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  「原発なき電力供給は目前」のウソ 06.12.2011

    



 朝日新聞の朝刊では、見開き両面の原発の状況の記事が目立つが、これは投稿記事だと思うが「私の視点」に国際エコノミスト、齋藤進氏が、「原発なき電力供給は目前」、という反原発派の喜びそうな意見をだしている。

 中身はひどい。しかし、この記事がどのぐらいの過ちを犯しているのか、その評価をしようと思っても、具体的な数的論拠が公開されていないので、分からないが、すぐにでもいくつかの決定的な間違いを指摘することはできる。

 このようなひどい意見の掲載を許容している現状では、ますます混乱と誤解だけが伝達される。エネルギー供給の全貌を示す情報を、政府主導で、全面的に開示し、議論を統合すべき段階にあるように思える。

 本日は、齋藤氏の「私の視点」における論旨の疑問点を解明してみたい。



C先生:「原子力発電所を全部止めれば、電気が足らなくなるし、電気代も上げざるを得ないー」。 これが現在のところ、大方の日本人が抱いている常識かもしれないが、私の回答は「否」である。
 まずはこれが最初の文章だ。問題は、いくつもあるが、まず、いつの時点で足らなくなるとか、余るとか言っているのだろうか。そもそも、どのような経歴の人か調べて、電力供給に対して、どのぐらいの見識があるのかを知りたい。

A君:Asahi.comで連載記事を書いているようです。朝日新聞系人脈なのかもしれません。身分は、調べてみると、株式会社 三極経済研究所 の代表取締役。IPERI国際年金経済研究所のブレインとして紹介されています。

B君:三極経済研究所のホームページは見つからない。所在地が目黒区中央町であることは分かった。

A君:Googleを探すと出てくる論評は、(株)東大英数理教室のホームページの中に、朝日新聞への投稿記事が載っていたり、学士会報に投稿記事があったり、といった程度。
 
B君:朝日新聞の2002年3月11日のオピニオンに、「経済再生 年25兆円、5年間配れ」という主張をしている。この主張をみても、かなり極端なことを言って、衆目を集めるという手法なのではないか、と思われる。

C先生:いずれにしても、エネルギーに真剣に取り組んでいる専門家ではなさそうだ。この私の視点という記事は、たしかに投稿の形態を取ることは事実なのだが、ときには、記者から、こんな記事を書いてくれませんか、という依頼がありうる紙面でもあるのだ。

A君:後で検討するように、かなり事実誤認があるのですが、広瀬隆氏の主張にかぶれた朝日の記者に、「これで行け」と頼まれて書いたという可能性もないとは言えない。

B君:さて、「原発を全面停止・廃止しても電気は余る上に、電気代も逆に大幅に下がりうる」、がいつの時点での話か。それは、良く分からない記述ではあるが、終わりに近いところに、「早ければ1年、遅くても2年以内にすべての原発に変わる新規発電設備ができる」としているので、これが答えだろうか。

A君:一般読者で、この記事をそのまま信じる人も居ないと思うけれど、万一、そんな人が一人でもいたら、問題を複雑にするだけだ。

B君:インターネットをチェックすると、土曜日午後3時の段階で、この齋藤氏のロジックをそのまま受け入れているブログがすでに出ているようだ。怖いものだ。

A君:やはりウソを見抜けないのでしょうね。

B君:というよりも、反原発の主張がでると、その論理の適否はとにかく、情報を広めようという人が多いということなのではないか。

C先生:正しいことが何か。それを自らの主張で広めるというブログが少ないということだ。
 もう少々具体的に妥当性を解析していこう。

A君:ちょっと待ってください。解析をするのは簡単なのですが、この記事は、ちょっと読んで、誤り探しをするのに適切なレベル。少なくとも、Facebookの環境学ガイドグループに参加してくれている人であれば、それを見抜くのは簡単すぎるぐらい。

B君:ということは、全部の記事をまず引用して示すべきだと。

A君:そういうことです。では、勝手ながら行きます。一応、全文を。

C先生:それでは、次の文章のどこがおかしいのか、間違い探しのスタート。

本文

 日本のエネルギー制作の大本営である経済産業省資源エネルギー庁の統計情報や、総務省統計局の「日本の統計」、「日本統計年鑑」などによると、日本全体の発電能力は、原子力を1とすれば、おおよそ、水力1、火力4の比率だ。大震災前の操業率は、水力がほぼ100%、火力と原子力はそれぞれ50%前後だった。

 停止前の原子力の操業率が100%だったとしても、火力の操業率を75%以上にすれば済む。まして、原発の操業率が50%なら、火力の操業率を65%以上にすれば電気は余る。したがって、原発がすべて停止・廃止されても問題は無い。

 原発が止まれば、電気代を上げないと電気の供給が足りなくなるというのもおかしな話だ。日本で発電される電気の20%は実は自家発電で、その90%が火力、10%が水力だ。大手企業などは、電力会社から電気を買うより安いから自前の発電設備を使っている。

 既存の発電設備だけでも電気は余るし、昨年の原子力発電実績を新型発電設備のガスタービン・コージェネレーション(熱電併給)に置き換えても、必要な新規投資額は8000億円で済む。この新規設備能力に30%マシの余裕を見ても、1兆円程度だ。しかも、ガスタービン・コージェネレーションの熱効率は既存火力よりも30〜50%も高く、同規模料の発電での二酸化炭素の排出量も大幅に下がる。この方式の大規模発電は大手のガス会社で、ここ10年近くも実施され実証済みだ。

 燃料の天然ガスは、原油と異なり、世界的に供給量が増えていおり、長期的には安定供給が見込まれる。天然ガスを液化する段階で硫黄・窒素分などの有害物質は除去され、環境負荷は極めて小さい。しかも日本の大手重工業メーカーには上記の設備を短期に製造・設営する能力がすでに備わっている。日本が得意とする国家総動員体制で当たれば、早ければ1年、遅くても2年以内にすべての原発に代わる新規発電設備ができる。

 中長期的には原発全廃を決定したドイツのように、再生可能エネルギー利用の拡大に注力すれば、環境負荷はさらに小さくなる。

 要するに安くて環境にも優しく、持続可能な電力供給は、原発に頼らなくても、国民の選択次第で目の前にあるのである。


B君:なるほど。論理の構築に、いくつかのトリックがあるのが分かる。

C先生:統計データは、権威のある総務省統計局や大本営の経産省のものを使っていると書いて、疑問を持たせないような記述をしているが、そのデータの意味を明らかにしなければ、意味が無い。

A君:元データが何か、多少当たってみますか。まずは、総務省統計局の「日本の統計」から。
http://www.stat.go.jp/data/nihon/index.htm


B君:「日本全体の発電能力は、原子力を1とすれば、水力1、火力4の比率だ」については、恐らくこのデータではないか。
http://www.stat.go.jp/data/nihon/zuhyou/10syo/n1000300.xls



図10-3 日本の発電能力

A君:平成21年度のデータを見ると、発電所数4776、最大出力281,966の行に、水力の最大出力47,966、火力181,736、原子力48,847(単位出力1,000kW)とある。

B君:確かに原子力1、水力1、火力4と言える。

A君:その次の「大震災前の操業率は、水力がほぼ100%、火力と原子力がそれぞれ50%だった」は、どの統計データだろうか。

B君:多分これではないか。地域別発電電力量のデータから発電量を得て、発電能力に1年8760時間を掛けたデータと比較した。

A君:そのもとデータは、多分これ。
http://www.stat.go.jp/data/nihon/zuhyou/10syo/n1000400.xls



図10-4 日本の地域別発電電力

B君:1年間フル運転した場合に期待される発電量と発電実績を比較すると、平成21年の電気事業用の発電機の稼働率はこうなる。



図 発電機の稼働率

A君:数値が全然違うではないですか。もともと水力が100%稼働するなど、あり得ない話。なぜなら、日本の水力はかなりの割合で、揚水発電なので、汲み上げた上池の水は、フル稼働したら数時間しかもたない。

B君:日本の水力発電が、原発の深夜電力を揚水で貯蔵するために使われているということを知っていれば、水力100%という数値を書くとは思えない。やはり、エネルギーについては、専門家ではないと断定できる。

A君:それでは次の文章。
「停止前の原子力の操業率が100%だったとしても、火力の操業率を75%以上にすれば済む。まして、原発の操業率が50%なら、火力の操業率を65%以上にすれば電気は余る。したがって、原発がすべて停止・廃止されても問題は無い」。

B君:これは問題外の議論だ。電力使用量には季節変動というものがある。

A君:そちらは別の統計が必要か。ちょっと古いデータですが、次の図のようなもので情報は一応足ります。
http://www.iae.or.jp/energyinfo/energydata/data1013.html



図 電力需要の月別変動



図 電力需要の時間変動

B君:ただし、この図をしっかり見れば分かるが、月別変動の値は、その日のピーク値が使われているということ。24時間の需要量ではない。

A君:要するにピーク値がすでに月別変動にも使われているということ。

B君:斎藤氏が行っている議論は、極めて乱暴で、電力需要を1年中同じだと考えているのではないか。
 実際の変動は、2004年の例で見れば、4月の明け方6時頃の電力需要である80(百万kW)が最小。最大は、その夏の気温次第で、2010年だと9月にピークが出ているが、2004年だと7月の午後3時の170(百万kW)。

A君:要するに、最小と最大では約2倍も変動する電力供給をしなければならない。

B君:斎藤氏は、恐らく、日本の電力需要変動が1975年のように、エアコンが普及以前の時代のままだと思っている。

A君:それはそれとして、稼働率をどうすれば良いのか、計算をしてみましょうか。
 図10−4の地域別発電電力量の平成21年の電気事業用の値925,392(100万kWh)を出すことにしますか。
 図10−3の発電所の数と最大出力平成21年度のデータで、火力を181,736(1000kW)、原子力を48,847(1000kW)とし、水力発電による発電量は、斎藤氏の稼働率100%というのは全くの過ちなので、図10−4の実績値を使う。

B君:細かい数値は一致しないが、火力の稼働率を75%にすれば、年間電力需要量を発電することはできる。これは正しいようだ。

A君:しかし、それでは需要のピークには対応できない。需要のピークを年間平均値の120%とし、火力の稼働率を100%にすれば、ほぼ夏のピーク電力に近い電力を供給できる。

B君:しかし、古い石油火力などを動かすことになるなあ。

A君:数値が挙がっている発電機ですが、どこまで信頼性がある発電機なのでしょうか。壊れる可能性も高そうな気がする。

B君:余裕全く無しだが、今年の夏は、そんな状況になるのではないだろうか。ピークの時間帯に15%の節電ができれば、余裕が若干あるので、大規模停電が避けられる。

A君:斎藤氏の数値は、夏期午後の需要ピークを充分に考えている言えない。

B君:次は自家発電と電力コストの問題。

「日本で発電される電気の20%は実は自家発電で、その90%が火力、10%が水力だ。大手企業などは、電力会社から電気を買うより安いから自前の発電設備を使っている」。

B君:自家発電は実績から計算すれば分かるように、16.8%だ。しかし、この表現も多少過大評価ではあるが、間違いとは言えない。

A君:安いから自前の発電設備を使うのも正しい。しかし、問題は、なぜ安いか。それは、送電コストが無いからだ。送電コストを考えないで、電力コストを議論しても仕方がない。

B君:送電網の維持にいくらお金が掛かっているか。
 次の文書は、IBMのもので。英国における送電設備への投資の歴史がある。
http://www-06.ibm.com/services/bcs/jp/industries/e_u/pdf/the_power_of_working_smarter_j.pdf

A君:この図を見ると、英国の送電網は、1860年代に整備されて、1970年以後は、メンテナンスのみという感じでしょうか。


図 英国電力網への投資

B君:ピークで、3000ミリオンポンドの投資か。1970年代以降1000ミリオンポンドで保守といった理解だろうか。

A君:為替レートをいくらにします? 現行のレートなら、130円ちょっと。これで行きますか。計算すると保守費用が1300億円。ピークの投資が4000億円/年。こんなもの?

B君:東京電力の損益計算書(単独)によれば、
http://www.tepco.co.jp/ir/tool/factbook/pdf/p32-j.pdf
送電費が3508億円、変電費が1619億円、配電費が4802億円。合計9929億円で大体1兆円。

A君:火力の発電費用が1兆7122億円、原子力の発電費用が5186億円、水力の発電費用が897億円。他社からの購入した電力料が7035億円。合計3兆240億円。

B君:送電:発電が大体1:3だと考えれば良いのだろうか。

A君:送電費用が無いだけ、自家発電は安い。もっとも、電力会社からの産業用深夜電力は、自家発よりも安いという話だが。

B君:その次の記述に行こう。

 「既存の発電設備だけでも電気は余るし、昨年の原子力発電実績を新型発電設備のガスタービン・コージェネレーション(熱電併給)に置き換えても、必要な新規投資額は8000億円で済む。この新規設備能力に30%の余裕を見ても、1兆円程度だ。しかも、ガスタービン・コージェネレーションの熱効率は既存火力よりも30〜50%も高く、同規模料の発電での二酸化炭素の排出量も大幅に下がる。この方式の大規模発電は大手のガス会社で、ここ10年近くも実施され実証済みだ」

A君:ガスタービン・コージェネが良いという話だが、これは、天然ガス・コンバンドサイクルの間違いではないか。

B君:しかし、熱効率が30〜50%も高いか。既存火力より、という表現がミソかもしれない。古い火力よりなら当っている。

A君:ガスタービンのインレット温度が1700℃だと、高位発熱量基準で60%になるという。実際には、高位基準で53%ぐらいなのでは。

B君:コージェネのところに熱電併給と書いてあるので、そのような間違いではないのかもしれない。

A君:大規模のコージェネを導入した例を考えている可能性もないとは言えない。そのような例としては、六本木ヒルズがある。こちらを考えているのか。
http://www.ihi.co.jp/powersystems/case/roppongienergy.html
「六本木エネルギーサービス株式会社殿はこのガスタービンコージェネレーション(合計36,500kW)を用いて地区内の事務所棟、ホテル棟、劇場棟、住宅棟等に電気供給し、発電時の排熱や他の熱供給施設(蒸気吸収冷凍機合計66,810kW[19,000RT]、蒸気ボイラ合計89.4t/h)と併せて地区内の全建物に熱供給を行います。効率的なエネルギー供給により省エネルギー化、併せて環境負荷の低減が図られています」。

B君:非常時には、灯油で発電ができるらしい。防災面でも良いかもしれない。

A君:この手のコージェネが普及しない理由は、ヒルズには居住用の2棟があるので、お湯が必要。吸収式の冷凍機を使うのだけれど、最終的には、熱の需要が無いと効率が上がらないから。

B君:いずれにしても、コージェネで原発分を置き換えるというのはあり得ない。コージェネは、次世代燃料電池を待って、都市ガスとの組み合わせによって、電熱同時供給で、総合効率80%をを目指すというシナリオに期待すべきではないか。

A君:まあ、10年でも難しい。20年後ですかね。

B君:天然ガスに依存するというシナリオは、まああり得るのだが、それよりも省エネに全力で取り組め。そして、省エネを輸出することによって生きる国になれ、というのがより正統的な主張になるのだが、それには、やはり10年から20年かかる。

A君:再生可能エネルギーも、地熱発電、中小力のように、現状の電力網に適合したものから導入。その後、直流幹線をもつ電力網に多大な投資をして、ふらつく再生可能エネルギーの代表格である風力を大量導入し、場合によっては、電気自動車用の充電などにも使うというシナリオが合理的。ただし、完成するのは、2030年以降になる。

B君:どうかんがえても斎藤氏の「国民の選択次第で目の前にある」はウソ。やはり20年かけてじっくり変えるというシナリオだろう。

C先生:大体終わったかな。
 この程度の詰めの悪い意見が朝日のような大新聞に掲載されるということ自体が異常だと言える。技術的な数値に妥当性があるかどうか、掲載をするなら、朝日新聞がチェックをすべきだろう。妥当な数値を基にして、価格なども明らかにして、その上でどのような考えをもつか。それこそ好みの問題になって、国民の選択の対象になる。
 この斎藤氏の主張は、国民の選択の対象になるレベルの議論ではない。未熟すぎる。
 私の視点に掲載する意見が、本当に国民の選択に資するレベルになるよう、朝日新聞は努力をする義務がある。
 本HPを作成する程度の時間、ほぼ5時間程度であるが、このぐらいの努力で、その論拠の妥当性ぐらいはすぐに分かるのだから。