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食の安全と安心 08.17.2003 ![]() |
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専門外だと言われつつ、食の安全と安心の話は、このHPにしばしば出てくる。8月29日の午前中には、六本木ヒルズにおいて、このテーマでのシンポジウムがある。 http://www.dgcbase.jp/shoku/ そこで何をしゃべるべきか、考えながらこのHP作っている。 このHPを書くもう一つの理由は、AERAの8.15〜25号。早めに記事にして、この号が売れると困るので、すでに販売されなくなったころに、記事にしている。この号の「安全な魚が食べたい」なる記事を読んで、なんとも軽薄な記事であることにいささか辟易したのだが、その最後の結論が「消費者が賢くなろう」だったのである。消費者の一人として、この筆者(フリーランス記者坂口さゆり氏)に、こんなことは言われたくないな、と思ったことが理由の一つである。 C先生:食の安全の話は食品安全委員会ができたこともあって、国民的関心事だとされている。しかし、本当にそんなに安全でないのだろうか。食品関係の企業の間違った行動があったこと、さらに、BSEという前代未聞の出来事が起きたことによって、食品が安心できないものになったのは事実だ。安全と安心との乖離がこの社会の最大の問題なのではないか。 A君:個人的に、「安全か、それとも危険か」と問われれば、安全だと答える以外に無いですね。 B君:逆に「どの食品が危険か」と問われれば、どんな食品だって完全には安全ではないと答えるしかない。 C先生:AERAの記者のように、魚と言えば、水銀とダイオキシンが危険で、水銀は「キレート」効果のあるクエン酸で解毒できると解説して、これを読んだ消費者がその通り行動するなどということが起きれば、それは日本という国が非文明国である証明みたいなものだ。ほとんどのメディアと多くの消費者の程度はその程度であると言うことを証明するようなものだ。 A君:現時点で、魚中のダイオキシンと水銀が魚の最大のリスクであるのなら、一体、それが原因で何が起きたかですね。歴史的に見れば、水俣病では勿論被害がでているのですが。 B君:魚中のダイオキシンの濃度は、1970年代がもっとも高い。水銀の濃度は、ここ100年間変わらないだろう。どこに被害がでたのか? C先生:エンドポイントと言うが、ダイオキシンや水銀を摂取したときに、どのような悪いことが起きるのか、ということが正確に伝わっていないのが問題。ダイオキシンは、かなり研究しても、日常的な摂取量では、結局何が起きるか分からない程度の物質。命にかかわることとしては、まあ、発がん物質だとされているが、ダイオキシンによる発がんで、日本人の損失余命が1.3日だとすると、まず問題にすべき量ではない。魚中の水銀と言えばメチル水銀だが、妊婦だけが問題になったのは、胎児の聴覚神経に微小な影響がでる可能性があるから。 A君:このAERAの記者は、それを知らないのか、そのような記述になっていないですね。「成人に比べて胎児や小児で強く影響がでることが知られている。例えば、成人期の中毒症状では聴覚障害や、視覚障害、聴力障害などがある。一方、胎児期にメチル水銀中毒が起きると、脳性麻痺症状や知能障害が起こる」と書いてあって、今回のメカジキ・キンメダイのエンドポイントを理解していない。 B君:毒性学の一番の基礎である摂取量によってシキイ値があることが理解されていない。これがまず決定的。 C先生:その通りだ。そもそも魚を食べることのリスクがダイオキシンと水銀によるとしたら、AERAが掲載している厚生労働省のデータによれば、貝類とイカを食べているのが良さそう、という結論になる。果たしてそれが魚を食べることによるリスクを回避することになるのだろうか。 A君:貝類と言えば、貝毒が有名。ある種のプランクトンが持っている毒が貝に移行して中毒事故が起きることがあります。 B君:まあ、毒化した貝が出荷されることは極めて希なのだけど、死亡する可能性まで無い訳ではない。その意味ではダイオキシンより怖い。 A君:イカとなるとアニサキスでしょうか。魚の寄生虫で、イカ・サバなどの刺身は要注意。ただし、魚は中間宿主のようで、最終宿主であるクジラやイルカに寄生すると初めて成虫になって、寄生生活をするようですが。 B君:胃が非常に痛むのが特徴ではあるが、人に寄生する訳ではなくて、そのうち自然治癒するらしい。 C先生:実は、こんな記述だってやはり週刊誌的。魚を食べることの本当のリスクは、やはり感染症と腐敗によるたんぱく質の変質だろう。 A君:最近、食品の保存が良くなったもので、そんなことが忘れられている。 B君:食品添加物と冷蔵庫、それに容器包装の進歩のお陰だろう。 C先生:本当は、魚を食べることでもっともリスクの大きいものがフグかもしれない。日本という国は、食中毒の少ない国であるが、それでも、年間数名の死者がでる。平成14年のデータでも、フグで56名の中毒患者が出て、6名が死亡している。 A君:その表によれば、平成14年の食中毒事件の発生は1850件、患者総数27629名、死者18名。 C先生:これは例年よりも多い。宇都宮市の病院でのO−157による食中毒が起きたのが原因。 B君:原因を見ると、患者数では、細菌によるものがやはり圧倒的多数。2/3を占める。その中では、サルモネラ菌が多い。しかし、死者となると、腸管出血性大腸菌(O−157など)が9名。 A君:自然毒が意外と死者が多くて、植物性が1名、動物性が6名。 B君:植物性は、毒キノコなどだろうが、動物性だと勿論フグ毒。 C先生:そんなところが日本における食中毒の実態。さて、これが安全でないのか安全なのか。安心できるのか安心できないのか。 A君:安全と安心とは、実はかなり違うことです。日本の食については、かなり安全なのだが、安心できないという表現がピッタリ。 B君:安心するには、信頼できることと、ある種の悟りが必要だが、現在の日本にもっとも不足しているのが、この信頼と悟りだ。 A君:悟りというと、例の12ヶ条がここでは出てくるのですが、確かに、ある種の悟りが必要であることは事実。 市民側の準備として前提となる知識 B君:危ないというだけではなくて、エンドポイントをしっかりと把握することが重要。 A君:ダイオキシンの何がエンドポイントなのだ?に関して、AERAでは、日本子孫基金の早坂由美子氏という人が、次のように言っています。「生殖機能や免疫機能の低下などが動物実験で報告されている。7月1日にはダイオキシンの発がん性について報告が出た。でも一番問題は、次の世代にどのような影響を与えるか分かっていないこと」。 B君:この日本子孫基金は、小若氏がリーダー的存在だが、ダイオキシンについては、日本におけるここ30年ぐらいの体内濃度の低下と摂取量の減少について、説明しないのだろうか。 C先生:ダイオキシンはもう解決したというスタンスで大丈夫だろう。 A君:発がん性が問題だったら、食品のカビ類がもっとずーっと危ない。免疫機能に関しても、恐らく同様で、カビ類を気にすべきでしょう。 B君:いやいやカビも重要だが、発がん性について言えば、ウイルス類が危ない。C型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、T細胞白血病ウイルス、パピロマウイルス、などなど。細菌では、ピロリ菌。それに、もっと衝撃的なことには、女性ホルモンそのものがIARCの発がん物質グループ1:「ヒトに対する発がん性があることが確認されている」に分類されていることだ。 C先生:女性ホルモンは乳がんを発生させる確実な発がん物質である。生存に必要かつ次世代を作るために必要な女性ホルモンが発がん物質であるということ自体、ヒトという生物の体がどのような設計がなされているかということを示唆するものだ。要するに、発がんを防止し長寿命を目指した設計になっているわけではなく、次世代を生むことを最優先して作られている。 B君:ヒトにとっては、発がんは運命のようなものだということ。このような教育をされていないから、ヒトの体は無限の命を持ちうると思ってしまう。 A君:そして、完全なる健康とか、完全なリスクゼロを求めてしまう。そして、そのようなご時世が、「何が危険だ、これもリスクだ」と不安を煽っている。もともと、「完全なるリスクゼロなどはない」という理解が無いからでしょうね。 C先生:それが「悟り」とでも呼ぶべき事柄の基盤。ヒトの寿命は有限であり、現代の日本では、すでに物理的な寿命は十分。むしろ、健康寿命と物理的寿命の差を少なくすること。さらに精神的な寿命をもっと延ばすことが重要で、そんなことを考えないで単に物理的寿命だけを延ばすために、何か浅知恵を働かせても、ほとんど無意味だ。 A君:その無意味さに気付かず、AERAの記者は記事を書く。 B君:不安があるとそれこそ免疫機能が低下する。このような不安を煽る報道をすることで、ダイオキシンで低下する免疫機能よりも、もっと大きな免疫機能の低下を読者にばら撒いている、すなわち、坂口記者は自らの記事が消費者に悪い影響を与えているということを自認すべきだ。 A君:だから、「賢い消費者になろう」、などと言って欲しくない。 C先生:ただ、記者の立場にたって見ると、食の安全性はまずまず以上のレベルにある、などと書いたら、それ以上書くことが無くなるので、記者としての仕事が終わってしまう。だから、何か問題であるかのごとき書き方をしなければならないのだろう。 A君:食の安全と安心についての結論はどうまとめるべきでしょうか。 B君:すべての食品にはリスクがある。完全にゼロリスクの食品などはない。 A君:何かリスクを下げようとすると、別のリスクが高くなることが普通。 B君:天然自然のリスクがかなり大きい。しかし、ヒトという生物は、その中で生活し、それなりの寿命を得ることができるように作られている。 A君:最近の人工的環境によって、さらにリスクは低下した。その功績は、冷蔵庫と適切な添加物使用にある。 C先生:今回、必ずしも反論する材料が十分に得られていないので別の機会にしたいが、クエン酸のキレート効果によってメチル水銀が「解毒」できるという主張(銀座サネスペロ大森クリニックの大森隆史医師)をAERAは掲載しているが、どのように検証しているのだろうか。確かにある種の実験があるのは事実で、メチル水銀を与えた動物実験では、キレート剤を同時に投与すると、メチル水銀の体内濃度が多少下がる。しかし、メチル水銀は、体内半減期が70日程度であるから、放置してもおいても、そのうちに下がる。 A君:三杯酢、梅干、酢じめのような日本の伝統的な食事が水銀を減らす方法だ、などという超ピンボケの解釈が出ていますね。 B君:実際には、雑菌とアニサキスのような寄生虫を殺すために、酢が活用されていたのだ。貴重なたんぱく源である魚を多少でも保存するためだ。 C先生:AERAの記者は、基本的理解が全く間違っているようだ。水銀が問題となるような魚は、準深海魚と遠洋漁業で取れる魚だ。こんな魚が食べられるようになったのは、ごく最近のことだ。伝統的な食事は、水銀の少ない魚を食べていたのだ。アジ、イワシ、サケなど、沿岸漁業で取れる水銀の少ない魚が伝統的食材だったのだから、水銀を対象とした生活の知恵などは、もともと必要が無かった。このような理論を「後付型」といって、浅知恵の最たるものだ。 |
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