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Future Earthとは何か 
   02.28.2015
  その1 FEをどう把握すべきか




 本日の話題は、いささかマニアックですので、最初からお断りをしておきます。

 Future Earthという言葉をご存じでしょうか。まだ新聞にも出たことが無いように思うので、現状では、かなりマニアックな環境関係者以外はご存じないように思います。

 Future Earth(以下FE)とは、これまでユネスコやICSU(国際科学会議)などを中心として国際レベルで行われてきた地球環境研究のあり方を、その根底から変えようという試みだと言うことができそうです。その意味では、極めて重要な提案だと言えるでしょう。ただし、これで研究費が増えるということではありません。やり方が変わるだけです。

 「このような試みが必要だ」という共通認識に至った原因は、やはり気候変動問題にあって、極めて単純に言えば、IPCCの第5次報告書の結果を、真剣に受け止める必要があるからだと考えます。

 これまで、環境問題は専門家がなんらかの対策を考えて対処すれば解決できるものと考えられてきましたが、気候変動問題については、すでに、何とかなるというレベルを超えたという認識に変わったとも言えます。

 FEについては、ここ2年間ぐらい様々な議論が世界各所で行われてきたのですが、どうも、国際的な過去の研究枠組みの枠を越える気配が無さそうだったので、これまでご紹介をしてきませんでした。しかし、やっと多少の進展を見せるかもしれない、という雰囲気もでてきました。

 しかし、この枠組みを受け取る側が、かなり革新的なイノベーションを起こすことをしなければ、FEは有効に機能するとは思えないのです。特に、日本は、何を議論しても、「既得権」が行く手を塞ぐとというという国なので、かなりラディカルな提案をしなければ、何も起きないと思ってしまうのです。

 もともと工学系の研究者の立場から環境を眺めてきた者として、現時点でのFEを見直すと、現時点で考えられている枠組みだけでは不十分であり、地球環境研究とは何かを根底から見直すことが必要だと感じております。

 しばらく先のことになりますが、5月15日日本学術会議(乃木坂)の講堂において環境工学連合講演会が行われ、講演会全体の表題が「Future earth:工学が果たす役割について」となっています。
http://www.jsce.or.jp/committee/eec/events/fy2015/2015rengou.pdf

 これからご説明するように、過去の国際的な地球環境研究は、工学系の研究者を抜きにして行われてきた経緯があります。本日は、5月15日に何をしゃべるかを考えた結果をご紹介したいと思います。

 したがって、工学的視点、すなわち、問題解決を目指す記述に終始しますので、ご了解を。

 かなり分量があるので、本日は、その第1回目です。



C先生:このところ、地球環境研究に関連する国際的な枠組みが変化している。その原因の一つはIPCCの成功で、それがきっかけになっているのだろう。余分な情報だけれど、IPCCというと、何か、政治的な提言をする科学者集団というように見えるけれど、実際には、かなり純粋な科学者の集合体であって、IPCCの長や少数の科学者が、ときたま政治的な発言をすることが多いために、そう見えてしまうのが現実だ。
 もう一つの枠組みだが、2000年のミレニアムサミットで決まったMDGs(Millenium Development Goals)が2015年に終了することを受けて、2012年のRio+20の成果である文書、Future We Wantによって作成することが決まった後継がSDGs(Sustainable Development Goals)である。2015年の秋には、公式に決定する予定。
 こんな状況で、国際的な学会連合であるICSUが主導してここ2年程で作り上げたもの、それがFEなのだ。
 このような背景をある程度理解しないと、FEというものの本質が分からないようにも思うのだ。

A君:IPCCのAR5の紹介は、すでに何回もやっていますから、追加情報としては、MDGsからSDGsへを述べることぐらいでしょうか。でも、それは、別途やった方が良いでしょうね。

B君:そう思う。気候研究のすべてがIPCCへの貢献を目指しているという訳でもないので、WCRPなどの枠組みも紹介すべきでは。

A君:了解。WCRPは、World Climate Research Programmeの略で、国連気象機関、ICSUなどがスポンサーになっています。気候シミュレーションの手法などを開発することが主目的のプログラムです。まあ、地球気候学という理学のためのプログラムですね。

C先生:日本におけるWCRP関係の代表的なプログラムとしては、いずれもかなり大型の研究プログラムで、このために、いわゆる地球シミュレータ(Earth Simulator=ES)と呼ばれるスパコンの開発も行われたのだ。最初は、「人・自然・共生プロジェクト」(2002-2006)という名称であったが、その後は、プログラムに変わっている。「21世紀気候変動予測革新プログラム」(2007-2011)、そして、現在進行中の「気候変動リスク情報創生プログラム」(2012-2016)がある。

A君:それと平行して、スパコンもESからES2に進化し、現時点では、ES3になっています。

C先生:内容面から言えば、二番目の革新プログラムまでは、IPCCの報告書、なかでもWG1の報告書に掲載されることが最大の目標とも言えるプログラムであったが、現行の三番目の「リスク情報創生プログラム」になって、はじめて、日本国内における災害や自然・生態系などへの影響をリスク情報の形で出し、社会的問題のより良い解決法の創生に寄与する、という工学的なグループや生態系の研究者が参加するようになった。開始当初、従来の価値観を維持する理学系のグループとの連携が十分ではなかったので、これは大問題だなと思ってきた。しかし、不十分ながら問題解決の意識が徐々に共有されてきている。

A君:WCRP関係以外にもいくつか国際的なプログラムはあるのですが、これらのプログラムにおける工学の存在感は極めて薄いと思います。例えば、IHDP(International Human Dimension Programme)は、自然科学よりも出遅れていた人文社会科学面からの取り組み強化を目指しているものでした。本来であれば、技術進化あるいはイノベーションが問題解決に有用であることは確実なのですが、そもそも解決を目指す発想に基づく研究ではないと言えそうです。

B君:最近のIHDPの出版物がInclusive Wealth Report 2014 (新国富報告書)だけれど、かなり哲学的な研究成果だ。日本からは馬奈木先生が書いているけれど。

A君:残り2つが、IGBP(International Geosphere-Biosphere Programme)とDIVERSITAS(International Programme on Biodiversity Science)ですね。

B君:IGBPの目的は、「生命を支えるユニークな環境である全地球システムを支配している相互に関連する物理的、化学的、生物的諸過程と、このシステム内で起きている変化、及びその変化に人間活動が及ぼす影響を記述し、理解すること。関連する分野の中で、とくに数10年ないし100年の時間スケールの変化に関連する重要な基本的相互作用のうち、人間による擾乱を最も受けやすい生物圏にかかわる課題を特に重視し、研究の成果は実用的で予測能力につながることを目指す」。

A君:まあ、様々な知識を集約しようということで、解決に向けて、人間活動側をどうすれば良いのか、という考え方は余り入っていない印象です。

B君:DIVERSITASは、生物多様性条約版IPCCと呼ばれているIPBESが成立して、今後、こちらの集結するのではないか。ということで省略。

C先生:という訳で、FEについても、本来であれば、問題の解決を目指す工学の役割が重視されなければならないはずなのだ。しかし、現時点で、工学の存在感がほとんどない。その理由を明らかにしたいというのが、本日の目的だ。

A君:これまで行われてきた国際的な地球環境のプログラムの目的は、大部分が現象解明です。要するに、環境問題の解決という視点が無いのです。
 これは、欧米諸国は、日本と違って、重大な環境問題を経験して来なかったという共通点があると思うのです。日本は、水俣病を始めとする各種環境問題を、主として工学的手法で解決してきました。要するに、日本の環境問題とは大部分が公害問題で、解決しなければならない問題だった訳です。
 この差が、国際的な環境プログラムの性格に出ていると思います。

B君:日本の場合には、環境庁ができたのが1971年。水俣で、水銀の流出が止まった3年後。現在の国立環境研究所だって、1974年に設立されたときには、国立公害研究所。

A君:加えて、欧州における工学の地位が低いという問題もあると思うのです。

B君:工学者というよりも、技術者という呼び名、あるいは、技術者=職人という理解が強かったのが欧州の伝統だったとも言える。さらに言えば、研究者が技術者よりは上位にあるという風潮があったし、現在でもまだあるかもしれない。科学者を雇うのが、貴族の趣味の一つだったという時代を反映しているのかもしれない。

A君:地球科学は貴族がサーポートする高級な趣味的な学問で、実用を目指す工学は、基本的に職人と変わらない、と言う感じでしょうか。

C先生:日本だと理学部と工学部の差というものは、それほど大きなものだとは思えないのだ。特に、大学は基礎科学しかやらないから、それほどの差はないのが実態だろう。むしろ、両方とも研究者だというところが共通点、といった理解になっている。
 しかし、本来は、理学と工学は違うはずで、その最大の違いは、問題を解決するという指向性を持っているのが工学で、メカニズムを解明すれば良いというのが理学だから、理学の結論が実用になるかどうかは、別の人が考えれば良い、と言えるのが理学者ではないか。

A君:まあ、そうですが、このところノーベル賞がかなり実用を意識したものになっていますね。ノーベルといえば、ダイナマイトで儲けて賞を作っているのですから、当たり前と言えば当たり前ですが。

B君:日本人3名が受賞した今回のノーベル賞だって、青色発光素子として実用になったからノーベル賞を獲得できた。関係者が聞けばふざけるなと言われるかもしれないけれど、しばらく前までノーベル賞の有力候補と言われたカーボンナノチューブにしても、良い応用例が出てきていないのことが、ノーベル賞にならない最大の理由のように思える。

A君:新規な炭素素材としては、平板状のグラフェンの方が、将来、なんらかの実用になる可能性が高いのではないでしょうか。グラフェンの実用化がすごく進化して、そして、そのノーベル賞が検討される段階で、賞の対象が拡大してナノチューブにも同時に、となるのがあり得るベストシナリオだと言えるのでは。

B君:IPCCは、ゴア元副大統領と一緒に、ノーベル平和賞を受賞したけれど、個人の業績がノーベル賞になることは無いだろう。しかし、理学者としては、その成果が実用になるかどうか、ということに関心はなくて、やはり、純粋理学として、しかも、仲間内で評価されたいという思いが強いのではないか。

C先生:話がずれた。話を戻して、FEをより効果的に進める問題点として、何がすでに指摘されているかをチェックしてみよう。

A君:それには、英語の文書を読むのはシンドイから日本語で、と言う前提ではありますが、この文書を読むのが良いのではないですか。
http://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201310/275002.html

B君:このページで、Future Earthの特徴として述べられていることが、
(1)これまでしばしば学際研究の定義として語られてきたInter-disciplinarity、すなわち自然科学、社会科学、工学、人文学などの学術分野の垣根をこえた「学際」研究の重要性が、やはり、ここでも指摘されていること。
(2)しかし、それだけでは不十分で、それを超えた概念であるTrans-disciplinarity、すなわち学術と社会の間の垣根をこえる「超学際」がうたわれていることである。これは、Future Earthの活動に、学術の専門家だけでなく、社会のさまざまなステークホルダー(利害関係者)が参加することを意味する。

A君:確かに新しい概念ですね。次のような図で表現されています。


図 Trans-disciplinarityの説明図。Co-Design、Co-Productionなどの図。

B君:ステークホルダーだけれど、やはり利害関係者と訳されるんだね。誤訳とは言わないけれど、日本語で利害関係者というと、被害者+加害者みたいな感覚を持ってしまうけど、ステークホルダーの意味は、もっと中立の人々を含む概念だと思う。日本語らしく表現すれば、「社会の構成員全体」といった意味だと考えるべきだ。

A君:その通りなのですが、FEでは、次のような8種のカテゴリに分類されています。
(1)学術研究
(2)科学と政策のインターフェース
(3)研究助成機関
(4)各政府機関
(5)開発機関
(6)ビジネス・産業界
(7)市民社会
(8)メディア


B君:(7)の市民社会というのが、他の分類と全く違うジャンルなので、結局、「社会の構成員全体」になっている。

A君:それはそれとして、重要な指摘が、Co-DesignとCo-Productionですね。地球環境科学の場合には、研究者が社会の構成員全体と一緒になって、社会的な緊急課題は何かを議論し、それを解決するために必要な研究の規模とか明らかにすべき具体的な問題の特定などを行い、そして、資金を集め、研究を提案する。これがCo-Designで、その計画に従って研究を実施していく。その実施段階がCo-Productionとでも言えるのでしょう。

B君:特徴的なのは、Consistency、Uncertainity(整合性と不確実性)というキーワードが書かれていることだろうか。そして、その上には、Stakeholder involvement(ステークホルダーとの連携)という言葉がある。

A君:多分ですが、研究の目的、方法論、期待される成果などを含めて社会の構成員全体とのコミュニケーションをやりつつ、研究成果を作れ、ということかと思いますね。

B君:それと同時に、やはり地球環境というレベルになると、どうしても不確実性を伴う。しかも、部分的な結論と地球全体を見た場合の結論の整合性が取れない場合も多い。そんなことを含めて、市民社会としっかりコミュニケーションしなければ駄目だということになる。

C先生:そんなところにして、どのような研究課題が考えられているかを整理して、次回、続きをやることになるのだろうが、その際、何を議論すべきか、考えてみよう。

A君:FEの具体的な研究テーマとしては、以下の3種が提案されているようです。
まず第1番目は、
Dynamic Planet:地球が自然現象と人間活動によってどう変化しているかを理解すること

B君:これは、これまでのIGBPの延長線上といった感じになるのではないか。

A君:第2番目は、Global Development:食料、水、生物多様性、エネルギー、物質及びその他の生態系の機能と恩恵についての持続可能で確実で正当な管理運用を含む、人類にとって最も喫緊のニーズに取り組む知識を提供すること。

B君:これも、観測型と若干の管理と言えそうなので、IGBP+IHDP+IPCCの一部ぐらいだろうか。

A君:第3番目は、
Transformation towards Sustainability:持続可能な未来に向けての転換のための知識を提供すること。すなわち、転換プロセスと選択肢を理解し、これらが人間の価値と行動、新たな技術及び経済発展の道筋にどう関係するかを評価し、セクターとスケールをまたがるグローバルな環境のガバナンスと管理の戦略を評価すること。

B君:戦略と来たか。これは、上の二つと違って、単に知識の提供に留まるものではない。ガバナンスと管理の戦略を決めなければならない。要するに、問題解決指向になっているということだろう。

C先生:この第3番目の課題は、地球レベルの環境問題が、1970年頃の日本の公害問題に近い状態になっていると理解すると分かりやすいのかもしれない。この3つの研究課題の提案のうち、第1、第2の課題は、第3の課題とは違って、これまでの継続課題だと思えば良いかもしれない。
 そうだとすれば、第3の課題に対して、どう取り組むべきか、これが、次回に議論する中心的な課題になるということだ。すなわち、問題解決指向は重要だが、そのために必要なキーワードとは何か、だ。