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     環境を考える新基本原理の提案   08.12.2019
         「地球を人格化して持続性を見る」

               



 余りにも暑くて、いささか、脳みその温度が高くなり過ぎたせいか、何か新しいデータをじっくり読み込むとか、報告書を詳細に解読・解析するとか、さらに何かの問題に対して、もっと精緻な対応法を考えるとか、そんな作業が不可能に思えます。
 加えて、なんとなく、半分は夏休み状態でもあり、しかも、その半分の半分は、この期間に我が家にやってくる小学校4年生の孫(男)の相手をしなければならないし、同時に、10月のICEFのために、最近のイノベーションのチェックをしなければならないこともあり、時間的には結構タイトです。
 渋谷のオフィスですが、この静かで、エアコンの効いたデスクに居られる時間を活用して、脳の温度が高くなっていて、やや興奮状態になったときにでも対応できそうな、元々かなり飛んだ考え方をしなければ思いつかない発想が必要な、と言った新しい課題とは何だろうか、それが見つかれば、それにチャレンジするのが良い。という結論に至り、若干、考えたところ、題名のような課題が浮かびました。
 そのキッカケは、8月7日に行われた「エコプレミアム・クラブ」のシンポジウムで、「超世代」というお題目を設定して、(私を含め)皆様に講演をしていただいたことにあります。
 そこで、国連主導によるSustainability Approachの話=SA、アマルティア・センのCapability Approachの話=CAもしたのですが、講演をしながら、「これら二点が、地球レベルの環境問題の解決に資する理念のすべてである訳はない。もっと究極的な解決理念を構築することが必須なのではないか」、と突然思いました。
 「Sustainability Approachの歴史は、まあ、1970年頃からスタート、そして、Capability Approachは、アマルティア・センがノーベル賞を取ったのが1998年。両方ともそろそろかなり高齢化しているのではないか。何か、新しい考え方を作らないと」。そう思ったのです。
 そこで、本日の提案がEAH=Earth as a Human Being Approach(地球人格化アプローチ)となりました。



C先生:暑すぎて、普通のことが考えられないので、頭の温度が高すぎるときにしか考え付かないような新規の理論を作る、という試みをすることにしてみよう。何と言っても、ちょっと暑すぎる。
 今回、次の略語を使いたい。ただし、3番目のEAHは、恐らく、まだ誰も真剣に考えていないことだと思うので、最終的に完成するのに、最低でも1年は掛かると思われる。
 SA(持続可能アプローチ、Sustainability Approach)
 CA(能力開発アプローチ、Capability Approach)
 EAH(地球人格化アプローチ、Earth As a Human Being Approach)

A君:なるほど。「地球は他の生命体同様にその健康には脆弱性がある」という意味での人格化ですね。他の惑星に比べたら、それこそ、多種多様な生命がその上に存在しているという極めて特異な星ですから、人格化してダメということはないですね。

B君:地球には生命体と同様に寿命もあって、病気にもなる現時点の地球は熱中症に掛かって発熱中。治療法は確立しているものの、人類という寄生虫がそれを無視しているので治らない。こんな感じかな。

A君:そのあたりの科学的な年表を若干記述すべきかどうか。

B君:Wikipediaの地球史年表ぐらいで十分だと思う。これでも詳しすぎるけど。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%8F%B2%E5%B9%B4%E8%A1%A8

A君:それなら、地球の寿命についてのみ、ちょっと。地球の寿命という表現は実は不正確で、恒星である太陽に寿命があるので、その影響を受ける。恒星は、水素の核融合でエネルギーを作り、光り、かつ、輝いている。しかし、水素の量には限界があるので、中心部の水素を使い果たすけれど、続いて、水素の核融合でできたヘリウムが、核融合を起こし始める。その熱で、外層部は膨張を始める。この状態になると、表面温度が下がるので、星の色は赤色になる。そして外層はどんどんと膨張するので、赤色巨星という状態になる。太陽程度のサイズの恒星だと巨大化して、水星と金星は太陽に飲み込まれるとされているのですが、その外側の地球がどうなるかは、まだ理論的には不明。巨大化て希薄になった太陽の中を公転する惑星となり、やがて溶けて消滅する。あるいは、太陽の膨張によって、地球の軌道も大きくなって、そのまま惑星として存在する。いずれにしても、地球表面の温度は、極めて高温になって、生命の存在はあり得ない。

B君:その状態になるまで、大体50億年はかかる。これまでの地球の歴史を45億4000万年程度とすれば、ほぼ同じ長さ。すなわち、まあ十分に長い。

A君:ということは、むしろ、人類というものを対象として考えて、人類の生存が可能な環境を地球がどこまで維持できるか、という判断をすることで、地球の状態を定義する方がより現実的ということでしょうか。

B君:まあ、それが人類と地球との相互作用を考えることでもあるので、まともな考え方かもしれない。

A君:人類の生存が可能な環境ということは、食料生産をしなければなりませんし、水というものが入手可能でないと、生存不可ですから、かなり限界が色々とありそうですね。

B君:限界があることも事実だけれど、これまで人類が発達させた科学技術のお蔭で、現在のような多数の人類が地球上に存在できているということは、絶対的な事実だ。

A君:その一つが窒素肥料。そのための基礎技術になった、アンモニア合成。ドイツのフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュが1906年にドイツで開発した。

B君:19世紀にチリで硝石(ナトリウム塩)が見つかった。南米からヨーロッパ大陸に大量にチリ硝石が輸入された。その主な用途は、窒素肥料であった。もし、チリ硝石が枯渇したら食料生産量が激減する、ということが、ハーバー・ボッシュ法の開発の最初の動機ではあった。
 しかし、これまで何べんもすでに説明しているが、第一次世界大戦が勃発すると、黒色火薬の製造には硝石が必須であったために、大西洋を封鎖されたドイツは硝石不足という危機になった。英国では、チリ硝石が輸入できないドイツは火薬を作れない。だから、「戦いは半年で終わる」と考えられていたが、実際には、ハーバー・ボッシュ法で合成されたアンモニアを酸化して硝酸を製造し、それから硝石を合成したため、第一次世界大戦は長引いた。

A君:ハーバー・ボッシュ法が硫安とか硝安といった窒素肥料の製造に使われ、そのコストが低下したのが、第二次世界大戦後。大体1950年頃だと思えばよいようです。

B君:世界人口の推移を見ると、1950年までの年平均人口増加率は0.8%までなのが、1950年以降は、1.8%になっている。そして、1.7%以上の状況が1990年まで継続している。これは、明らかに、食料生産が人口増加に大きく寄与したことを意味していて、その中身は、窒素肥料の大量生産だったと思われるのだ。

C先生:地球を生命体だとみる立場から言えることは、人類の人口の変化、特に異常な増加が、生命体のバランスを崩す最大の原因であることは確実なのではないか。

A君:たしかにその要素はあるのですが、この窒素肥料のお蔭で、過去にあったほどの飢餓は減少した。しかし、現時点における飢餓は、別のメカニズム。それは貧困が原因でして、まだまだ克服できていない状況。

B君:地球という生命体も、人間同様に、ある種の経済的な力を備えていないと、その上に存在する他の生命体が滅亡するということだ。その経済的な力の実態の最重要項目は、恐らく、食料生産能力。地球上で植物の生育をどのぐらいの量を継続的に実現することができるかという能力。酪農にしても、餌になるのは植物だから。

A君:食料生産となると、気象状況が非常に重要。降水量が不十分だったら、農業生産はできません。

B君:勿論、気温も重要。低温になれば、それこそ冷害だし、暑すぎれば、水不足。

A君:まあ、気温は体温みたいなものですね。低体温症は命にかかわる。

B君:植物量が不足すると、最悪の事態が大気中の酸素濃度が減る。これが進行すると、結構怖い結末が待っているような気がする。

A君:植物量には恐らく限界があって、特に、豊な森林が支えることができる生命の量は、草原などが支えることができる量とはかなり違う。しかも、生命の多様性も森林なら支えることができるが、草原では無理でしょうね。

B君:というと、植物量という物理的な数値だけではなくて、植生の内容まできちんと考慮することが必要。

A君:海洋生態系にしてもそうですね。プラ問題はその問題だとも言えますが、やはり、プラの最大の欠点は、やはり自然生態系との相性が悪いということです。すなわち、自己消滅しない

B君:燃やしてしまえば、しばらく前まではOKだったのだけれど、原料が化石燃料であるプラスチックとなると、焼却が温暖化を加速してしまう。

A君:だからといって、燃やしてもCOゼロと計算できるバイオプラにすべてするのか。

B君:日本では、バイオプラ200万トン/年導入するということになっているが、これはかなりばかばかしい結果を生み出すかもしれない。どのようなバイオプラが考えられえるのか、を判定するには、使える原料から考えるのが早道。現状だともっとも有力な原材料がサトウキビとトウモロコシだ。

A君:サトウキビだと、まずは、砂糖を製造。それを発酵して、アルコールを作るのでしょうね。より正確にはバイオエタノールを。そして、バイオポリエチレンを作る。

B君:こんなページがある。バイオポリエチレンだ。
http://www.nihon-kousan.com/greenpe.html
 これによれば、CO排出量は、製造時と日本への輸送に関わるCOだけで、1.34kg-CO2/kg−PEというのが原単位。石化由来のポリエチレンの場合には、原料から3.1kg、製造プロセス1.47kg、合計4.57kg/kg-PEなので、バイオポリエチレンは明らかに排出量が少ない。

A君:バイオプラスチックとしては、バイオポリエチレンより歴史の長いPLA(ポリ乳酸)と呼ばれるプラスチックもあって、その場合には原料はトウモロコシ。トウモロコシであると、食料との競合があることは明らかなのだけれど、それならサトウキビなら良いのか、と言われると、これは相当疑わしい部分もある。特に、今後の地球人口増加を考えないと。

B君:人格化された地球の食欲は、これから人口増加が起きて100億人になることがほぼ確実なのだから、増加の一方向になることが決定的。

A君:となると、農地がどのように使われるか、それが重要。既存のサトウキビ畑だけから作るのであれば、問題はまあ無いとも言えるけれど、もしも、サトウキビ畑を増やそうとすると、多くの場合、ジャガイモ畑をサトウキビ畑に変えることが行われる。となると、ジャガイモ畑を別の場所に作ることになって、そのとき、ブラジルのような場合だと、アマゾンの熱帯林が狙われる。そして、森林量が減れば、生態系は、熱帯林が明らかにジャガイモ畑よりも豊かなので、明確に生物多様性は減少する。これは、人間で言えば、これまで、多様な食料を摂取して健康が維持されていたのが、食料が米だけになって単純化されたような状況に似ている。要するに多様性が喪失される。

B君:製造メーカーとしては、そんなことは知らないというかもしれないが、人類が地球上に生存し続ける際に、最後に頼りになるのは、地球の生態系の多様性なのではないか。

A君:しかし、森林を切開いてトウモロコシ畑にするのとどちらが良いのか、と言われると、なんとも言えないが、サトウキビの場合には、その葉や軸の余りを燃料にして無駄が無いとも言えるかもしれない。

B君:今後、人口が増加することが明らかな地球上において、食料と競合するような植物が工業材料に使われるとしても、どのぐらいまでならそれが良いとされるのか、といったより広い視点からの検討が不可欠だと思う。すなわち、地球の整形手術をするようなものなので、その影響をあらかじめ、最後までしっかりフォローするという対応が不可欠なのだけれど、企業によるバイオプラの宣伝を見ていると、地球全体に人格があるといった考え方からはまだまだ程遠い

C先生:昨年の10月8日にIPCCが発表した1.5℃報告書だけれど、その中身をしっかりと読み、関連する情報を学術論文を探せば、1.5℃を無理矢理実現しようとすると、アフリカなどの森林がかなり消滅する。これが結論ということになる。IPCCという組織は、決してこれがIPCCの「お奨めメニュー」だというような発表はしない。

A君:あの報告書ですと、2020年からいきなり非常に急速に工業生産にかかわるCO排出量が減少することになった場合には、森林の減少の原因であるBECCS(Bio-energy Carbon Capture and Sequestration)はほとんどやらないで済む

B君:それが本当に実現できるようなことであれば、何にも言わない。しかし、実は、非常に難しいことだと思っている。

A君:とにもかくにも、結論を単一の考察によって出すのは、もはや無意味。地球全体の持続可能性を評価しつつ、全体感をもってあらゆる結論を出さないとダメという時代になったと思います。

B君:かなり前から、「環境問題の真の解は、地球全体を見なければ見えてこない」、というのが我々三名の合意事項であって、これは恐らく永久に変わらない。

C先生:まあ、その通り。CO削減は、これまでの人間活動に深くしみ込んでしまった症状に真正面から反する行為のようなもので、そう簡単に実現することはできない。じっくりスタートして、段々と速度を高めつつ、戦略的に実現するという道筋を書かないと。政府が国連に提出した長期戦略にしても、その中身を批判的に読めば、すべてが新たなイノベーションに依存している。本当にそのようなイノベーションが可能なのか、と言われると、それはなんともかんとも、分からないのが実情。この話も有る意味で、人間という存在の能力をじっくりと観察すると同時に、なんらかの方法で地球の人格権に適合した方向に取り組む人数を増やすということしかないのだ。しかし、現状の日本の大学には、イノベーションに取り組んでも、文科省から良い評価が得られないので、次の予算が取れないといった感覚があるのだろう。インパクトファクターに取り組むけれど、それはイノベーションと無関係みたいな意識があるように感じてしまう。
 いずれにしても、今回のように、地球に人格権を与えて、その維持のためにすべてのことをトータルに見るという考え方に変えないと、2050年でのCO大幅削減は夢物語にもならないで、消えてしまうと思える。短絡的な判断は、どのような場合でも地球人格権の敵だ
 先日のエコプレミアムシンポジウムで述べたSustanability ApproachとCapability Approachの他に、現時点であれば、地球健康(人格)アプローチ、英語なら、Health of the Earthアプローチを意識することが不可欠という講演をしたが、今回は、それをさらにちょっとだけ拡張した提案になって、名前も、EAH(地球人格化アプローチ、Earth As a Human Approach)となったということだ。