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    「森林異変」で情報はほぼ充分  09.26.2015
             林業とバイオマスの将来像に関する書籍        



 2030年を目標年とするCOP21に対応する約束草案の検討をすることになってから、日本におけるバイオマスの限界が極めて不透明であることに危機的な感覚を持ってきました。いくらなんでも、海外からバイオマスを輸入することは無いのだろうな、というのが具体的な危機感の中味でした。

 しかし、それには、日本における林業の実態をしっかりと理解することが不可欠のように思えました。ということで、しばらく前から、林業に関する図書を買い込んでおりした。

 最初に読んだのは、速水亨氏の「日本の林業を立て直す」でした。ハードカバーの立派な本です。
 
日本林業を立て直す−速水林業の挑戦
速水 亨(著)

 単行本: 248ページ
 出版社: 日本経済新聞出版社 (2012/8/23)
 ISBN-10: 4532355346
 ISBN-13: 978-4532355340
 発売日: 2012/8/23


 しかし、速水林業のやり方を中心に据えた本ですので、日本の林業の実態や、何が最大のボトルネックなのか、なども勿論指摘されてはいるのですが、これで日本全体の林業を代表した記述であるのか、などの疑問が充分には解消できませんでした。オーストリアの林業、特に、林道や作業道を見本にできると考えて森林学の教授などを招聘されているのですが、今回、オーストリアをドライブしてみて、確かに、森林は多数あること、しかも、急峻な地形も多いことはその通りですが、雨量などは、かなり違うのではないか、などの疑問が湧きました。

 ちなみに、今回ドライブしたオーストリア・ザルツカンマーグート付近の年間降水量は1500〜1700mmぐらいのようです。これは、三重県全体の平均値とほぼ同じ程度です。ただし、速水林業のある尾鷲市の年間降水量は、同じ三重県でありながら3850mmというとんでもない量です。

 速水林業は、広い林道を作るという方針で行われているようですが、これが日本全体に適用可能なのかどうか、などの記述は充分だとは思えませんでした。

 さらに言えば、かつて山林を持っていれば、それで充分生活できた日本林業が、どのような経緯で、現在のような状況になってしまったか、といった詳しい状況の記述も満足できませんでした。

 ということで、もっと歴史的な推移が記述されていること、日本全体の林業組合の取組、特に、ベストプラクティスと考えられるような取組が紹介されていること、という条件で、次に読むべき本を探しておりました。

 そして次に買い込んだ本が、梶山恵司氏の著書「日本林業はよみがえる」でした。これも立派なハードカバーの単行書でした。

日本林業はよみがえる−森林再生のビジネスモデルを描く
梶山恵司(著)
 単行本: 280ページ
 出版社: 日本経済新聞出版社 (2011/1/19)
 ISBN-10: 4532354579
 ISBN-13: 978-4532354572
 発売日: 2011/1/19


 本の厚さや装丁も速水さんの本と近いのですが、発売日も速水さんの本と近いですね。恐らく、民主党政権になって、日本の林業など環境ビジネスの再生が大きなムーブメントになるという感覚がちょっとだけあった影響なのではないでしょうか。個人的な話ですが、民主党の仕分けには、NITEの理事長として呼び出されましたが、速水さんは、その第3WGの民間有識者の一人でした。もっとも、Wikiを調べていただければ分かるように、第3WGとは、経産省系の独法を対象とするところではないので、国民生活センターの業務と経費の適格性を判定する場に、類似した事業を行っているから、ということで呼びだされたものだったと考えられます。

 梶山氏は、もともと外務省で、その後、富士通総研などの民間を経由して、この本を書いたときには、内閣官房国家戦略室内閣審議官の身分だったようです。

 買っては見たものの、まずは、今回の最大の興味である、第12章の「バイオマスエネルギー利用拡大のために」をざっくりと読んだだけで、止まってしまいました。やはり、歴史的な全体観がなくて、なるほど、とうなずける記述が少なかったからです。

 バイオマスエネルギーについても、ドイツの例が記述されていて、日本はいかに対策が遅れているか、という記述のトーンで、巨額な開発研究や実証実験ばかりで、しかも、成功とは言えない話ばかりで進んでない。しかし、簡単に言えば、正しいFITを使って頑張れば、ドイツ並みになるという内容のように理解しました。しかし、本当にそうなのでしょうか。

 これまで、林業からどのぐらいのバイオマスエネルギーが期待できるか、ということを知りたいと思っていたもので、アマゾンの検索でも、「林業 バイオマスエネルギー」といったキーワードを使っていました。ところが、これだと、「日本林業はよみがえる」は検索されてくるのですが、他には、¥2160円の単行本、「木質バイオマス事業 林業地域が成功する条件とは何か」を見てみたいと思うものの、単行本は持ち歩かないので、ほとんど読めない、という個人的な本の使い方を考えると、買う気が出ません。

 そこで、「林業 日本 未来」というキーワードで検索したところ、初版の時期は、速水氏と梶山氏の本とほぼ同じですが、新書であること、さらに、カスタマーレビューが比較的好意的だったので、以下の本を買い込みました。

林業異変 日本の林業に未来はあるか
田中淳夫(著)

 新書: 223ページ
 出版社: 平凡社 (2011/4/16)
 ISBN-10: 4582855830
 ISBN-13: 978-4582855838
 発売日: 2011/4/16


 ざっと目を通してみたところ、林業というものの歴史を、自分がこれまでいかに知らないか、ということがはっきり分かりました。こんな事業をやっていたのが林業だったのだ、という全く新しい見方を得ることができました。

 田中淳夫氏は、静岡大学農学部林学科の出身ですが、出版社、新聞社を経て、森林ジャーナリストになったという経歴です。林業の経営者ではなく、また、内閣府のお役人の視点でもない、多くの別の視点を持って書かれた本で、新書ではありますが、内容の広さ・濃さは、充分のように読めました。

 何か一冊買ってみようということであれば、なんといっても新書で価格も重さも手頃ですから、この本をお薦めします。



 目次からご紹介します。
序章 日本の森は、どこへ行くのか
第1章 かくして国産材は消えた
第2章 森が変わる、林業が変わる
第3章 混迷する森の現場・街の現場
第4章 森が街に向かう道
終章 美しい森から考える「大林業」



序章 日本の森は、どこへ行くのか

 
この章は、まさに序章で、いくつかの現状の紹介があります。
  100ヘクタールの皆伐現場から
  売れない国産材が森を荒らした
  急反転上昇した木材自給率
  森が街にでるとき

 最初の話題は宮崎県の例で、都城から日南に向かう国道222号線を走ると、大規模な皆伐現場に出会う。単に、木がないだけでなく、山肌そのものが無残な状況になっている、という驚愕するような事実、といった記述があります。

 売れない国産材が森を荒らしたの話題は、森林の利用の歴史。特に、第二次世界大戦後の復興で、木材が必要になり、木を植えれば儲かるということで毎年数十万ヘクタール単位で森林が造成された。しかし、外材が解禁され、また、化石燃料に変わり、化学肥料の普及によって、薪や落ち葉が利用されることはなくなった。一方、造林には熱心だったが、その後になって、草刈りや間伐などの手入れが必要であることにやっと気付いた。そして、間伐の促進が合言葉になった。そして、全国の府県には、森林環境税が登場している。しかし、間伐は良いが、主伐はダメという声がでるようになった。結局、林業の本質は理解されていない。

 木材自給率の急反転上昇がおきている。2000年に木材自給率は18.2%まで落ちた。しかし、2005年に20%になり、その後、徐々に上昇して、2009年には27.8%になった。国産材をもっとも消費したのは、合板業界だった。集成材業界も国産材を原料とし始めた。すなわち、「木が売れない」時代から、「確実に木は売れる」時代になった。しかし、山村を訪ねても、明るさは見られない。何が問題なのか。。。。

 森が街に出るとき、の話題は、街に木材の需要があるから。木材が人々にどのような心理的影響を与えているのだろうか。

 序章は、以上のような内容でした。

 この本は、2011年に発刊されているのですが、その後の木材自給率を調べてみましょう。林野庁のこの資料を参照します。
http://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/24hakusyo/pdf/19hon6-1.pdf

 我が国の国産材供給量は、1967年の5274万立米が最大であるが、2002年の1608立米を底にして、2011年には前年比6.2%増の1937万立米になった。

 一方、木材輸入量は、1996年の9001万立米をピークに減少傾向で推移している。2011年には、木材需要の緩やかな回復により、5336万立米になった。

 需要側の記述がなくて、次のグラフがある。


図1 木材需要量(用材)の推移

 2011年の需要量は7273万立米なので、自給率は今や36.3%となっているということのようである。

 以下、各章ごとに概要をご紹介。

第1章 かくして国産材は消えた。

1.「安い外材」はどこにある

 「安い外材に押されての嘘」。この筆者によれば、この言葉こそが、最大の嘘だという。さらに言えば、改革を阻む要因だと言って良いと断言している。

 個人的には、そう思っていたので、半ばパニックである。なぜなのだろう。その説明だが、そもそも外材は高いのだという。1立米あたり、外材のベイツガ丸太が2万4千円に対して、国産のスギ丸太は1万2千円だという。

 筆者はこの事実を歴史的にしっかりと説明している。このような説明は、梶山氏の著書にもあるが、説明にインパクトが無いのである。速水氏の著書では、価格の直接的議論は見つからない。違法伐採木材が輸入材のかなりの割合ではないか、といった記述が主体になっている。

 田中氏は、価格決定権の問題が大きいのだという。かつて、それなら売らないと言えた山元だが、買い手市場になってしまい、様々なしわ寄せのほとんどを背負うことになってしまったのだという。

2.空前の木材バブルと「空気売」

 その後、様々なからくりが暴露される。「細い木材の方が高い空気売り」など、不思議なビジネス慣行があるのが、木材業界だという。例えば、1本1万円の丸太を100本買えば、「お勉強して95万円で」、という話になるのが普通だろう。ところが、国産材の業界では、100本なら110万円だという値付けになる。なぜならば、同じものをたくさん注文されると、在庫が足らないので、材をどこかから調達する手間が掛かるからだという。

 また、納期を守ることができないのが、通常の木材業界の実力だった。納期が遅くなれば困ることは分かるが、納期が早すぎても、建築現場には積んでおく場所がないのが普通なので、納期が早すぎても困るのである。

 これに比較すれば、外材は、大企業が輸入するので、納期などもきちんと客側の都合に合わせることができる。要するに、国産材業界は、客商売としての基本的条件を満たすことができない業界だったということである。

3.外材が演出した役物(やくもの)の時代

 外材の始めは、フィリピン産のラワン材だった。1959年までにほとんどの木材輸入は解禁された。しかし、日本の林業地に負の影響を与えたばかりではなかった。なぜなら、当時の林業地に充分な蓄積はなく、需要に追いつく生産は行えなかったからである。林業不況にはなったが、過去の商売の慣習ができなくなったからだろう。

 そして、美しい役物に活路を見出すようになった。いわゆる銘木である。ヒノキ材や産地ブランドを持つ役物で大儲けをした林業地域はすくなくなかった。

4.産地偽装と木材市場の囲い込み

 ヒノキの無い地域はどうしたのか。産地偽装が行われた。すなわち、有名なブランドを持つ産地に転売するようになった。例えば、「吉野」であった。

 優良材は産地偽装ができたとしても、一般材は無理である。大半の山主は、木材業者に囲い込まれており、自分で出荷先を探す発想がなかった。自分の山の木を安く買い叩かれているということにも気づかなかった。それでも、林業界の構造を変えようという改革は起きなかった。なぜなら、衰退する山村と林業を支える仕組みがあったからである。

 高度経済成長による労働力不足がそれで、林業であぶれた人材町が吸収する力を備えた。加えて、チェーンソーやトラックなどの導入によって、人力にたよる林業の生産性が向上した。

 資産を蓄えた山主は、不動産業や金融業に進出した。そうでない山主は、他の産業に就職した。そして、林業への関心は薄れた。

 もう一つの制度が助成制度である。国や自治体が林業の助成を始めた。さらに、公共事業も増えた。具体的には、広葉樹主体の天然林を伐採して、針葉樹を植える事業が多かった。

 人々の認識は甘かった。景気の変動によって、一時的に木材価格が高騰することがあったので、「再び木材が高値になる時代が来る」と待ちの姿勢を持つ人々が増えた。

5.プレカットを推進したハウスメーカー

 住宅建築が自営業者の集まりによってなされている時代が、ハウスメーカーによって建設される時代に変わった。そのため、まずは木材を使わない構法が考えられた。

 そして、2000年には「住宅の品質確保の促進等に関する法律」が施行されて、住宅に使用する木材の強度など品質をを明確に示す必要性が高まった」。木材も、これによって集成材にシフトした。

 残されたのは、和室の役物だった。しかし、集成材の化粧張りなどの技法によって、役物の一部が変わった。

6.消える和室、変わる構法

 ほとんどが洋室の家になった。さらに、工務店系の企業が減ることによって、木材へのこだわりが消えた。大壁構法によって、柱が消えた。

 このような記述によって、木材衰退の歴史が語られていく。


第二章 森が変わる、林業が変わる

 この章の詳しい説明は省略したい。20世紀末から世界的な木材需要が高まり、各国で環境保護運動が始まり、資源ナショナリズムと木材輸出制限が普通になった。
 
 合板業界はこの対応のために、間伐材を活用するようになった。林野庁は、質の落ちるB材を活用する「新流通・加工システム」の施策を推進する。

 そして、国産材の使用量は、毎年急激に伸びていく。そして、日本にも巨大な製材所が作られ、無垢材でも国産材への転換が行われる。さらに、木材の宅配便も実現された。

 すなわち、伐採すれば木材が売れるようになった。

 このような状況で、日吉町森林組合など有名森林組合が様々な挑戦をするようになる。その鍵は、山主に対する情報開示であった。「森林プラン」という想定間伐率や作業道延長距離、林地傾斜角、排水管設置ヶ所、そして、諸経費に手数料を含めて表記したもので、これを山主に示す。他の商売であれば当然な、見積書のことである。これを使うことによって森林の集約化がスムーズに進むようになる。

 兵庫県の八木木材は、非常に高い生産性を誇る木材搬出業者である。重機と革新的な伐採搬出システムを構築した企業である。

 その結果、従業員の給料、森林所有者への還元、などの金額が桁違いな伐採システムになった。

 八木木材のやり方に批判もない訳ではない。やや荒っぽい伐採方法だという批判である。


第三章 混迷する森の現場・街の現場

 八木木材のような事業主が出現した。これで林業が復活し、山林は元気になるのだろうか。山にお金が還元されていないのが最大の問題点である。

 非常に簡単に言えば、再造林が行われないからである。加えて、所有範囲が明確でない山主が多いことも問題である。

 さらに幻想を与えているのがバイオマス・エネルギーであると言う。急に光を浴びたバイオマスだが、すぐに不足し、ボイラーなどが稼働休止になった。

 要するに、日本の木質バイオマスは不足していることが明らかだからである。

 林地残材を利用できれば、一つの解決策ではあるが、これは搬出に手間とコストが掛かるので、非常に難しい。

 バイオマス・エネルギー利用が林業を活性化するというシナリオはない。林業が活性化すれば、バイオマス・エネルギーに、より多くの森林資源が利用されるということは正しい。


第四章 森が街に向かう道

 造林しないことが問題ということを述べたが、実は、佐賀県神埼市の佐藤木材は造林も手がけている。伐採に加えて、跡地に植林をし、その後5年間は下刈りをすることも請け負っている。

 どうして、こんなにコストと手間がかかることを佐藤木材はできるのだろうか。

 読んでも良く理解できないのだが、ていねいに伐採・造林することで、木材が高く売れるようになるのだとのこと。

 要するに、低コストが必須という常識が、どうも間違いであるということのようだ。森づくりから木材生産を一環して行うようになると、高級な木材が売れるということらしいのだ。

 このような現実は初めて聞いたように思う。以下は書評ではない。本Webサイトの個人的な意見である。

 木材の本領は「見栄え」にあって、人々の官能に働きかける機能があるらしい。これは、人類の未来にとって、非常に重要なことなのだ。2050年頃、遅くとも、2080年頃までには、人類は、エネルギーというものに対して、これまでの考え方をすべて捨てる必要が出てくるだろう。もしも、木材の見栄えが人々の官能に働きかける故に高価になるのであれば、木材に対する考え方をすべて変える必要があるだろう。

 まあ、21世紀という時代は、地球と人類の関係がすべて変わる世紀だと称しているので、このような変革もありうるのかもしれない、と思わないでもない。

 もう一つの考え方がフェアウッドという思想であるとのこと。速水氏もFSCの森林認証の重要性を著書で述べているが、21世紀における森林の重要性を考えると、認証を超えたもっと哲学的な枠組みが出来上がるかもしれない。

 日本でも、木材に高い付加価値を与える建築方法を開発すべきなのかもしれない。ところが、この日本という国では、自らの価値をどんどんと低めている態度の個人・企業が多い。それは、ROEなどの利益至上主義のなせる結果だと思う。


終章 美しい森から考える「大林業」

 筆者は、「大林業」という大層な提案をしたい、と述べている。「大」である理由は、単に林業だけを考えるのではなく、国際的な視野や地球環境問題、人口減少、人々の意識の変化などを語らずに、山間の消えゆく集落の問題を解決することはできないという発想で、まるで連想ゲームのように、林業の範囲を拡大してしまったからである、とのことである。



書評のまとめ

 林業の裏から表まで、さらには、今世紀全体の人類の問題としての地球上の森林の問題まで、まさにあらゆる考え方が、この薄い1冊の新書に盛り込まれている。

 筆者の非常に強い思いが、林業に対する愛情があるゆえの厳しい言葉で書かれた本である。その意味で、ちょっと感動的な本だとも言える。

 しかし、逆に言えば、林業の立場から書かれたもので、バイオマス発電を中心に据える考え方は、簡単に否定されている。これが絶対的に正しいかどうか、若干、疑問がないとは言えない。

 いずれにしても、国内でのバイオマス発電には、余り期待しない方が良いのかもしれない。



 というような本でしたが、新書であることもあり、とにかく、一読いただく価値はあるように思えました。

 しかし、個人的には、若干心配がありいます。それは、林業のプロの方々は、この本をどう読んでおられるのか、ということです。ひょっとしたら、この本とは全く違った感覚をもって林業を見ておられる方々も多いのではないか、という若干の懸念は残っています。もしも、林業に詳しい方が居られたら、是非とも、Facebook経由ででも、コメントをいただきたいと思う次第です。