-------

    エネルギー戦略が混乱している日本  
     どの知識をベースにすべきか
  01.12.2020
               



 「正しい判断ができる」ということは、現時点のように、様々な事象が流動的である場合には、「その時代の流れを客観的・批判的に見ることができる」という能力があることを意味すると思われる。

 エネルギー問題は、冷静になって見れば、専門家と一般市民の知識の乖離がもっとも激しい分野であると考えている。ここでのエネルギー問題には、当然、地球温暖化の議論も含まれる

 エネルギーに関する最大の問題は何かと言えば、それこそ、どのようなシナリオでも書くことは簡単だけれど、そのシナリオに基づいて、エネルギー価格を算出してみろ、と言われると、すべての人にとって、突然困った事態になるのが通例である。

 しかし、コストこそエネルギーにとってもっとも重要な要素である。しかし、逆の視点から見れば、もし、世界全体で共通のカーボンプライシングの仕組みができれば、「余り問題はない」、ということでもある。


C先生:ということで、本日は、エネルギーの未来シナリオについての議論だ。

A君:この話は、色々な観点から議論しないと。

B君:その通りだな。もし、「理想と思想」でシナリオを書けば、多くのNPO系のレポートに見られるように、多くの場合、エネルギー・コスト高騰の議論は、無視される。

A君:反対に、もし、エネルギー・コストを主眼に置いてシナリオを書けば、脱石炭は実現不可能になる。

B君:当然のことながら、経団連が書くシナリオはコスト重視型であって、CO排出量は二の次になっている印象が強い。経団連は、カーボンプライシングに対する反対が、当然ながら、非常に強い団体であることから、どのようなシナリオになるかは、目に見えている。

C先生:しかし、なのだ。真正面から、エネルギーの未来像について、「何が本当に正しいシナリオなのか」、と問われると、その返事には窮せざるを得ない。なぜなら、簡単に表現できないような状況が次々と起きるからであり、したがって、正しい判断をすることができる人の割合は減少して当然であるとも言える。

A君:エネルギーの議論は複雑ですよね。いや、複雑怪奇と言った方が良いかもしれない。

B君:その通り。本来であれば、その複雑怪奇な状況を簡単な状況の複合体に解体して、さらに、個々のパーツへと単体化し、それらを解析するといった科学的な手法を入手すべきなのであるが、もともと、この分野に関しては、専門的な知識を持っている集団は、非常に限定的だ。

A君:当然ですが、電力会社とその関係機関・経産省&資源エネルギー庁は、確実に専門知識を持っていますが、それ以外だと、かなり少数の個人達ということになるのではないですか。しかも、そのような個人の場合でも、発言がバランス感覚に基づいてなされるという保証はどこにもない。割合と、ある特定の議論だけで押して来る人が多い感触です。

B君:さらに問題があると言えば、それは、受け取り手である日本国民は、エネルギーという題材について、理論的な議論をできるレベルにない人が大部分だし、また、リスクとかエネルギー・コストとか言っても、反応できる市民は、ほとんどゼロであることだろう。それは、これまでの電力会社の努力によってそうなったとも言える。すなわち、停電を一切無くすことが最大の使命であると考えているのが現時点までの電力会社であって、電気を空気と同様の存在にすることが彼らの理想なのだから。

A君:さらに言えば、受け取り側である市民サイドにも、特に教育に大問題がありますね。残念ながら、日本の教育体制は、高校までは大学受験に合格することが最大の目的とされる形態ですから、大学に無事入学すると、就職活動をするまでの期間は、突然、大学が、遊園地化してしまうので、高校の間の学業で「折角かなり記憶したはずの」成果が蒸発してしまう。ほぼ空になった頭脳の中身を解析しパーツ化してみろと言われても、中身に残存するパーツの数が少なすぎるため、有効なレベルに到達できないということなのでは。

B君:文系・理系の選択を高校の2年には決めないといけないとして、もしその時点で文系のコースを選択してしまうと、数学で確率や統計学などを学ぶ機会がほとんどないに等しいので、不確実性のある事象、例えば、「地球温暖化」をどう理解し、どのような判断をするのか、というと、Yes100%かNo100%のいずれかになってしまう。すなわち、自分の頭脳がそのような状況にあることを理解できていないのだろう。さらに「リスク」という言葉も確率の問題なので、本当の理解に到達できない。

A君:それ以外の要素も多数ありますね。確かに、現時点での世界の状況は、かなり変です。明らかに変な国としては、まずは米国。理由は、お分かりの通り。

B君:いやいや、日本も変だ。どこが変なのか、と言えば、例えば、先日のCOP25で「化石賞」を貰ったように、石炭発電にどうしても固執せざるを得ない状況にあるいう主張が相当に強く、そのため、石炭推進のための武器の一つとして、地球温暖化懐疑論が確実に残ってしまっていること。

A君:懐疑論は、実は、非常に簡単なロジックで打ち破ることが可能なのですが、その簡単なロジックが理解できないと懐疑論から逃れられないですね。それは、ちょっと今回では無理。後日、検討しましょう。

B君:了解。話を戻すが、石炭発電がどうしても必要という理由は、日本国内において、もっともコストの安い発電方式であるから、というのが主たる理由ではあるものの、海外における石炭発電所の建設を推進したい(あるいは推進せざるを得ない)政治的な理由を堅持している集団があるから、ともいえる。
 
A君:最近、地球温暖化懐疑論が復活していることに戻ります。しかし、その議論も、非常に極端なものになっています。そもそも温暖化は嘘だという断定から始まるような傾向があります。温暖化のように、非常に複雑なメカニズムが存在していて、その結果としての気温が変動するような現象の数値的な解析は、確かに理解が難しいです。厳密にやろうとすればするほど、その難易度は高くなるとうのが、理学的理解では当たり前ですが。となると、できるだけ単純化したメカニズムによって、そもそもなぜ温暖化するのか、を理解することから始めなければならないことになります。
 ちょっと長くなりますが、話を戻します。実は、「地球温暖化」が起きるメカニズムは非常に簡単とも言えますが、難しいとも言えますね。いずれにしても、以下のような説明になります。
 大気中のCOが増えると、COは、赤外線を吸収する気体であって、特に、10ミクロン域の赤外線を吸収する気体である。一方、あらゆる物体は、その温度によって決まる赤外線を放出しています。その赤外線の周波数は温度で決まるので、そのような温度計も存在しています。地球の温度である平均20℃の地球は、この温度によって決まる周波数の赤外線を放出しています。そして、その赤外線は、大気によって吸収されます。吸収した赤外線は、CO分子の振動に変換され、その分子振動は激しくなります。分子の振動が激しくなることは、大気の温度が高くなったことそのものを意味するので、分子の振動の周波数と同じ周波数の赤外線を、より強く、四方八方に放出することを意味します。ということは、CO2が吸収した約半分の赤外線は、宇宙の方向ではなく、地球の方向に向かって放出され、地球に戻ることを意味します。厳密に言えば、地球が丸いことも考慮すべきではあるのですが、地球の平均半径6371kmに対して、大気層の厚さは、中緯度で10数kmと極めて薄いため、丸さは無視できると言えます。

C先生:この話がすんなり分かれば、苦労はないね。そろそろ、話を本題に戻そう。その内容は、「日本は、どのようなエネルギー戦略を持つべきか」だ。

B君:戦略の中身は、と言えば、日本国内で獲得できるエネルギー源は、自然エネルギーの風力と太陽光ぐらい。地熱は期待する人がいますが、ちょっと難しいと考えた方が良い。

C先生:確かに。ある組織で自然エネルギー推進をしていて、個人的には、審査委員会の座長をやっているが、驚くべき事実が結構でてくる。別府の地熱発電が、例の熊本地震によって、機能しなくなった。ある意味で、熊本と別府は地下でつながっている。

B君:信頼性の高い地熱は、日本のような地震国ではありえない。しかし、実は、地熱は、地震国にしかない。

A君:そして、温暖化をどのように見るべきか。ざっと言えば、今世紀全体の問題なのですが、最低でも2050年頃までの大きなトレンドを見通す、という意識を持っていることが大前提となると思います。

B君:もう一度繰り返すことになるけれど、エネルギー戦略は、国の状況によって、最適なものが異なる。それは、再生可能エネルギーの導入限界が異なるから。日本の場合、すでに、風力発電の陸上の適地(特に秋田県)は、すでに限界に到達した。

A君:今後は洋上風力になりますが、ちょっと考えると、漁業関係者は洋上風力に反対すると思われるのですが、実は、多くの場合、漁協は推進勢力です。それは、風力発電の設置すると、その海底から海面までの支柱が、一種の漁礁の役割を果たして、漁獲高に好影響を与えるからです。

B君:太陽電池がかなり注目されたことは事実だけれど、地球には夜があることが、やはり最大の問題。夜でも風は吹くので、洋上風力が最有力。

A君:それでも、再生可能エネルギーは、電力消費量と無関係に発電するので、色々と大変なことが起きますね。

B君:そうか、一般的な電気の安定供給の知識も述べて置く必要があるか。電力会社はその日の必要な発電量を決めて、それだけ発電している、というのが実態ではない。電力は、消費が先にあって消費量が増えると、電圧がわずかに低下するので、それを検知して、発電機の回し方を変えて対応する。例えてみれば、実は、目をつぶって自転車をこぐ場合とほぼ同じことをやっている。上り坂になると、ペダルが重くなるので、それを検知して、頑張る。これなら、目で上り坂の判断をすることは不必要。具体的には、電気の消費量が増えると、電圧がちょっと下がるので、その下がりをキャンセルできるだけの燃料を燃やして(頑張ることの実態)、一定の電圧をキープする。実は、負荷が変化すれば、電気の周波数(東日本50Hz、西日本60Hz)も変動するので、そちらの方が検出感度は高いかもしれない。

A君:一方、再生可能エネルギーは不安定ですし、なんらかの形で備蓄するという訳には行きません。いつでも同じ強さの風を吹くように制御するのは不可能ということです。

B君:太陽光発電だって、いつでも同じ強さの光を受けるようにするのは無理。

A君:となると、自然エネルギーで起こされた電気を貯めることが不可欠で、そうなると、家庭レベル、工場レベルで、どうしても電池というものが必要になると考えられます。将来、すべての家庭には、あるサイズの電池が導入されるのでは。

B君:普通の家庭なら10kWhぐらいの容量があれば、まずまず。

A君:しかし、まだ高いですね。100万円(工事代別)が最低ぐらい。1/3ぐらいの価格にならないと普及しないかも。

B君:電気自動車を家の電源に繋ぐ、V2Hと呼ばれるとう方法もあるけれど、そもそも電気自動車が本当に実用的なのか、と言われるとなんとも。街乗りの車であれば、電気自動車はありだけれど、旅用の車としては、やはりどうしても落第なのでは、と思う。

A君:充電が1日に1回で、昼食時間内に充電できること。そして、高速道路の充電設備が昼食時にも自由に使えるぐらいの台数が設置されていること。この2点が、電気自動車が旅用の車になる条件。

B君:いずれも現状では難しい。ドイツのように、800Vでの充電を考えないと無理かもしれない。

A君:しかし、電池は重要ですね。電池価格が大幅に下がれば、さらに言えば、寿命が延びることも条件ですが、確かに、再生可能エネルギー100%の世の中になって、電力網が若干不安定になったとしても、なんとかなりますね。

B君:しかし、一般的なエネルギー戦略は、その内容をみると、例えば、明日香先生のグループのように、原発ゼロというものが多いね。

A君:これですね。原発ゼロ・エネルギー戦略
https://webronza.asahi.com/science/articles/2019070500002.html

B君:そのサブタイトルが、「日本経済再生のためのエネルギー民主主義の確立へ」となっていて、エネルギー民主主義というものの定義が何か分からないけれど。

A君:しかし、もし、日本経済再生のためであるとするのなら、エネルギーコストに言及しないのは、不完全な議論ですね。

B君:原発のコストは、原子力規制委員会の基準に合わせるために相当高額な投資が必要になっているが、すでにその投資の終わった安全な原発は動かさない理由はないと確実に言えるぐらいの安全性を備えている。

A君:しかし、いくら安全性があるといっても、原発を運用している電力会社が信頼できなければ、ダメはダメですね。この点、ちょっと問題が残ります。

B君:自然エネルギーは使いこなしが難しい。という弱点がある。

A君:自然エネルギー依存は、ある意味で、エネルギーの進歩的な退化と言えますね。不安定な電力を使いこなす進歩はあるけれど、それだけに電池のような余分なコストが掛かる。

B君:コストが高いけど、自然エネルギー以外にないとなると、エネルギー民主主義の時代は、ある意味ですでに終わり、すでに、エネルギーの進歩的な退化の時代=自然エネルギーの時代になったと言うべきなのかもしれない。

A君:まあ、未来の人類のエネルギーの最終形態は、核融合になることは明白なのですが、そこにたどり着けるのでしょうか。

B君:まあ、100年後に完成を目指す程度で良いかもしれないよ。

A君:実際のところ、同じ原子力ではあるのですが、核融合と核分裂とでは、その安全性に格段の差があると考えられます。現状の原子炉、すなわち普通の核分裂では、ガソリンエンジンの内部にガソリンタンクを設置しているような仕組みであすが、核融合であれば、通常の自動車と同様にガソリンタンクとエンジンの空間的分離が可能となります。ということは、ガソリンバルブを閉じれば、エンジンは止まる。なぜなら、核融合の燃料は、重水素と三重水素なので気体で、外部から供給されるものなので。

B君:2100年までに、鉄鋼会社は炭素還元ではなくて、水素還元に転換することが、CO2排出ゼロのためには、必要不可欠の条件。となると、原子力で熱を溶鉱炉に供給しないと動かない。そのためには、高温ガス炉と呼ばれるタイプが恐らく実用かされているだろう。

A君:なぜなら、鉄鉱石の炭素による還元の反応は発熱反応なので、外から熱を供給する必要はないのですが、水素で鉄鉱石を還元しようとすると、その反応は吸熱反応。すなわち、熱を外から供給しないと、反応が継続しないのです。

B君:このぐらいのとろこまで考えた上で、原子力を今世紀において全く無視できると断定できる人は、何人ぐらいいるのだろう。

C先生:日本の場合、国民の様々な選択が、科学的な事実に基づいて決定されている、と感じることはほとんどないね。どうも、「非常に日本人的な感性」で判断をしているように思う。それは何か、と言えば、実は、堀場製作所の創始者であった堀場雅夫氏とは、産学連携の講演会なので、よくご一緒させていただいた。2015年にお亡くなりになったが、非常に残念。産学連携が日本で上手くいかない理由の一つとして、堀場氏は、こんなことを言っていた。日本という国は、「七転び八起き」から程遠い。ビジネスを何か新規に始めて、万一失敗すると、それでも終わり。これを、堀場氏は「一転びアウト」だというのだ。日本人は、一度でも失敗すると、その人には、何らかの穢れが付いていて、次も失敗すると考える欧米社会は、全くの逆で、失敗をいくつも繰り返した人は、同じ失敗を繰り返す確率は減るので、成功することが期待できるという理解なのだ。

A君:分かりました。何が言いたいのか。現時点で日本人が原発を容認しないのは、東電の福島第一の事故のために、「原子力は穢れた」と考えている。これが日本人の本質。

B君:東京電力が福島第一に、電源車を10台、給水車を10台備えていたならば、あの水素爆発を起こす状況にはならなかったと思われる。そのぐらいの準備をするのに、それほどの投資は必要ではなかったはず。

A君:ハッキリ言って、東京電力は穢れたともいえると思いますね。しかし、その東電をたたくために原子力を完全にゼロのままにすると、石炭から離脱が難しいことになる。となると、日本は、世界の温暖化対応ができない国として、世界から爪はじきになる可能性も無いとは言えない

B君:COP25でも化石賞を貰ったけど、化石賞はまあジョークの一つのようなものだと思ってもそれほどの間違いではないけどね。

A君:しかしながら、少なくとも、2050年までにNet Zero Emission=NZEを実現することを表明している国が70ヶ国ぐらいにはなったはず。言うだけなら簡単だけれど、実際にNZEを実現しようとすると、ほぼ不可能なぐらい大変。だけど、「それでも実現する。なぜならそれが正しい方向性だから」と言えるのが普通の国。できるかどうかは、やって見なければ分からないから。一方、日本は、絶対確実にできることしか、やると言えない国。これは、外交戦略として、非常に不利な立場になるやり方。鉄鋼業については、中国に任せておくと、恐らくすごい機数の高温ガス炉を作るだろうから、それが良いとも言い難い。

C先生:そろそろ、まとめにしよう。ゴーンさんの逃亡劇場はなかなか面白かった。しかし、ゴーンさんにとって、あるいは容疑者になった人間とって、日本と言う国が一旦そうなると、自由度が本当に拘束される国であるという主張がなされて、若干困った状況になったのが日本とも言える。日本人的には、容疑者なのだから、当たり前なんだけど。
 容疑者は別にして、堀場氏言う「一転びアウト」のような国では、イノベーションを起こすのが非常に難しいことを意味しているようだ。
 それに、高齢者対策として、もっとも重要なことは、米国のように定年制を法律違反だということにする。「退職は、有用な能力があることの証明が困難になったとき、あるいは、就業の意欲が消滅したとき」、とする。その判断は、第三者を含めた協議によって行う。
 このぐらいの変更ならすぐにでもできるのではないか、と思いたい。それで社会が変わるのなら、躊躇する理由は無いと思うが。