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  「貧困の終焉」 何が可能なのか 08.13.2006
     



先週、アフリカなどの最貧国における「貧困の罠」を中心に話を進めた。

今回は、貧困を終わらせるために、何が可能なのか、ジェフリー・サックスの記述をもとに、考えてみたい。


C先生:まず、いくつかの要素はあるものの、絶対的な方法としては、何はともあれ富の再配分であるということだ。先進国における富の蓄積が現時点で、史上最大であるのに、その再配分は、かえって難しい状況になっている。しかも、今後、地球の限界が経済に明確に影響を与えるようになると、富の蓄積そのものが難しくなる。今がチャンスなのだ。

A君:現代世代が築いた富というものは、実に莫大なもので、それは、地球の資源を急速に利用する技術のお陰だった、と思えるのです。すなわち、化石燃料によるエネルギー、地下資源、水資源、生物資源、などなどを利用する技術のお陰。

B君:それに比例する形で、人口増加が起き、世界的な経済規模が拡大した。

A君:それにしても、富とは一体なんなのでしょうね。昔なら一時期金本位制のような制度があったので、分かりやすかったような気もするのですが、現在だと、集金システムがあることが富の実態でしょうか。

B君:実体経済が主体であるうちは、ある程度説明可能のような気がするが、現在のように、お金がお金を生む時代になると、富の実態とは一体なんなのだ。分かり難い。しかし、ある意味で、投資リスクを犯すことが可能な状況が富なのではないか。要するに、日常生活に必要な収入を遥かに超えた金をどこかに回す能力そのものが現代流の富なのではないか。

A君:しかし、その投資の先には、なんらかの価値がある訳で、その価値とは何か。20世紀までであれば、利便性と快適性でしたよね。しかも、人口が増え続けてきたのが20世紀ですから、一人当たりの利便性と快適性を同じにしていても、自動的に価値の総量は増えた。

B君:21世紀も後半になると、何が価値なのか、それが大問題になる。人口も減るし。しかし、とりあえず、最大の問題は、人口のピークである2040年ごろをいかにクリアーするか。

A君:富の蓄積の一つの要素であった人口増加はやはりなんと言っても、食糧供給の増大によって支えられている。例えば、まず農地の拡大がある。これは、カリフォルニア州南部など、本来であれば水が限界になって農業ができない情況が、コロラド川にダムを建設し、その水を地域に送り込むことによって、農業に適した地域ができた。最高の農地とは、乾燥地帯であって水が供給される所。

B君:乾燥地帯なのだから、普通なら水は無いのだが、例えば、カリフォルニア州であれば大規模灌漑、米国中西部であれば、地下水の大量使用によって、そんな条件が満たされている。
 それにしても、巨大ダムを作るため、その後の導水路を作るために、どれほどのエネルギーとどれほどの材料が使用されたのか。この消費の上に、現在のアメリカの富は成り立っている。

A君:その水を、庭の芝生に撒く。これがカリフォルニア南部の富の形ですか。なんとなく、やりきれない。

C先生:さて、議論が進んでいるようだが、実は、サックス教授がそんな議論をしている訳ではない。そんな現状解析的な議論のやり方は、どうやら理系の方法論のようだ。やはり経済学者だけあって文系で、記述は、過去の引用だ。
 ジョン・メイナード・ケインズは、「大恐慌の悲惨な状況についてじっくりと考えた。1930年に論文「わが孫たちの経済可能性」を書いた。圧迫と苦悩の時代の最中にありながら、彼は、孫達の世代、すなわち、20世紀の終わりになれば、イギリスを初めとする工業国では、貧困が根絶されているだろうと予見した。ケインズが強調したのは、テクノロジーの劇的な進歩であった。

A君:富の蓄積にとってテクノロジーが重要だという考え方は、極めて重要で、先ほどのダム建設の技術の話だけでなく、例えば、遺伝子組換えなどのテクノロジーも、もしも食糧の増産や無毒化、さらには、総合的な環境負荷の低減などをもたらすのであれば、人間社会にプラスになる。勿論見極めが難しい部分はかなりあるが。

B君:先進国におけるテクノロジーとして、今後、絶対的に必要なのは、地球資源にできるだけ依存しないための技術。省エネルギーであり、省資源であり、そして、廃棄物を出さない技術。農業でも、できるだけ省エネ・省資源でありながらも、収量の高い技術。

A君:一方、途上国にとっては、先進国で使われている技術であっても、特に、その地域の状況に適合させるための、イノベーションが重要。

C先生:いずれにしても、多少の歴史的な考察が重要のようだ。サックス教授はよく見られる世界の人口のグラフと、一人あたりの年収の世界平均のグラフを示して議論をしている。両方のグラフとも一見非常に良く似ている。1820年から2000年までで、人口は約6倍、一人あたりの所得は9倍になっている。
 アメリカ人ひとりあたりの所得は、この期間内に25倍になり、ヨーロッパでは15倍だった。全世界の経済規模は、この180年間で49倍にもなっている。

A君:人口が6倍、平均所得が9倍だから、まあ、50倍ということであたりまえ。

C先生:1820年には、もっとも豊かだったイギリスとその当時から世界でもっとも貧しかったアフリカの格差は、4倍程度であった。
 そして、2000年ごろになると、もっとも豊かなアメリカとアフリカの格差は、20倍にもなっている。

B君:その間にどのぐらいの経済成長をしたか、と言う問題。

C先生:アメリカの一人当たりのGNPの伸び率は、1820年から2000年ごろまでで平均的に年間1.7%だった。
 一方、アフリカの年間成長率は、同じ期間内0.7%だった。
余り違わない。

A君:現在、中国が8%とかいう成長をしていることを見れば、1.7%と0.7%という、本当に僅かな差が最終的な結果に影響を与えていることが分かる。

C先生:1820年における西ヨーロッパの一人当たりの所得は、今日のアフリカの平均所得のおよそ9割だという。どうやって計算したのか分からないが、比較経済の権威である経済史家のアンガス・マディソンによる推定だそうだ。そして、1800年における西ヨーロッパと日本の平均寿命はおよそ40歳だった。

A君:サックスによれば、その他の地域における1820年から2000年頃までの経済成長率は、
 日本      1.9%
 西ヨーロッパ  1.5%
 東欧      1.2%
 ラテンアメリカ 1.2%
 旧ソ連     1.0%
 アジア(除日本)0.9%

 
B君:しかし、この180年間の変化が、現代における世界の格差を生んだ、というのが驚異的。たしかに、技術と言うものをどうやって受け入れたか。これが大きいのかもしれない。

C先生:1820年。すべての地域は貧困だった。しかし、その後の180年で、全人類の1/6だけが高所得層になった。そして、2/3は、中程度の所得層になった。そして、1/6が極度の貧困から抜け出せない状態のままである。

A君:その原因を明らかにすることが、現在の貧困の原因を説明することでもある。

B君:しかし、しばしば誤解しやすいことがある。ある地域に貧困というものを作り出しながら、別の地域は高所得国を実現したということ。

A君:それに、ここで指摘すべきかどうか、ですが、貧困が誰の責任か、ということ。確かに、貧困は自らの責任であるとも言えるのです。政治家が不正を働くとか、先進国から武器を売りつけられて代理戦争としての民族紛争をやってしまうとか、これも確かに自国の責任ではある。しかし、庶民レベルから言えば、それを自分達の責任にされても困る。

B君:民主主義が十分に発達しているという認識をしている日本ですら、未来観を持てない政治家ばかりが蔓延る。日本政府の債務をほったらかし。これは、明らかに選挙民、すなわち各個人に責任がある。世界的にこんなに税金の安い先進国はない。増税を言うと、その政治家は、落選する

A君:それと同じことを、システムが無いアフリカに対して言われても困る。やはり、草の根レベルで、なんらかのきっかけが無いと、国全体のレベルが上がらない。特に、文化レベルが上がらない。そうならないと、民主主義など機能しない。

C先生:話を戻すが、一方に貧困を作り出すことで、高所得国ができたのかどうか、という問題。これは、植民地時代を考えれば、ある程度、そうだと言うことができる。一部の西欧が植民地時代に経済的な反映を享受できたのは、世界全体の所得が変わらない中で、ある地域からの資源を搾取したからだとも言える。

A君:しかし、日本が経済成長できたのは、恐らく別の要因。貧困をどこかに作り出して、そして、日本人の所得が増加した訳ではない。世界全体の所得を増加させる中で、日本人の所得が増加した。

C先生:パイの大きさが急増したのが、この20世紀後半の最大の特徴。ところが、問題は、今後、パイのサイズが増大するのは、あと30年程度。その後、2050年頃からは、パイのサイズは減り始める。全体サイズが大きくなりながら、貧困層の所得が上がることは有り得るのだが、パイのサイズが一定あるいは減る過程に入ったときに、貧困層が自律的な努力によって、所得を増やすことが可能か、という問題がある。これを実現するには、やはり所得の再配分、というメカニズムが必要不可欠なのではないか。

A君:ケインズは、「技術がパイのサイズを急増させた駆動力だ」という理解のようですが。それで良いのですかね。

B君:我々のスタンスは、産業技術というものがパイのサイズを急増させたものであることに反対する訳ではないのだが、本当に貢献したのは、技術なのか。これはちょっと疑問あり。産業技術というものが最大限利用したものが、実は、エネルギーというもの。しかも、このエネルギーというものが、化石燃料というものによって、非常に簡単に供給できるようになった。これが技術の根幹である。すなわち、化石燃料は枯渇する。ところが、2050年には、化石燃料依存から離脱しなければならない可能性が高い。もしも温暖化が本当に深刻ならば、だが。

A君:技術が不在だと進歩できなかったのは事実。ただ、化石燃料が無かったら、現在の進歩は無い
 それはそれとして、ケインズの文章が引用されていますが、面白いですね。

ケインズ「先史時代から近代前夜まで、重要なテクノロジーの発明がなかったことは、特筆すべきである。本当に大事なもの、そして近代の始まる時点で世界にあったものは、すでに、歴史の夜明けから人類の知るところだった。言語、火、今日と同じ種類の家畜、小麦、大麦、ワイン、オリーブ、鋤と車輪、オール、帆、革、麻と布地、レンガと鍋、金、銀、銅、錫、鉛、そして紀元前1000年に鉄、銀行、政治術、数学、天文学、宗教」。

B君:要するに、産業革命によって、すべてが変わった。しかし、サックス教授の記述は、いわゆる古典的な産業革命の記述だ。

サックス「イギリスに誕生したばかりの産業が、初めて新しい形態のエネルギーを使うようになり、その結果、これまでに例のない大規模な生産が可能になった。近代史において、蒸気機関の登場は決定的なターニングポイントだった」。

A君:確かに蒸気機関が産業革命の本質だ。これは事実なのですが、実際、その後を考えてみると、産業革命はの実態はエネルギー革命。特に、化石燃料を最大限利用する技術革命がその本質。化石燃料が無くなることによって、新たなテクノロジーが生まれる必要がある。

C先生:またまた原子力とは何か、再生可能エネルギーとは何か。トウモロコシからのバイオエタノールが新しい可能性なのか。などといった議論になりそうだが、ここでは止める。
 産業が活力を得たのは、確かに蒸気機関のためなのだが、それが本当の進歩の原因であるのなら、1800年代にもっと経済が進展しても良さそうなものだ。しかし、実際に急速に経済が発展したのは、20世紀になってから。それは、エネルギー革命によって化学というものが工業として成立し、農業の生産性が上がったということが実は非常に大きい。それを可能にしたのが、化学肥料。さらに詳しく言えば、ハーバー・ボッシュ法。1911年のことだ。空気中の窒素と、水素を直接反応させてアンモニアを合成する方法だ。
 この方法が開発されるまでは、ある種の細菌がもっている酵素、ニトロゲナーゼが、大気中の窒素をアンモニアに変換する生物学的窒素固定だけが頼りだった。農業の生産性が、化学肥料で一気に上がった。

A君:21世紀も、食糧がやはりもっとも重要な要素でしょう。エネルギーも勿論重要ですが、やはり順番を付ければ、食糧、そして、エネルギーでしょうか。

B君:そして、気候変動かも。これは、太陽の気まぐれによって、かなり大きな影響を受けるので、どうなるか、なんともいえないが。

C先生:まあ、こんな訳で、貧困の終焉のために何ができるか、となると、やはり、「最貧国に適した技術を提供することだ」。当然、「それも富の再配分である資金援助と同時に」、が重要なのだ。

A君:同時に、技術発展の歴史などを十分に理解している政府関係者を増やさなければならない。アフリカなどで、いきなり半導体工業を興したいと言われても、やはりできない。

B君:技術を支えるのは人だから、人の教育が十分になされれば不可能ではないのだが、実は、それがもっとも難しい。

C先生:今回、話の進展は、まだまだ20世紀にやっと到達したのか、しないのか、というところだが、次回、もう一度、技術の発展というものがどのように起きるのか、様々な環境的要素を含めて、検討してみたい。それを、アフリカで実現できれば、良いことになる。