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  環境人材コンソーシアム   04.05.2009
     



 しばらく前になるが、3月25日、東京広尾のJICA地球ひろばで、環境人材コンソーシアムの準備会なるものが設立され、その記念シンポジウムが行われた。

 この環境人材コンソーシアムだが、このところ、この人材育成というものがあらゆる場面で重要性を増しているが、その環境版である。

 そして、特に、環境リーダーという人材が必要だと主張している。

 しばらく前だと、専門職大学院が流行だったのだが、それが現時点では、俯瞰的な能力をもった人材が必要だという風潮になりつつある。

 3月27日には、日本化学会が開催されている船橋の日大で、「資源・エネルギー問題の本質」と題するシンポジウムが開催された。ここで、最終的には、この分野での人材育成の必要性がパネリストから強調された。
 しかし、これがなかなか難物なのである。



C先生:環境人材コンソーシアム準備会というものが設立された。廣野良吉成蹊大学名誉教授とともに代表幹事に指名された。

A君:最近、環境リーダーという言葉が流行していますね。ほぼ1年前から、文部科学省、環境省がそのような環境リーダー人材を育成するためのプロジェクト費用を負担し始めた。
http://www.env.go.jp/policy/edu/asia/

B君:文部科学省は、JSTを通じて次のような募集を出した。もう締め切られたが。
http://www.jst.go.jp/shincho/21koubo/youryou/y441.pdf
 その他に、通称JST/JICAと呼ばれているプログラムもある。
http://www.jst.go.jp/global/about.html
 もっとも、このプログラムは環境リーダーの育成というものを直接的な目標にはしていないが、実質上、育成が行われるものと思われる。

C先生:最後のJST/JICAの共同事業は、これまでの日本のファンディングとしては、画期的で、日本国内での費用をJSTが負担し、海外での費用をJICAが負担するというまさに共同事業によって、真の共同研究が成立するというもの。
 領域は、環境・エネルギー分野、防災分野、感染症分野と分かれている。

A君:文部科学省のプログラムは、アジアなどからの留学生を日本で教育するが、その場には、ほぼ同数の日本人も同席させて、すべて英語で授業などを行うというもの。

B君:環境省のプログラムは、必ずしも留学生を同席させるといったものではないが、最終的に海外での活躍を意識した研究・教育が行われること、といった感じだろうか。

C先生:環境省のこれまでの教育の方針は、環境市民というものを育成するというところに留まっていたが、それが、環境リーダーということで、ビジネス、技術、政策などにコミットできるやや高度な人材の育成に乗り出したという理解でよいと思う。となると、国内での活躍の場もあるが、アジアというところを対象と考えるのが妥当ともいえる。

A君:そして、環境人材コンソーシアムを作ることになった。

C先生:コンソーシアムというと、事務局が必要だし、最近の厳しい状況では、どこかの組織が事務局的作業を自発的に行うといったことは不可能なので、自前の事務局を持たなければならないことになる。となると、最大の壁が、事務所費用と人件費。これをどこが負担するか、これが実は、コンソーシアムに関する難問その1なのだ。

A君:これまでなら、多少の予算を貰って、自発的にやるという組織もありえたでしょうが。

B君:なんとも世知辛い世の中になったもので、やはり何をやるのも難しい。

C先生:ということで、環境省は、平成21年度からしばらく有る程度の予算を確保し、そして、コンソーシアムを何はともあれ立ち上げて、そして、ネットワークを維持できるかという挑戦をすることになった。

A君:事務所費用と人件費を自立的に捻出するにはどうするか、ですか。となると、会員を募って、会費でまかなうというものが一つの案。

B君:それが、現在の経済状況では不可能に近いし、また、このような会員組織もあまりにも多数存在するものだから、企業側にとっても、その負担は難しい。

C先生:ということで、準備会をまず作って、どのようなビジネスモデルなら成立するか、という実験を1年程度行うことにしたのだ。

A君:それは大変だ。環境人材といっても、それに参画する様々な人々の、最近の言葉で言えば様々なステークホルダーが、それなりのメリットを感じて、会費を負担してくれなければならない。

B君:学会というものにならば、個人で年会費を負担する。それは何故か。

A君:それは、やはりメリットがあるから。学会の最大のメリットとは何か、と言われると、それは人によって違うでしょうが、ある人のブログによれば、

(1)研究発表ができる。
(2)論文を投稿できる。
(3)他の研究者の意見が聞ける。
(4)公開の場で、それに反論などをするという訓練ができる。
(5)雑誌などが配布されるので、情報が得られる。
(6)いろいろな人と知り合いになれる。
(7)学会は様々なところで開催されるので、旅行に行ける。

といったことになっていますね。

C先生:日本化学会の話だが、学会発表を実際に行うのは、もはや学生・大学院生が主体で、それも費用は自己負担で発表をやりに来るとか。もはや学会は学芸会の場となったというような悪口も聞かれる。他の学会も同様な傾向らしい。

A君:学会のメリットは分かりましたが、コンソーシアムを学会的な運営をするとなると、それは可能なのか、不可能なのか。

B君:口頭発表、論文発表を含めて、研究発表ということではないな。大学院生が参加するようだと、個人会員も増える可能性があるが、それは無理。

A君:となると、上のリストの(1)から(4)は削除。さて(5)ですが、ニュースレターなどが発行されて情報が共有できるというのは、まあ有りでしょうね。メーリングリストか、そんなものになるでしょうが。

B君:(6)いろいろな人と知り合いになれるというのは、それが主な目的として集まるのは奇妙。むしろ趣味の世界かもしれない。
C先生:やはり情報を中心に据えるしかないのはどうも事実のようだ。しかし、学会とコンソーシアムが同じ目的を持っていると考える必要はない。むしろ違うのではないか。

A君:当然ですね。コンソーシアムというものの持つべき目的はなんでしょうか。

B君:コンソーシアムの定義は、「ある共通の目標に向かって、複数の個人、企業、団体、政府などが、リソースをプールする目的で結成するもの」とある。

A君:ということは、共通の目標とは何かを設定し、それにどのようなリソースが必要かを解析すれば自然とメリットも分かるということ。

B君:共通の目標が有ればその通りだが、共通の目標が無い可能性だってある。

C先生:環境エネルギー技術が日本の産業活力の基盤になりうるか、という議論が続いているが、そうしなければならないという思いは、恐らく、あらゆるセクターの人々にとって共通のものではないか。これを共通の目標にすれば、そのためにリソースをプールするということも有りそうではある。

A君:環境エネルギー技術がビジネスになるのは良いのですが、その一部が極端に発展すれば、それは別の環境問題を引き起こすことがこれまでの歴史の示すところ。パームヤシのプランテーションは、もはやそのような状況に近い。

B君:だからこそ、俯瞰力が必要なのではないか。要するに、どこまでやるか、それを十分に判断した上でキッチリと制御されたビジネスを行う必要がある。

C先生:そのあたりが重要なポイントだ。ビジネスになるということが大前提であることは事実だ。まずは、ビジネスにならない企業などはやる価値がないからだ。と同時に、やりすぎるとビジネスチャンスも失う上に、その企業にとってダメージになる。これまでの開発の歴史は、早いもの勝ちというものだった。それが、徐々に、そうはいかなくなっている。

A君:そのあたりの目をどうやって持つか。これが共通の目標になりそうな気がする。

B君:様々な目が必要であることは間違いがない。どのような目が必要なのか。俯瞰力=様々な目なのだろうから。

C先生:先日のコンソーシアムでは、そのような基調講演を行わせてもらったのだが、そので指摘した「俯瞰力=多種類の目」だということで指摘したものには、次のようなものだった。しかし、まだまだ不足していることは事実だ。

俯瞰力を構成する目
1.判断基準を持つ目:例えばリスクで理解する目
2.時の流れを見る目=近代の歴史を見る目=過去と現在を比べる目
3.地域空間を見る目:地域の環境容量を見る目
4.国際政治・経済を見る目
5.マインドセットを見る目=メディア報道を見る目
6.生物多様性を見る目:地球の能力と生命史を見る目
7.環境ビジネスを見る目


A君:目と知識はどう違うのですかね。

B君:目と知識の関係は補完的。歴史建造物を見る目があるということを例として考えれば、その歴史的な知識が必要不可欠。しかし、それだけではなくて、文化的な知識も必要だし。人類学的な知識も必要かもしれない。宗教に対する知識も不可欠かもしれない。

C先生:目は一瞬の能力でもある。裏にある知識を一瞬にして参照して瞬間的な判断を行うことが、目というものの中身なのではないか。

A君:もちろん、瞬間的ではない判断力も目と表現しますが、確かに、瞬間的に反応できるのが目の特徴でもありますね。

B君:これは高度な知的レベルを要求しているということでもある。

C先生:知的なレベルも勿論必要なのだが、感性も重要。感性とは、目に近いものでもあるが、むしろ、ここではもっと「本能的に対象物の重要性を理解すること」だと定義したい。

A君:「逆」で表現すれば、「気づかないこと」、「鈍いこと」、「無神経」の逆。

B君:「意図的な無視」が最悪ではあるが。

C先生:感性のレベルを鍛えるには、やはり、現場・現地を体験することだろう。

A君:となると、初等中等教育も重要。

B君:しかし、このコンソーシアムが目的としているのは、一応高等教育から先。

C先生:一般社会人も勿論含むが、小学校、中学校、高等学校はまあ今回の枠組みではなく、高等専門学校、大学から先といったところだろうか。

A君:理科系と文科系については、どうなるのでしょうか。

B君:本当の環境研究者になるには、理科系の知識も文科系の素養も必要だが、年齢を重ねてから理科系の知識を頭に入れるのは辛い。だから、若いころ理系の教育を受けた方が楽かもしれない。

C先生:まあそうだな。人間に関する科学の素養は、齢を重ねるとともに自然に身に付く部分がある。
 ということで、様々なレベルに人に感性を求めることはその通りなのだが、今回、それを次のように分けてみた。

1.大学級・市民級には「感じる力」
2.大学院級には「想像する力」
3.博士級には「推理する力」


を求めたい。

A君:ここまで整理すると、いわゆるT字型人材ということで、なんらかの専門知識が絶対的に必要で、これがT字の縦軸を構成している。
 それに加えて横軸としては、俯瞰力を求める。その俯瞰力としては、それを構成する要素として、「目」というものを求めることにした。俯瞰の「瞰」の字ですかね。俯瞰の「俯」はうつむく、ことであり、「瞰」は高いところから見下ろすこと。見る行為の一種ですから、「目」で当然ですね。
 そして、それだけでなく、「目」には単なる視力だけでなく、その裏に知識を付け加えることによって、瞬時に判断ができる能力を含むので、「目」の能力の拡張として、「感じる力」「想像する力」「推理する力」を求めることとした。

B君:推理力は、冷静に現状を分析すること、そして豊富な知識に基づいて、正しい判断を行うこと。これが基本になる。

C先生:そういうことなのだ。企業にとっては、環境原理主義的な人材は不要だ。まずは、環境をビジネスにする力を持った人材が必要だ。しかし、その同じ人物が、その限界のようなものを見極めることができないと、今回の米国における強欲資本主義のような企業になってしまう。

A君:AIGのボーナスが米国で反発を買っていますが、ビジネスも利益だけを追求するのでは、限界があって長続きしないということが証明されましたね。

B君:環境をビジネスにする。しかも、持続可能なビジネスにすることを共通の目標とするコンソーシアムを作る。そのためのリソースをプールする。リソースとしては、今回は「人材」なのだ。もっと言えば、「リソースになる人材をプール」することが直接的な行為。こんな理解ですかね。

C先生:環境をビジネスにする人材リソース、しかも、持続可能なビジネスにする人材リソースとはどのような人材なのか。その議論を深めることが最初に行うべきことなのだろう。

A君:様々な人材が必要だし、その働く場所だって、企業だけではない。NPOもそうだし、行政も重要な場所。しかも、活躍の場は、日本だけではない。

B君:その通りだ。共通して必要なのは、「経営と社会的責任」というマインドぐらいか。

C先生:環境ビジネスに関連する経営マインドを育てる。同時に、環境ビジネスの社会的責任というマインドを育てる。これがやや凝縮された共通の目標になるだろうということは、すでに一部の幹事の間では共有され始めている。そのため、環境経営士というもの作ってみることかな、などという話も出ている。ただし、一種類ということではない。コースとしては、

(1)環境ビジネスコース
(2)環境マネジメントコース
(3)環境行政コース
(4)環境NPOコース
(5)環境国際貢献コース


などが考えられるのではないか、と思われる。
 ということが環境人材育成コンソーシアムの現状だ。準備会の会員の募集を始めているので、もしも興味をお持ちであれば、以下の連絡先にご連絡いただきたい。

連絡先:地球環境戦略研究機関
  能力開発と教育プロジェクト

〒240−0115 神奈川県三浦郡葉山町上山口2108−11

電話:046−855−3852
FAX:046−855−3809
e-mail:uni_cons@iges.or.jp