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    エネルギーと人間社会 
  07.21.2014
           ヒトは、なぜエネルギーを求めるのか 




 金曜日の午後、高知工科大学で、「エネルギーと人間社会」という講義をやってきました。同大学の中根英昭先生の講義の2コマ分を客員として担当したものです。

 人間社会にとって、エネルギーというものがなぜ重要であったのか、そして、今後も重要で在り続けるのか、を理解してもらうことが目的の講義でした。

 その答えは、ヒトというものが、豊かな生活をしたいから、楽な生活をしたいから、快適な生活をしたいから、といったかなり根源的な理由があるために重要である、という主張をしてきました。

 特に、豊かな生活とは、美味しい食物を食べることだったと思う、と述べました。

 ということは、もしもヒトという生物種が、修行が大好きだったら、エネルギーというものは不要なのかもしれません。粗食で満足し、肉体的・精神的な極限に耐えることに喜びを感じ、自然の中に生存することを志向するような生物種であれば、エネルギーは無用の長物なのでしょう。多分!?!

 ついでに、土曜日、中根先生にご案内いただいた、仁淀川の支流にある安居渓谷(Yasui渓谷です)の写真をちょっとだけご披露します。こんなに水が透明な渓谷を初めて体験しました。台湾の国家公園太魯閣(たろこ)の神秘谷を遥かに上回る水と岩のシンフォニーでした。満足度の高い一日になりました。

  

 仁淀川の支流、安居渓谷の透明な水。 10枚ほどのやや大きな写真(NEXUS 7で撮影したもの)をアップしました。次のリンクからどうぞ。 
http://lebenbaum.art.coocan.jp/Travel/YasuiValey.htm



C先生:このところ、毎年1回、高知工科大学の学部生(2年生)を相手に、講義をしている。講義のやり方も、他の大学でやる場合でも、時間に余裕があれば同じではあるけれど、授業を聞いているとき、5分間に1個ぐらい、頭に何か疑問、理解、反論などを感じるような精神状況をキープして、それらを短くメモをすること。そして、講義の後半に時間を与えて、これらを元に良い質問を作ることを課題にしている。これは、今回のように若い2年生だと、割合と簡単にやってくれるのだが、大学院生ぐらいがもっとも抵抗感があるようだ。高知工科大学の中根先生の授業だと、この作業に使ったA4の紙が出席点になる。昨年、これを試みて以来、今年は定番になった。

A君:日本の大学は、授業のやり方をほとんど工夫することなく、現時点まで来てしまったのですが、海外などでは、どうやって、新しい発想力をもたせるか、ということから授業がどんどん新しくなっているようです。

B君:今回の学生の数は?

C先生:大体60人ぐらいだったのではないか。まあ、質問を取ることが可能な人数だった。

A君:日本のマンモス大学では、文系の授業は200人とかではないですか。これでは、まともな授業はできない。理系の大学だからできることですね。

C先生:さて、それでは、講義内容の説明を始めるか。
 なぜ、ヒトはエネルギーを使いたがるのか。そのもっとも根源的な欲望は、豊かな生活をしたいから。
 1700年頃まで、ヒトが何かやろうとすれば、自分の体力を使うか、家畜を労働力として使うか、あるいは、貴族であれば、召使を使うか、ぐらいしか方法論は無かった。
 ちなみに、労働力としての家畜の歴史は、余り情報が無いのだけれど、牛はBC6000年、馬はBC4000年ごろから家畜として飼育されるようになったらしい。

A君:豊かな生活というと、大分前に、本サイトでも取り上げていますが、Gregory Clarkが書いた「10万年の経済史」にある、次の図が印象的でしたね。


図1 BC1000年〜の一人あたりの所得の推移

B君:そうだった。この一人あたりの所得をどうやって評価したのか。それが大問題。

A君:BC1000年に貨幣があったのかを調べてみると、鋳造貨幣としては、紀元前7世紀ぐらい。貝殻や石などの自然貨幣はそれ以前からあった。しかし、そんな時代と現代との一人あたりの所得をどうやって比べるのか。

B君:このClark氏は、どれほど「良い食事」をしていたか、を尺度としたと主張している。どうやって評価したのか、本を読んでもよく分からなかった。多分、タンパク質をどのぐらい摂取していたのか、が基準になったのではないか、と推察するが。

A君:『マルサスの罠』と書かれた部分は、上がったり下がったり。良い食事に向かっていても、そのうち、なんらかのきっかけがあったのだと思いますが、悪い食事に向かってしまう。

B君:その境目が人口増加と人口減少で決まっているというのがClark氏の主張だった。
 食物の状況が良くなると、人口が増え始める。そして、徐々に一人あたりの分前が減って来る。しかし、余りにも人口が増えすぎると、気候の影響で飢饉になったときに、大量の餓死者がでる。そして、人口が減る。こうなると、生き残った人にとっては、ラッキーな状況を意味して、再び、食物の状況が好転する。

A君:1750年、1350年、800年、100年、BC200年、BC800年ぐらいに飢饉が来たというデータになるのですが、これは気温の上下が影響していると思うのですが、当たっていますかね。

B君:いや、次の図を見る限り、余り当たっていない。人口減少は、気候の変化だけで決まる訳ではない。疫病、例えば、ペストの流行などの影響が大きいのではないか。


図2 1000年から2000年までの気温変化
http://wattsupwiththat.com/2011/03/27/an-opportunity-for-online-peer-review/

A君:ペストの歴史ですと、540年から600年頃まで。そして、1350年〜1400年頃。それに、17世紀の後半、といったところです。

B君:余りピッタリと合う訳ではないようだ。若干関係があるという程度なのかもしれない。

A君:まあ、いずれにしても、産業革命以後は、格差社会になって、豊かな食生活を送ることができる人と、中世よりも悪い食生活を送る人に分かれた。これは事実でしょうね。

B君:特に、1950年以降に、世界の人口は爆発的に増えるのだけれど、それは、食糧の供給力が格段に増強されたためだ。

A君:20世紀後半になって、ヒトという生物の一部は、飽食というかつて生命種が一度も経験をしたことのない状況になった。

B君:それは、しばしばここでも述べていると思うけれども、ハーバー・ボッシュ法による化学肥料(窒素肥料)が合成されるようになったお陰。

A君:ところが、このハーバー・ボッシュ法に使われるエネルギーの総量は、理化学研究所のこのページによれば、人類が使っている全エネルギーの1%だというのですね。
http://www.riken.jp/pr/press/2013/20130628_1/

B君:マメ科の植物に共生する細菌がもつ酵素「ニトロゲナーゼ」は、常温・常圧で窒素をアンモニアに変換しているのに、工業的には、500℃、300気圧というとんでもない条件で、アンモニア合成が行われている。

A君:果たして、理研の多金属チタンヒドリド化合物は、省エネルギーを実現できるのか。

C先生:エネルギーを大量に使う理由の第一番目が、豊かな生活、もっと端的な表現をすれば、豊かな食生活をするため。しかし、現実を見ると、それが実現できてしまったために、肥満などを原因とする成人病で苦しむ現代人が多くなった。それなら、エネルギーを大量に使うのを止めるために、昔のような粗食に戻れば、もっと健康になれるに決まっていて、よりハッピーのはず。しかし、誰も、そんなことを思わない。さらに自分の体内のエネルギーを使わないで楽に生活ができる方向を模索してしまう。

A君:そうですね。楽な生活と言えば、第一に輸送でしょうか。自動車、電車、エレベータ、エスカレータ、これらを動かすのは、ほぼ電気というエネルギー。

B君:家畜を使って馬車を引かせることから始まったことだけれど、家畜でエレベータ、エスカレータを動かすということは歴史上無かったのだろう。

A君:人体とエネルギーですが、ヒトという生命が生存するために、どのぐらいのエネルギーが必要なか。これは、簡単で、一日あたり、2000〜2500kcalで足りる。そして、これらの食物を体内で酸化してエネルギーにしている。その結果、700〜1000gの二酸化炭素を毎日排出している。

B君:ヒトはエネルギーをどこでもっとも使っているのか、というと、これは、次のようなデータになる。


図3 脳がもっともエネルギーを使う

A君:この表は、なかなか示唆に富んでいるのですね。脳が、重量あたりにすると、もっともエネルギーを消費している器官である。次が、内蔵。筋肉は、というと、肝臓と同じぐらいの20%ぐらいしか使っていない。

B君:心臓はいつでも動いているから、いかにもエネルギーを使っているように思えるのだけど、肝臓に負けている。

A君:それは、筋肉を動かす仕組み、ミオシンとアクチンが筋を収縮させる機構が、やたらと高効率だからですね。

B君:肝臓は、体内の毒物を処理するという辛い仕事をしている。そのためには、エネルギーを大量に使って、毒物を化学的に処理して分解している。肝細胞は痛むので、ときどき新たに補充をする必要がある。次の表に、細胞の寿命を示そう。


図4 細胞の寿命

A君:脳細胞がエネルギーを使うのは、脳の活動のために、糖類などのエネルギーが必須。しかし、脳に蓄えられているエネルギーは、高々10〜15分で無くなる。そのため、血液を大量に脳に運んで、糖分などの栄養を補給しているということのようです。

B君:脳細胞は、上の寿命の表で分かるように、一生ものなので、死なせる訳にはいかない。そのため、もしも飢餓状態になると、これは、脳細胞にとって最大のピンチ。このときに起きることが、細胞のオートファジー=自食と呼ばれる現象で、体内の細胞が一斉に死に始める。そして、その細胞の成分から得たエネルギー源が脳に送られる。

A君:このオートファジーが起きるような飢餓状態をときどき作ることによって、細胞が死ぬか、死なない場合にも、中身が更新されて、その細胞が持っていたゴミもキレイになるらしいですね。脳細胞も、細胞そのものは一生ものなのですが、構成部品は、入れ替わるので、アルツハイマーの原因物質のようなゴミも、飢餓状態になるとキレイになる可能性がある、という田中啓二先生の理論のご紹介。

B君:どうやら、人間は、ときには、飢餓状態を作った方が健康には良いらしい。ということは、エネルギー=食糧を過剰に消費して、豊かな生活と楽な生活をしているということは、どうも、脳などの健康状態にとっては、マイナス面が大きい。

A君:マイナス面があることが分かっているからこそ、エネルギーを欲しがる。ヒトという生命の不条理さではないでしょうかね。

B君:確かにそうだ。エネルギーを欲しがりすぎると却って病気になる。しかし、どうしてもその欲求を抑えられない。合理的な発想をすれば解決できるはずだが、ヒトという生命はそれほど理性的にはできていない、ということだろう。

A君:豊かな生活、楽な生活のために、不健康になってもエネルギーを求めているのが現代人の姿。中世の貴族の生活と比べるには、エネルギー消費が召使にすれば、何人分になるか、ということも目安にはなりそうですね。

B君:計算は簡単で、日本人は、産業用も含めれば、年間約10トンの二酸化炭素を排出している。家庭生活だけからなら、約2.2トンぐらい。これを1日に換算すれば、約6kg/人日。ヒトが呼気によって排出する二酸化炭素の量が700〜1000g/人日だから、まあ、6人から8人の召使を抱えていることになる。しかし、技術によってエネルギーの使い方が上手になっているので、時速100km/hで移動できたり、昔だったら、水で涼を取るのが精一杯だったのが、エアコンで冷気を満喫することもできる。

A君:魔法使いを6人から8人召使として雇っているような快適な生活を現代の日本人はしているということになりますね。

B君:待てよ。「快適な生活」ということと「楽な生活」とはちょっと違う。楽かどうか、それは、苦痛からの開放を意味するが、「快適な生活」とは、それを越している。

C先生:そうだと思う。「快適さ」は、「便利さ」と組合せて、「快適で便利」な生活のため、と分けるべきだと思う。これがエネルギーを使う第三の理由だ。さらに、場合によっては、「快適性・利便性・娯楽性」としてしまう方が簡単かもしれない。

A君:電気がないとテレビも不可能だし、スマホで遊ぶこともできない。娯楽性は重要ですね。

B君:娯楽性には、様々なものがある。四国のお遍路さんは、ある種の宗教的な満足を得るための「娯楽」の一種だったのかもしれないが、かなり難行苦行を伴う。

A君:まあ、厳密なことを言い出せばキリはないので、良いではないですか。

C先生:それでは、エネルギーを使う第三の目的は、「快適性・利便性・娯楽性」とすることにしよう。

A君:この第三の目的を果たすには、電気以外は難しいですね。やはり、電気というもののもつ利点は大きかった。

B君:電気が実用になったのは、やはりエジソンの存在が大きいかもしれない。いや、交流を使うべしと主張したのは、弟子のニコラ・テスラだったな。エジソンは直流送電を主張したのだった。結局、テスラの主張が通って、交流送電が実用化されたのだけれど、そのときのエジソンの意地悪な嫌がらせは相当のものだったという話が残っている。

A君:となると、今、電気を自由に使えるのは、テスラのお陰かもしれません。

B君:しかし、あと何年がたつと、北海道から九州まで、直流送電網ができている可能性が高い。いがみ合っていたエジソンとテスラ(一方的にエジソンが、という表現の方が適切?)が最終的に両立するのかもしれない。

C先生:ということで、本日は終わろう。