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    世界の食料生産とバイオマスエネルギー 06.02.2018
       −2050年の展望− 川島博之著

               




 今回ご紹介するバイオマスエネルギーの本の著者は、東京大学の川島博之先生。東京大学の生産技術研究所の鈴木基之先生の研究室から、東京大学農学部に採用されたが、これまで一貫して食料生産が不足することはないという論陣を張って来た。一方、世界的に見ても、レスター・ブラウンの、「誰が中国を養うのか」という本が1995年に出版されている。確かに、中国の食料漁りは、特に、漁業においてあまりにもひどい状況が続いている。中国国内でも、食肉への転換によって、大豆の輸入が不可欠になってる。このような状況がインドにも起きれば、確かに食料生産不足が起きても不思議ではないようにも思える。しかも、アフリカの人口増加が勢いをますます増している。アフリカ大陸における食料生産能力は果たして、どのぐらいあるのだろうか。

 このような食料危機論・食料楽観論は、これまで交錯状態であったのは事実である。しかし、メディアは、もともと危機論がお好き。しかも、パリ協定によって、炭素価格が設定されるような状況になると、これまで検討してきたように、バイオマスエネルギーを使おうという勢いが増すように思える。となると、いよいよ危機論が真実を帯びてくるように思える。

 食料というと国連の「専門機関および関連機関」であるFAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations)が権威のある機関だとされている。しかし、国連機関の性(サガ)として、若干、危機を煽る傾向があるものと思われる。各国政府の資金によって動いている組織である以上、それぞれの政府がある程度の危機感を持たないような状況であれば、その組織は継続が難しい。一時期のUNIDO=国連工業開発機構(United Nations Industrial Development Organization)が存続が危うい状況であった。工業化ができる国は工業化してしまったという状況が起きたからである。国連に、コンピュータ技術を専門とする組織もないし、自動車産業を専門とする組織もない。生産を伴う産業に関係する組織で、国連に存在しているのは、FAOとUNIDOぐらいなものである。しかも、農業は、国連の問題である途上国問題と密接な関係がある。ということで、FAOの食料生産の予測のトーンは、概ね、悲観的なバイアスが掛かっている

 こんな状況で、果たして、どの組織のデータが、もっとも信頼できるものであるのか、これを判定するためとなると、客観的なデータの提示がある川島先生の書籍ということになる。

 という訳で、今回は、川島先生の著書をご紹介します。


C先生:しばらく前のことになるけれど、川島先生と昼食をご一緒して、その後、最近の情勢について情報交換をした。といっても、食料については、一方的に情報をいただいたという状況だった。こちらからは、情報提供というよりも、パリ協定によって、二酸化炭素に価格が付くような社会になると、バイオマスへの移行が加速されて、結果的に、森林面積が減る可能性が高い。このような傾向が強まると、食料生産がどのような影響を受けるか。こんな疑問を投げかけての議論だった。結論はそれほど単純には得られないのだけれど、森林面積が減ると、逆に、食糧生産的には耕地が増える可能性もあって、問題は、なかなか複雑ということなのかもしれない。

A君:まずは、本のご紹介からです。
世界の食料生産とバイオマスエネルギ
−―2050年の展望 単行本 ? 2008/5/23
川島 博之
単行本: 300ページ
出版社: 東京大学出版会 (2008/5/23)
ISBN-10: 413072102X
ISBN-13: 978-4130721028

B君:いささか古いとも言える。10年以上前の本ということになる。しかし、この著書のような観点から、議論が行われている書籍は他には無いのではないだろうか。という意味で貴重品。

A君:食糧生産については、いつでも二説が戦っているような状況ですね。商社系と農業系(農水省を含む)の人々にとっては、食料は不足気味で価格が高止まりすることが望ましい。一方、川島先生は、極めて客観的に情勢を分析して、結果的に対立することになる。

B君:裏で動く力学はそんなところだが、その他に、すでに記述されているけれど、FAOも、やや食料供給危機を煽る傾向の組織である。

A君:となると、信頼できる情報はどこにあるのか。ということが問題となりますね。これを今回追求してみるというのが、本記事の主たる目的でしょうね。

B君:この本は、親切にも、要約という部分があって、そこで、大体の内容は記述されてしまっている。これを活用しない手はない。

A君:それでは、しっかり活用しつつ、ご紹介から。
 まずは、第T部が、第1章から第4章まで。
 第U部が第5章から第7章まで。
 第V部が第8章から第10章まで。

B君:第T部では、世界的な現状というものが記述されている。しかし、この本の出版が2008年なので、それ以前ということになる。
 第1章は、世界の土地利用。簡単に言えば、世界には農地とされる土地が約15.4億haある。しかし、実際に使用されている農地は、12.6億ha。その差の大部分は、米国と旧ソ連。その一部では牧草地となっているが、完全な休耕地も多い。
 開拓可能な土地もかなり多く残されている。その多くは、南米とサハラ以南のアフリカにある。現時点では、森林になっている。

A君:となると、森林は減少してしまうけれど、農地の増加については、可能性が大きい。これが結論になりますね。

B君:この本が著作された2008年時点では、バイオマスによる発電なども、少なくとも、日本ではほとんど意識されていなかった。経済的に見合わないものだったから。日本だとFITの影響で、バイオマス発電が一気にブレーク。しかし、バイオマスの有効利用の方向性は、エネルギーはエネルギーでも、どうも発電ではなくて、熱利用だという主張が多い。

A君:要するに、前回のラッガム氏の本の紹介でも述べていますが(熊崎先生のご意見として)、エネルギー用の天然林は、樹木の成長速度が遅くなる樹齢30年ぐらいでエネルギー利用をする方法が賢い

B君:このような方法論が実現できれば、森林とバイオマス利用の両立が不可能とは思えない。ただし、なんらかの方法で、大気中のCO濃度を減らそうとするのなら、それなりのイノベーションが不可欠。バイオマス利用からのCOに対してCCSを行う、いわゆるBECCS。

A君:それには、相当高い炭素価格が設定されないと難しい。COの1トンあたり$100でも難しいのでは。

B君:それでは第2章のご紹介。ここでは、穀物と大豆を中心に農作物生産を検討する、とある。
 これは、我々も認識しているけれど1950年以後世界人口が急速に増えたのは、化学肥料。そして、大豆は、飼料として使われている。特に、南米での大豆生産が急増。

A君:この本での要約にはでてきませんが、大豆の場合であれば、遺伝子組み換え作物の合理性がかなり貢献していると言えます。なんといっても、それまで除草に相当の人数を必要としたのですが、それが、ラウンドアップを散布すれば、それで終わり。しかも、かつての除草剤と違って、ヒトに対する毒性は、ほぼ、水溶性を与えるために使われている界面活性剤の毒性。要するに、毒性は、台所洗剤と同じ。

B君:有効成分であるグリホサートの発がん性については、IARCは2Aの評価。さらに、カリフォルニア環境保健有害性評価局は、怪しいという判定。一方、IARCの親組織であるWHOは、大丈夫という評価。これは、組織の特性(=最終的な目的)が異なることが原因


A君:IARCの評価で2Aだと、「おそらく発がん性がある」と表現されるけれど、その内容は、「ヒトの非ホジキンリンパ腫に対して限られた根拠があり、さらに、動物実験では発がん性の明白な根拠がある」とされているけれど、ヒトのこのリンパ腫については、グリホサートの年間使用日数とリンパ腫発症に相関関係が認められたということらしい。IARCという組織は、その設置目的から言って、発がん物質を、いかに発がん性が弱いものであっても、絶対に見逃さないというスタンスでメッセージを出しているのです。よく、グループ2Aは、グループ1である発がん性物質の次のレベルの強さの発がん物質であるという主張があるのですが、実際には、そうではなくて、相関関係が見つかるということが判断基準。発症数の絶対値が他の発がん物質よりも多いという訳ではないのです。

B君:しかし、商品名ラウンドアップの急性毒性については、界面活性剤が入っているので、要注意。台所用洗剤と同じと言うが、もし洗剤をそのまま飲めば、大変苦しむらしいし、死亡する可能性もある。学術的には、IARCの2Aであれば、心配しない。なんといっても、2Aのトップにアクリルアミドが入っていて、これは、ポテトチップには確実に含まれているので。

A君:食用の赤肉も2Aですからね。

B君:ちょっと手間取ったので、第3章へ。ここでは、畜産物と水産物の生産について検討をする。というのも、中国を始めとして食肉消費量が増えている。となると飼料となる穀物も増やす必要がある。実際に増えている肉の種類としては、豚肉と鶏肉。特に、イスラム圏では豚肉は食べないので、鶏肉の増加が激しい。

A君:さらに言えば、水産品の増加量がすごい。

B君:第4章では、エネルギー作物について検討するとなっていて、サトウキビとオイルパームが優れているという指摘があり、エネルギー作物で、熱帯雨林の保護に良いと思われるものは、サトウキビ。それは、サトウキビであれば、乾燥地域でも生育が可能だから。

A君:世界的に見ると、砂糖の消費量は増えているとも言えない程度なのですが、食用油としてパームオイルの消費量が開発途上国を中心に急増している。それは、揚げ物ようなものがやはり美味しいから。
 以上が第T部です。何が大きな問題か、と言えば、特に何がある訳ではなくて、駄目だと思われることが、やはりオイルパームを湿潤熱帯林を無理やり切り開いてプランテーションを作ること、これぐらいですか。

B君:サトウキビからのエタノールは、バイオエネルギーとして許容範囲。しかし、オイルパームをバイオエネルギーとして使うのはありえないという分類をしていることが、もっとも重要なことなのかもしれない。

A君:それは、オイルパームを乾燥地に作れば良いのですが、すでに適地がほぼ使われていて、湿性熱帯林を伐採して、乾燥地にしてから植えるからダメ。このようにして作った土地には、もともと大量の炭素が泥炭として含まれているので、それが乾燥すると、微生物の状況が変化することで炭素が酸化されて相当量のCOを出す。オイルパームは、バイオエネルギーであるのに、むしろ、温暖化を加速する場合が多くなりつつある。

B君:こんなところで、第U部へ。第5章から。ここでは、窒素肥料との関連で農業技術の革新について議論するとある。

A君:その内容は、すでに中国、インドにも普及。そのため、食肉が供給できるようになったという話。

B君:第6章は、世界の農業と農民の話。窒素肥料の導入によって、農業が楽になった。そのため、労働力が余分になって、農業人口が減少しはじめた。しかも、農業生産額が減少し、農民が相対的に貧しくなった

A君:世界の農民の7割はアジアに居住しているけれど、アジアには小農が多くて、国際的な競争力をつけることができない。日本の農業も衰退傾向にあるけれど、これは、世界的な動向であって、日本だけの問題ではない。アジアの農業も同様の傾向になるだろう。

B君:これは、重要な指摘だと解釈すべきなのか、それとも、そんな状況でもなんとかなるしかない、という諦念の表明なのか。

A君:第7章では、食料貿易と自給率についてでして、食料は欧米先進国が輸出し、アジアなどが輸入する構図になっている。食肉の消費が増えている国では、穀物を輸入して牛豚を飼育するよりも、欧米先進国から輸入する構図になっている。

B君:穀物自給率が重要視されてきたが、このところ、欧米以外の国での自給率の低下は著しい。穀物自給率が50%に満たない国が増えており、そこに4億3500万人が居住している。

C先生:これまで黙って聴いてきたけれど、この本が書かれたのが、2008年。その後、川島先生に次の本を書いて欲しいと思っているのだけれど、先日、「書く気はないの」、と質問したら、もう食料危機の本は売れないから書くことはできないという感じの答えだった。
 それはそれとして、欧米が食料を生産して、途上国がこれを買うという傾向は、実は、現時点でも続いていると言えるだろう。日米の貿易戦争が起きれば、かならず穀物と食肉の輸入を強制される。このような状態になったのはなぜか、と言えば、それは食糧生産性が低かった1950年まで、食料生産はやはり先進国だったのだけれど、途上国は、それを輸入する経済力が無かった。ところが、1950年からの窒素肥料の大量使用によって、単位面積あたりの生産量が7倍にもなり、生産コストも下がった。一方、途上国も経済力がついてきて、欧米からの食料を買える状態になった。要するに、日本でも起きている自給率の低下は、もはや構造的なもの、特に、欧米、特に米国には人口密度が低い分、耕地があるということが大きい。

A君:ということは、ちょっと考えると異常事態ですが、欧米が食料供給国であり続けるということになりそうですね。

B君:だから、問題は、アフリカのように経済力がない国には、食料危機が来る。しかも、アフリカの人口は増加傾向が続く。

A君:アジアは、もはやほぼ心配ないのでしょうかね。バングラデシュあたりでも。

C先生:世界の最新のデータを知りたいと思って、ちょっとチェックしてみたら、2013年の世界のデータを農水省が公開している。
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/013.html

A君:バングラデシュの自給率は105%ですね。穀物2013というエクセルのページのデータを載せますか。



表1:農水省による世界各国の穀物自給率

B君:パッと見てすぐ気付くことが、先進国は穀物自給率が高く、大部分が100%を超えているということですね。

A君:それは、歴史的にみて当然。現在の先進国は、農業生産性の高い有利な条件の国土、例えば、国土の平坦性が高いところに作られたと言えるでしょうね。日本のような島国は、やはり何につけても不利なのです。しかし、その不利さ故に、侵略の対象にならないという利点もあったのですけどね。

B君:恐らく、今世紀中の食糧危機は、アフリカでなにか起きることは想像できるけれど、他の地域は、その地域のどこかで巨大火山が爆発するといった事態が起きない限り、いくら気候変動が起きたとしても、まずまずの状況なのでは。

A君:それでは次の章に。第8章の「食料生産と枯渇が懸念される資源」についてですが、具体的には、リンが取り上げられています。植物の三大肥料といえば、窒素・カリウム・リンですから。

B君:リンは枯渇する。将来、食糧生産の危機は来るというのが定説だったのだけれど、実際には、リンをかなり農地に投入してみたところ、意外なことにあまり消費されず、リンは農地に残っていることがわかったようだ。

A君:次は、水です。水が不足すると、食糧生産ができない。しかし、水不足が懸念される地域は、北アフリカと西アジアのイスラム教徒が多く居住する地域に限られると結論されています。

B君:地球温暖化が進むと、世界全体での降水量は増える。ただし、洪水のように、水は多すぎても駄目だし、少ないときにゼロに近くなったら、その方が深刻。降水量が増えるからといっても、その分布が重要だ。

A君:そこで、川島先生の結論は、水は地域による差異が大きい。水が余っているところと水が不足しているところがある。水の存在量によって、食糧生産の最適量を決めるなど、人類の食料供給という大きな視点から検討をすれば、解決に結びつく議論ができるだろういうスタンスのようです。

B君:水も、実は、過度にリスクばかりが取り上げられることもあるし、実際に問題があるのも事実。中国には、雲南三江併流と呼ばれる世界遺産があるけれど、ここは、インドネシア半島を流れている、メコン川、サルウィン川の源流地域でもある。もう一本は長江だけれど。特に、メコン川の上流の中国国内にダム(すでに7基あるらしい。漁業はかなり被害を受けた)を作る動きがあって、水戦争が起きる可能性は常時ある。なんと言っても、メコン川は、6000万人の食生活を支えるほどの川だったので。

A君:そして、第9章では、日本で関心の高い問題ということで、2050年の可能性を考えるということです。

B君:特に、先進国から食料の輸出が継続するか、北朝鮮の食料供給はどうか、サハラ南部のアフリカの状況はどうか、ブラジルの農業の今後はどうなるか、東南アジアの米消費と人口問題などなどが議論されている。多くの関心事について、それほど危機的な状況にはならないと結論している。

A君:川島先生の予測は比較的マイルドなのですが、その理由は、と言えば、どうやらデータを詳細に検討するとそうなるという極めて学問的なもののようですね。

B君:川島先生が信頼できる研究機関として考えているのは、どうやらオーストリアのIIASAのようだ。

C先生:確かにIIASAは信頼に足りる研究機関だと思う。ICEF(経産省&NEDOの国際会議)に来てくれるDr.Nebojsa Nakicenovicは、IIASAの副所長だけれど、元々有名な組織であると同時に、信頼性がしっかり担保されている組織だと思う。

A君:さて、最終章です。食料とバイオマスエネルギーの生産について2050年を展望する第10章。

B君:トーンは全く変わらない。農地はある。アフリカの農地もサハラ南部はなんとかなる。

A君:そこで、我々の最大の関心は、もしも、2050年を前にして、炭素価格がかなり高く設定されたときに、例えば、$100/CO2−tonというような価格になったときに、あらゆるバイオマスがかなり使われるようになって、食料に回らなくなるのではないか、ということなのですが。

C先生:それについては、まだ誰も検討すらしていないのではないか。どうやって検討したら良いか、それも分からない。食料の価格が上昇するのは、確実と言えるのかもしれないが、本当に不足するのだろうか。もう一つ、心配するのは、ロシアの森林が大規模に伐採されて、それが世界のバイオマス源になると、CO吸収源が減ることによって、気候変動がますます加速されるのではないか、といようなことなのだけれど、COの排出量の削減が、2050年に世界全体で半分程度まで減ることになれば、その可能性も低いのではないだろうか。もちろん、2080年ごろには、NZE=実質的な排出量ゼロ、が実現できていれば、という条件付きだけれど。