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     ハーバード日本史教室(その2)  08.09.2020
         教授の日本観を探る



 前回の続きです。今回ご紹介する教授は、デビッド・ハウエル教授で、東アジア文明学部長という肩書の方です。
 本題に入る前に、
海外の人々が日本に観光旅行に来た時に驚いたことは何か、などをWebでちょっと調べてみました。いくつかサイトを巡って探しました。順不同です。
1.100均が充実
2.タクシーのドアが自動
3.漫画&アニメが豊富
4.コンビニが充実
5.忘れ物をしても戻ってくる
6.チップが無いのに丁寧な接客
7.電車で居眠りしていても安全
8.英語を話さない
9.渋谷のスクランブル交差点の不思議
10.おしぼりが出てくる
11.電車が1分遅れてもアナウンス
12.道路にゴミが落ちていない
13.ガードレールなどの保守が完璧
14.伝統的建築物と高層ビルのコントラスト
15.トイレがハイテクすぎて驚く
16.人生を長期スパンで考えられる国
17.「お疲れさま」と言う文化
18.カフェのサービス
19.何と言ってもうまい食事
20.玄関で靴を脱ぐ家の構造


 これらに対して、日本のランクが低いものとして見つかるものの一つの例が、
×1.他への配慮が過度に求められる:その実例として、有給休暇の低い取得率
 確かに、これは問題かもしれません。
 個人的には、政治関係でいくらでもあるのですが、今回は省略。

 そして、今回の主題は、「ハーバード日本史教室 その2」ですが、日本人の特殊なマインドは、歴史的に形成されたもので、それは認めるとしても、なぜ今まで残っているのが不思議に思えます。そのなぞは解けるのでしょうか。
答は、多分、「日本人の性格。特に、協調性が高いから」、だと思うのですが、自信はありません。


C先生:今回も前回と同じく、テーマは、
ハーバード日本史教室。そして、本日登場する教授は、デヴィッド・ハウエル教授。同大学の東アジア言語文明学教授。日本史の通史の授業「アジアの中の日本、世界の中の日本」を教えている。もともと、福岡県で生まれているとのことなのではあるが、その授業の内容を知って、日本生まれの本ウェブサイトの筆者の日本史の知識が、余りにも恥ずかしいレベルだ、と思ってしまった。

A君:講義の題名は、
「アジアの中の日本、世界の中の日本」ということで、縄文時代から現代までの通史を教えているとのこと。

B君:そして、この講義から学んだ欲しいことは、
「アジアと世界とのつながりの中で、日本史を理解して欲しい」とのこと。

A君:日本の高校や大学で学ぶ
日本史は、日本国内の歴史を学ぶだけ。一方、世界史は、世界全体の歴史で、日本と世界との関係性を学ぶのが、本来の歴史の学習でしょうね。となると、ハーバードのように、「アジアの中の日本」と「世界の中の日本」を学ぶことが重要。そもそも、この発想が羨ましい。

C先生:高校時代の古い話だが、
個人的には、「世界史」の講義が一番嫌いだった「A国とB国が戦争をしました。そして、○○条約で和解しました」、ということは教えられても、そもそも戦争をするのだから、なんらかの重大な理由があったはず。それを理解できるように説明して貰えたという記憶は残っていない。まあ、戦争の歴史を教えるということは、人間の本性を同時に教えてからでないと、学んだ側に悪影響が出るという可能性は高いのだけれど。むしろ、高校までの世界史は廃止すべきということなのかもしれない。その代わり、何冊かの関連図書を読ませて、議論をさせるといった講義をハーバードのように大学で学ぶという歴史学の学習法が、人生を通して有効なのかもしれない。

A君:まあ、
日本の高校での学習は、大学に合格するためでしかないですからね。理系・文系の進路の選択を高校生時代で決めないとならない今の仕組みは、最悪なんですけどね。大学は教養学部だけにして、教育内容は、理系と文系の混合とし、大学院から理系文系を分けるのが良いと思いますけどね。

B君:しばしば最近は話題になるけれど、
中国の学術論文の発表数が非常に伸びて、米国と対等に戦えるレベルになった。一方、日本は、ドイツの次で第4位

A君:さらに言えば、
中国の科学論文は、材料科学、化学、高額、計算機・数学に集中されていて、一方、米国は、臨床医学、基礎生命科学に注力している。

B君:いよいよ
日本の産業力が弱体化して、もはや中国には、絶対に勝てないということを示している

C先生:その原因がどこにあるのか、と言えば、
大学に流れる研究費の額の違い中国の一流大学だと、1研究室あたり年間1千万円を超す基礎費用が大学から配分されている。ところが、日本の大学だと、非常に僅かな校費しか配分されないので、先生達は、常時、研究費の申請書類を書き続けなければならない。今回のコロナで、日本政府はかなりの金額を対策に充てたので、日本の大学の状況は、ますます悪くなりそうだ。

A君:
C先生はNEDOの未踏チャレンジのプログラムディレクタですよね。余り良い提案が来ないといつもブツブツ言っていますけど。

C先生:ここ
1週間チョットは、ほぼ毎日、NEDOでの審査会だった。正直な感想だが、最近は、若手の研究者の視野というか発想の範囲が、なぜか、もともとの専門分野から外に広がらないあらゆることを対象だと考えて、それを自分の広い知識でどう対応(=料理)できるか、といった発想がない。まあ、学会という狭い範囲で、評判を得ないと、少ない研究費も来なくなってしまう、と恐れているように思える。本来なら、より広い範囲の学習をして、未踏チャレンジのような、どのようなアプローチでも、良いものは認められるといったファンドに提案をすることを考えて欲しいと思う。それには、まず、自分の視野を広げて欲しい

A君:先に進みます。このペースだと終わりません。

B君:ハウエル教授が、一番興味を持っている武士は誰ですか、という質問がなされる。その答えは、
幕末期の須坂藩(長野県)の大名、堀 直虎(1936〜1868)

A君:直虎でも、大河ドラマの直虎ではない。

B君:
堀直虎は、国際派だったという評価なのですね。しかも、彼の短い人生はドラマチックだった。

A君:
直虎は、1861年に二十代で大名になりました。外様大名なのに、譜代大名と同等の扱いを受けていた。須坂藩は1万石という小さい藩であることを考えると、極めて異例。須坂藩の借財がふくれ、わいろが横行しているのは家老らに責任があるとして、不服従の家老、藩士を徹底的に粛清。処分した人数は30名を越していたとのこと。

B君:やはり直虎は変わっていて、漢学、国学だけでなく、蘭学や洋式兵学を熱心に学び、
翻訳ができるほど、英語も堪能だった。みずからをストレートタイガー(直虎)と呼び、大名になると洋式軍制を導入。

A君:
カメラにも興味があって、日本で最初に自撮りをした人かもしれない、とのこと。

B君:1867年、
徳川慶喜から「若年寄」、「外国総奉行」を命じられる。「若年寄」はかなりの重職であるけれど、外様大名でありながら抜擢された。外国総奉行は、まあ、外務大臣相当か。

A君:そして、ドラマティックな結末を迎えます。
1868年1月、鳥羽・伏見の戦いの後、大阪から江戸城に逃げ帰った徳川慶喜に、直接、なんらかの進言をして、その直後、切腹してしまった。33歳だった。

B君:当然理由があるはずなのだけれど、実は、良く分かっていないとのこと。

A君:諸説ありますが、
挙兵して薩長と戦うように、命を懸けて進言したのでは、という説が説得力があるようです。それも、須坂藩の江戸下屋敷に仕えていた女性が、「17日のご出立には、下は白装束、刀を持ち、覚悟の上だったのではと思われます」と語っているとのこと。

B君:なぜ、ハウエル教授が、堀直虎に魅了されるのか。西洋人のマインドとはかなり違うのに。

A君:それに対する
答えが、「堀直虎は若くてダイナミックなリーダーだったから」。「カメラで自撮りをするような先進性と同時に、大名として改革を断行するという一面もあり、進取の気性を持ちながら、最後は切腹してしまう。武士は武士であるとして、責務を全うした」。「すなわち、新しさと伝統が共存しているところに魅かれるのです」。

B君:授業でも紹介しているのか、という質問に対しては、「写真とともに紹介しています。私が気に入っている武将ですから。学生が興味をもってくれると嬉しいですね」。

C先生:
日本の大学での日本史の講義なるものを聴いてみたくなった。想像だけど、極めてマニアックな細部に渡る講義が行われているような気がする。本サイトの読者で、大学で、日本史を専攻した方が居られたら、是非、その日本史の講義の内容とハーバードの日本史の違いなどについて、ご感想をお聞かせ下さい。

A君:そこで、最後のこの本の著者による、ハウエル教授へのインタビューになります。

B君:まずは、
「なぜ武士はこれほど長く、日本を統治できたのだと思いますか?」

A君:その答えは、
武士の役割は、鎌倉、室町、江戸で変遷しています。例えば、鎌倉時代であれば、幕府が国を統治していたとはいえ、実質的には天皇家が非常に大きな力をもっていました。恐らく、鎌倉時代の人々は、「武士に支配されている」とは認識していなかったのではないか。

B君:なるほどその通りのように思う。武士と天皇家との関係は、いつの時代も、微妙なところがあるし。

A君:時代による変遷も重要で、江戸時代になると、
幕府が統治者として力をもつけれど、徳川幕府は、軍制から民政に転換することを目指し、その結果、17世紀後半になると、ほとんどの武士は、「戦わない武士」になる。

B君:そこでの疑問は、なぜ「統治する人」になった武士が、武力を使わなくても、国を統治することができたのか。

A君:ハウエル教授の解答は、なかなか深い意味がありますね。
「フランスなどのヨーロッパ諸国では、いわゆる平民は豊かになればなるほど、税金を搾取される仕組みになっていた。それが、封建制度そのものへの反発を生んで、やがて、革命へと発展していく」

B君:ところが、江戸幕府は、
「村請制」を農政に導入。この制度では、領主は村の農民の仕事の内容にまで介入はしない。そのため、農民は、副業も自由にできたし、どんな商売もできた村で決められた年貢さえ収めていれば、副業の商売に税金が掛かることも無かった。

A君:さらに言えば、
村請制度は、村の誰かが年貢を払えなくなると、村の他の者が助ける仕組みなので、村の結束力は強まっても、制度そのものを否定することには繋がらなかった。江戸時代に起きた百姓一揆は、その中身を見ると、農民の闘争の相手は、領主や代官であって、幕府ではなかった。すなわち、幕府が直接的に領土を統治する仕組みではなかったために、社会システムに柔軟性があった。

C先生:江戸時代の社会システムについて、こんな説明を聞くのは初めてだ。全く不勉強の極みだけれど、
現時点の日本史の教科書に、こんなところまで説明されているとはとても思えないね。後日、両君に教科書の内容を調べて貰おう。

A君:実は、まだ、半分ぐらいしか説明できていないのです。ハウエル教授の説明は、極めて興味深いのですが、やむを得ず、急ぎます。

B君:
次の話題が、「忠臣蔵」。これを素晴らしい物語だ、とハウエル教授は評価していますね。

A君:ハウエル教授がもっとも注目しているのが、
事件が起きてから、大石内蔵助が切腹するまでの時間だとのこと。浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかった事件では、浅野は即日切腹を命じられているのに、討ち入りをした四十六士が切腹を命じられるまでには、二ヶ月近くの時間が掛かっている。その理由が赤穂浪士の行為の是非を判断するのに時間が掛かったからだと言われているけれど、彼らの行為が不法行為であることは間違いはない。同じような行為が連発すれば、それは大変にうまくない。しかし、一方で、「これこそ武士らしい行動だ」と感銘を受けた人も多かったのも事実。

B君:著者は、ハウエル教授に「
学生の反応はいかがですか?」と聴く。その答えは、「素晴らしい物語だ」だそうだ。しかし、事前に、「切腹」についても、「当時の武士にとって究極の問題解決手段だった」、「あらゆる手段を使っても問題が解決しない場合、切腹を命じた」と説明しているとのこと。

A君:ハウエル教授は、さらに、
「主君にかわって復讐する」という考え方は、日本独自のものではないことは学生は分かっている。しかし、学生が感銘を受けるのは、「大義のためにすべてを犠牲にする」という姿に対してだと説明しています。

B君:ということは、
ハーバードの学生ぐらいになると、「自分の命を犠牲にしても、大儀を全うしたいと思うことは起こり得る」、と考えているということか。米国の現大統領がそう考えているかどうか、聴きたいぐらいだけど。

A君:
ハーバードの学生の知性の平均値は、人間として、米国現大統領より上ということは事実なのでは。

B君:最後に宗教的な説明もある。
キリスト教においては、自殺は神の意志に背く行為であり、卑怯な行為であると教えられている。しかし、一方で、勇気ある行動だという評価も無い訳ではない、ということのようだ。

C先生:そろそろ、まとめる段階に到達したけれど、まだ、10ページぐらい残っているね。最初が、
「ハーバードで脚光を浴びる貿易都市、十三湊」。さらには、「日本の漆器の技術」「人糞の農業用肥料化技術」、そして、最後に、「驚くほど英語の達人だった明治の日本人」となる。個人的には、この最後の話題、「明治時代の日本人の英語」が不思議で仕方がないので、最後は、「英語の達人」の話だけ取り上げよう。

A君:この話、
「日本人は明治時代のコスモポリタンに戻って欲しい」ということ。なぜなら、歴史的に見ても、日本はガラパゴス化する傾向があるから、できるだけ「開国」して欲しい。この発言は、結構痛い指摘ですね。

B君:最近、日本における英語教育は小学校から始まることになった。しかし、その実態を知らないね。今年スタートだとしたら、コロナで大々的な影響を受けてしまったかもしれないが。

A君:
英語と日本語の場合、音が決定的に違うということを理解するのが、大変ですよね。

B君:そうなんだ。
日本語は、音が世界の言語の中でも、極めて単純化されている言語なので。中国語、韓国語の発音も日本語では不可能。

C先生:自らを振り返ると、
30歳の9月から、米国にポスドクで2年間滞在したけれど、その前の5ヶ月間、月曜から金曜日の午後6時から9時まで、毎日、英会話学校に通ったのが、今にして思うと、すごく良かったと思う。例えば、「罪」という英語のsin、「歌う」のsingの発音の違いは、gのあるなしだけど、こんなものだ、ということを初めて教えて貰えた。日本語だと、あらゆる音が母音で終わるので、singの最後が「グ」になってしまうのだけれど、本当は無声音で、喉を詰まらせるだけ

A君:それにしても、
明治時代のコスモポリタンは、どうやって英語を学んだのだろうか。その方法を調べたら、Amazonでそんな本が販売されています。買ってみるしかないですね。しかし、在庫が無さそう。まあ発注してみよう。

C先生:
この本「ハーバードの日本史教室」の紹介記事は2回目だけれど、ハーバード大学の日本学の教授達は、なかなか優れた教授の集合体のように思えるね。感心してしまった。これは、自論だけれど、「教授が熱心だと学生も熱心になる。しかし、学生が熱心でも教授は熱心にならず、毎年、同じ講義をするというケースがある。これが最悪の状態であり、当然、授業料の払い戻しを要求すべきである」。
 最近の大学の実態を知らないので、ここまでにしておきたい。
 最初に述べたなぞ、「日本人の特殊なマインドは、歴史的に形成されたもので、それは認めるとしても、なぜ今まで残っているのが不思議に思えます。」は、結局解けなかった。この本の紹介が終わる頃に期待することとしよう。明確な解釈の実現性は、多分、半分以下だけど。