-------

   「ドイツ帝国」が世界を破滅させる  
        ギリシャの今後を考えるために       07.12.2015
 



 ギリシャの国民投票で、「緊縮に絶対反対」が国民の意思だと思ったら、当のチプラス首相は、その強硬姿勢を若干緩めて、一見、EUに対し比較的穏健な交渉を行っているようにも見える。やはり、ユーロ圏からの離脱は、ギリシャにとって不利益であることを理解している選挙民も多数いることを考慮してのことだろう。しかし、あの国民投票とは何だったのだろう。ドイツを代表とする巨大経済国の支配に対する国民の反発心を引き出すために、国民投票を行ったとしか見えない。これを利用して、首相は自らの政権の延命を図ったようにも思えるが、今後のギリシャの情勢はどのようなことになるのだろうか。

 EUの財務相会合が開催される直前のインタビューで、、議長デイセブルム議長(オランダ財務省)は、"Trust"という最大の問題があると発言していた。「チプラス首相が、財政緊縮を約束する代償として、さらなる融資を求めているが、本当に返す気があるのか。最後には、国民の意志だとして、債務の棒引きを要求するのではないか。どこまで信じられるのか」、という発言だったと受け止めるべきだろう。

 このような話題については、日経の7月9日の記事が取り上げているが、その基礎となっている論調は”欧米「特別扱い」のツケに悩む”であるが、その原因として二点が指摘されている。欧州人にとって、(1)ギリシャは要衝の地であって、手放せない。(2)ギリシャはヨーロッパの源流だから、甘えを許した

 本日の表題にある「ドイツ帝国」以下の言葉は、新書の題名である。この新書は、なかなか面白い。面白すぎるかもしれないぐらい刺激的である。そして、上記2つ以外の、ほぼすべての観点を提供している。

 著者エマニュエル・トッド氏は、フランス人で、ゲルマン民族をかなり批判的に見ているようだ。当然のことながら、現フランス大統領のオランド氏に対しては、極めて厳しい態度であり、かなり侮辱的な発言もある。

 このところ、個人旅行(レンタカーでのドライブ)で、ヨーロッパを半年に1回程度の頻度で訪れているが、ヨーロッパの文化が、実は、非常に多様であり、全く均一ではないことが体験できている。これらを踏まえて「ドイツ帝国」とギリシャの話を考えてみたいと思う。



C先生:ギリシャが今後どのような結末になるのか、EUの分裂傾向が強まるのか、これは、環境問題と関係ないように思われるかもしれないが、実は、かなり強い影響があると思うのだ。それは、ドイツのエネルギー政策があまりにも観念的で、もっと言えば、非現実的に思えるのだ。もしも、フランスとの間が悪くなると、原発による電力供給を受けることができなくなる。自国だけの努力で原発離脱が本当に果たせるのか、特に、2030年以降2050年ぐらいまでの対応が難しいのではないか。2050年ぐらいまでとは、一応、二酸化炭素排出量80%削減を念頭においての話だと考えてもらいたいが。

A君:ドイツがEUを完全支配していれば、2050年までの気候変動対策もそれなりにEU全体で動くかもしれないけれど、もしもドイツのEU完全支配が終了すれば、やはり、バラバラになってしまって、地球レベルの環境問題の解決にEUが一体となって取り組むということはなくなる可能性が高いですよね。

B君:もっとも、EUを支配しているのは、ドイツだけではない。EU本部のあるブリュッセル、これをベルギーと言ってしまうと、ちょっと違うような気もするので、ブリュッセルはブリュッセル。そして、金融の中心地であり、EU議会があるルクセンブルグ。そして、ヨーロッパ中央銀行のある場所がフランクフルト。この3地域がドイツ政府とスクラムを組んで、EUを支配しているように見える。

A君:少なくとも、フランスは、今は、ドイツに極めて従順のように振る舞っているけれど、そのうち政権が変われば、違う対応をするようになっても、全く不思議ではない。

B君:イギリスは、EUからの離脱も含めて、色々と考えている。しかし、イギリスの通貨は、相変わらずポンドだ。

A君:通貨の話は、今回のギリシャ危機の根幹ですね。これは、リストを作りましょう。

B君:さらなる要素は、やはり民族と宗教だな。今回は、やらないとしても。

C先生:トッド氏の本には、一人あたりのGDPのようなデータを根幹においていて、ヨーロッパ人には既知のことである通貨の話とか、宗教の違いのような話が確かに抜けていると思うのだ。もちろん、基本的な考え方の違いというものが、宗教だけで決まっているとは思えないが、その部分については、ドイツが変わった国だという記述はあるが、他の国に対する記述は少ない。

A君:ただ、その記述をどう行うかは、極めて難しいですね。今後の検討課題にします。

B君:今回は、もっとも簡単な通貨のリストから。

EUであり、ユーロを使用
--------------------------
オーストリア  EU&ユーロ
フィンランド  EU&ユーロ
マルタ     EU&ユーロ
ベルギー    EU&ユーロ
フランス    EU&ユーロ
ギリシャ    EU&ユーロ
キプロス    EU&ユーロ
アイルランド  EU&ユーロ
ドイツ     EU&ユーロ
イタリア    EU&ユーロ
スロバキア   EU&ユーロ
スロベニア   EU&ユーロ
スペイン    EU&ユーロ
エストニア    EU&ユーロ
ルクセンブルク EU&ユーロ
オランダ    EU&ユーロ
ポルトガル   EU&ユーロ


EUではあるが、ユーロ以外の通貨
------------------------------
イギリス    EU   ポンド
スウェーデン  EU   クローナ
ラトビア    EU   ラッツ
リトアニア   EU   リタス
デンマーク   EU   クローネ
ルーマニア   EU   レウ
チェコ     EU   コルナ
ハンガリー   EU   フォリント
ポーランド   EU   ズウォティ
ブルガリア   EU   レフ
クロアチア   EU   クーナ

EU加盟国でない
----------------------------
スイス     非EU  スイス・フラン
ノルウェー   非EU  クローネ

A君:次に、トッド氏の本には出てこないのですが、各国の経済状況をかなり反映していると思われる、GDP per capita (PPP)のランクを作って見ましょう。

B君:一人あたりの購買力平価換算のGDP。個人の経済力のもっとも普通の指標と言える。

世界ランク 国名   GDP(PPP)$
----------------------------------------
2 Luxembourg   92,049  ユーロ
6 Norway      66,937 非EU
9 Switzerland   58,087 非EU
13 Ireland     49,195  ユーロ
14 Netherlands  47,355  ユーロ
16 Austria     46,420  ユーロ
17 Sweden     45,986
18 Germany    45,888  ユーロ
21 Denmark    44,343
23 Belgium     42,973  ユーロ
24 France     40,375  ユーロ
25 Finland     40,347  ユーロ
27 United Kingdom 39,511
28 Japan     37,390  非EU
29 Italy      35,486  ユーロ
32 Spain      33,711  ユーロ
33 Malta      33,216  ユーロ
37 Cyprus     30,769  ユーロ
38 Czech Rep  29,925
39 Slovenia    29,658  ユーロ
40 Slovakia    28,175  ユーロ
41 Lithuania   27,051
42 Estonia    26,999   ユーロ
43 Portugal    26,975  ユーロ
44 Greece     25,859  ユーロ
46 Poland     25,105
48 Hungary    24,942
52 Latvia     23,707
58 Croatia    20,889
60 Romania    19,712
67 Bulgaria    17,860

B君:ノルウェー、スイス、日本は参照のために入れておいた。

A君:こうしてみると、ギリシャより下の六ヶ国は、EUではあるけれど、ユーロではない。そして、最下位から二ヶ国が5月にC先生が行ったルーマニアとブルガリア。

B君:話題のギリシャは、EU&ユーロ国の中では、最貧国。下から二位がポルトガル。

A君:余り、馴染みのないスロベニアとクロアチアを若干説明します。スロベニアは2004年にポーランド・チェコ・ハンガリーなどと同時にEUに加盟。2007年1月にはユーロ導入。しかし、このタイミングは、工業製品の輸出で成長を図るスロベニアにとって、欧州危機というタイミングが合ってしまい、輸出が打撃を受けた。自国通貨だったら、通貨が自然に切り下がって、そんなことにはならなかった。今は、まあまあ健闘して、GDP(PPP)はチェコレベル。

B君:クロアチアは、2013年1月にEUに加盟。スロベニアよりも面積がかなり大きい国だけれど、観光地などとして生きている。独自通貨から抜け出るよりも、物価が安いことを武器にするには、キープした方が良いかもしれない。

C先生:さて、最初に、一応どのような本なのか、紹介をしてもらおう。

A君:
「ドイツ帝国」が世界を破滅させる
−−日本人への警告−−
 文春新書1024 

 エマニュエル・トッド氏が筆者なのか、というとどうもこの本の実体は、インタビュー記事を集めたものでして、一応、目次としてご紹介します。

1.ドイツがヨーロッパを牛耳る
   2014年8月のインタビュー
2.ロシアを見くびってはいけない
   2014年5月28日のインタビュー
3.ウクライナと戦争の誘惑
   2014年5月30日のインタビュー
4.ユーロを打ち砕くことができる唯一の国、フランス
   2014年6月16日のインタビュー
5.オランドよ、さらば!−銀行に支配されるフランス国家
   2013年5月12日のインタビュー
6.ドイツとは何か
   2011年12月13日のインタビュー
7.富裕層に仕える国家
   2011年12月13日のインタビュー
8.ユーロが陥落する日
   2012年11月30日のインタビュー


B君:インタビューが行われた期間が3年に渡る。6の「ドイツとは何か」から急に古くなるけど。

A君:最初、それに気づかないで読み始めたのですが、フランスの大統領がいつのまにか、サルコジになっていて、あれ変だ、と思って見なおして、インタビュー日時がさかのぼっていることを発見しました。
 しかし、「ドイツとは何か」は、かなり本質的な議論も行われているので、読むべきではないか、という部分でしたけど。

B君:ざっと目を通した感じだと、この本のタイトルを真剣に考えるのならば、1.と6.が必須。あとは、読み飛ばしても構わないという印象だった。

A君:そんな感じで内容をチェックしてみましょう。まず、「1.ドイツがヨーロッパを牛耳る」。
 論旨は比較的簡単でして、ドイツの経済力が、米国の経済力を抜くということです。実体は、EUを好きなように扱っている国、それがドイツ帝国の実体で、EUの人口の合計は、今後EUに取り込む国々を含めると、5億人を越していて、米国の3億人ちょっとを遥かに上回っている。

B君:それは、「ドイツ帝国」の実質GDPが米国のGDPとほぼ並んだことでも分かるということなのだろう。

A君:ウクライナも、将来EUに取り込んで、ドイツ帝国への安価な労働力の供給先にする狙いがあって、メルケル首相は、単独でウクライナを訪問したりしている。

B君:ウクライナの話になると、ロシアの脅威論が出てくる。

A君:トッド氏によれば、ロシア脅威論は、本当の話ではない、と言っています。クリミア半島の統合にしても、住民の意志の決定のプロセスを経て、もともと、ロシア語を話す住民が大部分でロシアに親しみを感じている地域の意志を尊重しただけ。

B君:むしろ、ドイツ帝国が西部と東部で全く違う国であるウクライナまで勢力圏内に入れようとするから、こんなことになるのだ、という意見か。

A君:ドイツ帝国にはまだ様々な狙いがあって、ロシアからの天然ガスを南ヨーロッパに渡さないで、ウクライナを含む北ヨーロッパだけで使うことを考え、それを実現しようとしている。ドイツは、東日本大震災以後、原発からの離脱を宣言して、それに向かっているけれど、自国にある石炭(褐炭)だけでは、二酸化炭素の削減ができるはずはない。2030年頃には、ロシアの天然ガスに依存して、原発を使わないで、温暖化対策を行おうと思っているのだろう。

B君:そこまで、考えて原発離脱を決断したとは思ったことが無かった。

C先生:確かに、ドイツの原発離脱は、余りにも唐突だったので、これは将来の見通しを全く持たないまま決断をしていて、自国の褐炭発電だけでは、自然エネルギーの不安定さに勝てる方法がない、と思っていたのだ。天然ガスによる発電がある程度存在して、自然エネルギーの不安定さを補うような電力網を構築するのが、確かに一つの方向性でもあるのだ。

A君:ところが、日本の電力関係企業は、コストを下げるためという目論見だけで、石炭発電を増やそうとしていますね。石炭発電は、小回りが利かないので、自然エネルギーの揺らぎに対応することができず、電力網の硬直化を進めるだけですから、石炭離脱こそ、日本の温暖化対策の根幹をなす方向性になるはずなのに。

B君:2030年、そして、その後の2050年におけるエネルギー戦略を考えないで、経済発展を目指すとしても、それは、今後10年程度しか有効ではない。

A君:エネルギー違いですが、「ドイツというシステム」は驚異的なエネルギーを生み出せるのだ、とトッド氏は言います。それは、彼の歴史家として、あるいは、人類学者としての結論らしいです。
 そして、ドイツについで、日本、スウェーデン、ユダヤ、バスク地方やカタロニア地方も同様だと。しかし、フランスの文化はそうではない。

B君:日本は、ドイツに似ているということか。それは似ているとも言えるけど、何か、本質的に違う。

A君:その通りだと思うのですが、しかし、その記述は6まで行かないと。そこには、「日本という文化は、人を傷つけないようにする、遠慮するという願望に取り憑かれている」と書かれています。

C先生:そして、ドイツ帝国の構造を各国の特性で分けて議論をしている。これがなかなか面白いというか、極めてポイントを突いている。例えば、ポーランド、スウェーデン、バルト三国を「ロシア嫌いの衛星国」と表現している。ロシアから距離をとって、一定レベルの自由を享受することが彼らがEUに留まるメリットなのだ、と言っている。

A君:そして、南欧は、ギリシャを含めて、ドイツが押し付ける財政規律のためにドイツをすごく嫌っている。しかし、これらの国は、何もできない。なぜならば、ドイツを頂点としてフランスを仲介として使って、一切を支配する能力をすでに持っているから。

B君:ギリシャのチプラス首相は、「ドイツ帝国」の未来がどうなるかを明らかにするために、国民投票を含めて色々と戦略を練って、戦っているというようにも見える。その役割は、と言えば、「被支配地域」の代表としてなんだけれど。

A君:イギリスは、そのうち、EUを離脱するのではという予測のようです。

B君:個人的にそう思える。やはり、「ドイツ帝国」は、イギリスとは相性が悪い。イギリス人は、ドイツ人に従うということを嫌うだろうから。

A君:確かに、そう記述されていますね。フランス人と違って、イギリス人は「そんな習慣は持っていない」、ということですが。デンマークはイギリスに従うかもしれないと思っているようです。

B君:「ドイツ帝国」を目指すことを、アメリカの場合に敷衍すると、アメリカでは、しばらく前までは、黒人が、そして、移民が安価な労働力だった。この構造を「ドイツ帝国」は国レベルで行おうとしているということになるな。

A君:ヨーロッパが国家間で不平等になるという指摘はしています。しかし、国家間で余りにも不平等になると、戦争が起きるのですが、その防御手段として通貨の統合が行われたということなのでしょうか。

B君:通貨の統合は、不平等を受け入れるための甘い汁だったのかもしれない。それをギリシャだけがすでになめ尽くして、早くも破綻した。なめ尽くす寸前の国が、ポルトガルとスペイン、イタリアなどか。

A君:トッド氏は、アメリカでの黒人や移民からの安価な労働力の搾取の方が、民主的だと表現していますね。なぜならば、選挙権は与えられているから。一方、ギリシャ人は、ドイツ連邦議会の選挙では投票できないから。

C先生:「ドイツ帝国」は力で支配する権威主義的な文化を強めるだろうと思うね。

A君:その典型が、クルマの世界のメルセデス、アウディ、BMWですかね。

B君:日本人でも権威主義が好きな人が乗るクルマだからそうかもしれない。誰がどうみても、レクサスはまだまだ権威主義にまで到達できていない。

A君:この件ですが、トッド氏の表現によれば、ドイツ人は自分たちがいちばん強いとかんじるときには、より弱い者による服従の拒否が起きるが、それを受け入れることが非常に不得意で、服従拒否を常軌を逸した行動だと感じる、としています。

B君:フランス人の方が、やはり自由に対する価値観が強い。

A君:そして、日本はどうするのだろう、という予測を行っていて、現状では、ドイツに服従などの意識はなくて、アメリカ一辺倒。しかし、そのうち、ドイツとアメリカの対立が争いのレベルにまで到達すると、西欧諸国に対してうんざりして、そのときに、ロシア・中国・インドが一つの大きなブロックを形成していたら、このブロックのテクノロジー・イノベーションの役割を果たす国として参加することも考えられる、としていて、ロシアと日本は、エネルギー面などを考えれば、近づくのが合理性が高いという意見を述べています。

C先生:うーん。果たしてどうなるのだろうか。地球上での日本の位置、ユーラシア大陸の外れ、しかも、海によって隔てられている国であることを考えると、中華帝国ともロシア帝国とも距離を置くことが可能だと思える。独立独歩で、楽しく暮らす国を目指すのが良いように思える。それには、エネルギー自給が最大の条件になるので、ほぼ自然エネルギーだけの2100年を目指すのが良いようには思うが。

A君:日本の文化をさらに独自に作って、技術ではなく、文化を世界に売り込む国が良いようには思いますね。

B君:見方によっては、偏屈な国民性でないと、独特の文化は作れない。より偏屈になれ、と言っているようなものかもしれない。

C先生:和食は世界文化遺産になったけれど、かつおぶしの輸入をEUは認めない。そこで、どうやら、HACCP適合を目指すようだね。HACCPは、ヨーロッパ起源ではなくて、アメリカ製の衛生管理基準だ。Hazard Analysis Critical Control Pointを意味する。

A君:そう言えば、もはや、相当に長くなっていますね。

C先生:本当だ。ここまでの議論で、どうしてギリシャがEUとというよりもドイツともめているか、その根幹的理由が若干記述できたかもしれない。

B君:まだまだ新書の1/6しかカバーできていないし、さらに面白い考察もできるようには思う。

A君:そうですね。ヨーロッパの多様性をもう少々データに基いて記述するなどの試みも、重要かもしれませんね。

C先生:いつになるか分からないが、そんなことにして、本日は、ここまでにしておこう。