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    工学倫理あるいは技術者倫理   12.01.2019
         ほぼ20年ぶりでの懐かしのコンタクト

               



 1990年代の後半、技術者倫理というものが必要不可欠だから、という理由によって、様々な制度や組織が誕生した。

 一つは、後で個別にご紹介するように、様々な企業で不祥事あるいは、事故の起こる可能性のある製品欠陥の隠蔽などが行われたからであり、もう一つは、時流とでも言えると思うが、海外での技術者倫理の進展がかなりのスピードで行われたことが強い動機となった。

 さらに、JABEEと呼ばれる組織が1997年に立ち上がって、大学や高等専門学校において行われている技術者教育のプログラムが、技術者倫理を適切に含む形で実施されていて、その質が保証されているかどうかを審査・認定する組織であった。初代会長を探してみたら、やはり吉川弘之先生であった。
 初代会長としてのメッセージが残っているので、是非、お読みいただきたい。
https://jabee.org/outline/message/1999-2
 大学側も、JABEEの審査に通るように、組織を整え、教官の意識と実力を高める必要があった。そのため設置された組織が日本工学教育協会であって、平成12年(2000年)のことであった。どうやら、その多少前から、私も、結構、技術者倫理に関わっていたようだ。

 本日は、日本工学教育協会から、20周年記念のシンポジウムを東工大でやるから、と言われて参加した11月29日金曜日のシンポジウムでどのように考え、どんな発言をしたのか、反省を込めて、記述してみたい。

 ちなみに、本Webサイトでも、次の2回だけであるが、技術者倫理について、記事を書いている。やはり2000年頃のことであったようだ。

環境倫理、技術者倫理 07.23.2000
原子力と技術者倫理 04.12.2002


C先生:まずは、このWebサイトでの自分の発言を自己批判するか。まずは、これから。もっとも、その当時、自意識としては、自分は環境学者であると思っていたようだ。

A君:こんなサイトです。
「環境倫理、技術者倫理」
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/EthicsEcoEng.htm

B君:A君の発言を読むと、「AB&Cの環境倫理」は単純だとして、こんな記述になっているね。

 まず、保護対象というものを考えます。人間が生存することは、環境に何らかの悪影響を与えることとほぼ同義。しかし、環境は保全しなければならない、それでは具体的に何を保全するのか、何を保全する価値があるのか。その答えに相当するものが保護対象になります。
 保護対象は、一般に空間的なサイズで分類します。地球全体、広域生態系、生物多様性、生物種、人類社会、地域の生態系、生物個体などなどです。やや複合的なものとして、景観とかいったものも保護対象に成りうるようです。それらの保護対象を、どのぐらいの期間に渡って守ろうと考えるか。例えば「500年間、人類社会を守ろう」、といった形で、保護対象を決めます。どれを保護対象と考えるか、それは、個人の信条による訳ですが、それを公開しないと、議論にはなりません。

A君:途中省略しますが、優先順位についても、こんなことを発言していますね。
 
 その順位は、概ね規模の順で、
  個人、家族、親族、所属する組織、顧客、市民、社会、民族、国家、人類、環境、地球 となります。人類の福祉を最上位に置く考え方もあるのですが、環境倫理の場合には、どうも、「それだけで良いのか」という疑問が出るようです。

B君:A君は、環境倫理については、こんなことを発言しているよ。「日本の現状だと、『個人の過度の安全・快適指向』と『未来世代の生存権」が中心的トレードオフ関係にあって、どのあたりで妥協するのかという問題が、環境倫理ということになります』」。

A君:色んなことを言っていますね。どうやら、現時点での個人と、未来世代の個人の関係が最大のトレードオフだと考えていたようだ。

B君:2000年ごろという時代を振り返れば、1997年に京都議定書が合意されて、各国が二酸化炭素排出量の削減義務を負うことになった。しかし、日本の削減目標はどのぐらいだったか覚えているか?

A君:勿論! 6%削減。1990年比で、2008年から2012年の期間内での削減目標

B君:これでも、まあまあのレベルだった。アメリカは7%削減を約束したが、途中で離脱。ゴア大統領の在職期間が、1993年1月20日から2001年1月20日だったことを思えば、まあ、離脱したのは政治勢力に変わったということだ。

A君:トランプ大統領になって、来年11月にパリ協定離脱ですからね。

B君:結論ですが、C先生は、2000年には、すでに環境屋になっていたと言えますね。

C先生:当然そう言えるだろう。ということで、2000年頃、技術者倫理の枠組みからは外れることになって当然なのだ。JABEEができたこともあって、大学における教育の枠組みはかっちりと決まった。これで完成形になったという感触があった

A君:最初の話に戻りますけど、技術者倫理の説明を若干やって、今回、C先生がその場で何を話したのか、ということで「最後のまとめ」にしたいと思います。

B君:誰がやっても、そんなものだ。行くしかない。

A君:それでは、このやや古い本を使います。C先生の蔵書です。
 「はじめての工学倫理」 昭和堂
  齊藤了文、坂下浩司著
  2001年4月29日初版

この年ということは、技術系の学部では、JABEEに対応するために、技術者教育のカリキュラムが作られて授業が行われた。そのときに使う教科書が必要だった。

B君:まあ、そういうことだ。この本、なかなか色々な例が出てくるので、かなり面白い。そんな歴史があったのだ、というような事件が数多く紹介されているからね。

A君:それでは、とりあえず、5件ぐらいの記事のご紹介をしましょう。
 最初の事例が1984年にインドのボパールで起きたイソシアン化メチル(MIC)の漏洩によって、なんと2000人の死者と20万人の中毒患者が発生してしまったもの。
 直接の原因は、従業員の一人がたまたま誤ってタンクに注ぎ込んだ水で、それによって始まった化学反応が大事故に拡大することは、恐らく避けることはできなかった。
 しかし、色々な要素があった。
 ●貯蔵タンクを含む装置の各部に取り付けられていた計器類は、驚くほど信頼性を欠いていたため、初期段階で現れた事故の兆候を従業員たちは無視した。
 ●MICを低温に保つ冷却装置が事故の5ヶ月前から停止していた。この装置が正常に作動していれば、当然、この事故は無かった。要するに、考えられないぐらいの整備不良が放置されていた。


B君:史上最悪の化学プラント事故だと言える。農薬を作る化学プラントは、やはり、慎重に運用して欲しい。

A君:次がナホトカ号の沈没事件。これは、ロシアのタンカー「ナホトカ号」が1997年1月2日に島根県隠岐島沖で、約15mの高波に突っ込んだ。なんと船が真っ二つに折れてしまった。当然、積み荷の重油が漏れることになった。全部で2万キロリットル搭載していたけれど、そのうち、約6240キロリットルが漏れた。後に、これが沿岸に到達して、とんでもない海洋汚染事故となった。

B君:結果に対する、最終結論が、日本とロシアでは異なるものととなった
 ロシア側:「船体強度については問題がない。また、爆発したわけでも、異常波浪と遭遇したわけでもない。唯一考えられる原因は、海洋浮遊物との衝突である。このため、ナホトカ号は大きな外力を受けて折損したと推定される」。
 日本側:「建造時の状態が維持されていれば、ナホトカ号は十分な強度をもっていた。だが、建造部品の激しん衰耗によって縦曲げに対する強度が大幅に低下、船体に作用した荷重が船体強度を上回り折損した」。

A君:結局のところ、「合意できず」。まあ、当然。

B君:これに対して、ロシアを余りにも攻撃することは意味がないといった雰囲気の記述になっている。
 「もっとも重要なことは『事故に学ぶ』という姿勢」、であるとしている。日本流すぎないかな。

A君:確かに、海岸の惨状はひどいもので、柄杓で漏れた重油をすくうという方法しかなかった。界面活性剤を大量にばら撒くのもどうかと思うし。ロシア人が自主的に何名か参加してくれるという状況、例えば、漁業者になるかな。そんなことが起きれば、まあ、『事故に学ぶ』という姿勢もあり得るけどね。

B君:やはり、この本が書かれた時代と、現在は違っている。今だったら、どんなことが教室で語られるのか、大変に興味がある。

A君:逆に、もっと古い時代の例を見ましょう。これは、1960年代後半のこと。フォードのピントという大衆車が有りました。2000ドルぐらいで販売されていたようです。この車は、当時、米国に輸入されていた日本製小型自動車の対抗馬として開発されました。そのため、極めて短期間で開発が行われたようです。

B君:そして問題があった。それは、車軸の作動ギヤのハウジングにボルトの頭が露出していたこと。もし、後ろから衝撃を受けると、結果として、ガソリンタンクが破裂し、車体が炎上した。実際、12回の後部衝突実験のうち、11回で炎上した。

A君:ひどいことには、この欠陥を直すのに必要な経費は、たったの11ドルだった。しかし、経営者は、この11ドルでできる設計改善費用は、社会的受益を上回るという報告書を提出しました。

ケース1: 11ドルの費用を掛けた場合の便益
 節約
    焼死者数           180
    車体炎上による重傷者数 180
    炎上車両数        2100
 単位費用
    死亡者1名につき 200000ドル
    負傷者1名につき 67000ドル
    炎上車両1台につき  700ドル    
 合計受益 4915万ドル

ケース2: 設計改善に掛かる費用
 販売車数 乗用車    1100万台
      軽トラック   150万台
 単位費用 乗用車1台に付  11ドル
      軽トラック1台に付 11ドル
 合計費用 1億3700万ドル


とうことで、フォードは見合わないと判断した。何か起きても、個々の賠償すれば良いのだ、という時代であった。

B君:そういう時代も確かにあったね。現時点では、考えられないような話だ。だからといっても、現時点で、すべてが善の方向に対応されているか、というと、この善という言葉の定義が変わってしまうので、非常に難しい。

C先生:まだ、この本の半分まで行かないのだけれど、米国三菱自動車に対するセクハラ訴訟の話とかが出てきて、先ほどのピントの話を読めば、米国は遅れていた、と言えるようにも思えるけれど、日本の自動車産業が1960年代にどうだったのか、と思えば、なんとも言えない。一所懸命になって安全を目指しても、それが必ずしも達成できるとは思えない時代ではあった。

A君:面白いのは、本書には、「贈り物」という記述があるのです。先日の関西電力への贈り物事件、これは、やはり、もう少々、技術者倫理、技術者ばかりではないように思うけれど、贈り物について、関西電力が明確な基準を決めていなかったということが最大の問題だと思いますね。

B君:個人が「返すわけにはいかないので、管理していました」、といってもね。そんな事態になったら、「企業として管理して」、「管理している」ことを相手に知らせるというところまでやらないとね。

A君:関西電力にも技術者倫理の勉強をしてもらわないと。しかも、この本は、前にも述べられているように、かなり古い。

B君:「欠陥住宅」などという話題も出てくる。確かに、この本を勉強していれば、いくつかの最近の建築物で痛い目を見ている企業には良い判断ができるようになったのでは。

A君:まだ、ちょっと日本は遅れているともいえる。

C先生:半分から先は、この本もかなり難しくなる。ということで、このあたりで、まとめに入りたい。

A君:一般的な判断ですが、技術者倫理と言われても、むしろ、経営者倫理ではないか、と思えるような部分がありますね。

B君:それは、恐らく、技術者は、倫理などを考えなくても良い、という時代が長く続いた。そのために、多くの技術者が倫理などは「知らない」と言えた時代があったということなのだろう。

A君:確かに。しかし、C先生がこの技術者倫理にコミットしていたのは、恐らく20年前。現時点だと、当たり前だと判断されている技術者倫理に違いないですね。

C先生:そう思う。技術者倫理に関するセミナーへの出席者がガタ減りとのこと。グラフを見せて貰ったが、確かにその通り。要するに、もう、こんなものだ、というレベルに到達している。後は、これまでと同じことを教えればよい。

B君:いやーそれは? どんな分野でもそんなことはないでしょう。常に、新しい問題というものに直面しなければならないのが、人類というものだから。

A君:なるほど。そう来たか。パリ協定とかTCFDとかを考えているのに違いない

C先生:現時点で企業が外部からどう見られるか。これは、パリ協定が「気候正義」という言葉をその原理の中心に置いたことによって、2015年でガラッと変わってしまった。その最大の影響がTCFD、略語は本ページにも何回も出てきているので、ちょっとご自分で調べて欲しいけど、自分の企業が気候変動リスクを十分に考えて経営をしている企業であることを証明しないと、金融業から融資が出なくなっている。

A君:TCFDという組織を作ったのは、各国の中央銀行総裁や財務大臣などがパリでの気候変動のパリ協定が合意されたCOP21に集まったとき。このときに、その裏でTCFDができた。

B君:しかし、中央銀行総裁とか財務大臣達が決めたことを無視はできない。

A君:現在、世界で800社ぐらいが、TCFのやり方で、その企業の未来における気候変動に対応できるかどうか、といったリスク解析をやることになっている。それを読んで、「まあ、お宅には融資しますかね」という返事が来ることになる。

B君:世界で800社なのに、驚くべき数字だが、日本には200社以上のTCFDへのコミットをすることを決めた企業が存在している。これは、各企業が個別に判断して決めたというよりも、経産省がTCFDを推奨したもので、参加企業が増えたのが実態。

C先生:現時点では、企業の倫理が、TCFDのガイドラインに沿って、その企業がどのぐらい気候変動に対応しているか、でその企業の成長可能性が評価される時代になってしまった。気候変動が企業の業績にどう影響するかを考えると、まず、輸入業などは、例えば、ある農産物をどこから輸入すべきか、気候変動の未来を予測しつつ、決めなければならない。この決め方をしかりとTCFDに開示しないと、融資が来ない。

A君:例えば、ある企業の工場が、集中豪雨によって、浸水する可能性の高いところばかりにあるといった状況であると、やはり融資は来ない。どのぐらいの降水量で危険になるか、それを評価して、我社は大丈夫ですという報告書を提出しないと、融資が来ない。

B君:災害があったときに、それ対応のBCPを適切に作っておかないと、やはり、融資が来ない。

C先生:こんな状態になったので、製造業がある意味でもっとも難しいかもしれないのだけれど、気候変動のリスクを十分に解析して、自社のリスクを定量的に開示できる、といった能力を身に着けることが、技術者にとっても緊急課題になっている。
 ということを考えると、これまで、技術者倫理は大きく転換してきたけれど、今後は、パリ協定やSDGsなどを対象として、当然、TCFD用の報告書を組み込んだ、新しい技術者倫理を作る時代になったように思えるのだ。
 こんなことは、技術者の仕事ではない、と思うかもしれないけれど、やはり技術者でないと、本当の気候変動リスクは見えてこないと思う。環境学を勉強する必要は特になくて、気候変動リスクは、例えば、洪水とか山崩れとか、そんなものが多いので、それであれば、自治体がすでにデータを開示している。それを読んで、対応を考えるということなので、これも実は技術者の方が上手にできると思う。

A君:また、気候変動対応のための新しいイノベーションを生み出すことができるという企業でないと、プラスアルファーの融資は来ないでしょうね。

B君:その通りだと思う。気候変動を加味したビジネスの未来像が書ける製造業でないと、融資は来ない。

A君:しかし、このような多くの要素を考えなければならない人材とは、やはり技術者と呼ばれる人々なのではないでしょうか。

C先生:そろそろ、結論になったようだ。これまで技術者倫理を進化させてきたのが、工学系の先生方に、他の分野を加えた複合組織だった。ここに、気候変動やSDGsの知識を持った人材を加えることによって、未来の技術者倫理の進むべき方向が明確に見えてくると思う。全員がそれなりの知識を持つ必要があるが、全員が環境のプロでない方が良い結果が生まれると思う。それなりの気候変動のプロが、転職すれば、それが最善だと思う。恐らく、そんな時代が、10年後には迫ってきているのではないだろうか。