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   職を創る
 世界の最重要事項  12.23.2012




 総選挙の結果があのような形になったことを受けて、衆議院議員の多くの人々に、「職を創ること」を考えて欲しい、という思いで、この文章を書くことにしました。

 日本の景気は、今年も曇〜雨でしたが、これは日本だけの問題ではなく、先進国共通の問題であって、この国の景気の動向を、一国の政治だけで簡単に変えられるようなものではないのです。

 12月18日付けの日経の一面にあるように、「経済の再生に魔法はない」のです。欧米の中央銀行が常識を超えた金融緩和に走っていて、その圧力と比較的保守的な運営をした日銀のお陰で円高になっていたことを、安倍流のインフレ策によって若干是正できることはあるでしょう。しかし、副作用もあることを考えなければならないのです。

 日本の停滞の根本的な原因は何か。また、世界全体、特に、先進国が停滞してしまう理由は何か。実はいくつもの要素の複合的な効果であって、何か一つを変えるぐらいの政策は、それこそ対症療法で、大きな副作用を伴う可能性が大きいということを、まず理解して貰いたいと思っています。

 公共投資が多少必要なのは認めますが、少なくとも、公共投資だけでは、日本の停滞は救えません。もっと、根本的な問題があるからです。

 それでは何をしたら良いのでしょうか。今のところ、世界中の誰もが、解を持っていないと思うのです。しかし、何か考えなければ、解も見つかりません。

 そこで、本記事では、イノベーションと雇用の関係という方法で可能性を検討してみることにします。



現状分析1
まともな職業が蒸発した


 まず、デフレとインフレについてであるが、これは需給バランスの問題である。それなら、何が余っていて、何が不足しているのか。

 世界中でもっとも不足していることは、「まともな仕事」である。英語で言えば、"decent job"。

 そして、世界中でもっとも余っているものは何か。まともな職業に就いて働きたい人々である。

 さらに、世界中で余っているのは、人力を必要としない自動化された製造設備・製造手段である。

 そのため、仕事は不足しているのに、モノが余る。

 もう一つ不足しているものが、買い手である。1980年代まで、モノを持っていない人々が多かった。そのため、モノが売れた。ところが、先進国では、また、途上国でも一部の富裕層が、すでに多くのモノを持っている。

 全く新しい製品を作り出すのは難しい。ちょっとだけ新しい製品を欲しがる人がいることもあるが、3Dテレビのように、新しいと認識されなければ、誰もこれを欲しがらない。

 本当の意味で、全く新しい製品であれば、使ってみたいという欲求を刺激するので、多くの人を刺激できる製品は確実に成功する。

 別の言葉で表現すれば、成功する製品には、その製品に固有の「価値」が付属している。「価値」こそが、もっとも需要なキーワードである。

 シャープが失敗したのは、製品そのものの価値ではなく、除菌エアコンや四原色カラーテレビのように、インチキな付属的価値を本体の価値として売ろうとしたことである。パナのナノイーも実体も価値も不明の製品である。

 新製品でなければ、売るのはもっと難しい。すでに普及している製品は、日用品・食料品のように、必要量以上には買うことはない。そのため、一般的な製品は余り気味になる。

 食糧は、大昔は1人の農夫が10人分の穀物を作るのが大変な作業だったが、米国のような大規模農業をやれば、1人の農夫が1000人分の穀物を生産することができる。

 世界中の農地は32億ha程度あるが、農業の生産性が高まったために、現時点では半分程度しか使われていない。土地もその価値が低下した。すなわち、土地デフレである。

 このような状況のため、まともな仕事は減り、decent jobは貴重品に、そして、多くの製品はデフレ状態になる。


現状分析2
人口減少によるデフレ、金融緩和、貿易収支


 藻谷氏の著書「デフレの正体」によれば、デフレは人口ピラミッドの時間変化によって、必然的に起きることである。

 米国のように、英語を喋れない移民を受け入れて、人口ピラミッドを正常な形に近づけようとすることで、人口が原因のデフレを防止するといったことでもやらないと、デフレは必然的に起きる。

 それでもデフレ気味の米国では、中央銀行による、凄まじく常識を超した金融緩和が行われている。しかし、その有効性には限界がある。

 これまで日本の金融緩和は良識的なスタンスで行われているので、結果的に円高を招いてきた。これを政治的な圧力によって欧米並みの常識を超えた金融緩和を行うという意図を安倍総裁が表明したことによって、現時点では、円安に振れている。

 円安のもう一つの原因は、原発を稼働しないことによって、天然ガスなどの化石燃料の輸入が莫大な金額になっていて、貿易収支が赤字になっていることである。

 貿易収支の多少の赤字はむしろ歓迎すべきことで、日本には黒字の資本収支があって、経常収支が多少赤字でないと、円高傾向に進むからである。円高は輸出企業にとっては、死活問題のレベルにまで来ている。

 財務省発表による国際収支速報によれば、貿易収支は、2007年頃には半期で5兆円を超す黒字であったものが、現時点では、2兆6000億円の赤字。加えて、サービス収支は1兆7000億の赤字であるので、貿易・サービス収支は半期で4兆3000億円の赤字になっている。

 それでも所得収支があるので、経常収支は、2012年上半期で、なんとか2兆7000億の黒字を守っている。

 しかし、もう一つ、貿易収支で悪い現象が起きている。それは、世界で唯一売れている商品とも言えるスマホの輸入が、2兆円程度まで増加していることである。世界的にはアップル、サムソンが独占状態に近いが、そこには、日本メーカーの存在感が全く見えない。

 現在のように、バグがあって暴走するスマホを製造販売しているような実態であれば、極めて、当然のことである。これに対して、アップルがサムソンとが競争していることは、ヒューマンインターフェースの使用感覚のような「感性のレベル」である。高級デジタル一眼で言えば、シャッターボタンを押した感覚、といった世界である。日本のスマホが勝てるとしたら、省エネ性能を極限まで高めることで、3日に1回の充電ですむスマホを開発することぐらいではないだろか。

 多くは述べないが、日本国債の日銀と外国人投資家の所有割合が増えていることも、大きな懸念事項である。

 この状況で金融緩和によって円安を実現しようとすれば、国際収支は悪い方向に向かい、ある一線を超すと、とんでもないことになる可能性もある。

 だからといっても、何もしなければ、円高基調は変わらず、日本の経済も復活しないかもしれない。

 赤字国債を発行し続けることは、まだしばらくは大丈夫ではあるが、やはりどこかに限界線があり、その限界線も間もなく現実のものになりそうである。

 現時点で、政治的な手法によって経済の状況、特に、職が不足している状況を改善するのは、かなり難しい。


過去からの推移
歴史上はじめてのことか


 なぜ、職が無くなるような事態になったのか。これは歴史上はじめてのことなのか。

 そんなことは無い。ラッダイト運動という話を世界史で習ったのではないか。これは、産業革命にともなう自動織機などの導入によって、失業を恐れた手工業者・労働者が1811〜1817年頃、イギリス中・北部の織物工業地帯で起こした機械打ち壊し運動である。

 イギリス政府は、機械打ち壊しの首謀者などを死刑にする法律を作り、実際、何名かが処刑された。

 現代でも同じようなことは起きる。イノベーションが起きれば、それまでの仕事が破壊されることは当然のことである。クリステンセンの著書「イノベーションのジレンマ」は、まさに、このような課題を扱っている。

 この本は、なかなかの名著だとされているので、お読みいただくことが良いかもしれない。

 農業が変わったことも大きい。1950年以降、単収が増加しはじめた。12月26日発売予定の拙著「地球の破綻」の図を公開しているが、その29〜32枚目あたりをご参照いただきたい。
http://lebenbaum.art.coocan.jp/PPT/UsedFiguresBankEarth.pdf

 1800年頃なら8haを耕作しなければならなかったのが、現時点だと1ha耕作すれば、同じ量の穀物が収穫できる。そのため、機械化農業が行いやすい平坦な場所だけで穀物生産が成立している。

 日本国内には、そのような場所は少ない。コメを含めて、穀物は生産効率面で勝負にならない。

 大豆は、世界的に遺伝子組換え作物になっている。以前であれば、豆類は根粒菌によって空中窒素を固定するので、その周辺には雑草がはびこった。その除草のために70人程度が必要だった農園の運営が、今や除草耐性の大豆のお陰で、1人の農夫で足りるようになった。

 日本の農業は、したがって、オランダ型の高付加価値農業と景観などを含めた農業の環境保全性に注目したコメ、この2種のみになるだろう。


必要条件
イノベーションは必須


 いかにクリステンセンの言うジレンマがあろうと、イノベーションは必須である。イノベーションはいわば人類の慢性病のようなもので、イノベーションなしでは、人類の未来は明るくなり得ない。しかし、イノベーションによって、古い職は蒸発することは事実なので、新しい職を生み出すイノベーションでなければならない。

 最近、エネルギー資源、食糧、鉱物資源の価格が上昇している。それは、地球の破綻が起きる前兆なのだろうか。実際には、違うようだ。世界に存在する過剰流動性をもった投資資金が、儲けのチャンスを狙って素早く動き回っている。そのため、それが集中すると、その市場での価格は上昇する。

 地球の破綻は、色々なことで起きる可能性がある、エネルギー資源、食糧は、不足すれば破綻状態になるが、実際には、破綻になるほど不足するとは考えにくい。

 一方、気候変動、生物多様性の喪失、さらに、金属資源の枯渇は、ひょっとしたら破綻状態になる可能性を秘めている。

 これら3つの現象にたいして、適切な対応を行うことは、近い将来の重大な課題である。これは、イノベーションの第六期が対象とすべき課題である。


分析・解析
これまでのイノベーションと技術要素


 第六期のイノベーションとは何かを考えるために、解析を行う。

 先週のHPに掲載した図4を見ていただきたいが、
http://www.yasuienv.net/SARpart2Future.htm
ここでは、表の形で再掲する。人類は、産業革命以降、これまで5回の歴史的なイノベーションを行なってきた。

第一期:1785〜1845
 技術要素:機械化、繊維、水力、鉄
第二期:1845〜1900
 技術要素:蒸気機関、鉄道、鉄鋼
第三期:1900〜1950
 技術要素:電気、化学製品、内燃機関
第四期:1950〜1990
 技術要素:石油化学、航空機、電気製品
第五期:1990〜現時点
 技術要素:デジタル、インターネット、バイオ、ソフトウェア

 第一期では、機械化というイノベーションによって、毎日毎日、繰り返し何かを行う単純な手作業の仕事が蒸発した。しかし、第一期に起きたイノベーション、水力や鉄などによって、それまで考えられなかった仕事ができた。

 第二期にできた蒸気機関などの動力によって、人力によって力仕事を行う仕事は消えた。しかし、鉄道などの輸送サービスという新しい仕事が増えた。

 第三期の電気は、人類の成し遂げたイノベーションとしても最大級のものである。そのために、仕事は増えた。化学製品も、1912年に実用化されたハーバー・ボッシュ法による空中窒素固定法のインパクトは大きかった。しかし、最終的には、この方法によって、硝石・チリ硝石の価値は下がり、採掘の仕事は失われた。しかし、第三期に発明された内燃機関は、自動車という大きな商品に利用され、仕事が増えた。

 第四期は、仕事を減らすような発明が少ない時期であった。すなわち、1990年頃まで、これは丁度、日本が経済成長からバブル成長を実現する期間であったが、世界的に人口が増えたために、仕事が減るという状況は考えにくい期間であった。むしろ、水俣の公害、大気汚染など、科学技術の負の側面が現実の被害をもたらした時代だと言える。

 そして第五期である。ここで情報化によって、仕事が消えた。帳簿の整理などが、コンピュータによって代替された。しかし、莫大な情報を取り扱うことができる技術に関わる企業、パソコンメーカー、携帯端末などのメーカー、さらには、Googleのような企業が仕事を増やした。

 しかし、この第五期で、本当の価値を作り出している企業はどこなのだろうか。ゲームやアニメといったある種の情報産業は、日本の得意技にはなったが、所詮、生活必需品ではない。趣味的製品に過ぎない。そのため、何かがあれば、「不要」と言われ、切り離されてしまう。

 第五期で最初に革新的な製造業を実現したのは、最初はメモリーなどの半導体メーカーであったが、やはり、この商品は単純すぎてコスト競争に陥ってしまった。その点、インテルはCPUで長く独占的な地位を築いたのは大健闘であったが、今や、スマホ用のCPUに負けそうな気配でもある。アップルも成功者の1人ではあるが、iPhone5で、そろそろ弱点が見え隠れし始めている。

 第五期のもう一つの特徴が、製造拠点としての韓国、台湾、中国の台頭である。韓国のサムソンは単なる製造拠点ではなく、アップルとも競合できる実力を備えたが、中国は、人件費の安い組み立て産業の立地を提供したに過ぎない。

 しかし、この中国の人件費の安さと人口の多さが、特別な状況を生み出した。すなわち、何かあると、すぐ過剰生産になる状況を生み出した。現在のデフレの大きな原因が、中国の「アジアの工場」化であり、人件費の安い労働人口の多さである。

 第六期:現時点〜2150はどうなるのだろうか。なぜ2150年かと言えば、世界人口が2080年をピークにして、減り始め、2150年には、第四期の最終段階である1985年の50億人レベルに戻っていると予想されるからである。

 第六期の技術要素は何だろうか。全体的な技術の目的としては、「持続可能な地球全体のシステム設計と実装」である。

 個別的な技術要素としては、デカップリング、自然エネルギー、生物多様性保全、高度リサイクル技術、元素革命、超高効率、そして、全体システム設計などになるものと思われる。

 このような技術要素でどのような仕事を得るのか。それは、まさにそれぞれ個人の創造力次第である。何か価値を創造できるかどうかが最大の課題なので、毎日、何か価値を創造しているか、また、創造しようとしているか、すべての人が、常に自らを振り返りながら、日々を過ごすことが必要不可欠になるように思える。


結論その1
価値を生まない公共工事は悪でしかない


 安倍内閣になると、どうも公共工事の復活が行われることになるようだ。

 公共工事関連で今後「価値」が上昇しそうなことが、トンネル事故に象徴される「社会インフラの安全軽視からの離脱」。これは、結構、人手が掛かる話なので、職を生み出すかもしれない。

 しかし、旧来の公共工事もある程度は必要だろう。それは、脱農業で公共工事依存をしてきた日本の歴史を見れば、公共工事なしには生きられない層を作ってしまったことは事実である。その層が引退するまでは、ある程度継続する必要がある。

 しかし、公共工事で生きることを長い間保証することは、麻薬中毒患者を作るようなものである。やはり、できるだけ早く、他の職を見つけることができるようなマインド、すなわち、価値の創造を目指す仕事を持ってもらう以外になさそうである。


結論その2
新しい価値の創造が仕事を作る


 新しい価値を作れば、それを欲しがる人は必ず存在する。すなわち、新しい価値の創造が職を作る。

 新しい価値を継続的に作り出すには、普通なら考えないような発想を敢えてするという教育体系を作り挙げる必要がある。これは、教育とはモノを覚えることだ、という旧来の教育を全面的に変更することを意味する。

 現時点、知識は探せばいくらでも手に入る。インターネットでも、怪しい情報と確実な情報を見分けることができれば、かなり多くの知識が手に入る。

 すなわち、すでに、「知識を与えることが教育ではない」状況にある。この立場をとると、もっとも困るのは、教師ではないだろうか。

 フィンランドの教育がどのようなものか、という放送を見たことがあるが、フィンランドも、昔は、日本流の詰め込み教育を実践し、それでも結構なレベルの学力の子どもを作ってきた。

 しかし、それでは世界的な競争には勝てないという判断に基いて、現時点では、新たな発想をどのようにして持たせるか、という教育体系に全面的に変えた。

 その放送を見ていて感じたことである。「このような発想法だけを教育するのでは、そこから出る発想の内容にはやはり限界がある。最終的には、基礎科学などの知識をかなり大量に活用しながら、自由な発想を行うやり方を教育しなければならない。それはフィンランドでもまだできていないようだ」。

 こんな教育を日本国内で実現することが、日本再生のための最大の課題だろう。


結論その3
新しい価値を速やかに需要に転換


 なんらかの新しい価値がでたとき、それを速やかに需要に結びつけること。これが日本の行政機関にとって、もっとも重要な対応である。これができないで、これまで多くのチャンスを逃してきた。

 山中教授のiPS細胞は、何が正しい使い方か、という倫理的な問題が残る可能性もあるが、医療の世界を根幹から変えて、これまで考えもしなかった価値を作り出す可能性を持っている。

 これまでの日本の再生医療は、省庁縦割りの規制でガチガチに固められていて、良いネタがあっても、実用化にとても時間が掛かった。場合によると、規制のために諦めるという場合も無かったとは言えない。

 詳しくは述べないが、法的規制が、医薬品治験・医療用機器・再生医療などの分野で、欧米に比べて、日本が遅れをとった一つの原因であった。

 他の分野にも色々な問題がある。自ら確認した訳ではないので、いささか怪しい情報かもしれないが、サムソンなどに全く新規の化学物質を納品しようとするとき、日本国内で製造して輸出しようとすると、製造の承認手続きにかなり長い期間を要するが、韓国国内の承認手続きは極めて短いために、韓国に工場を設置することになる、ということがあるようだ。

 韓国側にして見れば、まだ圧倒的に日本が優位を保っている新規化学物質の分野での規制緩和を行うことによって、日本の技術を韓国国内で実施させ、そのノウハウを奪うことによって、韓国の実力を高めることができる機会だと見ているようである。

 安全審査などの規制的行政と、産業育成行政とのバランスの最適なところはどのようなものか。この議論はかなり難しい。

 福島原発の事故の場合には、明らかに規制行政が弱すぎた。さらに、最大の当事者である東電の社会的責任感も弱すぎ、不十分であった。

 規制的行政を緩めるのは簡単である。しかし、それによる副作用が出ると、それは大問題である。

 米国のように規制的行政を格段に弱めて、もしも問題が起きたときには裁判に委ねるという方法論も有りうるが、日本人のマインドとしては、これは許しがたいことかもしれない。現実に犠牲者が出て、はじめて解決するという方法論だからである。

 米国でも、何でも規制をゼロにするという訳には、さすがに行かない。化学物質に関して守るべきものとして、このところ、「子ども・発がん・変異原性・生殖毒性」関連は厳しく管理し、それ以外は緩める方向を目指しているように見える。

 それに対して、日本という国の最大の弱点の一つは、国民がリスクという言葉の本当の意味を理解できていないことである。10万年近く動いていない断層を危ないという議論をしている一方で、30年以内に動く確率が5%もある大断層による新幹線の脱線・東名高速の破壊のような話は無視されている。一方、米国の新幹線は、衝突することを前提として、リスクの検討がなされている。

 「規制緩和とリスクへの対応のバランス」が重要で、これを、どのような日本人でも議論できるような社会的素地を、教育によって創りだすことが、日本に職を増やすためにも、必要条件だろう。

 すなわち、日本人個人の勉強量が日本の将来の鍵を握る。


結論その4
個々の日本人が背負う責任


 最近、新しい価値を生みだそうとする人が減っているように思える。特に、最新の科学技術を活用して、新しい価値を生み出すことは、国の活力にとってもっとも重要な課題なのであるが、この課題に正面から取り組むという気概がない若者ばかりになると、その次の世代には、日本での雇用は無い。

 やっては行けない行為として、悪い例を挙げる。まず、インターネット上で、Twitterやブログで誰かが出した情報や他人の意見を右から左に流して喜んでいるのは、最悪のパターンである。自ら、新しい価値を何も創造していないからである。

 2chなどで匿名で言いたいことを言って、時間をムダに使っていることも、やはり新しい価値を創造する行為からはほど遠かった。低レベル放射線の影響の過大評価など、社会的な価値を潰すことを目的として、議論を行う人々が目についたが、これも最悪である。

 最近、なんらかの主張が先にあって、理屈を後付するという傾向が強まっている。そのために、意見がバラバラで、社会全体としてまとまらない。

 自らの主張をしばらくは控えて、まず、客観的な情勢を分析し、それを共有することによって、ゼロベースで議論を進める必要がある。

 すでに指摘した低線量被曝では、肥田医師などの科学的な根拠が全くない主張を批判的に見ることができない人が多いのは、実に情けない。自分の主張に都合の良い発言だけを、無批判に受け入れてしまう。そして、TPPも同様の状況である。

 それには、まず、自らデータを収集し、それを眺め、包括的な解析を行なって、その結果をかなりの長文にして発表するといった創造的な作業ができる能力を身に付けることが重要である。

 インターネット上に散在している知識を新しい形でまとめ直すといった作業でも、ひとつの価値の創造になりうるようだ。それをある意図をもって継続すると、それはそれなりに社会的な存在感を持ってくる。これが、このHPを1997年から15年間続けている筆者の正直な感想である。まず、これに取り組むのが良いかもしれない。後継者が出ることを期待している。

 最後になるが、インターネットは、ムダに時間を使うツールとしては非常に有効で、引退後の人生を楽しむ手段としては結構有効だと思う。しかし、若い年齢層であれば、自分の知的創造活動の一つとして、インターネットを利用し、発表の場として活用することが正統的な使い方である。そのような思いで取り組んでいる場合のみ、新しい価値を生み出す可能性があるメディアである。

                                               以上