137Cs濃度に影響を与える要因について― 笠松 不二男 (財) 海洋生物環境研究所 [発行日: 1999/04/15] [公開日: 2011/03/10] これによれば、スズキ中のCs137からの放射線量は、0.22〜0.67Bq/kgで、これは、海水中の濃度の71〜176倍多いとしている。そして、統計的には、98±19倍と結論。 A君:これが生物濃縮だということの根拠となっている論文ということです。公開されたのも今年の3月10日で、なんというタイミング。笠松氏の所属が、これまた、日経記事の御園生氏の所属と同じ。 C先生:今回の福島原発以前については、これで◆ポイント1は済んだとして良いか。 A君:OKです。それでは次です。◆ポイント2,3,4に行きますが、Cs137がどういう経路で、スズキの体に取り込まれると考えられるのか。 B君:当然、餌、海水。こんな論文がある。 http://www.kankyo-hoshano.go.jp/08/ers_lib/ers_abs39.pdf 第39回環境放射能調査研究成果論文抄録集(平成8年度)、p82,82 平成9年12月科学技術庁。 石川雄介他、 スズキの放射性セシウム蓄積における海水塩分の影響 (財) 海洋生物環境研究所、放射線医学総合研究所。 スズキにCs137を強制的に与えて、それがどのように分布し、どのように減衰するかを調べている。 ただし、海水の濃度を100%、50%、10%と変えているために、題目のように海水塩分の影響ということになっている。 スズキを12部位(頭部、エラ、ウロコ、ヒレ、皮膚、筋肉、脊柱骨、肝臓、胆嚢、その他の臓器)に分けて、放射線を測定している。 これによれば、次のような結論になっている。 (1)当初、全身にCs137は分布するが、徐々に減衰する。生物学的な半減期は、100%海水で61日。 (2)減衰速度は、筋肉以外では早く、他の部分に存在したCs137は、筋肉に集中する傾向がある。 (3)塩分濃度が低くなると、Cs137の排出速度は遅くなる。 A君:これだと、◆ポイント7の魚類体内での半減期が見事に解決しているではないですか。 B君:まあ、◆ポイント2、3、4の推論を後からやるのも悪くはない。 経路だが、餌から入るというのが多いという結論で良いのではないだろうか。エラからというのもありそうには思うが。 C先生:計算の仮定だが、セシウムは、筋肉の細胞膜の中のカリウムの一部を置き換えているとしよう。まず、海水中のセシウム/カリウムの比と同じ割合だと仮定して、その際の魚の放射線量を予想してみう。 A君:筋肉に存在するということは、細胞の中ということですね。通常の細胞だとその中に含まれている陽イオンの主な成分は、カリウムイオンで、平均濃度140mEq/L、ナトリウムイオンは、平均濃度12mEq/Lとある(mEqは、カリウムイオンで0.039g、ナトリウムイオンで0.023g)とありますね。この数値は、ヒトの場合だが、魚にも使ってしまいます。 http://merckmanual.jp/mmpej/sec12/ch156/ch156b.html B君:細胞液1Lには、5.47g(140mEq)のカリウムが存在している。セシウムは、サイズの大きなカリウムみたいな元素なので、このカリウムの一部がセシウムに置き換えられていると考えよう。 海水中の組成は、 カリウム K 399 mg/kg セシウム Cs 0.000306 mg/kg 原子量で割って、mEq(これは当量という考え方で、イオンを重さではなく、数で取り扱うため。すなわち、1個のカリウムイオンは、1個のセシウムイオンで置き換えられるという考え方)に直せば、 カリウム K 10.2 mEq/kg セシウム Cs 2.3^(-06) mEq/kg 海水中の組成の同じ割合で、カリウムの一部がセシウムに置き換えられたとすれば、 140mEqのカリウムのうち、ほんのわずかの量がセシウムに置き換わって、その重さは、 140*2.3^(-06)/10.2*132.9*1000 μg=4.2μg A君:先ほどの検討で、 1μgのCs137は、4610846ベクレルということにしたので、4.2μgだと、 461万*4.2=1936万ベクレル このうち、さきほど計算したように、2^(-09)がCs137だとすると、想定される放射線は、0.0387Bqとなる。 B君:なるほど。この推測値は、スズキで観測された放射線の範囲0.22〜0.67Bq/kgの1桁下だということになる。 C先生:これは、カリウムが細胞膜の中にしか無いと仮定していることになる。それ以外の部分に存在するカリウムを無視している。 A君:その仮定ですが、スズキの場合、どのぐらい誤差があるのか。いずれにしても、この仮定が正しければ、スズキの細胞膜の中でのK/Csの存在比は、天然に海水中での存在比よりも10倍ぐらいCsが多いということになる。 B君:そんなに悪くないのではないか。この10倍が生物濃縮の実態だろう。 C先生:細胞膜の中へとKイオンを取り込むのは、細胞の内外で、Naイオンの濃度差を付けて、この濃度差を利用して、生化学反応を行うため。そのため、Naイオンを細胞膜の外に運び出すナトリウムポンプがいつでも動いている。今回の結果を見ると、細胞膜の中にKイオンを取り込むKチャンネルというものは、少なくともスズキの場合、Kのサイズぴったりに作られている訳ではないということか。 A君:ナトリウムポンプの仕事は、考えてみると細胞膜内でのNaの濃度を下げるためなので、電荷の中性をとるために変わりに入ってくる1価の陽イオンとしては、別にKでなくても構わない。ルビジウムRbでもセシウムCsでも。だから、カリウムチャンネルは、大きめに作られている?? B君:これまでの考察では、Cs137が特別に排出しにくいという物質ではないことも分かってきたので、こんな結論になるのだろうか。「魚の細胞の中のCsは、カリウムの一部を置き換えると仮定した平衡濃度の10倍ぐらいの量が入るが、抜けないという訳ではない」。これが、◆ポイント7の答え。 A君:となれば、◆ポイント8:研究参与が語っている、「海水中の濃度が減っても、生物中の濃度は逆に高くなる」、はありえない。今回の考察でも、平衡論に近い考え方が成立しているようだ。すなわち、熱力学に従った現象だと言える。 「海が一度汚染されると、生物の体と寿命を通してたまっていく」という表現があって、一度海は汚染したら、終わりだという◆ポイント9も、いささか感情論。勿論、汚染するのを避けることが原則ですが。 B君:今回、◆ポイント6、7は議論しなかったが、答えは明らかで、やはり、放射線の影響は、60歳以上は余り気にすることはないというのは明らかなので、子どもと妊婦には注意ということで良いのでは。 A君:さらに文献を探しましたら、 「環境における放射性物質の生物濃縮について」 清水誠、Radioisotopes, 22, 662-673 (1973) という文書が見つかりました。 http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=radioisotopes1952& cdvol=22&noissue=11&startpage=662&lang=ja&from=jnltoc B君:この文書では、魚の生物濃縮の倍数として10〜100と述べている。この倍数の定義は、先ほどの論文の場合と同じで、先ほど我々が算出したセシウムはカリウムと見なされ取り込まれると考えた場合の定義と10倍ぐらい違うようなので、魚種によって、生理機能による濃縮の倍数は、1〜10倍と読めば良いのではないだろうか。 C先生:大体、そんなところなのではないか。魚種によって、その生育環境、特に、深海魚か表層魚かどうか、などによって、Kチャンネルやナトリウムポンプの作られ方が違うのかもしれない。 |
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