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   朝日新聞の「豊洲でシアン化合物検出」
     
こんな記事にいちいち反応しないで下さい 09.22.2016
     



 9月21日の朝日新聞に、豊洲の地下の水からシアン化合物が検出されたという記事が出ました。不要部分を省略するとこんな記事です。

引用開始

  『豊洲市場の問題で、都議会公明党は20日、豊洲市場の水産卸場棟の地下で採取した水から、環境基準では不検出であるべきシアン化合物が1リットルあたり0.1ミリグラム検出されたと公表した。水は、14日に採取したもの。
 技術会議の委員で、都環境科学研究所の長谷川猛・元所長は「検出されたのは汚染の無いきれいな河川と同レベル。基本的に人の健康に影響はない」と話す。
 一方、元日本環境学会の畑明郎・元大阪市立大大学院教授は、「猛毒のシアン化合物が検出されたことは極めて重大だ。シアン化合物は揮発性があり、今回検出されたものはある程度、揮発した残りとも言える」と指摘する。
 都は「専門家会議が安全性を検証しており、現時点ではコメントできない」としている。』


引用終了

 皆さんは、このような記事が出たとき、どう判断しておられるのでしょうか。個人的な話ですが、私の場合でも、すべてのデータが頭に入っているなどということは、絶対にありえないことです。そこで、まずは、最低でも、いくつかの事実をチェックをする必要があるのです。どのようなプロセスを実行するのか。

 まず、環境基準はどのような科学的理由で決っているか、その根拠を調べることから始めます。インターネットを検索して、それらしき情報がある文書を探します。

 簡単に見つかります。 
https://www.env.go.jp/council/toshin/t090-h1510/02.pdf にある環境基準項目等の設定根拠等がそれです。

 全シアンという項目がp13以下にあります。環境基準値を見ると、検出されないこと(定量限界0.1mg/L)とあります。そもそも、現時点での測定機器は、その気になれば、分析精度が非常に高いものがありますが、それを使うのではなくて、野外で簡単に持ち運ぶことができる機器を使って、この場合ですと、定量限界が0.1mg/L程度の測定器では「検出されない」ことになっているのです。朝日新聞の記事によれば、「1リットルあたり0.1ミリグラムが検出された」と書かれていますが、これは、定量限界と同じ値ですので、新聞記事としては、「検出されたとするか、検出できなかったとするか、その境界線である定量限界と同じ値であった」、と書くべきなのです。

 なぜ、そう書かなかったのか。それは、そう書いたら、なんだ、「安全な値ではないか」、と思うのが普通だからです。そうなれば、ニュースにならないのです。記者は、0.1mg/Lが定量限界であることを知ってたと思います。なぜならば、畑明郎元教授のコメントが変だからです。「今回検出されたものはある程度、揮発した残りとも言える」というコメントをわざわざ文字にしているということは、元々は0.1mg/L以上であったという雰囲気を記事にしたい、という思いが記者にはあったと推定できるからです。

 ところで、「揮発した残り」ということは事実なのでしょうか。これは、なかなかの疑問です。たしかに、HCN(青酸)という化合物は揮発性が高いです。青酸カリというと毒物として有名ですが、これを摂取すると、胃酸と反応して、青酸ガス(HCN)が胃のなかで発生して、それが毒性を発揮すると言われているのです。

 豊洲の場合、そのような条件があったでしょうか。地下に溜まっていた水は、新しいコンクリートの上に溜まっていました。ということは、この水はまだ硬化を続けているセメントと接触していたために、かなりアルカリ性が強いものだったと推定されます。となると、シアンは、むしろ揮発性の低いシアン化ナトリウムの形で存在したいたのではないでしょうか。もしそうだとすると、畑明郎元教授の発言、「シアン化合物は揮発性があり」の中のシアン化合物は、何を意味したのだろうか、という疑問が出てきます。記者の要望によって、シアン化ナトリウムという言葉をシアン化合物と直したのではないでしょうか。

 これまで、無視して話を進めてきたことが一つあります。それは、この基準では、「全シアン」になっていることです。ところが、その下に記述されているCAS No.は143-33-9とシアン化ナトリウムを示しているようです。それも当然とも言えます。環境中にある水には、Naイオンが存在していることが普通だからです。

 となると、定量限界の0.1mg/Lは、CNイオンとしての数値だけれど、存在形態としては、NaCNを想定しているということになるのでしょう。

 最後に、余分な情報ですが、水質基準として、どのようなものが世界的に使われているかです。

 WHO飲料水水質ガイドラインは、シアンは0.07mg/Lです。日本の環境基準値0.1mg/Lは、これよりもちょっとだけ大きいだけです。たまには、湖や川の水をそのまま飲むことを考えているのでしょうか。米国では、0.2mg/L、EUでは、0.05mg/Lという値が使われています。

 それでは、シアンの急性致死量はどのぐらいなのでしょうか。この文書にも、6.基準値の導出方法等という記述があって、このような記述があります。

 「シアンの経口致死量については、人間の事故による事例、動物実験の結果に基づく考察等により、シアン化カリではほぼ 150〜300mg/人と考えられており、シアン換算で 60〜120mg/人が半数致死濃度と考えられる。通常、人間が一回に飲用する水の量は 0.5 リットル程度であることから飲用時における許容濃度は安全率を 100 倍に見て許容限度は一応 2mg/lと考えられる。
 現行の基準値は、これらからさらに安全率を見込み「検出されないこと(定量限界0.1mg/l)」とした」。

 飲料水の場合、1日に2L飲むことを前提として基準が作られているのですが、ここでは、1回には0.5Lぐらいしか飲まないだろうということで議論がされています。0.5Lしか飲まなくても、毒性が蓄積する場合には、別の考え方をする必要があります。しかし、シアンの場合には、慢性の毒性がほぼ無いと考えられているためと思われますので、妥当な考え方だと言えます。シアンの慢性あるいは蓄積性の毒性ですが、まず、シアンは天然物です。例えば、日本だと青梅に含まれていますが、中毒するまで大量に食べるのは大変でしょう。一方、熱帯地域ではキャッサバ(イモ)は、おろして水で洗って食べますが、主食の一つです。水で洗う理由は、キャッサバにはかなり大量のシアンが含まれているからなのです。シアンで慢性的な毒性が出ることはないことが、人類史レベルの時間を掛けて証明されています。

 通常、ヒトが一回に飲用する水の量は、最大でも0.5リットルぐらいなものなので(川・湖・沼などの水をいきなり0.5リットルも飲むか??)、安全率を100倍見れば、シアンの許容濃度は2mg/Lぐらいだと考えれるのです。さらに安全率を見込み、検出されないこと(=0.1mg/L)を基準値とした、と記述されています。まあ、超安全な値にしたのが、日本の環境基準値です。

 朝日の記事で意見を述べられた2名ですが、長谷川猛・元所長のコメントは、ここまでやってきた検討とほぼ同じ結論です。全面的に同意します。

 もう一人の畑明郎元教授のコメントですが、朝日の記者にこう言って欲しいと説得され、言ったことにした、という説明がもっとも妥当性が高いように思います。新聞記者が、コメントをこうやって作るのが、今では普通になってしまいました。これは、福島第一の事故以来の非常に強い傾向です。

 皆様も、朝日新聞のこんなひどい記事をまともに信じないように、お願いします。