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     ハーバード大学における日本史教育 その5
      
渋沢栄一
ならトランプにこう忠告する 09.06.2020



 単なる一冊の新書なのですが、それぞれの教授の知見がすばらしくて、どうしても、何か報告したくなるもので、とうとう、第5回目となりました。
 今回、ご紹介の対象になるのは、
ジェフリー・ジョーンズ教授で、「経営史」の専門家です。ときどき、このWebサイトでも取り上げていますが、確かに、日本の企業には妙なところがあります。そもそも、世界最古の企業が未だに活躍しています。さらに言えば、日本には、100年以上続いている企業が3万社以上。200年以上続いている企業もなんと3千社もあります。
 今回の対話も、
日本最古の企業であり、当然、世界最古の企業でもある、あの有名な金剛組の話から始まります。

C先生:本サイトでも、ときどき取り上げたりしているが、日本の企業は、やはり世界的にみて異色。

A君:本サイトでも何回も取り上げている金剛組が取り上げられています。復習になりますが、
西暦578年に創業された企業ですので、なんと1400年も続いている常識を遥かに超えた企業です。

B君:ジョーンズ教授によれば、まず
第一の要素は、金剛家の家訓とビジネスの性質が2大要素家訓については、「後継者を実力主義で選ぶ」があったこと。長男が必ず継ぐとか、そんなことには一切こだわらず、次男だけでなく、孫、さらには養子や女性も継承者になった

A君:しかし、長男がよく我慢できた、と言えませんか。特に、創業してすぐぐらいには、問題になったと思うのですが。

B君:どこにも記述されていないので、推測だけれど、社長が健在のうちに、次を決めたのでは。社長は会長になり、会長は顧問になって、就任したばかりの社長をしっかり監督・教育した。

A君:ビジネスの性質については、ご存じのように、
金剛組はもともとは四天王寺の寺社建築のメンテナンスだけを担当していたけれど、その後、他の寺社の仕事も請け負うようになった。このビジネスは非常に特殊、すなわち、技術も伝統が決めていて、新しいイノベーションは無用な産業だった。

B君:しかし、歴史に翻弄された時代も無い訳ではない。明治維新後に、
神仏分離令が出され、廃仏毀釈運動が起きると、ビジネスは危機的状況にはなったけれど、四天王寺以外の寺社にビジネスを広げることで、なんとか苦境を乗り切った。

A君:その後、といっても、戦後のことですが、民間ビジネスにも進出して、社寺建設以外のビジネスに注力したこともあったけれど、
2000年以後には、再び本業に回帰・集中して、売上高の約八割は社寺関係が占めているとのこと。

B君:
キリスト教国であれば、教会建設があったはずなのに、なぜ、教会関係の建築業の寿命が長くならなかったのか、という問いに対しては、キリスト教の教会の場合には、様式やスタイルが変化し続けたからだ、と説明している。

A君:それに対して、金剛組は、四天王寺という一つの寺院を相手にしていたため、クライアントのニーズは変わらなかったので、ビジネスを続けることができた。

B君:日本という国の非常に良い面だと思うが、世界的な観点から言えば、妙なところだと思う。

A君:
パリのノートルダム大聖堂が火災になったけれど、あれを修復する企業はどこなのだろう。通常なら、入札制を採るのだろうけれど、教会建設はかなり特殊にも見える。

B君:完全復旧ということなら、ある特定の企業に発注ということにならないだろうか。

A君:教会も、最近建設されたものは、多少変わっているとも言えるものが多い。しかし、
ノートルダム復旧の場合には、どのぐらいオリジナルを生かすかによって、できる企業と不可能な企業に分かれるのでは。いずれにしても、四天王寺の場合のような伝統的な技術が有用ということにはならないのではないでしょうか。

B君:ということは、
寺院建設の場合には、その基本的な構造が変わらなかったという、日本独自の事情が、金剛組を長寿にした。

A君:もし、海外に進出していたら、様々な対応をしなければならなくなって、このような長寿企業にはなれなかったのでしょう。

B君:日本的な物品を取り扱う企業は、例えば、
日本刀や和服を扱っていた会社は、太平洋戦争後の社会の変化の波で流されてそのかなりが消滅してしまった

A君:敗戦による社会の変化は非常に大きかったことは確かです。しかし、重要なことは、寺社は残ったということですね。米占領軍の日本統治は、日本の固有の文化を重視したと言えるのでしょう。

B君:実際、
ヨーロッパに存在する長寿企業を分析すると、食品、ワイン、宿泊施設に関わるビジネスが多いとのことだ。理由は、全く同じ。身近な対象に対する嗜好性はなかなか変わらない。

C先生:ここで話がガラッと変わって、
岩崎弥太郎の話になる。ジョーンズ教授によるその人物評価は、「最高の変革リーダー」。なんと言っても、三菱グループの創業者だからね。

A君:岩崎弥太郎に対する、学生の評価は、政府との関係を以下のように理解している。それは、ジョーンズ教授が執筆した岩崎弥太郎に関する教材には、
「敢えて力を尽くして政府の重命に応えざらんや」という弥太郎の言葉が引用されているとのこと。

B君:この言葉が発せられたのは、
1874年、当時、台湾蕃地事務局の大隈重信長官から次のようなことを懇願された。「台湾出兵にあたって必要な船を提供してほしい」。このとき、岩崎弥太郎は、自社の利益よりも、国益を優先して、船を提供することを快諾した。

A君:さて、なぜ、自分の利益にならないことをしてまで、政府に恩を売るような行動を取ったのか。真相は不明とのこと。

B君:岩崎弥太郎は、民間の海運会社を最初に立ち上げた起業家で、藩から藩船を譲り受け、非常に低コストで会社を作ることができた。この経験から、さらなる事業の拡大が可能になると思った可能性もある。

A君:極めて純粋に日本政府のためになりたい、と思った可能性もある。真相は不明。

B君:
米国の学生には、岩崎弥太郎は大変に人気があるけれど、日本の学生には、それほどの人気はない。それは、どうやら、岩崎弥太郎が余りにも個人主義的なところが見えることもあって、日本人学生の価値観には合わないのかもしれない、と教授は解釈しているらしい。

A君:この記述での日本人学生とは、恐らく、ハーバードに留学している学生のことを意味するのだと思うけれど、場合によると、そのクラスの日本人学生は、さらに高度な人間性を持たなければならない、と思い込んでいる可能性がありますね。それが実現できれば、確かに理想的ではありますけど。

B君:講義の教材には、「岩崎弥太郎と三菱の創業」というものが使われるとのことだけれど、その中では、
弥太郎のライバルとして、渋沢栄一が登場するとのこと。

A君:そして、その共通点は何か、相違点は何かといった議論をさせるらしい。共通点は、比較的簡単で、
「日本には大胆な変革が必要だ」「今、ここで変わらなければ、他のアジア諸国のように植民地にされてしまう恐れがある」。

B君:大きく違っていた点は、「迫り来る脅威を前に、日本はどちらの方向に変わっていくべきと考えたのか」。一方、「西洋の良い点を取り入れて発展すべきこと」は共通の認識。
 しかし、共通でなかったのは、
「タイプA:企業間の競争を重視し、企業が社会的責任を負う資本主義をめざすべき」なのか、
あるいは、
「タイプB:個人が利益を追求し、儲けた人が独占するような資本主義をめざすべき」なのか。

A君:さて、どちらがどちらの主張をしたのか。答は、
タイプAを支持したのが、渋沢栄一で、タイプBを支持したのが、岩崎弥太郎だった。

B君:そのように考え方が異なった理由としては、
渋沢栄一は、明治維新前の1867年にすでにヨーロッパを訪問していた。そして、この渡欧をきっかけに、「これからの日本は、合本主義(公共・公益のために最適な資本や人材を使う経済システム)を目指すべきだ」と考えていた。そして、そのためには、儒教と武士道を新しいビジネスシステムに取り入れることを思いついた

A君:一方の
岩崎弥太郎は、典型的なビジネスマンで、「富の独占と自らの市場支配力を高めるのが正しい」、と考えていた

B君:
合本主義というものは、ジョーンズ教授によれば、儒教を進化させた考え方だと言っている。ジョーンズ教授によれば、儒教は家族を重んじるけれど、渋沢栄一は、「人間には家族を大切にする責任があると同じように、国や企業には、そこに属する人々のためになるという責任がある」と言った。これが渋沢の合本主義。

C先生:儒教といっても、実は、色々。しかし、
儒教は韓国に見られるように、確かに家族重視主義ではあるけれど、家族の概念を拡大していって、企業はともかくとして、国全体を考えるというところになると、それは通常の儒教の枠を確実に越しているように思う。しかし、本当は、世界全体・人類全体を考えなければいけない。韓国が落ち込んでいるような、自国優先思想は、完全に「落ちぶれた儒教の考え方」だと思う。

A君:
渋沢栄一は、なんとルーズベルト大統領に面と向かって苦言を呈したとのことですよ。

B君:具体的には、
「日本からアメリカへの移民を制限する協約である日米紳士協約を、世界平等の観点からすると問題ではないか」、とルーズベルト大統領に向かって言ったとのこと。

A君:しかし、ルーズベルトはその返答として、
「日本人移民は粗野で教養がない。アメリカに出稼ぎに来てお金を貯めたら日本に帰ってしまう移民は、アメリカにとっては歓迎すべき存在ではに」と答えた。

B君:このときの二人の会話は、ジョーンズ教授にとって、とても興味深いものだったとのこと。なぜならば、
ルーズベルト政権は、今のトランプ政権を彷彿とさせるから。

A君:インビューアは、次の質問をする。
「もし、渋沢栄一なら、トランプ大統領にどのような助言をするでしょうか」

B君:
「トランプ政権が進めている政策には、何一つ賛成しないと思います」。これがジョーンズ教授の答

A君:ジョーンズ教授は、さらに言う。もし、今、渋沢栄一がこの対談に加わっていたとしたら、こう言うのではないか。 「これは、私が生きていたころのデジャブではないか」、「同じことを繰り返しているなんて悪夢ではないか」。

B君:インタビュー:「そのために、渋沢栄一を研究する欧米の研究者が増えているということなのですか」。それに対して、ジョーンズ教授は言う。
「世界の格差問題をどう解消するか、という点からも、渋沢の考え方は注目されているのです。グローバル資本主義のもと、貧富の差が拡大するばかりで、今、多くの人々が貧困に苦しんでいます。特にこの問題が深刻になってきたのは、ここ30年のことです。渋沢の「合本主義」が一つの解決策として、再び関心を集めているのです」。

A君:そして、渋沢栄一(1840年3月〜1931年11月11日)の死後、
彼が理想としていた日本は、跡形もなく消え去ってしまう。国粋主義が台頭し、外国と戦争をして、企業間の公平な競争は排除され、独占事業がはびこっていく

B君:そこで再度、質問。「なぜ今、世界は渋沢から学ぶべきなのででしょうか」。

A君:ジョーンズ博士は言う、
「明らかに、現在の資本主義は正当性を失いつつあると私は思います。渋沢が理想として掲げていたのは、倫理的な責任感を伴った株主資本主義です。彼は、資本主義の価値を信じていましたが、勝者と敗者の格差を助長する経済システムは、人々から支持されない、と考えていました。国が豊になるとともに、一部の人に富が集中すれば、必ず問題が起きます。この問題に正しく対処できなければ、資本主義は、正当性を失ってしまうのです。

C先生:これで、ジョーンズ博士の発言は終わる。しかし、
ジョーンズ博士は、地球上に明るい未来があると考えていないのではないだろうか、という印象を受けざるを得ない。中国やロシアの強権主義的な動きをみると、やはり、巨大国がなぜか当然の権利として、独自の行動をしているような気がしてならない。中国の香港・台湾に対する態度なども、「我々は大国なんだ」が丸見えだし、インドも中国と無用な対立を拡大しているようだ。個人的に最悪の大統領と呼んでいる、ブラジルのボルソナロ氏の発言には、地球レベルの環境保全という意識が全くない。アマゾンの森林に火をつけて、その後、農地にしたいという思っているとしか思えない。トランプ大統領は、現在、カリフォルニアで起きている大森林火災の原因が何だと思っているのだろう。科学的な証明は、そう簡単ではないのだが、気候変動が影響していることは恐らく事実だと思う。カリフォルニアは、トランプ大統領への投票者の多い州ではないから、「ざまみろ」なのだろうか。
 いずれにしても、
倫理的な世界観に基づく政策を考える政治家が多くならないと、地球上の生態系は、人類を含めて、気候変動でなく、核兵器で消滅するという道筋が段々と現実的な問題になりそうだ