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   柔軟な環境人材の育成 
  12.14.2013
              エコプロダクツ展終了




 エコプロダクツ展が終了しました。皆様ご苦労様でした。最終日の土曜日には、若干時間があったので、会場を一巡りすることができました。何人かの知り合いの方とお話をすることができました。

 この三日間で、ビッグサイトで2件、隣のTFTビルで1件、合計3件の講演をこなしましたが、そのもくろみは先週の記事に書きましたが、やってみての感想は、「やはり少々疲れた」、でした。

 本日の記事では、土曜日に行われたEcoLead(環境人材育成コンソーシアム)での国際シンポジウム「持続可能な社会に向けたアジアの大学教育」での講演で思ったことを若干ご紹介します。

 最初のスピーカとして60分間で述べたことが、「地域の持続可能性と地球レベルでの持続可能性 この2つをいかに繋ぐか」。

 問題意識として、現状の大学教育では、「この2つを繋ぐという意識が薄い。そこを重点的に教育する必要がある」。今回、アジアということだったので、農業を例にとって、どのような見方がありうるかを示してみました。 もっとも、農業に関する個別要素の話は、当たり前すぎるので、今回の記事で説明をいたしません。

 ということで、使用したPPTファイル(英語版ですが、同時通訳があったので日本語で講演しました。日本人の聴衆のために日本語キーワード付加)をアップしましたので、ご参考になれば、と思います。

http://lebenbaum.art.coocan.jp/PPT/index.html



 さてさて、地域の持続可能性を考える上で必要なことは、地域の特性などあらゆる環境要素をどう活かすことができるか、です。しかし、この問題の解決には、知識がいくらあっても、知恵がでなければ解決に資するアイディアがでないのです。

 知恵が出るには、その基盤として十分な量の正しい知識が、その下支えとして必要なことは、言うまでもないことです。

 十分な知識の上に実践的な問題解決能力である知恵をもった人材、しかも、かなり柔軟な発想をもった人材の育成が必要不可欠だと思います。

 環境に関する正しい知識を持ち、問題解決の知恵もあり、さらに柔軟な発想力をもった人材は、グローバル化した企業で、非常に有用なはずなのです。逆に、ある硬直的な意識をもった人材、悪い表現かもしれませんが、環境マニアみたいな卒業生、あるいは、自然絶対優先主義的発想とか、環境左翼的な発想をもった卒業生、リスクゼロを追求するNGO用の卒業生などを育成しても、就職先が無い、という結果になるだけでしょう。今の日本の環境系の大学、大学院は、企業人材、特に、グローバル化した企業がアジアなどに進出するときに必要となるような人材を本当に育成できているのだろうか。これが大きな問題だと思います。

 それには、環境教育を行っている教師側が硬直的な発想をもっているのであれば、柔軟な発想力をもった環境人材が育つはずもないのです。しばらく前まで行われていた環境人材の育成に関する大型のプロジェクトは、環境は予算獲得のためのお題目に使われた傾向が強く、柔軟な発想を持つ環境人材育成にどのぐらい貢献したのか、評価をし直す時期にあるように思います。

 ということで、今回の主題は、シンポジウムで考えた「柔軟な環境人材の育成」とは何かです。



C先生:同じセッションのもう一つの講演は、シンガポール工科デザイン大学(SUTD)のChong学長の講演で、これはなかなか刺激的だった。
 日本流の講義形式の授業はほとんどないようで、基本的な知識の授与は、MITとのコラボで作ったe-lerning。その講義に対する疑問点などを相互の議論によって解決したり、実習を伴うような講義は、10名ちょっとの学生に対して1名の講師がいるようだった。この方式で講義が行われれば、質問をすること、議論をすること、そして、実習であれば、関連する実験などが行われて、知識だけでなく、日本の学生に不足がちの問題解決などに使える知恵が身につくだろう。

A君:日本の大学は、そろそろ限界。教育システムをなんとかしないと。いくつかポイントがあります。
 まずは、全体、及び、文系の大学については、
1.大学に入るために勉強をする。大学に入ったら、そこは遊園地という日本全体の傾向が直らない。失業者の統計を増やさないという役割しか果たしていない。
2.企業側が、大学での教育に期待していない。これは思い上がりである。自分達に都合の良い人材を自分達で作るという硬直した発想では、硬直した発想力の人材しか育成できず、その企業の発展は極めて限定的になる。
3.OECD諸国で最低と評価されている文系日本人の科学リテラシーをなんとかしないと。
4.知識のみを与える教育が学生の興味を繋ぎとめられないことを、教授連が改善しようとしていない。
5.むしろ、実践の場を組み込むような教育によって、知識だけでなく、柔軟な発想による問題解決や実践に役立つ知恵のようなものを伝達する試みが必要。

B君:理系の大学については、
1.研究面での競争力ばかりが強調されていること。研究者になるのは、ほんの一握りなのに。
2.教育はOn Research Trainingだけでは無理。これは、研究を遂行する教授連だけには便利だけれど。
3.イノベータを作るには、常に、広範な課題についての、質問、議論、自分の意見のプレゼンなどを、日常的に訓練することが重要。
4.そのためのスタッフを雇うという発想も経済的余裕もない。

C先生:SUTDはまだ創設2年目という大学だけれど、ドクター課程の大学院生もすでに居るようだ。一つの実験校として、注目しておく必要があるのではないだろうか。

A君:日本でも、実験校を作る必要があるのではないですか。

B君:そうだろう。しかし、国立大学は、巨大大学を別とすれば、中堅大学ですら疲弊している。私学も今後の学生数の減少がボディーブローになるだろう。

C先生:人材育成は、何にして未来投資として重要なのだが、どこかで実績を作る以外に方法はなさそうだ。

A君:EcoLeadはその実験を行うことができるのでしょうか。

C先生:色々と新しい戦略を考えつつある。来年度から、なんらかの実験を始めたいと思っているところだ。



C先生:ということで、本体の講演について、若干、説明をしたい。

A君:パワポのファイルを見ると、まずは、ナウルでのグアノ(天然リン・窒素肥料)の枯渇から始まりますね。

B君:これは、「地球の破綻」でも同じだった。このような国だから枯渇したのか。それとも、現在の産油国などでも、枯渇を免れることはできないのか。

A君:枯渇を予測して対策をしている国が、ドバイですが、果たしてどうなるでしょうか。もっとも鍵になることが、国民の働く意志のように思うのですが。

B君:ナウルの場合には、採掘の利権だけをオーストラリアの企業に売って、それで国民を公務員化し、所得税・電気代・医療費・学費などすべて無料という理想郷を作った。しかし、理想郷の実態は、未来の地獄であることを証明することになる。

A君:理想郷は、未来の地獄というのは、どこでも同じではないですか。すべての国民が人間力向上のために努力しつつ、ほどほどに良いレベルを目指さないと。

B君:そうだ。北朝鮮も一時期は理想郷だと言われていた。

A君:それは、やはり向上心や労働意欲があるかどうか。もう少々広い表現をすれば、地域を向上させるために、努力をするという住民がどのぐらい居るか。これがポイント。

B君:福島復興も、本当のところは、復興とその後の向上のために努力をする住民がどのぐらい存在しているかに掛かっている。自分だけが楽に生活できるようになればそれで良いと思う住民ばかりでは、地域は良くならない。水俣も、本当はそうだったはずなのだが、残念ながら歴史上の失敗例になるのかもしれない。

A君:その後の米国中西部のオガララ帯水層の話、さらには、Tipping Elementsなどの話は同じですね。

C先生:今回、ちょっと真面目に考えたのが、生物多様性の喪失に関するところだ。いつも使っている図が、この生物惑星インデックス。その数値的な意味を少々細かく議論したいと思って。



図1:たった30年間で、Living Planet Speciesが40%も減ったというWWFのデータ。対象は脊椎動物だけ。

A君:この図がプロットしているのは、キャプションによれば、populations of vertebrate species ということなのだけれど、これは脊椎動物という種の個体数だと思われます。すなわち、種が絶滅をしているということでは必ずしもないのでしょう。

B君:生物多様性のインデックスではないということなのではないだろうか。

A君:次に示す図2は、絶滅数を取り扱っています。



図2 ミレニアム生態系評価(MA)による絶滅数の未来予測。

B君:この図の数字は、「1000年間で1000種の生物種のうち絶滅する数」だそうで、このところの傾向として、1000年間で1000種類のうちの100種が絶滅したということを意味している。

A君:1000年間で新たな生物ができるのか。通常の進化の速度では、そのようなことは無さそうにも思いますが。

B君:まずは、この対象となっている生物種がどのようなものなのか、を調べないとならない。

A君:それは、次の図のようです。



図3 現時点での生物種の数の推定値

B君:名前のある生物種が昆虫・多足類で100万種ぐらい。植物・脊椎動物などなどを合わせて50万種ぐらい。合計150万種ぐらいということだ。しかし、名前の無い生物種が非常に多くて、昆虫・多足類で7/8ぐらいの名前がない。菌・カビだと150万種ぐらいはあると推定されるけれど、名前のある種は2〜3%のみ。

A君:これのように考えると、図2の過去の絶滅数がどうやって推定されたのか、ということがかなり疑問になってきます。

B君:そこで推測されることは、こんなことではないだろうか。我々人類が非常に良く知っている生物種は、普段から食料にしている生物で、植物、脊椎動物がその主なもの。甲殻類もエビ・カニ類なので、食用になっているものも多いけれど、深海などに生息しているものも多いので、良く分かっているとは言い難い。ということは、MAのデータは、主として植物を対象とした評価だったのではないか、と思うのだ。

A君:確かに可能性は高いと思いますね。

C先生:さて、もう一つの問題は、絶滅といっても、「どのぐらい」の絶滅かということが問題。「どのぐらい」というと、分類学上、どのレベルでの絶滅が起きているか、ということだ。

A君:分類学上のレベルとは、ドメイン、界、門、綱、目、科、属、種ということですね。

B君:ヒトの場合だと、正式の分類学名称は、真核生物動物界脊索動物門哺乳綱サル目ヒト科ヒト属ホモ・サピエンスで、ホモサピエンスが種になる。

A君:エノキタケの場合だと、真核生物ドメイン菌界担子菌門菌蕈綱ハラタケ目キシメジ科エノキタケ属F. velutipes

B君:属の数だけれど、ネコ科の場合だと、ネコ属の他に、チーター属、レオパード属、オオヤマネコ属、ピューマ属、ヒョウ属、など合計17属。

C先生:ある属が絶滅するということは大変なことだ。ヒトの歴史は700万年。属はgenusと表記される。その複数形がgeneraだ。このgeneraレベルで、どのぐらいの絶滅が起きているかを示したものが、次の図だ。



図4 顕生代(Phanerozoic)における生物多様性の変化

A君:この図を見ると、もっとも右にある黄色い、66Ma(Millions of Years Ago)にあるK−Pg境界(中生代白亜紀−新生代古第三紀の境界)で起きた絶滅は、小惑星の一つが地球に激突したことで起きたとされている絶滅で、恐竜の大部分が絶滅したと言われている地球史の大イベントです。確かに、かなり激しく減っているようです。しかし、その後の属の数の復活が結構速いですよね。

B君:数100万年で回復しているような図だ。しかし、このあたりについては、色々と学説があるようだ。

C先生:今後起きるであろう気候変動は、明らかに多くの生物種の絶滅を招くだろう。しかし、農業あるいは地球の食料供給力への影響は大きいだろうか。

A君:それは、生物学者に聞いても「分からない」と言われます。

B君:ヒトという生物種が、他の生物種の絶滅を招いていることはその通りなのだけれど、自分達に都合の悪い絶滅=最大のものが生態系サービスが低下することだが、それが起きることを防止するぐらいの技術力がある。これが人類の食料生産力を維持することに有効に活用されるだろうが、逆に何か、全く想定外の破滅的な変化につながる結末になるかもしれないので、結論は出ないのだろう。

A君:そこで、立場が恐らく2つに分かれて、絶滅を絶対的に回避することが唯一の方向性で、そのためには、極端に言えば人類が絶滅することが良いことだ、という超自然派があり得ます。まあ、これは極論ですが。その反対には、そんなにも不都合なことは起きない。もし起きても、なんとかなるという人類万能論が対極としてあります。

B君:そのいずれも正しくないような気がする。もっと柔軟な姿勢を取ることが良い結果を生み出すように思う。

A君:特に、人類万能論者は、短期的利益追求型になることが多いので、要警戒ですね。

B君:日本の場合だと、自らの企業利益最優先主義者になる。

C先生:多くの場合、企業の寿命は、人命よりも短い。同じことをやっていては、そんなものなのだ。現時点の状況を全力で守るという発想の経営者では、その企業の先は見えているとも言える。時には、人類史レベルの視点を持つことも重要だし、さらには、地球史レベルの視点をもって、「常に、様々な環境に適応するのだ」、という柔軟性のある発想を持つ幹部社員を増やすべきだと思う。

 大学における環境人材の育成のターゲットも、育てた人材が企業などの組織に所属することになるのが当然なのだから、「常に、様々な環境に適応するのだ」と思うことができるような柔軟な発想と、それを支える広範な知識、さらには、その知識を使いこなす知恵をもっている人材を育てることなのだろう。このような人材から構成されている組織は強靭なものになるだろう。

 今回のエコプロダクツ展の期間内に3件の講演をしてみて、来年2014年の個人としてのターゲットは、このような方向での環境人材の育成をいかにして具体化するか、にしてみようかと思った次第だ。