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  過去の内部被曝事件 その1
  04.22.2012
         ダイヤル・ペインター事件



 最終的には、こんな目次になることを想定して書いている。今回は、1.である。

目次
0.内部被曝を起こす色々な元素
     すでに04.15.201に公開
1.ダイヤル・ペインターの内部被曝 付録:PET-CTの内部被曝
     今回04.22.2012公開

2.トロトラストによる内部被曝
3.ラドンによる内部被曝
4.カリウム40による内部被曝
5.バイスタンダー効果
6.ECRRの実効係数
6.以上から推測されるセシウムによる内部被曝




1.ダイヤル・ペインターの内部被曝

  ダイヤル・ペインターとは、時計の文字盤と針に蛍光塗料を塗る職人であった。以前、蛍光塗料には蛍光体を励起する放射線の放出源としてラジウムが使われていた。

 キューリー夫人によって1898年に初めて発表された新元素が、その10年ちょっと後である1900年代の初めから蛍光塗料に使われているのであるから、人類の応用力のすごさには感心する。しかし、便利なものには、しばしば副作用があることも歴史的な教訓の一つである。

 作業員が抜歯後に顔が腫れる、貧血になる、白血球が減少する、感染症で死亡する、などの他、骨がんや骨折なども多発した。

 原因は当初で不明であったが、1929年に骨肉腫の発生がラジウムに原因があるのではないか、と報告され、その後、多くの障害がラジウムに由来することが分かった。

 ラジウムはカルシウムに似た化学的性質を持っているので、骨に不均一に分布し、障害を発生させたものである。

 ラジウムダイヤルペインターの被害者は数1000人に及ぶと言われ、多数の犠牲者が出た歴史的事例である。

 アルゴンヌ国立研究所の「人を対象とした放射線生物学研究所」に登録された人が3800人、このうち2800人がダイヤルペインター関係者であった。

 Barrerは150例について調査し、骨腫瘍が3件、また、死亡した女性190人の死亡診断書を調べたところ、64人に悪性腫瘍が発生、そのうち16人は骨腫瘍と骨膜の腫瘍であった。


 図1にRowlandの解析による線量効果関係をしめす。直線性が見られる。

 ラジウムによる放射線障害が明らかにされて以来、自発光塗料に用いる放射性物質は、安全性を重視し、α放射体からβ放射体へ、さらにエネルギーの低い核種、半減期の短い核種へと変わってきた。

 ダイヤルペインターの被曝線量と発がんの関係を示したものが図2である。




 図2 ATOMICAからの引用

 このオリジナルの図には、データと無関係に見える赤い線が描かれているのが、もっと素直に書けば、こんなものなのではないか、という青い線を描き込んでみた。




 図3 赤い線が奇妙なので、青い線を書き加えた。

注:1Gyは何Svなのか。
 換算式は、 Sv = 放射線荷重係数 × Gy

この放射線荷重係数とは、
  X線、ガンマ線、β線だと1
  陽子線は5
  α線は 20
  中性子線はエネルギーによって5〜20

 さてラジウム226の崩壊は、原子力資料室: http://www.cnic.jp/modules/radioactivity/ によれば、

 主な崩壊方式とエネルギー(100万電子ボルト) アルファ線,4.78 (94.5 % ), 4.61 (5.55 % ); ガンマ線,0.186 (3.5 %)

 であるので、放射線荷重係数は20とすべきなのだろう。

 1Gy= 20Sv という換算式を仮定して、図3を書き換える。



 図4 横軸のスケールをSvに変更した

 この図をどう見るかであるが、恐るべき大量の内部被曝であったことが分かる。もしも少なめの人で200Svの被曝を受けていたとすると、実効線量係数によってベクレル数に逆換算すると、経口摂取の場合、200/2.8×10−4となるので、715kBqぐらいを摂取していたものと思われる。

 使用したデータ:Ra222(原子力資料室)http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/17.html 

吸入摂取した場合の実効線量係数(すべての化合物、ミリシーベルト/ベクレル)2.2×10-3
経口摂取した場合の実効線量係数(すべての化合物、ミリシーベルト/ベクレル)2.8×10-4

 このグラフによれば、2000Svが中心値のようなので、摂取量の中心値は、7000kBq=700万Bqとなるのだろうか。実にすごい量で、数100Bqを問題にしている福島の状況とは1万倍以上違う。しかも、摂取したのは、生物学的半減期が非常に長いラジウムである。

 ATOMICAによれば、
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-03-01-10
「使われていたラジウムの量は1個当たり3.7キロベクレル(kBq)から100キロベクレル程度」とのことであるので、時計10〜2000個分程度の蛍光塗料を摂取してしまったことになる。

 そもそも使う量は少ないので、細い筆で塗りながら、ときどき穂先を舐めるという状況でも、この程度の量を摂取していても不思議ではない。

 要するに、このように非常に大量のラジウムを摂取したのだから、大きな被害が出て当然である。ということは、このケースは低被曝線量とはとても言えないのであるが、図4のもっとも左側にある2Sv=2000mSvといった被曝量でも、適当に描いた青線を外挿すれば、骨腫瘍をもつ症例の割合が0.01=1%程度(??)であるということになる。骨腫瘍の発がんを他のがんと直接比較できるかどうか分からないが、この数値は、外部被曝であれば200mSv相当ということになるのだろうか。

 このように比較すれば、内部被曝の係数を高く見積る必然性は、このダイヤルペインターの症例から見る限り、不必要のように思える。

 いやいや、実は、この説明は奇妙なのである。なぜならば、放射線の被曝を受けたとき、それが内部被曝であろうが、外部被曝であろうが、人体にとっての影響度を表す数値がシーベルトというものなので、単に、あたり前のことをわざわざチェックしてみたに過ぎないのである。

 そこで、問題の核心に迫りたい。なぜ内部被曝が問題にされ、肥田本が発行され、ECRRが一部の団体から支持されるのか。それは、前回も示した図5のような、大変奇妙な線量影響曲線を用いて、ことさら低線量被曝が大変な悪影響を与えるという仮説を提出しているからである。


図5 再掲。ECRRが考えている内部被曝の場合の線量−影響曲線。通常の被曝に関しては、ECRRはICRPと同見解なので、多分、矢印あたりが100mSvに相当するものと想像される。低線量被曝による影響は、100mSvよりも何倍も大きいということになるので、これが本当ならば、疫学的に検出できても不思議ではない。

 しかし、これはあくまでも仮説である。本人達も認めているように、決して疫学的手法で何か証拠がでたというものではないし、今後とも証拠が出る可能性があるものではない。すなわち、科学的に認められる事実ではない。実は、仮説にも色々なレベルがあるのだが、この仮説は、未来永劫仮説であり続けることが確実なもので、将来、事実になるという性質のものではない。

 なぜ、このようなことが断言できるのか。その第一の理由が、この図のように低線量被曝影響が、大きいのであれば、統計的に影響が見えるはずなのである。

 すなわち、あらゆる科学の基礎は観測にある。なんらかの健康影響であれば、観測結果が出たとき、その理由を説明することが必要となるが、それを関連付ける手法が、疫学という方法論である。

 ロンドンのコレラが細菌によるものだということを実証したスノーによって最初に行われた。1850年頃の話である。

 水俣病についても、当初、様々な意見があって、その時代は経済成長一辺倒という時代だったこともあり、何人かの学者が、代表格は東工大教授の清浦雷作氏だったかもしれないが、全く別の原因であると主張したが、これは政治的な発言であった。しかし、徐々に、アセトアルデヒドを合成する際に使われていた触媒のメチル水銀がその原因物質であることが確定していった。

 これと同じことが繰り返される。すなわち、ICRPとECRRの関係が水俣病のときの清浦雷作氏と原田正純氏の関係だと思ったら、それは全くの誤りである。むしろ、清浦雷作氏は、政治的な判断を下したという意味から言えば、むしろ、科学者としての良心を捨て、ECRRと同様に、政治的発言をしたと言えるのではないか。

 ICRPのLNT(直線閾値なし)仮説は、放射線を管理するときに、その影響を過小評価することによって被害者がでることが万一でも起きないようにしようという考え方に基づいている。

 ICRPという組織が原発推進派のためにあるのだという誤解があるようだが、まず、これは正しくない。原発関係者が含まれていたことは事実であるが、科学的中立性を保っていたと考えられる。例えば、すでに何回か本HPに掲載した図6であるが、この図に示すように、それまでの相加モデルを相乗モデルに変更することが科学的に確立していたわけではないが、このような変更を行ったことは、「影響を決して過小評価しない」、というICRPのポリシーを追求するためだったからである。言い換えれば、被害者を決して出さないことに努力をしていたと認められるからである。


図6 相加モデルと相乗モデル

 ちなみに、相加モデルとは、ヒトの生理的なバックグラウンド、例えば、呼吸による活性酸素の生成、女性ホルモンなどの発がん物質などによる遺伝子の損傷に、放射線の被曝による遺伝子の損傷が「加わる」と考えるモデルで、一方、相乗モデルとは、バックグランドによる遺伝子損傷が、放射線の被曝によって「一定倍数増加する」というモデルである。

 一方、ECRRは、反原発団体である緑の党の下部組織であるから、あらゆる手法を捻り出してでも、放射線の有害性を強調し、それによって反原発活動を支援することを主目的とする政治的団体である。すなわち、ICRPの評価が、現状のものであっても、過小評価であるということを主張したいのである。

 しかし、すでに述べたように、ICRPは、決して過小評価をしないように、という志だけで動いてきたような組織なので、いまさら過小評価だと主張できるような都合の良い解析の種は簡単には見つからない。事実、ECRRも、外部被曝については、ICRPの見解が正しいと認めている。

 そんな状況で、ECRRは恐らく色々と考えたのだろう。そして、たどり着いたのが、内部被曝における様々な可能性を仮想し、なんらかの有害性が発現するモデルを提案するという手法であった。

 ECRRがモデルとして取り扱っている内部被曝では、基本的に原発からわずかに放出されているホットパーティクルと呼ばれる微粒子を問題にしているようにも思える。それが問題になるのは、やはり、その微粒子を肺へ吸入することよって、肺の一部に固着するという特殊な場合なのではないだろうか。この場合には、同じ場所に留まった粒子から、同一の部位への連続的な被曝も考えられないことはない。

 しかし、これは特殊な状況である。具体的には、プルトニウムの微粒子であれば、これに相当する可能性はあるだろう。福島におけるセシウム137のようなケースでは、ECRRの理論はまず成立しないものと考えられる。それは、セシウム137の場合の内部被曝の形態は、ホットパーティクルの場合とは全く違った状態だからである。

 たまたま1000BqのCs137を食品から摂取してしまったとしよう。1μgのCs137は、4610846ベクレル相当である(http://www.yasuienv.net/CsConcFish.htm)ので、ちょっと計算してみれば、状況が分かる。人体の細胞の総数を60兆個とすれば、細胞100個に1個の割合で、Cs原子が1個入っている状態であることになる。Cs原子は当然Csイオンになって細胞液に溶けているので、ある一つの細胞に留まっている訳ではなく、カリウムイオンと同様に、ふらふらと様々な細胞を渡り歩いている。そして、最終的には、成人で100日で体外に排泄される。

 ECRRが主張する仮想モデルは、このようなCsの挙動とは全く異なる状況を想定して作られたモデルである。放射線源がふらふら動いては都合の悪いのである。

 日本において、低線量の内部被曝が重大であると主張する人々は、自らが主張をしていること、すなわちECRRのモデルの科学的中味を十分に理解していないのではないか。すなわち、その理論の科学的中味を吟味して、それを信じるに足るものであると判断している訳ではなく、ある特定の情報だけを盲信して、それ以外の理論なり事実に耳を傾けるという態度を決して持とうとしない。これが低線量被曝の有害性を主張している人々の特性なのではないだろうか。それは、リスクの正しい伝達以前に、自らの政治的な立場というものがあるからである。

 いわば、水俣病における清浦雷作氏が当時の政府の主張を最優先するという政治的な態度と似た政治的な態度をとっているのではないか。”反原発”という政治的な主張に対してのみ、忠誠を示そうとしているのではないか。

 そこで、今回の結論としては、このようなものにしたい。

 低線量被曝のリスクを正しく理解して貰うことによって、福島の人々が不幸にならないようにすること。これが現時点の日本にとって最大の課題である。それを実現するため、放射線のリスクを伝達しようとするときには、反原発派とか原発推進派とかいう政治的立場を超越して、放射線のリスクだけを科学的に、かつ中立にしっかり見つめることが重要である。

 反原発か、原発推進か、という議論は、不幸にしてばら撒かれてしまった現存する放射線のリスクを正しく理解した上で、別の観点から行うべきである。そのような方法論を採用したとしても、減原発を選択する市民が多いだろうと思われる。

 「リスクを正しく理解し、福島の子どもに健康と未来を」。



付録:
PET−CTによる内部被曝


 PET−CTは、がんを初期段階で発見するのに極めて有効な方法である。

 PETの原理は次のようなものである。フッ素18は半減期が2時間程度の放射性元素である。このフッ素をブドウ糖に結合させた物質を合成する。その名前は、FDG(フルオロデオキシグルコース)。グルコースはブドウ糖である。

 がん細胞は、盛んに活動をしているため、多くのエネルギー源が必要である。ブドウ糖を体内に取り込むと、ブドウ糖の多くががん細胞に集まることになる。

 FDGにはフッ素18が含まているが、この元素は、陽電子(電子の反粒子)を放出して崩壊する。陽電子は、通常の電子と出会うと、一瞬にして消滅しγ線を出す。このγ線がどこから出されたかを検出することによって、がん細胞の存在位置に関する情報を得る。

 PETは、Positron Emission Tomographyの略で、Positronが陽電子を意味する。

 PETと同時に、X線CTによって臓器などを可視化し、PET像と重ねることによって、臓器におけるがんの位置を特定することができる。

 さて、そこで問題は、どのぐらいの放射線量を体内に取り込めば、体の中のがんがイメージングができるか、ということである。

 このような放射線計測の問題での鍵は、バックグラウンドと総カウント数である。

 陽電子が消滅する際に発生するγ線のエネルギーは511keVで、セシウム137に近い。人体に含まれるカリウム40からのγ線のエネルギーは、その3倍に近いが、検出器に使われるシンチレーションカウンターのエネルギー分解能では、ある程度のバックグラウンドからの影響があるので、総カウント数を稼ぎ、精度を高める必要がある。

 なぜならば、放射線のようにランダムに発生する場合には、nカウント計測できたとしても、その平方根分の誤差がある。10000カウントを数えたとしたときには、誤差は±100カウントとなる。すなわち、誤差1%である。

 さて、総カウント数を稼ごうとすると、当然、摂取するFDGの量は多くなる。さて、どのぐらい摂取するのだろうか。

 がん研有明のWebページには、次のような記述がある。

 がん研有明のWebより
http://www.jfcr.or.jp/hospital/department/clinic/central/nuclear/pet.html


FDG-PET検査での被ばく

FDG-PET検査を行うには、撮影の前に放射性同位元素(18F)を投与します。当院では、体重1kg当たり4.0MBqの量を投与しますが、そのときの被ばくは投与量に依存します。

およその目安として、FDG-PET検査では、約3.5〜7mGyの被ばくをします。またFDG-PET/CT検査では、これにCT検査分の被ばくが加わり、約25mGyの被ばくをします。

これらは、人体に影響が出るほどの量ではありませんので、ご心配ありません。但し、胎児あるいは乳児は、放射線の影響が出やすいので、妊産婦や授乳中の女性は検査を受けることが出来ません。検査前に妊娠の可能性がないことをご確認下さい。



 お分かりだろうか。体重1kgあたり4MBq。Mとはメガであり、100万である。体重50kgの人で、400万Bq×50=2億ベクレル。もしも体重が75kgだと、3億ベクレルということになる。

 これだけの放射線を内部被曝しても、がん研有明の言うように、これらは人体に影響がでるほどの量ではありませんので、ご心配ありません、と言える。

 その理由は、まず、フッ素18の半減期が2時間程度と短いことである。そのため、被曝量は3.5〜7mGy(=mSv)程度の内部被曝である。

 そして、がんの検査に使うのだから、まずは、50歳ぐらいからの人が対象になると考えられる。放射線による発がんは、上記の図6のように、一生平均的に被曝しても、発がんのピークは80歳に来るのだから、50歳でこのぐらいの被曝をしても、大きな影響が出る訳はないからである。

 しかし、個人的には、未解決な疑問が残っている。小児がんの場合にもPET−CTを使うのだろうか。