________________

  超長期ビジョンその3  03.30.2008
     
  環境適合製品向けの元素戦略



 日本が本当に持続可能な国なのか、ということを議論しはじめると、すべての人が同意してうなづくことがある。それは、「今はなんとかなっているが、将来、日本という国は何で生きるのだろう」、という疑問に対してである。これは日本という国の存立にとって非常に大きな問題である。
 しかも、最近話題になりつつある環境技術に必要な金属資源は、日本には無いものばかりである。ほとんどすべてを海外に依存している。
 これを決定的に改善する方法論があるのだろうか。もしも、それがあるのならば、「元素戦略」と呼べるものだろう。


C先生:最近、レアメタルに対する戦略というものが重要だということになってきた。また、一方で、ナノ材料という研究を、有機物から無機物、その複合物に対して行ってきている。そして、最近は、その2つが合体して、元素戦略という形で追及する方向性になりつつある。

A君:環境問題ではなくて、まさに産業論。しかし、環境技術に必須の方向性

B君:環境問題といっても、実際には、「環境」は問題が起きる場にすぎなくて、現実的には「経済問題」であり「産業構造」の問題だと言える。環境技術で世界に貢献、と言いつつ、ビジネスにしようと思ったら、産業構造の一部である材料科学を変えることが必要ということは、当然でもある。

C先生:まず、レアメタルとは何か。文字通りだと、希な金属なのだが、本当の意味で希な金属は、貴金属と呼ばれている。金属(元素)が地球の地殻にどのぐらい存在しているか、を相対的に評価することは、アメリカの地球化学者であったフランク・クラーク(1847〜1931)がクラーク数というもので表現している。この数値は必ずしも客観性が高いものだとは考えられていないが、それでも良い目安にはなる。
 最近の表記では、対象を岩石、水、大気まで拡張して、ケイ素(Si)の存在量を100万として、他の元素や金属の存在量を相対値で示す方式が取られる。
 貴金属の代表である金(Au)は、1/1000といった量になる。Siの量の10億分の1ぐらいしかない。まさに、希少な元素だ。

A君:同じ貴金属でも、Pt類は、金よりは多少多いですが、それでも金の数倍。

B君:Siの100万分の1程度の存在量でも、結構実用にはなる。たとえば、スズ(Sn)は2、タングステン(W)は1、水銀(Hg)は1/10以下、といった量だけど。Siを100万とすると、空気中にいくらでもある窒素(N)が150といった量になって、比較的少ない感じになる。

A君:それでも、鉄(Fe)は90700と相当に多い。アルミ(Al)に至っては305300

B君:鉄とアルミは、元素自身が枯渇することは考えられない

C先生:なじみのない元素ということだと、実は、希土類と呼ばれる元素は、希に泥から見つかる元素という名前ではあるが、実は、それほど希ではない。先ほど、タングステンが1だという紹介があったが、おそらく全く馴染みの無いジスプロシウム(Dy=Dysprosium)が3だ。イタイイタイ病で有名なカドミウム(Cd)は0.1ぐらいだから、Dyは量的には結構ある。

A君:本日の主役の元素の一つがDy

B君:主役のもう一つは、インジウム(In)か。その存在率は0.1以下と少ない。しかし、大変にお世話になる元素の一つで、液晶テレビもプラズマテレビも、この元素なしには成立しない。

C先生:まあ、こんな紹介の仕方をしていると散漫になるだけなので、表の形でまとめよう。現時点で、元素戦略が重要な元素としては、以下のようなものがある。

表1: 
元素戦略上の重要元素
元素名 存在度 用途
ジスプロシウム(Dy) 3 永久磁石
ネオジム(Nd) 20 永久磁石
インジウム(In) 0.1 透明導電膜
リチウム(Li) 300 リチウム電池
コバルト(Co) 45 リチウム電池
ニッケル(Ni) 130 ニッケル水素電池
タンタル(Ta) 1 コンデンサー
タングステン(W) 1 超硬合金


A君:具体的な用途としては、実に、環境技術用が多い永久磁石でありリチウム電池など

B君:3月28日号の日経の第一面だが、トヨタプリウス6割増産、ホンダ新型20万台、ハイブリッド100万台体制、といった記事が出た。

 トヨタは、2009年までにハイブリッド車プリウスの国内生産量を07年より6割増の年間45万台に引き上げる。ホンダは、現在のシビックハイブリッドに加え、09年初めに小型・低価格のハイブリッド専用車を発売する。ガソリン車との価格差を10万円に抑え、1〜2年内に年20万台の世界販売を目指す。同社のハイブリッド車の07年の世界販売は、前年比4.6%増の5.5万台。スポーツ車なども投入し、10年に全体で年40〜50万台に増やす。日産も10年にハイブリッド車を発売する計画。
 トヨタ、ホンダ二社のハイブリッド車の販売合計は、09〜10年にも100万台を超える見通し。07年の国内新車総販売台数535万台の約2割に相当する規模になる。


A君:このハイブリッド車の重要な部品が永久磁石で、そこに、DyとNdが使われている。

C先生:あまり知られていないことだが、効率の高いモーターには、磁力の強い永久磁石が必要。現時点では、Nd−Fe−B(ネオジ鉄ボロン、以下ネオジ磁石)と呼ばれる磁石が使われている。この磁石は、ほぼ25年前に、佐川眞人氏(富士通→住友特殊金属→現インターメタリックス代表取締役)によって発明された。

A君:純粋な組成はNd2Fe14Bという化合物を一方向に並べた形をしている。しかし、80℃以上になると磁力を失うため、Ndの一部をDyで置き換えて、ハイブリッド車用のモーターだと200℃にもなるが、それでも十分磁力を保つように工夫されている。

B君:Ndは、少ないとはいっても、まだ資源はある。Dyも資源量としては3なので、なんとかなる程度ではあるものの、問題は、その産地。現在、中国が90%以上を支配しているのが現実。中国も、自動車工業における産業競争力をつけようとしていて、ハイブリッド車は、Dy資源をおさえれば、日本に勝つことができると考えているふしがある。

A君:となると、Dy資源を他の国で探すことになるのだが、実際には、原子番号が大きな希土類である中重希土類は、どうも中国独占状態。

B君:これは困った。ということで始まったのが、元素戦略だという見方もできる。

A君:実際のところ、日本という国は非常に呑気で、中国がそんな戦略を取ることが分かっていても、誰も対策を考えない国だった。ネオジ磁石が日本で発明されたことすら、知らない政治家が多いのでは

B君:最近、ネオジ磁石は、あらゆるところで使われている。小型モーターの大部分。ヘッドフォン用の磁石、ハードディスクのヘッドを動かす磁石などなど。これらの製品が廃棄されるときに、回収してリサイクルをすべき。しかし、現時点で回収される製品に含まれる磁石類の半分は中国に戻っているらしい

C先生:完全に自由な市場を重視しすぎて、戦略に思い至らないのが日本という国だった。コスト的には、リサイクルはなかなか合わない。中国は人件費が安いからコスト的にも見合う。しかし、将来を考えたら、日本国内に備蓄しておいて、コスト的に見合うようになったら実際にリサイクルを行うといった、時間軸を超えたリサイクルシステムを考えなければならない。

A君:まだプリウスは、廃車になる台数は少ないだろうが、是非ともその解体は、日本国内で行いたい。

B君:プリウスだけではない。最近、使用済みの携帯電話が戻ってこない。日本の携帯電話は、海外では使えなかったから、スクラップにするしかないのだが、中に入っている個人情報のためか、あるいは、カメラなどとして使えるためか、使い終わってもリサイクルに出さない人が増えた。

C先生:携帯電話の回収は、国策としても重要。消費者の理解が必須。それ以外にも、小型電子機器類は、回収を多少強制的にでも行うシステムを考える必要がある。もっとも、携帯電話でも、最近のドコモとか、しばらく前のVodafoneの携帯のように、GSMの電波を受けることが可能な携帯は、そのまま輸出して、アフリカなどの海外で使ってもらうのがベストなのだが、なかなかそんなことにもならない。

A君:これで、Nd、Dyにまつわる過去から現在までの状況がほぼ説明できた。

B君:そして現時点で、Dyを使わない、あるいは、Dyの使用量を下げるという材料研究が盛んに行われているという状況。なんとかできれば、日本の材料科学の勝利となるはず。

A君:モーターの効率が極限まで向上すれば、モーターの温度も下がる。となれば、Dyを使わないでも、なんとかなる。

B君:しかし、それは難しそうだ。

C先生:現在のように、銅線を巻き線に使っている限りは、難しいのかもしれない。トヨタという企業は、世界最大の大型モーター生産企業なのだが、それはハイブリッド用を作っているから。プリウス用は50kWというすごさ。家庭用の大型のエアコンのコンプレッサーに使われるモーターだって、1kWぐらいなもの。掃除機は比較的モーターが大きいのだが、それでもたかだか1kW。50kWというハイブリッド車用のモーターは、産業用としても実に巨大な消費電力なのだ。しかも、小型なので、放熱処理が難しい。

A君:そろそろNd、Dyを終わって、次にいきますか。

B君:先ほどの表1だと、次がInか。これは、電気を通す透明な材料として有名。

A君:電気を通すには金属のように、電子が自由に動けることが重要。しかし、電子が自由に動くと、光も同時に吸収してしまうので、金属光沢をもった不透明なものになってしまう。

B君:炭素でも黒鉛となると、電子が自由に動くことができるために、金属光沢になっている。

A君:透明性と電気伝導性を両立させることは、実は結構難しい。酸化物として使うのが現実的なのだが、その条件を満たす元素群というものがあって、あまりバラエティーは無い。スズ、カドミウム、インジウム、亜鉛、などといったところ。

B君:Inの資源は、かなりさまざまなところにあって、日本にも世界最高濃度と言われる鉱脈があるようだ。

C先生:しかし、資源的には0.1相当なので、まさに希少。そこで、Inが無くなるという話は、かなり以前から言われている。この元素が無くなると、液晶テレビ、液晶ディスプレイ、PDPテレビなどが作れなくなる。現在の日本の電機産業にとっては、それは大変、ということになる。

A君:薄型テレビの商売は今は相当大変。巨大産業化しないと、儲けが出ない。

B君:そろそろ日本のような国では、薄型テレビから重点を別の方向に移すべき時代になったように思える。すでに、台湾、韓国と壮絶な競争をやっている。中国との競争も近そう。

C先生:それでは、ということで有機ELテレビを作ろうとすると、これまた大面積の透明導電膜が必要。となると、液晶のサイズが0.6インチといったリアプロ型のテレビに戻ることになる。それよりは、Inを使わない透明伝導膜を作るのが良いことになる。

A君:それが細野先生(東工大)の研究の一つの成果。12CaO・7Al2O3という鉱物は、古くはセメントの構成成分としてしか知られていないものだった。しかし、これにCaを余分に含有させることによって、導電性を付与することが可能だという結果を得た。

B君:この研究成果の意味は実は非常に大きな広がりを持っている。これまで、透明導電性というと、InとかCdとか言う元素のイメージに囚われるのが普通の考え方だった。だから、Inなどが無くなると大変ということになる。しかし、もしも、地殻に大量に存在する元素を使って、多様な機能を出すことができれば、人類は、元素の限界という縛りから逃れることができる。

A君:もともと元素と言ったって、原子核と電子からできていて、多くの性質は電子の状態で決まる。となれば、原子配置を制御して、電子の状態を変えることが可能ならば、元素に固有の性質というものも元素に固有ではない性質に切り替えることができるかもしれない。

B君:地殻に大量に存在する(酸素やフッ素と化合する)元素としては、Si、Al、Fe、Na、Ca、Mg、K、Ti、P、Mnといったものがあるので、すべての原子をこれらの原子で代替できれば、元素の縛りから逃れられることを意味する。

C先生:これまでナノテクノロジーという名前で様々なことが行われてきたが、その起源は、どうも炭素のサッカーボールと呼ばれたフラーレン、炭素のチューブであるカーボンナノチューブのように、妙な形の炭素が得られ、妙な物性を持つことが分かったことにあるように思える。要するに、同じ元素でも、微細構造を変えれば、異なった物性を持ちうるのではないだろうか、という発想がナノテクノロジーの原点だった。

A君:その拡張として、微細構造を変えれば、原子の縛りを逃れることができるのではないか、ということになれば、それが本当のナノテクノロジー

B君:それは、日本の元素戦略として重要。すなわち、ナノテクノロジーの本当の意味が、最近になって分かってきたのではないか、という理解も可能。

C先生:ということで、日本という国が資源限界を乗り越えて成功を収めることができれば、それは本当の意味でのイノベーションを達成したと言えるだろう。今回、触れることはできなかったが、多くの元素が、環境技術の実現のために必要とされている。となると、日本の環境技術の本当の未来は、やはり適切な元素戦略に立脚しているという見方も可能だ。今後、材料科学が全力を傾倒して挑戦するに値する課題だ。

なお、今回のHPのさらなる詳細は、(独)物質・材料研究機構による元素戦略アウトルック 「材料と全面代替戦略」なる冊子(110p、刊行年月日不明)を参照されたい。