________________


  デカップリング問題  12.21.2003



 まず、八つ当たりから始めたい。それは、「書評」に対してである。

 対象は、12月21日の朝日新聞朝刊読書欄。今年のベスト3冊を各書評委員が推薦。しかし、どうしても納得ができない点がある。それは、20名の書評委員のうち、わずかに2名だけが自然科学系であること。

 その2名とは、山形浩生氏、新妻昭夫氏。

 山形氏は、例のロンボルグ本の訳者であり、今年は、その他に、ソフトバンクから「暗号技術大全」なる訳書を出している。コンピュータ系、経済系、に強いようだ。先日、朝日に温暖化に関する見解が出ていたから、環境系にも目覚めたのかも。
 山形氏のWebからリンクが張られている、米国科学陣営からのロンボルグ攻撃の文章は、温暖化研究者にとって、必須の読み物。
http://cruel.org/kankyou/sarebuttal.html

 新妻氏は、進化論関係の著作・訳書が多い。最近では、「タマちゃんのナゾ」なる本の監修もしている。現在、恵泉女学園大学人間環境学科教授。専門は、「アジアの自然と社会」となっている。
http://www.keisen.ac.jp/univ/message/h_niiduma.htm
 蛇足ながら、この学科の教授陣だが、大部分が園芸学と心理学の教員から構成されている。これで人間環境学科なのだろうか。われわれの考える環境学の本質とは、人間社会の未来を読むことなのだが。。。多分定義が違うのだろう。

 さて、話を本に戻すが、この2名だけの理系の評者が、理系の教養書すべてを担当するのだろう。そして、この二名の書評委員が推薦している3冊は何か。

山形氏:
(1)「アウステルリッツ」小説。
(2)「心の仕組み」
(3)「磁力と重力の発見」
新妻氏
(1)「宇宙のたくらみ」
(2)「イヴの卵 卵子と精子の前成説」
(3)「生命40億年全史」

 とてもとても自然科学をカバーしているとは言えない。やはり教養書的というか、歴史的記述をしているタイプの本が選択されているような感触で、もっと、科学の本質というか、科学の仕組みというか、あるいは、物理・化学・生物学といった硬い学問を、日常生活との関連を付けながら、やわらかく説明するといった本は、恐らく「心の仕組み」だけではないか。

 確かに、推薦に値するような自然科学書が少ないのは事実かもしれない。環境本で売れるのは、いわゆる環境恐怖本ばかり。その他の自然科学関係の本も、健康本だけだったりして。

 しかし、一般社会に似非科学がはびこり、例えばマイナスイオン・除菌イオンが肯定的に取り上げられてしまう。そして、人間と地球との未来に対して、何の洞察力も持たない人ばかりになる、というこの世の中の動きに問題意識を持たないと、そろそろ危ない。本当の環境問題は何か、といった理解が不可能で、それこそ能天気で目前の経済問題だけしか見えない日本人ばかりになってしまう。

 とにかく、書評委員の1割が自然科学系だというのは問題外。どうも、朝日の文芸部で理解できる範囲の本を評価する書評委員がいれば良い、という判断だとしか思えない。朝日新聞たるもの、自然科学の理解が進むことが日本なる社会の未来に対する投資だと考えて、せめて、4人に1人は自然科学系の書評委員にしてほしい。となると、20名中の5名となるが候補者はいるだろうか。山形氏も次のように述べている。
「『心の仕組み』:こんな本がベストセラーになる米国が羨ましい」。 これは、是非、読むことにしよう。


 さて、これからが本論である。

 環境問題にもいろいろあるが、日本の現状を考え、かつ、世界全体の状況から判断すると、日本を含む先進国共通の課題として浮かび上がってくることは、やはり「非持続型の製造・消費からの離脱」になる。

 この問題、現時点で生存しているわれわれの命に別状があるわけではない故に、各人が問題の解決に向けて努力するということはかなり困難である。すなわち、未来論に属する問題だからである。未来に向けての解決法を探るということは、なかなか難しいことである。

 この種の問題に、レスター・ブラウンのように、環境税が有効であることに、まず間違いは無い。しかし、環境税というと現時点の日本には抵抗が強い部分がある。経済発展の阻害になるという理解である。経団連も全体としては反対を表明している。経団連は、まだまだ護送船団的な色彩が強い。環境税の導入によって、どうしても不利になる業種があるから、全員が合意することを原則としている団体では、賛成ということにはなりにくい。

 さて、このような状況で、非持続型の製造・消費から離脱する方向に向かうにはどうするのか。

 キーワードは、「デカップリング=資源・エネルギー消費量と経済活力の分離」、「教養人としての基礎知識」である。


C先生:今月の環境(12月19日)に書いたように、非持続型の製造・消費から離脱することが、先進国共通の課題になっている。特に、米国型の経済を目指している国にとっては、必須課題である。
 米国型経済は、地球的なスケールの長期的な見通しという点からは問題が多い。しかし、その米国ですら、内部的にはいろいろな対策を考え始めている。例えば、排出権取引のような経済政策については、日本よりも先行するだろう。

A君:地球上のさまざまな国を考えたとき、日本なる国が非持続型から離脱できないようでは、まあ、他の国ではさらに難しいでしょう。まず、なんといっても環境で命が危険にさらされているような国では、多少、非持続型の経済活動が行われたしたとしても仕方が無いと言える部分がある。すなわち、非持続型を目指すことが可能な国は、健康リスクがある程度小さくなった国

B君:そして、北欧型の国は、ある程度転換を始めた。そのため、EUの他の国、例えば、イタリア、フランス、スペイン、英国なども、そのうち転換を始めることになるだろう。

A君:米国型経済の国は、まだまだそのような状況にならない。それは、リーダーたる米国の責任とも言えるでしょうが、米国よりもずっと環境先進国になってしまった日本が、まず、見本を示すべき

C先生:日本の政界、財界には、まだ、そのような考え方が無い。すなわち、政界人・財界人は教養人だと言い難い部分がある。そのあたりが変化しないと、世界の一流国とは認められない。いくら、ODAで援助をしても、いくら国連の分担金が多くても、やはり志と教養が高くないと、本質がバレてしまう。以前、日本はエコノミックアニマルと呼ばれていたことがあるように。

A君:エコノミックアニマルをGoogleで引いて見たら、あるWebサイトでは、死語辞典に入っていましたよ。

B君:1970年代の高度成長から1990年ごろまでのバブル時代がエコノミックアニマルだろうか。

A君:それ以後は、よりエコノミックアニマルになったのに、日本人は実は働かなくなった。欲の皮はつっぱりながら、怠惰な動物になった。

C先生:現在、世界でもっともよく働いているのは韓国人のようだ。米国の平均労働時間も、すでに日本を超した。

A君:今の日本は余りにも休日が多すぎる。国民の休日は、現在、14日。これは世界平均の10日よりも多い。

B君:しかも、外国では、正月は休むのは1月1日だけだから、公務員などだと、休日はプラス5〜6日という勘定になる。

C先生:働きすぎは問題だし、残業をなくすべきだと思うが、むしろ、通常の学期中の休日をなんとか減らしたい。国民の休日をもっと夏休みと春休みの期間に移動できないものだろうか。

A君:なんだか話がずれましたね。本日の本来の話題は、「デカップリング:教養人として持つべき、持続型社会に向けた環境の基礎知識」だったはず。

B君:元に戻ろう。それには、現在の日本に生きることがまあまあ幸福なことなのだということを理解しなければならない。まず、健康リスクが世界一低い国であること。

C先生:世界で一番長生きしている国であることは事実。ただ、以前も取り上げたが、健康寿命と肉体寿命とのギャップを少なくすることは依然として課題。現在、平均的に、女性は9年間の不健康期間がある。

A君:女性の場合、平均余命が85歳だとして、76歳からは病床に居ることになる。

B君:男性の場合には、ギャップは6.5年ぐらいだから、平均余命が78歳だとすると、72歳からは病床。

C先生:これを改善することは、かなり難しい。環境をいくら改善してもその効果は少ない。食生活はバランス。発がん防止の15箇条に記されたことが、すべての健康の原理原則。
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/FoodCancer.htm
さらに日常生活。特に、運動、読書、勉強、といった努力をどのぐらい能動的に続けるかが問題。

A君:読書も、音読が良いと言われますが、できれば、読むだけでなく、自分で書評を書き、日記を付ける。

B君:中高年こそ、その知恵をインターネットで公開すべし。まあ、HP作成がストレスになってしまっては仕方が無いから、誰かに支援を頼むだろうが。

C先生:この健康寿命の話は、今年、HPにすでに取り上げているので、そちらを参照していただきたい。

世界の健康
http://www.yasuienv.net/WHOwhr2003.htm
健康寿命
http://www.yasuienv.net/WHOwhrHLE.htm

A君:そして、日本は、健康リスクに関しては、まずまずの幸福な状況にあると言える。となると、経済的に見るとどうなのか。

B君:最近の日本人は、やはり幸福だと思うべきで、なぜならば、世界でこれほど海外旅行が簡単にできる国は無い。

A君:さらに言えば、世界の一流品をこれほど簡単に買える国もない。

B君:そうだな。最近の若い連中の時計は、みんなロレックスだからな。

C先生:確かに。ロレックスははずかしくて買えないが、そんなことは若者は感じないのだろうか。

A君:ルイビトンなどのバック類も同様。

B君:持続可能性の立場からいえば、このようなブランド品の購入は悪いことではない。

A君:確かに。ロレックスと安物の時計を比べても、実は、資源消費量はそんなにも違わない。だから、全員がロレックス級の時計を持つと、資源生産性は上がることになる。

B君:自動車については、高級車は使用時にエネルギー消費が莫大なので、必ずしも高級志向が良いとは言えない。しかし、時計やバッグは、高級志向=環境指向である。

A君:製品によって、地球資源とどのような関係にあるかをしっかりと理解してもらうのが必要ですね。

B君:いわゆるライフサイクル・シンキングが必要ということになるのだが、これは、日常生活からみて、非常に良い勉強になると思う。これが「教養人の知識」だと思うが。

A君:このあたりをしっかりと記述した本が無いですね。

B君:買いても売れない。

A君:書評に載らないから。

B君:やっと導入部と繋がった。

C先生:時計だが、本当のことを言えば、国産高級時計が売れて欲しいところだが、どうもクレドールにしても、ザ・シチズンにしても、ブランドとしての強さが無い。

A君:日本製の時計は、機能追及ですからね。機械式の時計を持つ感性をメーカーが理解できなかった。

B君:でも時計は機能のような気がする。でも、機能だけなら、携帯電話付属の時計で足りるか。

C先生:そうだなあ。携帯電話に依存しない人間として、次に買う時計では、機能として、永久カレンダー、電池なし、精度1週間で1分以内、ぐらいは要求してみよう。

A君:永久カレンダーは、機械時計だと、まあ、100万円以下では買えないですよ。

B君:だから、クォーツになる。クォーツなら永久カレンダー仕様が1万円代でも買える。

A君:デジカメなどの日付表示は永久カレンダーなんですかね。

B君:2100年まで調整不必要なものを永久カレンダー、あるいは、パーペチュアルカレンダーと呼ぶようだが、デジカメは、現役期間が10年間あるとも思えないから、不必要だろう。

C先生:機械式永久カレンダーが高い理由だが、簡単に言えば、複雑だからだ。1ヶ月の長さは3種類あるし、しかも、1年の長さは365日と6時間足らずだから、閏年なる面倒なものがある。これを機械に覚えこませるのは大変。しかし、電子的にやれば、それは簡単。それを機械仕掛けでわざわざやるということに価値を認めるかどうか、それは、人の知恵に価値を認めるかどうかと同義かもしれない。日本の腕時計で、機械式永久カレンダー時計が無いのは、そのような価値観が無くなってしまったからでは(ご存知の方、間違っていたら訂正してください)

A君:ロレックスだって、「パーペチュアル=自動巻き」という意味のようですからね。製品には無いのでは(これもご存知の方、間違っていたら訂正してください)

C先生:新しい環境型文明というものは、ひょっとすると、人間の知恵に高い価値観を持つことかもしれない、と思う。

A君:ちょっと哲学的すぎませんか。もっと経済活動と直結しないと。

B君:そうそう。外国製の時計を買ったとして、その保守には結構お金が掛かる。だから、国内の産業育成にもなっている。

A君:同時に、修理してでも使うという行為そのものが、持続可能型でもある。

C先生:なぜか時計の話で盛り上がっているが、持続可能社会にとって、価値の高い製品は資源生産性が高く、また、長寿命の製品も資源生産性が高い、という結論は正しいようだ

A君:ルイビトンのバックだって、塩ビ素材でありながら、あの価格。しかも、誰もそれを塩ビだと知りながら、皮よりも寿命が長いし、傷も付かないから、その良さを認める。しかも、修理も利く。

B君:好き嫌いは別としてだが。

C先生:前から主張しているように、デフレ型の社会は、資源生産性が低く持続型とは言えない。ユニクロも高級志向に変身しつつあるが、まだまだ不十分。

A君:全員が、修理が利くことを条件に、いろいろな商品を買うようになれば、それが例え全国ブランドでも、地域に修理に出すことになって、地域経済も活性化する可能性が出てくる。

B君:長寿命商品で壊れないのが本当は良いのだけど。

C先生:持続型社会実現のための第二の条件が、「持続型消費」。長寿命で修理の利く製品を買う。ただし、自動車やテレビ・冷蔵庫・洗濯機などのように使用段階での負荷が大きなものは、長寿命に加え、燃費・消費電力などの低い製品を選択する。

A君:そんな結論でよいですね。そして残った「教養人」としての課題が、未来の状況を予測する能力

B君:これは、人間活動と地球の能力とのせめぎ合いによって決まることだ。持続型の消費の条件が見えてくれば、それで半分達成したも同然。残りの半分は、地球の能力の理解。

C先生:これも毎回言うことであるが、地球の能力には二種類ある。日銭型能力と蓄財型能力。日銭型は、太陽が毎日地球にくれている能力で、植物の生育、自然エネルギー、細菌の活動などによる能力。地球の環境処理能力はこちらに属する。もう一つの蓄財型能力が地下にある「お蔵」の中身の量。具体的には金属資源と化石燃料、それに核燃料の量の問題だ。

A君:化石燃料の量も、金属資源の量も、実際にはよく分からないが、枯渇することだけは、事実。しかも、比較的近い将来に。

B君:エネルギー的には、核融合ということがあるから、ほぼ無限に持続できるという可能性も無い訳ではない。しかし、核融合は実現不能かもしれない。

A君:金属資源は、エネルギーが無限に使用可能ならリサイクルをすればよい。

B君:プラスチックを作るぐらいの資源は、植物資源=再生可能資源でもなんとかなる。

C先生:当然限界があると思われる金属・エネルギー資源であるが、必要なことは二つある。一つは、技術的な進歩を実現し、資源・エネルギーの使用効率を高めること。もう一つは、節約をすること。
 前者をまず徹底的に進め、途上国なども豊かになってもらわないと、不公平が生じて世界全体として安定化しない。例えば、照明であれば、菜種油などのランプでは光を得るためのエネルギー効率が悪い。やはり蛍光灯ないしLEDなどに移行すべきだ。
 それと同時に、先進国では、節約の方向も指向せざるを得ない。しかし、それでは経済が減速する可能性が高いので、同じ資源の使用量であれば、より高い経済的価値を生み出すこと、すなわち、資源生産性を極限まで高める必要がある。

A君:使用効率と資源生産性、このような考え方で正しいのでしょうが、省エネをやったところで、あるいは、自然エネルギーの利用をやったところで、経済的な効果が低くて、やる価値が出ませんね。

B君:そこで、環境税ということになるが、その際、考えるべきことは、税額と税収の用途。税の徴収については、特に、輸出用製品の場合には、どう取り扱うか。

C先生:輸出製品に特例を作るのは必要だと思うが、その特例が無いと輸出できないようでは、それはそれで問題だ。それは、価値が低い製品だということだから。

A君:税収の用途としては、使用効率と資源生産性を高める技術開発の進歩に対して払い戻すというのが、われわれの主張ですが、実際には評価が難しい。

B君:「波及効果も考えるという方法」を導入すべきで、そうでないと、素材の開発など、最終製品でない技術開発に対する評価が行われず、技術開発の後押し効果もなくなる。

C先生:このような条件を、「持続型生産と技術開発投資」と呼び、第三の条件とする。一般的には、第二の条件「持続型消費」と第三の条件は合わせて、「資源・エネルギー消費と経済活力のデカップリング問題」と呼ばれている。
 歴史的にみて、これまで経済活力は資源・エネルギー消費量とほぼ比例関係にあったが、この関係を破壊するという意味だ。これをどのように実現するか、そんな課題をすべての人が真剣に考えなければならない。経済の問題、社会心理学の問題、などとして、技術系以外の人々にとっても考えて貰える問題だと思うから。

A君:要するに、「教養人として今後もつべき知識」、それが、「デカップリング問題」を議論できる知識である。

B君:しかし、デカップリング問題を真剣に検討できるようになるには、それなりの幸福を感じてもらえないと駄目。

A君:日本はすでにその条件を満たしている。

B君:米国は、乳児死亡率がまだまだ高く、また女性の平均余命も80歳程度と日本よりも後進国である。しかも、経済的格差が大きく、幸福な人は、日本よりも少ないだろう。

C先生:日本は、米国型経済からの離脱できるデカップリングモデルを構築し、かつ、実践し、それを米国に示す責任がある。そんな意識をすべての教養人はもって欲しい。このHPを読む人は、恐らく、教養人なのだろう。「デカップリング問題」を、是非、周囲の人と議論できるようになって欲しい。