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  「貧困の終焉」 これは名著だ 08.06.2006
     



 「貧困の終焉」ジェフリー・サックスの最新の著書である。ISBN4-15-208723-4 早川書房 ¥2300。

 訳者のあとがきによれば、経済分野を専門にしている訳者も、この本を訳すことになるまで、その名前を知らなかったという。

 国連にとっては、非常に重要なミレニアムプロジェクトの長を務めた人で、現在、コロンビア大学の地球研究所長である。


C先生:とにかく、今年読んだ本の中では、環境と開発に関心のある方々にとって、もっともお奨めの一冊である。
 貧困の克服が、地球温暖化よりも現時点での地球環境関連の最大の問題であることは事実だろう。しかも、現代の先進国が富を築いた源泉となってきた化石燃料が尽きようとしている現時点で、乗り遅れた国は、未来永劫乗り遅れる。それどころか、今、先進国だと自認している国も、現在、アフリカあたりに多く見られる「貧困の罠」にはまる可能性がかなり高い。
 日本のような国は、その経済システムのグローバル依存が高いことからみても、脆弱な国の代表格である。

A君:日本人は、それを意識していない。

B君:食糧自給とエネルギー確保が重要なのに。

C先生:加えて、これまで、世界の人口をどのようにすべきか、ということについて、明確に書かれた本に出会っていない。この本にもそれほど明確に書かれているとはいえないが、少なくとも、出生率の低下を実現することが必要という認識が明示されている点を評価したい。

A君:極めて厚い本(534ページ)で、やっと読み始めたところなので、もう少々時間を貰わないと。

B君:こちらも同様。

C先生:それでは、今回に限り、本の説明と議論の切り盛りをやるか。
 まずは、両君の想像力のテストだ。内容は、この本から借用しているが、問題は自作だと思って欲しい。

まず、仮定。
(1)諸君は、アフリカの大地で農業を営んでいる。
(2)子どもは4人いる。夫婦と合わせて6人家族である。
(3)農地を2ha持っている。
(4)作物としては、トウモロコシを育てている。
(5)今年の収量は1haあたり2トンだが、来年の種を除いて、ほぼ、全部を自家消費してしまう。
(6)子どもは、比較的近いところで薪を拾い、遠くの泉から飲料水を運んでくる。

問題その1:
 この農家は持続可能だろうか。

A君:これだけの条件では答えられない、というのが答えでしょう。

B君:それはそうだが、この生活条件からみて、まず、貯蓄は無さそうだ。となると、持続可能と言うのは無理だろう。

A君:なんらかの貯蓄が無いとしたら、それは無理。貯金ということ以外でも良くて、農地にこれまでどのぐらいの栄養分を蓄えているか、とか、化学肥料をどのぐらい持っているかとか、そんなことが無いとしたら、来年の収穫は、今年よりも確実に少ない。なぜならば、土地は劣化するから。

B君:それに、子どもがまた増えるかもしれない。そうなれば、食糧が不足する。また、家族が病気にかかるかもしれない。働き手だって、いつでも元気とは限らない。

A君:それどころか、雨だって、毎年同じようには降らない。来年は旱魃かもしれないし、逆に洪水のようなことが起きるかもしれない。

B君:このところの気候変動がやはり悪い影響を与える可能性が高い。

C先生:そんなところだろう。何か、かなり些細なことでも、それが起きたとすると、もう持続可能性が失われる。これがアフリカの貧困の現状だろう。しかも、その確率が高まっている。先進国に大きな責任がある気候変動によって。

問題その2:
 さて、この農家の農業だが、「自立的な改善」あるいは「持続的な発展」を実現するには、どのような方法論があるだろうか。3種類ぐらい挙げて欲しい。

A君:やはり、すべての作物が自家消費されているようでは、何かあったときに、対応しきれない。

B君:それはそうだ。作物の収量を上げるか、あるいは、耕地面積を増やすことが必要だ。

A君:アフリカなどでは、土地の所有権も余りはっきりしていないらしいから、少々耕地面積を増やすことは可能だと考えるべきではないでしょうか。

C先生:ただ、誰もが耕作をしていないような土地には、場合によると、ブユのような昆虫が多数生息していて、それがオンコセルカ症などといった怖い寄生虫病を媒介する。このようなブユを退治できれば、耕作面積を増やすことが可能になるかもしれない。無条件に、いつでも耕作面積を増やすことが可能な訳ではない。このブユを退治するという方法も、サックスは正解の一つとしている。それを彼が「資産の増大」と呼んでいる。

A君:となると、単位面積あたりの収量を増やすということになる。

B君:肥料が必要ということになる。

A君:しかし、肥料は買えないと考えた方が良い。さてどうするか。

B君:最近、NPOなどが広めている方法に、空中窒素を固定するマメ科などの植物を畑の周辺に植えるという方法がある。

A君:もしも、単位面積あたりの収量を2.5トンに増やすことができたら、1トンは余るから、それを市場に出して、家畜を買うことも可能になるかもしれないし、肥料などを買いだめをすることが可能になるかもしれない。

C先生:それも正解としよう。これがサックスが示している回答の一つ、「テクノロジー」の採用に相当する。さて、他にはあるか?

A君:作物を換金作物に切り替えるという方法論はどうだろう。例えば、バニラなる作物は、国際的に市場がある。多少の貯蓄があれば、それをはたいて、バニラに全面的に切り替える。

B君:かなりリスクがあるが、もしもうまく行けば、もっとも速くポジティブな改善ループが実現できそうだ。

C先生:それをサックスは「通商」という名前で呼んでいる。国際的な換金作物を作るからだろう。これは、グローバリゼーションのお陰でもある。グローバリゼーションも悪いことばかりではない。グローバリゼーションのお陰で、途上国は早く「貧困の罠」から抜けることが可能なのかもしれないのだ。

A君:しかし、実際には、例えばルワンダの中央銀行総裁にであった川島氏の手記にあるように、アフリカには、海岸の無い国が多くて、産物を港まで輸送することができない。

B君:道路があればなんとかなるのだが、アフリカの道路には、ほとんど期待できない。

C先生:そろそろ、実態に近い話になってきた。となると、もう一つの正解というものを言ってしまおう。それが実は、貯蓄なのだ。もしも「貯蓄」があれば、家畜などを買うことが可能になる。
 以上まとめると、「資産の拡大」「テクノロジー」「通商」「貯蓄」の4つがモデルとして考えられるというのが、サックスの理論。

A君:ところが、実態は、「貯蓄」は無い、「資産の拡大」を妨害する要素が非常に多い、「テクノジー」を理解できて広める人材が居ない、「通商」を支えるインフラが無い。

B君:さらにまずいことには、耕地の劣化が起きて、重要な天然資源が衰退する。さらに、洪水、旱魃、熱波、霜、害虫などの攻撃や、マラリア、エイズなどによる健康被害などが起きて、ある年の所得がゼロになる。

A君:そうなっても、水を汲みに行く人力を確保するために、子どもを増やす。人口増加は、負のスパイラルへの入口。

B君:さらに言えば、政府が借金まみれであって、インフラの整備どころか、教育投資もできない。

A君:アフリカには、やはり女性蔑視の傾向がかなり強い。女性の地位が向上しないと、人口問題は特に片付かない。

B君:同じようなことだが、文化的なレベルが低いために、特に、識字率が低くて、学習する能力そのものが低い。

C先生:このような状況にあって、ポジティブなスパイラルが実現できないことを、「貧困の罠」と呼ぶ。自分自身でいくら努力しても、その罠から抜け出すことができないのだ。
 もう一度、「貧困の罠」の実態を表の形でまとめて起きたい。

「貧困の罠」の構成要素
(1)貯蓄が無い
(2)資産の拡大を妨害する要素が多い
(3)テクノロジーが後退する
(4)通商を支えるインフラがない。アフリカには、海の無い国が多い。
(5)天然資源(地力のようなもの)が衰退する
(6)自然災害が起きる
(7)マラリア・エイズなどに限らず、あらゆる健康被害が多い
(8)人口を増やす必然性がある
(9)政府が借金まみれ
(10)文化的な背景による女性の地位の低さ
(11)識字率の低さ


C先生:これらを打ち破るには、なんらかの援助によって、ポジティブなスパイラルを作ることが必要不可欠。

A君:アジア諸国は、なんとかポジティブなスパイラルを実現しつつありますね。その差は何でしょうか。

B君:一つは、教育ではないか。

C先生:サックスは、2つのポイントを挙げている。一つは、社会環境。まさに教育程度が高く、かつ、乳児死亡率も低かったこと。そして、もう一つは、アジアには食糧の単位収量が高いという特徴があるようだ。東アジアでは、1haあたり2トンの穀物が取れるが、サハラ以南のアフリカでは、900kg台のようだ。

A君:さっきやったトウモロコシの収量は、2トン/haだった。あれはアジア並みの収量。

B君:だから、肥料がまだ有るときの話だったのだ。全量を食べてしまったら、肥料が買えないので、翌年の収量は、確実に2トン/haを切るのだ。

C先生:ということだ。
 それはそれとして、バングラデシュの経済発展の話とか、様々な話が出てくるが、サックスの理論は基本的にこれがすべてなのだ。このような要素をそれぞれの国について解明し、そして、「臨床経済学」とでも言えるようなアプローチを行って、木目細かい対策を取れば、すべての国で経済発展が可能だということ。
 しかし、最初のきっかけを作るために、ODAといった援助が必要。

A君:これまでのODAは、どちらかといえば、大規模土木工事を日本のコンサルタントが企画して、日本のゼネコンが施工するといった形で、個々の農家が自立的に成長するといったことは無視されていた。

B君:大規模ODAは、しばしば、地元政府の腐敗の原因だった。フィリピンにしてもどこにしても。

C先生:これからの援助・ODAは、個別農家に対して、それこそ個々の状況に対応するといった木目の細かいものでなければならない。これは、日本人にとって、もっとも得意とするやり方ではないだろうか

A君:これまで、「アフリカは遠い」、「日本人とは感性が違う」などなど言われてきたのですが、実際には、宗主国は自分達のやり方と宗教を押し付けたために、それなりに近い存在になっただけで、本質としては、例えば、宗教観などについても、現在は宗主国のためにキリスト教徒が多いものの、元々は、アニミズムの世界。

B君:日本は、世界中を見回しても、アニミズムを保存している唯一の先進国なのかもしれない。

C先生:2年ほど前、山形県の湯殿山神社に行ってみて、まさにアニミズムなので、ひどく感心し、同時に共感を覚えた。ご神体が岩なのだ。天辺からお湯が沸いている岩がご神体なのだ。これが日本の宗教だ、と思った。個人的には、クリスチャンホームに育ったのだけど、自分自身はクリスチャンになりそこないの、多神教

A君:多神教だと、ヨーロッパなどで宗教の話をするとき困るでしょう。

C先生:いや。日本人の宗教観の本質はアニミズムにある、湯殿山神社に是非連れて行って上げたい、などと説明すると、非常に興味を持ってくれる。相手はキリスト教徒が主だが、やはり、一神教にはある種の限界があることを認識している人が多い。特に、イスラム教というもう一つの一神教との戦いには、余り希望が持てないといった感じを持っている人が多いようだ。

A君:ユダヤ教も一神教。すべて根っこは同じ。

B君:なぜ一神教ができたのだろう。これは、本HPの話題ではないな。

C先生:実は、この本のこれで1/4がやっとのことで終わったところだ。次回も、この続きになる。まあ、環境に携わっているすべての人に読んでもらいたい本だ。訳も読みやすい。