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  ダイオキシンで暗殺? 12.12.2004



 今週の環境でちょっと記述したが、ウクライナ大統領選の野党側の候補者ユシチェンコ氏が、ダイオキシンで暗殺を謀られたと称している。

 比較写真を見ても、最近の写真は、なにかニキビ状の皮膚の凹凸が激しい。
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,3-1393172,00.html
http://www.cnn.com/2004/WORLD/europe/12/10/yushchenko.austria.ap/
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041212-02197976-jijp-int.view-001

 新聞情報だけからどこまで推測が可能だろうか。

追加1: ちなみに、渡辺正先生からの情報によると、「猛毒のダイオキシン」と書いた新聞が大部分。唯一、読売だけが、「猛毒の」という接頭語を用いなかったらしい。英語の記事だと、どこにも「猛毒」といった表現はない。

追加2: 13日月曜日の7時のNHKニュースに、国立環境研の遠山氏が出てきて、このニュースの解説をしていた。ダイオキシンの毒性について、例の言葉、「サリンの数倍」を繰り返していた。もともとは、「サリンの2倍」だったはず。これがなんと強化されている。しかし、神経毒のサリンと、慢性毒性性が中心のダイオキシンを比較すること自体、全く無意味なんだけど。
 いずれにしても、ダイオキシンの専門家は、なかなか「ダイオキシンは怖くない」とは言わない。なぜなら、これまで嘘をついていたのか、と非難されるからである。特に、財務省からの非難は大変怖いぞ!!!(遠山氏の過去については信頼しているが、今回の状況でのこの言葉の使用は不用意の極みである:この括弧内の部分は2005年1月29日追加

追加3:
 14日の朝日新聞の朝刊は、ご丁寧にも、このニュースを大々的に掲載。夫人の「唇から毒の香り」という言葉が興味をそそるような書き方になっている。一体何が目的の記事なのか。解説者として登場するのが、長崎県長与病院の石川武彦院長。「カネミ油症と類似している」。もう一人の井上尚英九州大学名誉教授の発言は、極めて妥当。「致死量が分からない物質で殺そうとするのは考えにくい。ダイオキシン類であれば、顔のぶつぶつは10年くらいは消えない」。しかし、続く次の発言はいささか疑問。「そのことを知っていて、イメージダウンを狙ったのではないか」。実際は、むしろ相手側のイメージダウンになったような感じだからだ。


C先生:まさかとは思うが、確かにかなり老けた顔になってしまっている。年齢が50歳とは思えない顔になってしまっている。

A君:新聞情報を、再度、一通り整理しましょうか。
 ユシチェンコ元首相は、検査のためにウィーンの病院に入院。その検査によって、血液や体の組織から通常の1000倍もの高濃度のダイオキシンを検出。「口から摂取された可能性が高い」と発表。
 9月、政府関係者に招かれた夕食会の後体調を崩し、今回検査したウィーンの病院に緊急搬送された。顔がはれ、青黒い発疹がでるなど、人相がすっかり変わってしまった。
 陣営幹部は、「ヤヌコビッチ首相陣営が、生物兵器用の毒物で暗殺をはかった」と主張、首相側は全面的に否定している。

B君:キーワードとして重要なのが、(1)1000倍、(2)青黒い発疹、(3)生物兵器用の毒物、といったところ。

C先生:体内濃度がどのぐらいが普通かということについての情報は?

A君:ダイオキシンの場合、体内の濃度は、pg/g−fatという濃度で表示されることが多いですね。ダイオキシンは、油溶性の物質なので、体内組織内の脂肪分に濃縮されている。

B君:環境省は、ダイオキシンの体内濃度を測定している。特に、被害があるとされた所沢、能勢町の2箇所について継続的に検査を行っている。その結果が比較用によいのではないか。

A君:3月10日2004年の報告書がありますね。その報告書によれば、全国5箇所と所沢、能勢町について比較検討をしています。その結果は、大体次のようなものです。
http://www.knights.co.jp/newscontena/kiji0403_8.pdf

・血液中のダイオキシン類濃度
対象者全員の平均値 27pg-TEQ/g-fat(血中脂肪1g あたり)
5 地域の平均値の範囲 22〜34pg-TEQ/g-fat

・食事経由のダイオキシン類摂取量
対象者全員の平均値 1.3pg-TEQ/kg 体重/日(1日体重1kg あたり)
5 地域の平均値の範囲 0.93〜1.8pg-TEQ/kg 体重/日

・継続調査
平均値 26〜27pg-TEQ/g-fat


B君:この継続調査というのが、所沢と能勢町。要するに、他の地域と全く変わらない。焼却炉から排出されたダイオキシンは、体内に摂取されなかった。

C先生:体内に蓄積されている全ダイオキシン量というのはどんなものになるのだ。体脂肪率を考えると。

A君:体脂肪率は、男性標準が10〜19%、女性標準が20〜29%。

B君:男性15%、女性25%を平均とするか。もしも血中脂肪1gあたり、27pg−TEQ(等価毒性量)だとしたら、男性の平均体重を60kgとして、脂肪分が9kg。えいやと近似して10kg。結果的に270ngが体内にあるダイオキシン量。

C先生:この間の記事にあるように、体内負荷量が86ng/kg以上だと考え、安全係数を10だとしたというのが、現在の規制値算出の根拠。となると、普通の大人の体内負荷量は8.6ng/kg以下。多少余裕を見て、5ng/kgだとすると、体重60kgとして、300ng。大体合うな。

A君:しかし、女性だとすると、負荷量ぎりぎりあるいはそれを超している?

B君:どうなんだろう。女性の場合には、蓄積する能力が高いということでもあるので、血中濃度など、人体に影響を与えるような濃度はそれほど高くもならない、のではないか。

C先生:基本的に、体内負荷量のようなものが問題にされているが、それは、決して濃度ではない。体内負荷量ですべての議論をすることに無理があるという解釈でよいのではないか。

A君:詳しい議論をするのは、今回の目的ではないですが。さて、これで大体の数値の枠組みは出来ました。平均的なヒトは、5ng/kg程度のダイオキシンを主として脂肪中に蓄えている。これが基礎ですね。

B君:今回の第一のキーワードが、まず、1000倍だ。となると、なんと5μg/kgぐらいのダイオキシン濃度ということになる。このユシチェンコ氏も、そんなに体重が少ないとは思えない。そうだな、80kgは確実。となると、彼の体内には、400μg程度のダイオキシンを受け入れてしまったと仮定できそう。

A君:口からの摂取だとして、摂取効率は、0.2〜0.5ぐらいでは。となると、0.8mg〜2mgぐらいのダイオキシンを食べさせられたことになる。

B君:モルモットの半数致死量が0.6μg/kgと言われていて、ユシチェンコ氏は、その10〜30倍程度のダイオキシンを摂取していしまったことになる。ヒトがモルモット並みの感受性であれば、ユシチェンコ氏は確実に昇天していただろう。やっと回復傾向だそうだから、少なくとも、ヒトはモルモットよりも遥かにダイオキシンに対して耐性がありそう。

C先生:ダイオキシンを2mg食べされるには、何をどう食べさせればよいのだ。

A君:ダイオキシン心配派は、焼却灰だと言うのでは。

B君:それは無理だ。ある反対派の記事によれば、能勢から品川に運ぼうとして八潮住民に拒否された焼却灰には、煙突底部の灰のように、1億2000万pg/gといった超高濃度のものが一部含まれていると記述している。

C先生:それは確かに濃度が高い。120μg/gということになるか。2mgのダイオキシンを食べさせるには、20g程度で良いから。

A君:ただ、その品川へ運ぼうとしていた焼却灰の濃度は、平均的には、2μg/g程度のようですよ。となると、1kgの焼却灰を食べさせなければならない。

B君:20gの焼却灰にしても、一回の食事で食べさせるのは難しい。1kgとなれば、それは不可能。

A君:多少の謎は残るのですが、少なくとも焼却灰で暗殺は不可能でしょうね。

B君:あたり前だ。もしもそんなことが可能なら、歴史的に何万人もの人々が焼却灰中のダイオキシンで暗殺されたはずだ

A君:それが常識というもの。ヒ素で殺された人は数知れず。普通の人は、ヒ素を入手するのは難しいはずなのに。

C先生:ところで、その能勢町の焼却炉を解体した作業員の体内濃度が非常に高かったというニュースがあったが、あれはどうなったんだっけ。

A君:それは、昨年の9月に和解して決着しています。中西先生の記事を見て下さい。
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak226_230.html

B君:2003年の9月6日に、作業員が総額5億3千万円の保証を要求していた裁判が、三井造船側が3000万円を支払うことで和解。中西先生によれば、「原告もそれなりの納得をしたのだ」

A君:もう一つ問題があったとされていますね。最高値5381pg/g−fatという厚生労働省の値がおかしいという噂が流れている。

B君:この5381pg/g−fatという値が出たときには、これは相当なものだ、という印象だった。普通25〜28といった数値だとしたら、200倍にもなるから。

A君:本当は、1/3、1/10といった値だったらしい。

C先生:次のキーワード、ユシチェンコ氏の青黒い発疹だが、いわゆるクロルアクネと思える。このクロルアクネは、ダイオキシン関連では、ある程度共通的に見られるようだ。

A君:セベソ事件でもクロルアクネは見られているようで。最低だと10ng/kg程度の摂取量で見られるようですから。ユシチェンコ氏は、この200倍ですからね。

B君:10ng/kgという量は、かなり低い量だ。しかし、これを2〜3ヶ月といった間に摂取する必要があるようで、体内蓄積量とは多少違うようだ。

A君:前回も議論しましたが、4pg/kg/日というTDI(耐容摂取量)だとして、100日間でこれを摂取したとすると、毎日100pg/kgですか。基準値の25倍ぐらいを100日間摂取すると、クロロアクネになる人が出てくる。

B君:この程度の量だと、結構事故例などもあるので、データが揃っている。しかし、ダイオキシンのヒトでの致死量が分かっていないということは、致死事故が余り起きていないことを意味する。

C先生:クロルアクネだが、能勢町の施設作業員について、厚生労働省の報告書では、皮膚視診などの検査結果として、「ダイオキシン類へのばく露によると疑われる所見なし」としている。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/0111/h1108-4.html
 さらに、この報告書では、最大480.4pg/g−fatであった対象者の濃度も順調に下がっている。しかも、2年間で半減。意外と、ダイオキシンの代謝は早いのかもしれない。いずれにしても、先ほど問題になった5381pg/g−fatといった値ではなかったようだ。

A君:まあ、クロルアクネ以外の急性毒性については、考えなくて良いということですか。

B君:そう言えるだろう。慢性毒性としては、発ガン性と環境ホルモン性ということになるが、これも前回議論した。

C先生:最後に、(3)生物兵器用の毒物というキーワードは何だろう。

A君:生物兵器って毒物というイメージではないのですが。

B君:化学兵器なら分かるが。

C先生:CNN.comに、Biologicalというキーワードがあるが、それ以上何もない。
http://www.cnn.com/2004/WORLD/europe/12/12/yushchenko/index.html
 これは想像だが、ダイオキシン、オレンジエード(ベトナム戦争の枯葉剤)、Biologicalという連想になっているのではないだろうか。

A君:ありそうな話で。

B君:結局、ダイオキシンで暗殺をしようとしたのなら、それは難しいということを今回の事件は証明したようなもの。

A君:ただ、ダイオキシンを不純物として含む何かを食べさせようとしたら、焼却灰にしても、PCBにしても、まあ、不可能なほどの量を食べさせないと。ということは、かなり純粋なダイオキシンが手元にあった?

B君:純粋な試薬であれば、2mgぐらいでよいから、それなら、簡単に食物に入れることが可能。

A君:純粋なダイオキシンは、確かに売っていることは売っているのですが。入手は困難。

B君:それでも、なんとかなるのだろう。ウクライナの政治家ならば。

C先生:まあ、いずれにしても、今回のこの事件で、ダイオキシンで暗殺を試みることの無意味さが知れ渡ると、二度と暗殺をしようとする人は出ないのでは。次の12月26日のやりなおし大統領選挙が見ものだが、かえってこのダイオキシン暗殺事件で、ユシチェンコ氏が勝つ可能性が高くなったようだし。(まさかそれを狙ってユシチェンコ氏側の誰かが毒を盛った、とかいうことは無いのだろうな!?!)

A君:日本の話に戻れば、日本人のダイオキシンの体内蓄積量は、環境省の調査によっても順調に低下中。

B君:しかし、魚中のダイオキシンが最大の摂取源であることには、変わりはない。

C先生:魚にしても、前回の結論程度の注意を払うことで十分だろう。本日は、帰国早々なので、この程度で。