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    ゴールとターゲットは違う 02.10.2018
       第5次環境基本計画で明示へ! 企業での活用を期待

               




 昨日(2月9日)に赤坂で行われた環境省中央環境審議会総合政策部会で、第5次環境基本計画に関するパブリックコメント前の最後の議論が行われ、結論が「座長一任」ということになりました。まだ最終結果であるという訳ではありませんが、内容の95%以上が固まったと言えると思われます。

 そこで、前代未聞、かつ、画期的な記述が入りました。実は、本文中にではなくて、「脚注に」なのですが、脚注ゆえに、かなり詳細な記述がなされています。その内容ですが、SDGsにおける「ゴール」と「ターゲット」は明確に分けて考えるべきであるという趣旨が表明されています。

 これは、SDGsが2015年9月に発表されて以來、現在でも外務省のWebサイトに残っている仮訳(作成はIGES)の表現では、かなりの誤解を招きやすいという個人的な主張をしてきましたが、それが、公式文書に明示された形になりました。

 これを記念して、もう一度、問題を基礎の基礎から記述してみたいと思います。

   
C先生:パリ協定とSDGsは、いずれも2015年の後半に決まった。パリ協定については、「気候正義」という言葉が、日本人がその真意を理解するための最大の障壁でだった。SDGsに関しては、「Goal」と「Target」という言葉を日本語にすると、いずれも「目標」になってしまうという日本語の表現力の限界が本質的な理解を難しくしていた。

A君:そうですね。「気候正義」については、そもそも「正義」という概念が西欧社会のキリスト教を基礎とする最後の審判の延長線上にあることもあって、本質的な理解は難しかった。

B君:「ゴール」と「ターゲット」がいずれも「目標」になってしまうことは、日本語のもつ重大な欠陥の一つではあるけれど、日本語は漢字・ひらがな・カタカナと文字が明確に三種類もある世界で唯一の言語であるという特性を活かして、柔軟な対応が不可能であるとは言えなかった。しかし、そこに立ちはだかるのが、公式文書にはカタカナを使わないという「行政上の慣習」(多分)だったのだ。恐らく、外務省のWebサイトにあるIGESが訳した日本語SDGsが、未だ仮訳であり続けていることを見ると、やはり、一つの問題点として認識されていたのかもしれない。

C先生:細かい説明は抜きにして、いきなり結果を示すことになるけれど、第5次環境基本計画の昨日バージョンのp4に脚注に以下のような文章が書かれた。

脚注SDGsの「ゴール」とは、重要項目ごとの到達先を示した地球環境レベルの目標を意味する。他方、「ターゲット」とは、地球環境レベルの目標を踏まえつつ、各国の置かれた状況を念頭に、各国政府が定めるものであり、達成時期や数値などを含むなど、より具体的な到達点ないし経過点を意味する。ゴール12を例にとると、同ゴールにおいては「持続可能な生産消費形態を確保する」としているところ、ターゲット12.3においては「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人あたりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食料の損失を減少させる。」とされている。

A君:この記述は、SDGsにおける「ゴール」と「ターゲット」という言葉が、政府の公式文書の中で、恐らく初めて定義がされたもので、今後のSDGs対応を考える上で、理解のための非常に重要な方法論を提供しているとも言えますね。

B君:日本社会は、何かあると、かなり多くの場合で「オカミだのみ」になる。「オカミ」が「お上」であれば、政府を意味したり、あるいは、本社を意味したり、様々な場合がある。家庭の場合だと「御上さん」になったり、一般社会だと「女将さん」になったりすることもある。余り関係なかったか。しかし、SDGsの最大の本質が、それを取り入れる組織なり個人なりが、自分独自の理解と思考にもとづいて、自分に適した対応をすることが最大の本質であることを考えると、その前提となることが、SDGsの文章を正しく理解することだ。そのための大きな障害の一つである日本語の不完全さに基づく部分が、今回の脚注によって、除かれたという表現も可能だと思う。

A君:考えてみると、カタカナ語というものは、日本にないコンセプトを受け入れるための最大かつ柔軟なツールな訳ですよね。これがなければ、「カレー」も無いし、「ハロウィーン」も無いでしょう。この柔軟性が、実は、日本文化の最大の特徴。他の国ではどうしているのか、と言えば、韓国のような表音文字の国であれば、余り問題はないのだけれど、文字だけからでは、それが外来語であるかどうかは分からない。例えば、中国だと、中国にないコンセプトをどう表現するのか、それは、誰かが決めなければならないので大変だ、という状況。

B君:こんなサイトが面白い。
http://www.cuc.ac.jp/~zhao/wailaiyu.htm

A君:このサイトが絶妙な中国語訳だとしているのが、これはご存知の方が多いと思うけれど、「可口可楽」と「百事可楽」。

B君:日本だとそれぞれ、コカコーラ、ペプシコーラと表音文字、しかも、外来語だということまで示す表音文字であるカタカナを使って表現することができる。これは素晴らしい柔軟性だと思う。

A君:しかし、柔軟性が余りにも高いので、行政的には誤解を招かない文章を書かなければならないという思いが強いので、カタカナ語を公式文書には書かないという態度が維持されてきた。

B君:確かに外交文書であれば、誤解を生み出す危険性は高いと思うが、SDGsに二国間交渉のような重大な要素は無いし、繰り返しになるけれど、日本という国のSDGs対応であれば、政府が世界の状況を解析し、さらに日本の状況を十二分に勘案して、具体性を高めれば良いだけだし、企業がSDGsを取り扱う場合であれば、それこそ、独自の解釈と独自のアプローチを行うことが、実は、最大の効果を生み出す方法なのだ。なんと言っても、完全に同じ企業などは無いので、企業が自分達にもっとも適したアプローチ方法を考えることが、最大の効果を生み出す条件なのだから。

C先生:そろそろ、ここまでの結論として良いのではないか。この最後の指摘である企業がSDGsに取り組むとしたら、それこそ、それぞれの企業が、独自の解釈と独自のプローチを行うことで最大の効果を生み出す、ということは事実なのだけれど、ただ、企業が世界の情勢をどこまで把握しているか、ということが、実は、政府の場合と違って、いささか危険性が残る部分だと思うのだ。そこで、若干話題がシフトしてしまうが、最近のパリ協定、SDGsと企業といった範囲で、何が最大のポイントなのか、を議論して今回を締めることにするか。

A君:了解です。企業が何をやるべきか、ということになると、それは、企業それぞれが自分達の特徴を活かして、もっとも効果的な取り組みは何かを考えて貰う以外にないので、世界的な状況の把握だけを議論することにしますか。

B君:企業にとって、SDGsに関連するような社会的情勢を考えるとき、何を置いてもまずは、日本における大きな道筋は、やはり2015年から変わったのだ、ということを理解することではないか。

A君:2015年には、パリ協定、SDGs発表以外にも、確かに重要な変化がありましたね。

B君:そう。GPIFという、これまで世界標準からいささか離れているのではないか、と認識されていた公的組織が、いきなり世界標準のレベルにジャンプアップしてしまった。

A君:GPIFはご存知のように、Government Pension Investiment Fundですが、何と言っても独立行政法人ですからね。そんなに国際的標準を考えている組織だという認識は、残念ながら無かったですね。

B君:もっとも、年金基金という組織は、世界どこでも同じで、実は、超長期に渡って、安定的に年金を支払うためには、何をしなければならないか、を考える組織でもあるので、もともと、現時点の様々な世界的動向を分析して、正しいと思われる道筋を選択しなければならない組織であることに間違いはない。

A君:しかも、ノルウェーの年金機構や、カリフォルニア州の年金機構のように、その国や州の思想を最もよく反映している組織でもありますね。両組織とも相当に過激とも思える地球環境派ですね。

C先生:パリ協定ができたとき、これが「世界を変える」枠組みであることは、直感的に理解できたのだけれど、その動きが、金融界のリードによって、起きるとは到底想像できなかった。未だに信じられない思いが強いのだが、確かに、地球の状況が、特に、気候が不安定になれば、ビジネスへの影響は莫大で、その影響は非常に大きい。

A君:自分も同感なのですが、日本で金融というと「動かない」、「目先の利益だけ」、「安全第一」という印象だったのですが、それが完全に打ち破られました。しかし、日本のメガバンクは未だに例外的に旧態依然と言えるのでは。そこにGPIFが世界最大の運用資産をもつ機関投資家として世界標準の動きを始めたので、日本という国も、その一部だけですが、世界の一部になった。

B君:具体的には、2015年にGPIFが国連の責任投資原則にサインしたこと。そして、2017年には、将来的には資金の一部をESG投資に振り向けると宣言したことか。

A君:ESG投資、すなわち、環境=Environment、社会=Society、ガバナンス=Governanceを重要視している企業に対して、投資を行うということ。

B君:ESG投資が門を開いたと確かに言えるだろう。しかし、最近では、さらにこの動きが拡大しているように思えるのだ。それは、投資が融資に広がったことが第一段階。融資を受けようとすると、ESG的に見て優良企業でないと投資が受けられない。

A君:その最大の例が、石炭投資ですね。特にノルウェーの年金機構が先頭を切っていますが、彼らは、日本から投資を引き上げました。最初は、中国電力、北陸電力、四国電力の三社でしたが、その後、沖縄電力、Jパワーに広がり、さらに、九州電力、東北電力が観察下に置かれている状況(2017年3月時点)。

B君:これらは投資の引き上げだけれど、融資への影響ということになると、ESGを重視している企業には、低い利率が適用されるということになる。

A君:もっとも日本企業は、自己資金がかなり余っているようなので、融資が本当に必要な企業は少ないのかもしれません。

B君:実は、現在、第三の波が来ている。それは、地球環境がこれ以上悪くなると、保険会社は、保険制度自体が成立しなくなるという危機感を抱いている。当たり前だ。

A君:同じようなことが、英国が新設をしようとしている原発にも起きているようですね。福島第一の事故の賠償を東電を中心に大手電力が負担する、除染については、東電株売却で国が対応、廃炉も東電が準備することですが、その他もあって、20兆円を電力会社が負担することになった。そのため、英国の原発が事故を起こした場合の賠償費用を考慮した上で、建設費用を計算すると、保険に関わる費用が極めて高くなる状況になっています。

B君:保険会社の気候変動への危機感は相当なもので、二酸化炭素排出を削減するというよりも、石炭からの離脱を実施した企業には、保険料の割引を始めたのがAXA。どうも、20%の割引が適用されることもあるらしい。参考にしているデータベースは、これか? coalexit.org

A君:なるほど。投資→融資→保険金という形で、環境的な要因が金融に影響する範囲が増大している。

C先生:どうも、ゴールとターゲットという言葉の議論が、かなり飛翔して、新しい話題になってしまったようだ。しかし、我々の理解では、ゴールとターゲットをきっちりと区別して、企業が自らの将来像を描くことができているかどうか、これが、外部組織からのその企業に対する評価に大きく影響し、結果的に金融関係の投資・融資だけでなく、最近であれば、保険金の金額にも影響するような時代になっているということだ。
 ゴールとターゲットをしっかり区別できていれば、その後の内容の検討段階については、それこそ、企業の独自性をどのように主張するかが最大のポイントで、100点満点の答案を書くことが求められている訳ではない。むしろ、100点満点でないことの方が重要なのではないか、と考えている。なぜならば、企業が自らの独自性を解析し分析し、そして、その能力の範囲内において、SDGsのような社会的課題に取り組む姿勢をしっかりと示すことが、実は、もっとも誠実な態度だと思うのだ。
 最初に戻るけれど、これまでゴールとターゲットをしっかり区別せよ、と言っても「何それ」的な反応が帰ってくるのが普通だった。しかし、今回、第5次環境基本計画の中に、脚注ではあるけれど、その明確な違いが記述されたことで、この2つの言葉を使い分けることの重要性が公式文書に書かれた、とも言える。これは、相当な進化であると思っている。是非ともあらゆる主体において、この進化を十二分に活用していただきたいと思う。