食料自給率 その4    09.05.2010   




 今週は正常な勤務に復帰。 いくつか医療に関係することに衝撃を受けた。

 まず、帝京大学の院内感染の報道である。この多剤耐性菌アシネトバクターは、土壌や河川で普通に見られるありふれた細菌。しかし、耐性遺伝子を取り込んでいて、ほとんどすべての抗生剤が効かない。

 個人的な感想だが、多分、抗生剤を使いすぎたのが原因だろう。どうも日本という国は、薬を使いすぎる。新型インフルのタミフルも使いすぎ。こちらも耐性ウイルスがでるのは、時間の問題。

 免疫が正常な人ならば、アシネトバクターに感染しても発症しない。そのぐらいの毒性の菌である。しかし、免疫力が低下している人、血液や循環器に重い病気がある人、高齢者などでは、感染すると致命的になることがある。

 このところ先進国の居住者は、余りにも人工物化していて(=超清潔病)、日常生活での雑菌の摂取量が減っている。雑菌を不潔だと思うようでは、または、水道水が不潔に思えるようでは、アシネトバクターの思うツボ?

 これも個人的な感想。頼みの綱である新しい抗生剤が生まれる可能性は相当に下がっている。放線菌などから新規抗生剤を見出す研究は、成果を出すのが相当に難しい。すでに3億円宝くじレベル以下の成功率かと思われる。


 さらに、ちょっと読んだだけの本、まず、ここでご紹介することの無いであろう本にも衝撃を受けた。

 それは、
「なぜうつ病の人が増えたのか」 [単行本]
冨高 辰一郎 (著) 幻冬舎ルネッサンス023、¥857+税、2010年8月25日初版(実際の発売日はかなり早いようだ)。

 内容はアマゾンあたりで見ていただきたいが、一言で言えば、SSRIと呼ばれる「抗うつ薬」が「うつ病」を増やした、ということである。英国、米国などの先進国は、日本に先んじること10年で、全く同じことが起きている。それは、SSRIの発売時期が10年早かったからである。

 冨高氏は産業医で、様々な状況には大変詳しいようだ。この本を100%信じるべきかどうか迷うところだが、かなり真実に近い記述のように思われた。

 こちらの話も多剤耐性菌と同様、薬への過大な依存が状況を悪くしているように思える。もう一つは、やはり儲け至上主義。今回は薬産業が犯人。

 両者に共通なその根源的な理由は、他の環境問題と同様、現時点・現世代だけのベネフィットを考えていて、患者の将来・将来世代の状況にまで配慮するだけのマインドが無いことだろう。

 一言で言えば、将来に対する割引率が余りにも高い。


 さて、今回の本題は、再度、食料自給率である。これで4回目になる。今回ご紹介する本は、いささか古い。

「食料自給率のなぜ」 (扶桑社新書)
末松 広行 (著) 、2008年12月1日初版。

 末松氏は、農水省の官僚である。バイオマス・ニッポンの提唱者でもある。過去、個人的にも話をするチャンスが何回かあった。

 恐らくその時点での、農水省の食料自給率に関する公式見解だった、と考えても良いのではないだろうか。



C先生:今回は、農水省の公式見解を探るというスタンスで議論を進めることになりそうだ。

A君:まあ、型通りに目次のご紹介から。
目次
序章 食料自給率を通じて見えてくるもの
第一章 食料自給率40%の実情
第二章 食料自給率の低下がわがが国に与える影響
第三章 食料自給率の低下が世界に与える影響
第四章 世界の食料事情と厳しくなるわが国の食料調達
第五章 これからのわが国の食料安全保障
第六章 食料自給率向上のために、今、できること
おわりに


B君:これまで見てきた何冊かの食料自給率を語る本との最大の違いは、食料安全保障ということに一章分のスペースを割いていることかもしれない。

A君:第五章ですね。これまでのわれわれの解析結果は、食料自給率は、かならずしも食料安全保障とは同義ではない。これがどのような観点から語られているのか、楽しみです。

B君:まあ、序章の内容から。
 序章だから当然とも言えるのだが、たったの5ページ。内容は、自己紹介。なぜ食料自給率なのか。食料自給率を考えると何が見えてくるのか。なぜ食料自給率が低いと問題なのか。農業の多面的な機能、特に、日本の文化を育む機能の重要性。
 

A君:そして、最後に、食料自給率が無意味だという意見について、「もっともなところもあるが、個人的には前向きに物事を進めるためのツールとして使える」という考え方を披露している。

B君:これまでの3冊と、この本だけ書かれた時期が違う。2008年12月1日初版ということは、リーマンショックが9月。その前に、原油価格が最高値の$147になったのが7月。そして、その前に米国のバイオエタノールと穀物価格の高騰という事態があった。
 その頃、食料生産は、これでそれまでの余剰を基調とした傾向から大幅に変わるという予測をもつ人が多かった。

A君:しかし、それから2年近くを経過して、やはり穀物は、平年作であれば、20%ぐらいの余ることを前提として生産されているということが正しい理解。

B君:その書かれた時期のため、この本は、近未来に穀物供給不足が起きるといういささか暗い予測に基づいて書かれている。ある方向性をもった農業政策を決めるときとしては、危機感が最高潮という至適な時期に出された本だとも言える。

A君:第一章「食料自給率40%の実状」
 この章は、そもそも自給率はどうやって計算されているのか。「国産」という言葉を自給率に算定されるものの表記とすれば、例えば、日本産の豚肉は国産なのか(答:飼料が輸入品の場合にはNo)。輸出される食品はどう取り扱うのか(答:国産扱い。いざとなれば食べられるから)。国産リンゴが49%と低い理由は(答:大量のリンゴジュースが輸入されているから)などなどの情報が開示されている。面白いので、お読みになるのも悪くはない。

B君:国産率が90%以上の食品としては、コメ、サツマイモ、ヤマノイモ、ソラマメ、キャベツ、キュウリ、ナス、などなどしかないことが分かる。逆に国産率が10%以下の食品として、豚肉、鶏肉、チーズ、アマエビ、ハマグリ、ハチミツ、マヨネーズ、醤油、菜種油、ゴマ油。

A君:醤油というのが衝撃なのでは。大豆が輸入品だからなのだが。ハマグリも困ったという感想をもたれるかもしれない。

B君:その後、なぜカロリーで計算するのか、という話になってくる。金額ベースだと、ほとんど国産であるキュウリばかり食べていても生存が不可能だからという簡単な理由。

A君:ここで、穀物というものの食料安全保障上の重要性が指摘される。

B君:ついでながら、エネルギーの自給率が低いことも心配している。これも当然で、有機農法ばかりでは生存は難しい。農業にはエネルギーが必須だということを認識させたいという気持ちが強いようだ。

A君:その後は、若干、センチメンタリズムに訴える記述になって、和食が国産食材で作れない、といったものになる。

B君:国産ソバは30%以下なのだからあたり前とも言えるが。エダマメ、アズキが50%以下。

A君:第二章「食料自給率の低下がわが国に与える影響」
 この章は、いささか滑稽。なぜならば、最初の節が、「コメの消費量の減少とともに肥満人口が増加」という題名。
 これは逆なのでは。肥満になるような食事を好む日本人が増えてしまったので、コメの消費が減った。原因と結果が取り違えれれている。

B君:次の節が、「農業が持つ様々な機能」というもので、これは、すべての人々に良く議論をしてもらわないと。環境や景観の保全に農業が有用だという話。特に、水資源や洪水防止への機能をどう評価すべきか。

A君:次節の「心のふるさと、棚田を守るために」になると、そのために戸別補償をするのか、という違和感が出てきますが、あるところまで農業というものを維持しないと、国土が荒れて、様々な副作用も出るというところは事実。それならそのための投資を国土交通相に担当させるのか、それとも農水省が担当するのか。それとも、生物多様性を守るとして環境省担当にするのか。

B君:第三章「食料自給率の低下が世界に与える影響」
 まず、「フードマイレージから見える環境負荷」から始まる。輸入に要する二酸化炭素排出量は、実は、それほど多くはない。むしろ、最終的に必要になる国内のトラック輸送の方が多かったりすることもある。そのため、環境負荷からは余り本質的ではないフードマイレージで議論をすることで、その環境影響を強調するという手法がしばしば採用される。

A君:食料が航空便で入ることは、まあ例外的だが。航空便かどうかは、重要な観点。それ以外だと、輸送に伴なう二酸化炭素の発生量は比較的少ない。
 輸入に関して本HPが毎回主張しているのは、ミネラルウォータの輸入は馬鹿げているということ。日本の水は、水道水を含めて、恐らく世界でもっとも安全かつ美味しい。その主張のためには、フードマイレージのようなものを使いたくなる。

C先生:日本のミネラルウォータの消費量は、
http://minekyo.net/public/_upload/type017_5_1/file/file_12686215792.pdf
何回かのキャンペーンによって拡大した。一つは1990〜91年。年間増加率が50%という年だった。これは、水道水への不信感を増幅するメディア報道によって実現されたのではないか、と思われる。マンションの貯水タンクの汚れの報道も多かった。確かに、状況としてはヒドかった。
 その次にミネラルウォータの普及が急増したのは、1997〜1999年のダイオキシン騒ぎ。1997年と99年は、年間30%増加という状況だった。
 その後、水道水そのものの品質は、オゾン処理などの高度処理も普及したため改善著しい。
 しかし、一旦水道水は危険だ、と思い込むと、そこから抜け出るには、相当の努力が必要なのだが、その努力をするには、水を買うことが経済的に負担にならない限り、行われないと思う。
 いくら、ミネラルウォータ、特に輸入ものの不合理さを説いたところで、説得できる人は、相当に理知的な人に限られる。感性(思い込み)を変えるのはかなり大変なのだ。
 フードマイレージも余り有効ではないだろう。

A君:フードマイレージの後ろには、地産地消という考え方を普及させたいという気持ちがある訳で、これもある意味で宗教みたいなもの。現在のようなグローバリゼーションに反対するには、ある種の信仰が必要で。

B君:末松氏も「身土不二」を紹介している。仏教用語。

A君:それからバーチャルウォータのことが紹介されている。こちらの方が、実際のところ重要。

B君:世界には水資源が不足している国が多くて、そのような国であれば、食料の輸入も許容されるが、日本のような国であれば、世界中から非難されるだろうという主張のようだが、それなら、日本の水資源で、どこまで食料の生産ができるのか、という試算が欲しいところだ。それが無い。

A君:そして、最後に、日本の食材の廃棄が余りにも大量であるという指摘。これは我々も同感。コンビニなどが保存剤を使わないことを売り文句にして売るものだから、加工食品の保存可能期間が極めて短くなっている。保存剤などの食品添加物が有害であるという信仰を植え付けられてしまった人を改宗させるのは、ミネラルウォータ信仰と同様に、極めて厄介なこと。

B君:賞味期限の表示をヤメるというのはどうなのだろうか。

C先生:世界の飢餓は、食品が不足していて発生しているというよりも、富の配分が上手くいかないために発生していると考えるべきなのだ。
 しかし、日本人が出している食品廃棄物は、この本に記述されているように、年間1900万トンで、これは、世界で援助されている食料量の600万トンの3倍である。これを出さないようになったからといって、それがそのまま世界の飢餓を救うことにはならないのだが、日本の消費者が加工食品の安全性に世界一ウルサイいのは確実。天然の食品そのものの持つリスクをベースラインとして見ると、どうみても行き過ぎ。そろそろ自分で判断して食べるという方向に戻らなければならないと思うのだが、それには、また改宗が必要となって、極めて難しい。

A君:現在の日本の状況は、消費者の安全重視、弱者重視を無条件に行わないと、非難を受けてしまう。

B君:楡周平氏の「衆愚の時代」新潮新書353の序文を立ち読みしていただきたい。本文の記述には、いささか疑問点が多いのだけど。

A君:第四章「世界の食料事情と厳しくなる我が国
 この章は序章にところで議論したように、特殊な時期に書かれている。この状況が現時点まで続いている訳ではない。

B君:食料というものと工業用品とは、生存に必須かという点で全く違う、と切り捨てられている。しかし、このところの猛暑を見れば、生存にそれでは工業用品は不要なのか、と言われると、多少違うという状況だ。エアコンが無いと熱中症で死ぬ状況が出ている。

A君:中東で都市生活を営むとすれば、やはりエアコンは必須。それ以外にも、地下水や海水から飲料水を製造する設備なども必須。

B君:今後、地球上の状況がどのように変化をするか、これを注意深く見守ることが必要不可欠ということに関して、全く合意できるのだが、人口の予測なども国連の中位予測だけを無条件に取り上げても無意味のように思える。

A君:畜産物や食用油への需要が増えるのも当然なのだけれど、いざ世界的な飢饉になったとき、いくら米国でも、今ほど牛肉を食べるものなのだろうか。

B君:世界的な飢饉が来たときに、それぞれの国がどうするのか。現時点と全く同じ食生活を続けるという前提だと、ここの議論が成立するが、かなり疑問。

A君:ブラジルのセラードを農地にという動きに生物多様性を持ち出して反対している。しかし、これまでのアマゾン地域の開発などを見れば分かるように、その当事者にとっては、生物多様性などは視野の外。食料を生産すれば儲かるかどうか、しか見ていない。ということは、今後、食料が不足するということになれば、セラードが農地に化けるのは100%確実。

B君:バイオ燃料についても同様で、このところの原油価格のレベル、$80以下だと、バイオエタノールも余り儲からない。いくつかの企業が営業停止状態。この価格でやっていけるのは、やはりブラジルのサトウキビ起源のもの。もしも米国に飢餓が起きたら、いくらなんだって、バイオ燃料にトウモロコシを使うことは無い。

A君:米国中西部の膨大な地下水源、オガララ帯水層が枯渇しつつあるという話も出てくるのですが、実態は、多少違うらしいですね。オガララ帯水層の分布と、米国の穀倉地帯はいささかズレている。現時点で、無理に農業を行っている地域がオガララ帯水層に依存している。

C先生:食料危機が来るとなると、食料の価格の上昇が見られるわけだから、日本で農業をやっても見合うという可能性だってある。これまで、一度、農地を放置してしまうと、その再生は大変だという話があった。すなわち、常時農業生産を続けなければならないという主張だった。ところが、何人かの意見を聞いてみると、そんなことは無いらしい。水の絶対量が不足するということになれば話は別だが、耕作放棄地を農地に戻すのは、重機を使えば、それこそ簡単という話だ。
 となれば、1年間なんとか凌げば、次の年には食料が生産過剰になる可能性が高いのではないだろうか。このような状況をしっかりと判定することが重要。

A君:それは、次の第五章の食料安全保障という考え方でしょうかね。「これからの我が国の食料安全保障」

B君:この章は、もしも輸入途絶になったらどのような食事ができるか、という議論から始まる。それは当然悲惨。なぜなら食料自給率が40%しかないから。

A君:定常的な条件の議論をするのはおかしな話。全世界の食料生産が同時大不作になったとして、その瞬間に何が起きるかを推定すべき。ある時点で突然、輸入食品がゼロになったらどうなるのか、という対策と、定常的な状況として輸入途絶を仮定した議論とは無関係。もっとも全世界で同時大不作ということが起きるかと言えば、それは疑問。地球が氷河期になると、当然大不作になるが。しばらくは温暖化傾向が続くので。

B君:それはそうだ。想定されていることは、極端に危機的な、しかも短期間の変化なのだ。そんな場合であれば、飼育されている牛や豚は恐らく屠殺されて食料に回り、本来、飼料として備蓄されているトウモロコシは、遺伝子組み換えでヒトが食用にするのにはアレルギー発症の点で必ずしも適さないとされているものなのだが、それでも食用に回るだろう。

A君:備蓄米は100万トンということですが、その議論はかなり後で出てくる。この備蓄量は、日本国内で大規模なコメの不作が2年間続いてもなんとかなるという規模。

B君:瞬間的な危機的状況への対応。さらに、それが何年か継続する場合への対応、と考えるべき問題が違うのだが、末松氏は、次に、国境封鎖が継続的になった場合に想定される食事の例を出している。

A君:イモが主食。それは、1950年以前の日本人が何を食べていたかを考えれば分かること。

B君:最後は、アフリカなどの途上国支援の話になる。本来、食料生産は、先進国の大規模農業を中心に据えるのか、それとも、食料生産は途上国の産業という切り分けで行くのか。

A君:米国の農業政策は、しばしば途上国の農業を潰すことで、自国の農業を維持しようという動きを見せますね。やはり、米国も、食料が無いと戦争ができないからなんでしょうか。

B君:食料とかエネルギーとか言う、基本的な要件を途上国に支配されることを嫌うのが米国という国。ベネズエラ・イラクなどの国によるエネルギー支配を嫌う。これが米国エネルギー安全保障の基本的なスタンス。当然、アフリカの食料に自国が支配されるのは、論外。

C先生:一方で、食料生産ほど、途上国に適した産業もないのも事実。途上国の産業としては、状況は地理的に決まるが、まずは地下資源産業。そして、その次が食料生産だと思う。
 ところが、東南アジアはなぜか人口が多い。というよりも、これまで人口を維持できる状態だったと言うべきかもしれない。そのため、輸出産業としての食料生産が限定的。
 アフリカは、もともと東南アジアほどの水に恵まれている訳ではない。赤道直下はかなり降水は多いのだが。それに、植民地が長かったことが悪影響を与えていると思うのだ、政治が機能していない。シエラレオネなどという国は、GDP(PPP,perCapita)が$900と最貧国の一つだが、資源はあるし本当はこんなランキングに居てはいけない国だ。
 途上国の政情が安定しているのであれば、食料生産も途上国に依存しても良いのだが、アフリカの状況などをみていると、そうも行かないというのが現実なのだろう。

A君:となると、アメリカ、オーストラリア、フランス、などの食料を生産する先進国に依存することになって、これらの国の数が不足していることが問題になる。

B君:だからといって、末松氏のように多くの途上国に貢献することで、日本の食料安全保障がより高度になるという考え方は、いささか短絡的。各国の政治家としては、重点はやはり、自国の選挙民であって、他国の食料不足などにいくら配慮したところで、集票効果は無い。むしろ、他国に食料を供給することは、選挙的には逆効果だと言える。となると、途上国であればあるほど、国際的な責任という意識は低いので、いざとなったときには頼りにならない。

C先生:むしろ、途上国を支援する理由は、毎回毎回述べているように、その国の出生率が低下することによって、早めに地球レベルでの人口減少モードに入ることを推進するためだと考えた方が良い。それには、食料の供給が一つの鍵となる。

A君:途上国で食料供給不足になれば、当然死亡率が高い社会になって、出生率は高止まりする可能性が高い。特に、子どもが多い方が経済的に楽だからというレベルの国、GDP PPP perCapitaが$2500以下が一つの目安かもしれない。

B君:そして第六章になる。「食料自給率向上のために今後できること」
 ここでは、国産品を応援しようなどのいくつかの提案はあるが、余り戦略的でない。

C先生:これで一応最後まで来たようだ。さて、感想はどうだ。

A君:記述の満遍なく行われていて、何を考えなければならないのか、という指摘を探し出すには、もっとも適当な本かもしれないですね。

B君:その通り。今後の議論になるとは思うが、現時点、食料戦略というものは、次のような項目を考えなければならない。
(1)基本的に穀物が世界的に生産過剰であるということをどのように認識するか、
(2)それへの対応をどのようにとるのか、
(3)日本国内のコメの消費低下をどうするのか、
(4)日本人のコメの銘柄信仰は継続する可能性はあるのか、
(5)温暖化などの進行によっては、これまで想像できなかったような異常気象によって、特に降水の変化が起きたら緊急事態は発生するのか
(6)もし発生するとしたら、どのような形態なのか、
(7)日本という国の農業はコスト高であるので、コスト高を前提とした対策が必須、
(8)しかし農業をすべて止めてしまったら日本の食料や文化、さらに国土はどうなるのか、
(9)今後、普通の国になる日本にとって国土をどのように管理すべきなのか、
(10)世界的に人口が減る21世紀だが、これをどうやって早めに実現するか。

C先生:これですべてではないと思うが、このようなことを総合的に見た上で、まずは、食料安全保障を考える。その中で、食料自給率の数値をどうすべきか、という議論が本来でてくるべきであるように思える。
 今回の末松氏の書籍が4冊目で、もう一冊を次回以降に検討して、そして最後ということにしたい。